こういう季節になったから、はたと思い至った

世の中には二種類の人間がいる。

お中元をあげる人間と、もらう人間だ。

そして、自分はもらう方だ。
ケーキの事を書いたので、子供の頃からずっと思っていて、言葉に出来なかったこの言葉を。

バタークリームって、いらないんじゃない?

子供の頃から誕生日が来てもうれしくなかった。その理由は、誕生日ケーキがちっともおいしくなかったからだ。その一番大きな原因が、バタークリームだった。もちろん、バタークリームを使っているケーキは大抵、スポンジの部分もカサカサでおいしくなかった。世の中にはモンブランやイチゴのショートケーキなど、おいしいものがあるのに、なんで誕生日に限って、こんなまずいケーキを食べなければならないのだろう、と憂鬱になったものだ。

この、バタークリームが発達したのには何か歴史的な理由があるのだろうか。また、世の中には「おいしい」バタークリーム、というものが存在するのだろうか。少なくとも自分は一度も出会った事がない。
カレーも好きだが、結構甘いものも好きだ。世の中には「甘党」と「辛党」の2種類に人間を分けたがる人もいるが、そう単純ではあるまい。しかも、いわゆる「辛党」の中には、塩辛いのが好みの「塩辛党」と、トウガラシ系・胡椒系の辛さが好みの「本格辛党」の2種類がいたりするから始末が悪い。厳密には甘党にもアンコ系のすきな「和甘党」と、砂糖・クリーム系がすきな「洋甘党」も分けた方がいいと思ったりしている。

で、本題は個人的な疑問である。パフェとか、ティラミスのような洋風ケーキ類、大変おいしいと思うのだが、こういうものはクリームやらクリームチーズなどが主体となっている。マンゴープリンなどもそういう傾向がある。ところが、スプーンですくってどんどん食べていくと、最後の方になって、スポンジケーキが現れてくる。

これ、本当に必要なんだろうか。

ケーキの中には、確かにスポンジケーキを必要としている物がある。イチゴのショートケーキ何ぞ、スポンジケーキがなければ、ただのクリームとイチゴである。だが、ティラミス・プリンはどうなんだ。とくに一番下の方に申し訳程度に混ぜてあるスポンジケーキというのは、いかにも中途半端で、味の純粋さも損なっているような気がして納得がいかない。

あと、シャノワールなどの系列の「ビッグパフェ」など、下の方にあるコーンフレーク。これは水増しの方法としては最悪じゃなかろうか。
このごろ思うのだけど、電車が発進する間際の駅員さんたちや、車掌さん、ちょっとヒステリー気味では?

「ドアが閉じてから駆け込み乗車して、事故に遇っても知りませんよ」とアナウンスして叱られた人がいたり、電車の運転中にメールをしているのを発見・通報されて懲戒免職になった人がいたり、脱線事故以降、周りの目も厳しくなったからだろうか、責任観念と安全追求のあいだでかなり板挟みになっているのではないだろうか。

元来、安全を追求する仕事って、そういうものだろうとは思うのだけど、安全を追求するために客に当たるような態度が目立つのはどういう事だろうか。皆さんの周りでもちょっと乱暴なアナウンス、増えてませんか?
個人的に少年時代を過ごした事もあり、イギリスという国にはことさら思い入れが深い。ちょっと気取った英語の発音、サッカーの事になると我を忘れて応援してしまう素朴さ、没落した国情を自虐的に扱える、屈折したゆとりのある国民性。そのどれもがこの愛すべき旧大国の一側面を形作っている。

今回のテロの犠牲者には慎んでお悔やみを申し上げたい。

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今日はこれ。「濃厚本格ティラミス」。またしてもam/pmがやってくれた。小振りの弁当箱ぐらいありそうだ。ただ、味はあまり甘すぎず、大人の風味が漂う。ちょっと途中で飽きるかも。食べ始め、ココアパウダーをこぼすのではないかと心配したが、うまい食べ方を発見した。中央からバコっと穴を空けて豪快に食べ、周辺から中へ寄せるようにしてすくっていけばいいのである。
このところ暑くなったり雨が降ったり、出入りが激しいが、どうもエアコンの調子が悪くなり往生している。200Vの強力な機種のはずなのだが、効きがよくない。先日の猛暑の日などどんなに設定を下げても室温が32度以下に下がらなかった。これ以上暑くなった時のことを思うとちょっと恐ろしい。

で、最近マニュアルを改めて読んでみた。すると、結構頻繁にクリーニングやら、中性洗剤で洗うやら、フィルター交換やらしなければならないらしいということが分かり、ちょっと驚いた。昔のクーラーなんて、ほこりだけはらってやればいくらでも動いたぞ。しかも30年以上前の機種がいまでも実家では現役でバリバリ働いている。最近の機種の方が、馬力が足りないのだろうか。
職場の同僚が中央線の信号機事故で遅れたせいで、仕事の一部を肩代わりすることになった。それはそれで、別段どうということもないが、中央線は、本当に事故やら故障やらで遅れることが多いらしい。で、その遅れによって生じた損害に対する補償というのはないらしい。これは一体どういうことなのだろうか。

人身事故(たとえば飛び込み)など、JRの側でどんなに努力しても防ぎえないものはまあしょうがないとしても、日ごろの保守・点検がちゃんと行き届いていれば、故障などによる遅延というのは原理的に防ぎうるではないか。運賃はそのために乗客が支払っているものではないのか?したがって、本来起きるはずのない遅延によって大切な商談がボツになった、スケジュールが延期になった、などの事態によって物理的に生じた損害に対しては、JRが補償するべきだ、というのが個人的な考え方である。間違っているだろうか。
先日ぼくの家が散らかっているかどうか、聞いてきた娘の話の続きなので、「いきなりじゃないか」参照。

自分の席はふだんはプロジェクトルームにあって、本来の自席にはあまり寄りつかない。その、あまりいない席のとなりに、その彼女の席はある。だから伝票処理などのために時々自席に寄ると、全然赤の他人の荷物やら段ボールやらが積み上げてあったり、自分の仕事上の書類がどっかに動かされたりしていて、その度に大騒ぎになって、その子にはちょっとウケたりしている。

先日いきなり、その子がプロジェクトルームにやってきた。もちろん、彼女が来るのは初めてのことではないのだが、そのつど何か、伝票上の不備やら書き直しなど仕事上の用件があってのことである。それが、この日に限っては、特に用事をもってくるでもなく、「へえ、virtualpc6さんの席、こっちはちょっときれいですね…。あ、でも足下にこんなに荷物が…」など、いろいろ注文をつけつつ、机の周りを一周して帰っていった。そのときぼくは、同僚の女性(人妻)と、別な仕事の会話をしていたので、彼女はすぐに立ち去ったのだが、もしも何も用事がなかったのならば、もう少し話したかったのかも…という考えが頭をよぎった。

自意識過剰だろうか。
モジラが名称を変更して「シーモンキー」になるそうだ。

「文字ら」という名称にもシャレのセンスを感じるが、「シーモンキー」とはまた懐かしい響きのする言葉だ。とはいえ、いまでもトイザらスでは定番の商品だし、本国アメリカでは十分現役の老舗玩具の一種ではある。まさか登録商標を無許可で使うことはないだろうが。

ご存知ない方のために説明すると、もともとは米Transcience社が開発した「インスタント・ペット」のことである。必要なのは水槽の他に紙袋に入った魔法のレシピ。水道水に1番の袋に入った粉末を溶いて待つこと24時間。2番の袋の中身を空けて一生懸命かき混ぜると、あーら不思議、虫眼鏡でないと見えないほどの小さい命が誕生!

これが海のおさるさん、シーモンキーである。3番目の袋に入っているえさを一定間隔であたえるだけであとはお世話は不要。どんどん大きくなる。ぼくの知る限りでは最大2センチぐらいには大きくなった。ただ数はどんどん減り、最後には巨大な1匹だけが残ったのだが。

本国アメリカではさまざまなオプションがあり、体の色を変えるえさや、いろいろと水槽の中で遊ぶための遊具、それから光に反応して群れで動くため、多少の芸を仕込むことができる、とかマニュアル本まであった。いまでもそこそこポピュラーなおもちゃなのではないかと思う。日本でもオフィシャルサイトがあった。

http://www.sea-monkeys.jp/

刑事物のパソコンゲームに付録で付いたりもしていたらしい。ここしばらくサイトはあまり活発ではないようだが、今度のブラウザと連動して、新しいブームを巻き起こすだろうか。久しぶりに飼ってみたくなった。