いろいろとばかばかしいニュースがあったが、なんといっても一番おかしかったのは、二子山部屋の話である。貴乃花親方が、いままでは部屋で弟子とは一緒に住まずに「通い」だったのが、部屋に住むことになった、というのだ。

相撲の世界で何が当たり前か、などと言うことは知らない。それぞれが自分の信じる方法で結果を出せばいい。人に言われて、「すいません」と頭を下げて部屋に寝泊りするようになるなら、今までの自分のやり方は部屋をおろそかにしてきた、と認めたことになるが、それでいいのか親方。

また、伝聞ではあるがのけぞったのは、親方が今まで弟子たちと同居しなかった(できなかった?)理由のほうである。妻が「力士のそばに住むのは子供の教育によくない」と言って親方と一緒に二子山部屋に住むことを拒否したからだと言うのだ。

考えてみてほしい。どこの世界に、自分の夫の仕事を子供に対して恥じて見せたがらない母親がいるというのだろう。その夫のどこに惚れて一緒になれるというのだろう。また、それを面と向かって言われて「はい、そうですか」と言いなりになる父親が親方である。恥ずかしいのは部屋で日々稽古に励んできた弟子たちの方ではないのか。

気の毒だがこんな両親に育てられたら件の長男もろくな大人にはなるまい。せめて本人がしっかりしていることを望むのみである。

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最近モーニング娘。のキャラクターの売り方のあざとさや、曲調の演歌化が鼻についていてどれを聞いても同じに聞こえてしまうのだが、いつの間にかジュニアアイドルとは違った方向から新しいアイドルのあり方が育ってきているように見える。

具体的には嘉陽愛子とか、長澤奈央などの、そこそこ激しい動きもできつつ、ピンのキャラクターとして立っている人々のことを指しているのだが、どうも彼女らの歌っている姿や曲を見たり聞いたりしているうちに、これもどこかで出会った気がしてきた。しばらくいなかった存在なのだが、これはかつて秋葉原を席巻したミニスカート時代の森高千里のポジション争いなのではないか。

いつの間にか森高も歌詞のユニークさとか、自分でいろんな楽器をマスターしたりして、脚線美を出し惜しみしながら、「非実力派宣言」から「実力派」への脱皮を図ってしまい、そのポジションは久しく空席だったが確実にかつては存在していたポジションで、それが世代交代しつつあるということなのだ。

そういう意味では最近までハードな路線を歩んでいたHigh and Mighty Colorも「RUN☆RUN☆RUN」でちょっと路線変更を図っているように見える。ほとんど今の路線はEvery Little Thingの追い落としを図っている、そんな方向である。ラップがちょっと混じっているのがスパイスになっている程度で、ボーカルの立て方はすでに手堅いポップロックになっている。

そんな中で、「これはあまり日本にいなかった」と思えるタイプの女性ボーカルが出てきた。ユンナである。厳密には韓国出身だから日本にいなかった、というのもトリッキーだが、日本語で歌っているのでその辺はまあ割り引いていただきたい。「ほうき星」「もっとふたりで」などでは、本人がピアノを弾きながらかなりアップテンポのパワーポップを歌いこなす、というのはあまりいなかった。しかもアレンジ上もピアノがかなりの存在感をもっていて、ほとんどビリージョエル張りである。

顔立ちはどっちかというと若いころの西田ひかるを思わせるが、正面からのショットがあまりないのでよくわからない。映像的にもカラフルでいろんな効果が楽しいので、そういうプロデュースの腕もあるのだが、何といっても本人の書く楽曲の力が大きいだろう。今後が楽しみだ。
どういうユニットなのか、まったく先入観なしに目に入ってきたクリップだったので、第一印象はそのまま。
ひとことで言ってしまうとPUFFYの二番煎じである。しかも曲調にも全く時代なりのひねりがないので、ちょっと不思議だ。あまりに不可解なので、ネットでちょっと検索してみたが、オーディションによって18歳と16歳の沖縄出身のコンビであること、一人はモデルで、一人は女子高生であること以外はよくわからない。要するにメディア先行でプロデュースでなんとかしよう、ということなのか。本人たちには何の科もないだけにちょっとむなしい。バラエティータレントとしてキャラクターを発揮できていくならば、今後も目があるのかも知れない。

モーニング娘。などでよく見たピンクがベースのおもちゃっぽいセットでいろいろと遊んでいるのだが、やはり歌としても映像としてもこれは後が続くような気がしない。これで売れてしまうようなら他に自分たちでもっとがんばっている沖縄の若者をデビューさせてあげようよ。プロデューサー陣、努力不足。
家に帰るといつも大量のチラシが入っていて閉口する。しばらくほうっておくと普通の郵便物が入れられないくらいだ。

ある日郵便受けの中に入っていたものを一度にまとめて持ってあがって、ざっと見たら、ピッツァの出前のチラシがあって、またドミノピザか何かだろうと思ってふと見ると「ピッツァ・サルバトーレ」とある。数年前に「天才てれびくんワイド」と言う番組で子供がピッツアを材料から育てて作る番組をやっていて、確かその先生役がイタリア人でサルバトーレと言ったはずだが、と思ってチラシをよく見ると、確かに同じサルバトーレのようだ。

確か当時はイタリアの本当のピッツァはこうでなければいけない、と釜の形だとかチーズの材料だとかいろいろとこだわっていたはずなのだが、果たして頑固なピッツァ職人の意地は生きているのか?宅配でもその味をキープできているのだろうか?それともやはり日本で成功するためには効率とスピード優先で、やむを得ず節を曲げているのだろうか?値段を見てみると、宅配のメニューもそんなに安い値段でもないが、庶民に手の届かない値段でもない。一度頼んでみようかと思っている。

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8月6日(土)に、アップルストアの直営店を渋谷に開くそうだ。

インテルのチップに変わると知って、マックに乗り換えようかと考え始めたらしい知り合いが昨日東銀座に行ってきたばかりだったので地団太踏んでくやしがっていた。オープン当日は先着何名かに無料でTシャツを配ったり、スピードくじをくれるらしい。行こうかな。

しかし、なんとなくあの銀座のしゃれっ気には初心者はついていけない部分もあるらしい。特に二階に向かうエレベーターがハードル高いらしく、1階に陳列してあるものを遠巻きに眺めるぐらいが限界だったとか。

小心者のぼくにも、その気持ちはよく分かる。ただ商品のさわり心地や操作感を確かめたいだけのときでも「お気に入りましたか?」みたいなことを話しかけられると、相手をがっかりさせたくないがためにいらないおしゃべりをしてしまいそうになる。そういうときのほうが、心にもないことを言ったり、精神衛生上、よろしくないことが多い。

また、インテルに変わってすぐに買うのもどうかと思ってそう知人には伝えた。しばらくは手直しのアップデートやら、仕様変更がありそうだし、初期のものほどコスト高になりがちなのは今からも見えている。むしろ開発のほぼ完了したG5の型落ち品ぐらいのほうが安定して動くかもしれないぞ。また、特にしゃれっ気を追求しないのなら、10.3.9で十分だし。

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密室ミステリーものだが、犯罪が完成される前に崩壊する、という意味では変わった作品である。

作者の石持浅海は「アイルランドの薔薇」という作品でデビューし、こちらも読んだが、IRAという、一見日本人から遠いはずの舞台を使って、巧妙な心理描写でぐいぐい読ませる、本格的なストーリーテラーという印象だった。

この新作「扉は閉ざされたまま」も、同様の力作だ。大学のサークルの同窓会で、主人公がある後輩を殺す、というのが事件の内容で、ここで時間というものが大きなファクターとなっている。殺人を犯してから一定時間、被害者は発見されてはならない、というのが犯人にとっての絶対的な条件となるのである。

犯人側の心理から描きながら肝心の謎の部分を巧妙に避けて通る、という難問をクリアし、一時は付き合おうか、というところまで行った女性にトリックを次々に見抜かれていってしまうあせり、というものが非常にうまく描かれていて、「コロンボ」のできのいいエピソードを読んでいるような爽快感があった。

若干の弱みがあるとしたら、主人公がなぜこの女性と付き合わなかったか、という根本的な差異(コンプレックス?)のようなものがあまり分かりやすくなかった、というところだろうか。

それでもぐいぐい読ませる筆力はお勧めである。
若手の仕事のチェックなどもあり、夕方に渋谷に出た。仕事が終わった後、飯に誘ったのだが、ここでロイヤルホストの食事優待券があることに気づき、活用することに。

これははがきの形で送られてくるもので、なんと7月31日が有効期限だからぎりぎり。
平日限定のディナー500円割引券とか、ドリンク無料券とかはあまり使いでがないのだが、それでも6名まで対象になる、食事20%割引券はそれなりのお得感があった。トータルで8000円分飲み食いして、6000円で済むと、一人当たり500円の得である。

ただ、ここで油断してはいけないのは、会員権やポイントサービスを実施している店のほとんどに共通することだが、こういう風にチケットを有効に活用しようと思って店に頻繁に行くこと自体が、相手の思うつぼだ、と言うことだ。本当ならばそんなにお得な商品ならば最初から値下げしてくれればそれでいいのだ。ここにあるのは、時間を越えた消費、という、「信用創造」と逆のヴァーチャル取引なのだが、逆にこれによって現代の経済活動が少なからず支えられている面もあるに違いない。
朝から調子は良くなかったのだが、すこしずつごまかしながらなら大丈夫かと思い、コーラスの練習に行った。
でもやはり高音は思い通りにならずやはり苦労した。途中で咳を止められなくなったりして、ちょっと大変だった。
熱さえ下がれば、頭痛はなくなるんだけどな。ずっと微熱が続いている。外気温の高さにも関係あるだろうか。

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また買い置きのLDから。参加しているミュージシャンが豪華なので、衝動買いしたのだが、いろいろと取り紛れて見るのが遅くなってしまった。

先入観なしにみていたら、おやアンソニー・ラパッリアがエンパイアレコードの店長ジョー役で登場。イノセント・ブラッドの頃に比べるとずいぶん貫録がついている。怒鳴り方なんかは、イタリア系俳優の大先輩アル・パチーノを意識してるんじゃないかと思われた。

エアロスミスのスティーブン・タイラーの娘が出ているというので話題になったような記憶があるが、そういうポイントを抜きにしてもバカバカ音楽映画としては十分に楽しい。

初めは若者がバンドでも組んで成功するまでをだらだら描くようなサクセスストーリーかなと思っていたのだが、そういう性質のものではなく、あるレコード店の経営危機を描きながら、むしろ若者の中に秘められた罪悪感や欲望を次第に解き明かしてゆく、というものだった。現実の資金不足、というきっかけの怒り方は間抜けだが、その事件への対応ぶりを通じて、店長ジョーの人間味も次第に分かってくるし、一見優等生のコリーのクスリ依存症、自殺願望の娘への対症療法など、若者ならではの試行錯誤ぶりは好感が持てた。実際に有効かどうかは別だが、こういうポジティブさは見ていて気持ちがいい。AJの告白シーンなどは、今どきの若者っぽくて初々しいし、そういう感覚の監督なのだな。ドラマの縦の筋というものを真剣に追おうとすると、レコード店の危機じたいがどう解決されるか、という所にシビアーにならざるを得ないのだけど、本当は大事なところはそこにはない。哲学者のルーカスが言うように「このレコード店は資金があってもなくても危機にあった」のだ。いわば集団セラピーのようなことをある事件をきっかけに行った、ということか。最後はなんかヒロシの告白芸に近いかも。

元スターのカントリー歌手みたいなのがでてきたり、案外そういうのが好きな人々がレコード店に殺到したり、田舎の典型的アメリカ人の群像がどういうものか、ということにも自覚がある人々が作っているのだなぁと思った。アメリカ人自分を客観視出来るじゃないか。
世の中のシステムとして、これほどうまくいってないものはないのではないかと思うものの一つが「不在配達」。
一人暮らしが増えて、ご近所付き合いが減った、というのがその一番の原因で、本当はこれを取り除くのが、一番正しいのかも知れない、と思うのだが、個人的には解決できないこともあり、やはり仕方がないのかなぁ、と妥協した思いもある。

でもとにかく、家にいる時間帯と配達の時間帯が根本的に一致しないのだからどうにもならない。再配達の人件費だってバカにならないはずなのだが、郵便局も、宅配便も、毎日のように律義に不在配達の書類を置いていってくれる。大変ありがたいのだが、いつまでたっても受け取れない堂々巡りが続く。最近ではインターネットで再配達の手続きができるので、かなり便利なのだが、それでも完璧とは言えない。

一番の方法は職場に転送しておいてもらう方法なのだが、物が大きかったりするとこれもうまくいかない。

そもそも、従来のような郵便受け、という箱に郵便を入れてもらうシステムの信頼性が揺らいでいるからこういうことになっているのだな。たしかにクレジットカードなどを郵便受けに入れられても気分が落ち着かない。

いっそのこと、郵便受けそのもののセキュリティーを見直して、確実に本人だけが開けられるものにしてみてはどうだろう。あるいは不審者が盗ろうとすると噛みつく郵便受けとか。それじゃ郵便屋さんがいやか。