何はともあれ、見つかってよかったですな、忌野清志郎さんの自転車。これはきっとそうだと思うんですが、犯人は清志郎さんのモノだとは知らなかったんでしょう。あとから自分の盗んだものが清志郎さんのものだと知って、反省したんじゃないでしょうか。清志郎さんのコメントも「どこに行くにも一緒の友だちをなくして寂しい」という、あの人らしいナイーブなコメントだったのが犯人の心に響いたのだと思いたいです。

160万円という、普通の人にはとても無理な大金のかかっている自転車で、こんなものを持っているような人は大抵ほかのことでもぜいたくばっかりしてる人で、ちょっと威張っていたり、成り上がりぶりが鼻につくもんですが、清志郎さんにはそういう思い上がったところは全然なくて、子供っぽい純粋さがありますからな。

もう一つの可能性としては、こういう高級な自転車は、自分には乗りこなせない、と思ったのかもしれませんが。ペダルを止めると、動かない自転車なんでしょ、ああいうのは。
昨日の朝に知らされた職場の女性のご懐妊、ようやく解禁になり、自分としてはほっとしました。職場の班の中で、本人がいない時にクイズみたいにヒントを少しずつ出していたら、身近にいる人の妊娠というのは案外思いつかないもので、特に女性はいつまで経っても正解してくれないのですが、ぼくのモノの言い方で察した男性スタッフがいました。もう一人の男性スタッフは、いつまでたっても全然わからず、その女性の第二子という意味で、「弟が産まれる」とまで言ったら、この僕に弟が産まれると勘違いする始末。そりゃ僕の母親頑張りすぎでしょう。

まあそんなこんなで、他の班でも女性がご懐妊だったり、結婚したりするので、職場の中にも「シアワセの波が押し寄せてる」などとうちの女性スタッフがのたまうので、「でももしかしたら各班1人ずつの割当制だったりして」と口走ったらものすごいひんしゅくを買いました。これはセクハラにはならないと思うんですが。
巨人も阪神もなんだかハッキリしませんなぁ。星野さんは「直接打診を受けていない」のだそうです。もうどうなってもいいような気がしてきました。なんで球界全体が巨人を強くするためにそんなに努力しなきゃいけないのか。ついでに阪神球団が巨人から打診されたあいさつも「なかったこと」になって、代わりにどっかの記者が世間話をした、ということにすり替わるそうです。

本人たちには責任がないのかも知れない。スポーツマスコミが勝手に憶測記事を書いてるから起きる混乱なのかも知れないのですが、どちらにせよ人をバカにした話です。

でも、一番怒ってるのは、この時期にまだ優勝するチャンスがある中日かも知れませんな。
すいません。不謹慎で。

でも東京・足立区で中三の双子の姉妹を誘拐した、という事件は非常に注目を集めましたな。犯人が24歳の若者だそうですから、いまありがちな犯罪で、無事に保護されてほっとしましたな。ほっとしたついでに、どんな子たちだったのかは見てみたいですが、さすがにこれはプライバシー保護の観点から無理でしょうな。

シチュエーションは非常に小説的ですな。しかし24歳のいい大人で、親と同居しているのに自宅に二人を住まわせようとする心理はまったくわかりません。本人の中では二人は人ではなく人形として認識されていたのでしょうか。
観客が減ってるんだそうですな、イタリアのサッカーの。チーム力が整っていてスリリングなプレーを見せてくれるチームは安泰らしいのですが、イタリア的な1-0で勝つ美学の渋いチームは観客離れがしているんだとか。一部にはそれは入場料の高騰と不況が原因というのですが…。

実は、これは多かれ少なかれ世界中のプロスポーツが直面しうる問題なのでは、と思ったのでちょっと考えましたよ。

山勘と直感で原因をいくつかあてずっぽうに言ってみましょう。

1)選手のギャラが高騰しすぎた。
  サッカーが、成り上がる唯一の手段である国もたくさんあります。だが、名選手が大金を手にした途端にマフィアやら麻薬やらと結びつく現状、選手がお金を持ちすぎてるのが原因では?もちろん、甘やかす周囲も悪いのです。選手のギャラを抑えられないから、チームの経営はいつも火の車。それなのに強豪チームは金にモノを言わせて札びらで選手を呼んでくる。そういうぜいたくに馴らされた選手のプレーからは金満の音がする。なけなしの銭をはたいて来る観客のシンパシーが次第に離れていくのは当然なのでは?

  日本でも同じようなことを感じます。プロ野球で1億円プレーヤーが続出したころから疑問に思い始めたのですが、スポーツ選手の年俸、高すぎませんか?時速160Kmのボールが投げられるのはスゴイですが、それはゲームの中では1要素にすぎないでしょう。年間55本のホームランを打った王選手の何倍もの年棒をもらう選手が今はいますが、プレーぶりはどうなんでしょうか。プロ野球といっても所詮は見せ物。プロスポーツのすべてがそうです。その中で野球だけが優遇されていていい時代はもう終わったのでは?

  あるいは、プロスポーツ選手のお金の使い方に問題があるのかも知れません。知的にコントロールされている選手は、一晩にいくら使うか、みたいなことには血道を上げません。株を買えばいい、とは思いませんが、少しは将来のことを考えてあげる人がいないと、末路は哀れなことになりますな。コーチとしての才能も、解説者としての器量もない選手だってたくさんいるでしょう。そういう彼らの第2の人生設計に対する補助がなさすぎるから、高額の年俸を短期間に使い果たしてしまうようなことが起きるのでは。

  提案としては、そういう選手の給料は、信託財産制にして、少なくとも60年間の間に分けて少しずつ分配する制度を作ること。無茶なぜいたくは出来なくなります。

2)テレビ中継のギャラが高騰し、テレビ中継の方がいろいろ見えるために、スタジアムに行く動機が薄れた。

 実はこっちの方が問題かもしれない、と思うのは、人気チームと不人気チームでの格差を生みやすいのはこの中継のギャラが自由競争に任されているからです。いくら釣り上げても買い手が付くから、いまの無法状態が生まれてしまっているのです。しかし、テレビの方がサッカーがよく理解できる、というのはある種の幻想に過ぎないのかも知れません。なんでもテレビで見える、というのは言い過ぎで、自分だけのアングルでプレーを切り取る、という行為がないと、プレーを見る目も育たないように思うのです。

時間がないので尻切れトンボになりそうですが、もっと自分の生の目で見た方がホントは面白いはず。さあ、スタジアムに行こう!
主審の誤審で再試合なんて、そんなことが本当にあるんですな。
たまたまテレビをつけたらウズベキスタン対バーレーン戦をやってたんで、だらだら眺めてたら主審が日本人の方で、しかも際どい判定があったらしいことは実況の端々から伺えたんですが、そこまで間違った判断なのかどうかは分かりませんでした。

しかも、勝ったのはウズベキスタンだったのに、提訴の結果、再試合をすることになったということは、勝ち試合そのものが泡と消えたわけですな。ウズベキスタンにしてみれば抗議したことが良かったのかどうか。FIFAもずいぶん思い切ったことをしましたな。

しかしこれだけ大事になったということは当の吉田審判員の処分も避けられないでしょうな。

審判の日本のレベル、というのは必ずしも高いとは言えないでしょうが、それは個別のプレーを見る目、というよりは選手とのコミュニケーション能力なんじゃないかな、と思うことがあります。コッリーナさんあたりが本当に日本で笛を吹いたら、どうなるのか見たい気はしますな。

以前、大リーグの審判が日本のプロ野球を裁いたら、日本のチームのえらい理不尽な抗議にあって、「生命の危機を感じた」と言って逃げ帰ってしまったことがありましたな。ここまでくると審判という存在を「神」と見るか、「人」と見るかの哲学の違いすら感じてしまいます。

さてサッカーでもやはり日本人は日本人なんでしょうか。
今年は何かの異常気象なんでしょうか、それともここしばらくが穏やかすぎただけで、このぐらい台風って普通にすごいんでしょうか。

職場の同僚に宮崎県出身の人間がいて、テレビの中継を観ていたら、「あそこ僕の小学校の友だちの家が水没してます」なんて言ってるんです。亡くなってる人もいるぐらいの結構大きな被害になってしまいましたな。災害に遭った方々にはお気の毒な話です。

ただ、中にはこういう状況の中で、屋根を直しているうちに落ちてしまった人もいたりして、なんでそんな無茶なことを、と思うこともありますな。映画なんかで災害の時に無茶をする人がいても、あれはストーリーの展開上、しかたなくやってるのかな、なんて思ったりしますが、案外本当にそういう無茶をしたり、台風の時にわざわざ屋上に出たりする人っているんですな。
と言っても1日だけのお話なのですが。
きょう、朝一番に職場の後輩から電話があり、具合が悪いので休むとのこと。先週もそんなことがあったので、医者に行けと言っていたのですが、大丈夫なの、と聞いたらなんと、実は病気ではなくておめでたなのだそうで。二人目です。当然職場の上司やらいろんな関係各所にはいずれ産休やら育児休暇やらを取らねばならないので報告しなければなりませんな。今日休むということで本人に「伝えておこうか?」と聞いたら、責任感の強い彼女のこと、「あした、自分で言います」と言うので、結果的に僕一人だけが秘密を抱えた状態で一日仕事をしてました。

うう~言いたい!

でも、どうせ本人から言った方が回りも祝福しやすいし、回り回って上司の耳に入ったりするのもあまりよろしくないので、秘密を守り通しましたよ。そのかわり、自分だけもくもくとしているのも面白くないので、「私は秘密を抱えて生きている」とだけあちこちで触れ回りましたが。言ってしまうのとあまり変わりないか…。

その中で一人の女の子だけは、朝一番の電話がきっかけだ、と聞いただけでぴたりと言い当ててしまったので慌てて口止めしました。メシをおごらされるという条件で。やっぱり女の子の勘はあなどれないなぁ。
最近山手線の中でやっているテレビコマーシャルの中にリモコンで回る液晶テレビ、というのがありますな。加藤あいさんがやってるあれなんですが、なんであんなふうにリモコンを使って回さないといけないのか、正直なところよく分からない人もいるのではないでしょうか。

テレビを見る場所なんて一度決まったらそんなに極端に動くものでもないし、最初に置き場所を決めればいいはずです。実際ブラウン管ならそれで済むのになぜ、わざわざお金をかけて回転機能を追加するのでしょうか?

それは液晶テレビの限界がそこにあるからです。

ノートパソコンのモニターを見てもお分かりだと思いますが、液晶モニターと言うのは本来非常に視野角の狭いモニターで、ちょっとずれるとてきめんに明るさや階調の見え方が変わってしまうのですな。だから、少し動いただけでも、その場所にあわせて最適の角度で見せてやらないと、黒方向の階調が浮いたりして、本来のきれいな画質には見えない。だからそれだけこまめに角度をあわせる必要があるんです。

しかし問題はそれだけではありません。
複数の人が違う角度から見るとき、どうしたらいいのでしょうか。

実はこれにはまだ決定的な解決策がないのです。明るさは大分改善されましたが、大画面でも大勢の視聴の場合は角度によって画質が変化する、それが液晶の最大の欠点なのです。

なので、画面が回るからといってすぐに喜んで買わずに、納得がいくまで現物をご覧になることをお勧めします。
今日のニュースの中で異色だったのは、第17回日本ファンタジーノベル大賞を辞退した人の話です。読売新聞と清水建設が主催で、後援は新潮社、ということですな。どうも、選ばれた琴音さん(29)と新潮社の間で、出版形態や販促の方法で折り合いがつかなかったため、辞退という事態にいたったらしいです。

まあ、こういう賞で受賞した作品、というのを出版社が出版したいのは当たり前の話で、もしかしたら金のたまごを捕まえた、というような気になる会社も多いでしょう。ただ、こういう若い世代の作家さんの中では、ウェブやDTPなど、大手出版社とのコネクション以外に読者に到達する手段がいろいろある、という現実も次第に明らかになりつつあります。たまたま大賞を受賞した人だから目立ちますが、出版社との印税の契約や、作品に対する思い入れの表現の仕方など、作家がイニシアティブを取ってやっていく例と言うのは年々増えてきているのではないでしょうか。京極夏彦さんが、もともとは装丁を専門にしていた人で、ページの終わりは必ずセンテンスを終わらせるように書いている、というのも独特なこだわりで、この人らしい美学です。

そういう意味では、今回の出来事は、出版と言う世界を根底から揺るがしかねない出来事なのかも知れません。サイバー出版時代の幕開け、という意味で。