ドコモの携帯電話を買ったら、人のアドレス帳がおまけでついていたらしいですな。オチとしてはテストで自分のアドレス帳を入力していた技術者のモノかもしれませんが、個人情報が重視される昨今、企業的には信用問題にかかわる話だけに、神経質にならざるをえませんな。

しかし、こういうのを逆手にとって、アドレス帳に芸能人の連絡先などがおまけでついている電話があったら、結構人気出るんじゃないでしょうか。まあ、本人が常時使ってる電話なんかだと迷惑でしょうがないでしょうが。

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歌舞伎町のオールナイトで「シン・シティ」を見ました。渋谷駅に大きなポスターが貼ってあり、どれがミッキー・ロークだかわからなかったので。というのはウソで、他に特に見たいものがオールナイトではやってなかったのです。ファンタスティック・フォーも時間が合わなかったし。

で、全編モノクロだというのも知らなかったのですが、オムニバス形式だというのも知りませんでした。また、コミックスが原作だというのも知らなかったので、「アンブレイカブル」と微妙な「コミック」つながりになってしまったのですが、どちらかというと、原作の世界を知っておいた方がよかったかな、と後悔しました。もっと困ったことに、新宿ミラノは作品が始まっても階段の足下の明かりが消えないのです。完全な暗黒の中に浮かび上がってこその映像だと思う部分がたくさんあったので、損した気分です。

で、トータルで言うと、暴力疲れする映画です。その中で、ブルース・ウィリスだけは、相変わらずの勘違いヒーローぶりを発揮していて、これだけ悪意と暴力が支配する世界の中で自分だけの正義を貫き通すのですが、エンディングではその正義感も結局個人の自己満足でしかない、という限界をさらして終わるのです。実写を使いながら限りなくマンガに近く、リアリティのない世界なので、これは何かの比喩だろうかと思っても見たのですが、そう思うにはあまりにバカバカしく、しかもみんななかなか死なない。これも「アンブレイカブル」つながりですか。別にブルース・ウィリスが見たくて映画見てるわけじゃない、と叫びたくなる瞬間もときどきあったり。

それでもペニチオ・デル・トロの役はなかなかおいしかったり、意外なところでルトガー・ハウアーと再会できたり、「ロード・オブ・ザ・リング」のイライジャ・ウッドがハリー・ポッターみたいな眼鏡の殺人鬼を演じていたり、どうみても中国人の剣術使いミホがいたり、きてれつな映画であることは確かです。

ゲスト・ディレクターっていうのは何なんでしょうね。

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「シックス・センス」を見て、途中でオチが分かってしまったぼくですが、このマイケル・ナイト・シャマラン監督のいわゆるハリウッド的勧善懲悪に汚染されていない感覚は嫌いではないので、やや古くなってはいるのですが、DVDが500円で手に入ったので見てみました。ちなみに、シャマランとシャラマン、間違えやすいですよね。

予告編みたいなものはどこかで見た記憶があって、事故に遭ってもけがしなかった人が自分の運命に気づいてゆく話だ、ということだけは分かっていました。逆に言うと、主人公のブルース・ウィリスのことは大体見当がついていたのですが、もう一人の主役、サミュエル・L・ジャクソンについてはまったく予備知識なしに見たことになります。

映画冒頭にいきなりアメリカのコミックスコレクター人口の話だとか、とにかくアメコミについての予備知識が出るので「?」になったのですが、最後まで行って初めて、「ああそういうことだったのか」ということになりました。これは、アメコミのヒーローが自分の力を自覚して、ヒーローとしての役割を果たすようになるまでを、妙にしんねりむっつり描いていく、ヒューマン・ドラマらしいのです。いわゆる特撮ヒーロー物と、ドキュメント映画の中間にある、すき間産業的作品なのですね。描き方は、「シックス・センス」とほぼ同じスタンスの、ミステリー物として描かれていくので、ちょっとこちらが先入観をもって見てしまったわけです。確かにこういう作品は、いままでなかった。

多分、こういう作品があったから、「バットマン・ビギンズ」のような作品も作られるようになったのでは、と深読みしたりしてみます。

具体的な内容としては、冒頭のブルース・ウィリスが女性のスカウトをナンパしようとするところですでにカメラのたるい動きにややうんざりしたり、サミュエル・L・ジャクソンの髪形に爆笑したり、地下鉄の階段を転げ落ちる時の骨折の音に「イテっ」と思ったりしました。あと、奥さんと息子との間がぎくしゃくしてる、という家庭不安の理由がよくわからなかったりするので、やはりこれは奇妙な作品です。最後の最後のどんでん返しは、確かに驚かせるよな性質のものですが、もっと早くそれを悟ってもおかしくないプロットだよなぁ、と妙に冷静に揚げ足取りをしてみたくなったりします。

特典でついていた、カットされたシーンを見ると、それらの疑問のいくつかは解消されるのですが、それにしても、です。「アンブレイカブル」というタイトルからは、どんなことにあっても死なない、という「ダイ・ハード」を皮肉ったような人物像が浮かび上がるのですが、それと「無限の体力がある」「人の体に触ったらその人のやった悪行がわかる」とかいう、超人的な力とかはあまり関係ないんじゃないかと。それに、人生四十何年も生きていて、そのことに初めて気づくのってどうなんだろうとか。あっ、言っちゃった…。でも、見たい人はいるかも知れない。
不思議な相性ってあるもので、携帯電話で相手にいつかけても「電波の届かないところにいるか電源が入っていないためかかりません」と言われてしまい、逆にちょっと席を外したスキにその話したかった相手から電話がかかってきたりすることがあるものです。相手はドコモでこっちはauなのですが。昨日からそんな調子で連絡がつかない人がいます。休暇をとっていて、実家に帰っている、とか言っていたのでもしや家族で山登りでもしているんでしょうか。

いずれにしても、携帯電話だと、聞こえが悪くてもしょうがない、というのはユーザーの立場からするとやや不満が残るところで、料金が同じにかかるのならば、ちゃんと聞こえてくれないと困ると思うのです。そうでないと、大事な仕事上の電話の時に、特にスケジュールの調整などの時に聞き間違いがあると致命的だったりするので。音質が悪いなら悪いなりに値引きとかしてくれませんかね。そんなわけで、最近は怖いので大事な仕事の電話は机から固定電話でかけるようにしています。というか、室内にいるのに携帯で平気でかける人を見ていると、電話料金のことが気にならないのか、余計な心配したりしてます。

また、ドコモのこの手のメッセージの場合は、相手に着信履歴みたいなものは残るみたいなのですが、こちらからかけた電話料金は課金されません。その辺は良心的かな、と思います。au同士で相手が出なかった場合、留守電メッセージを残しても残さなくても、最低10円は課金されます。これはちょっと理不尽な気がします。この辺のサービスの不統一はいずれは解消されるんでしょうか。
どうも2011年にアナログのテレビ放送が終わるというんですが、本当にそんなことできるんでしょうか。誰が望んでるんでしょうか。

テレビというメディアに関する限り、それがBSデジタルだろうが、地上波デジタルだろうが、CSだろうが、大して変わらないもののように見えます。ストリーミングで放送されるようなブロードバンドコンテンツならともかく、少しぐらいメニューボタンで情報が読み出せるようになってもテレビはテレビ。従来から次元が変わるようなものになるとは到底思えないのです。

然るに、もはや総務省が音頭を取ってデジタルテレビとやらの売り出しに躍起。しかも何がスタンダードになるかは市場任せですから、フォーマットが負けた瞬間に無駄遣いを強いられる消費者が相当出ます。

それでも10月22日からは、アナログのテレビには「アナログ放送は2011年に終了します」と脅迫めいた文句のシールが貼られるそうですな。そんなことをしながら無駄な買い替えを強いる政府と、一も二もなくそれに従うメーカー。まあ、家電産業はそれで潤うんでしょうか。評論家も、画質のいいテレビをほめて勧めるちょうちん記事は書きますが、なぜそんなに急がなければならないか、説明してくれる人はいやしません。

NHKも、不祥事があった後なので、政府の言うことを聞いとかないと受信料制度の見直しをされるとかで恐々として物も言えない状態。もう一度、誰のためのアナログ放送終了なのか、教えていただきたいものです。
パソコンメーカーのDELLとHPが、HD DVDの規格についてマイクロソフトとインテルがぶち上げた「HD DVDの優位性」に対して「認識が間違っている」とケチをつけていますな。

まあ、ここで黙認してしまってはフォーマットの死活問題ですから、両者が自分の優位を主張するのは当然です。大いにやっていただいて結構だと思うんですが、ユーザーの立場から見た使い勝手や安定性、画質などを客観的に検証できないと、ただの水掛け論で終わってしまう可能性もありますな。

そこで提案が一つ。

ここは一つ、政治家の公開討論と同じスタイルで、デモ合戦を設けてはどうでしょうか。同じ日時、同じ会場で、素人の人数十人が試作のレコーダーを使いこなせるようになるまでの平均時間を割り出したり、指紋をつけたり傷をつけたりしての読み取りエラーなどの実験を素人にやらせるんです。いままでも走り出しはしたけれど結局普及しないメディアって、大体そういう所の検証が甘いことが多いですからな。

自信があるなら、どちらの陣営も応じるはずなんですが…。
ベネッセコーポレーションが行った名付けの人気ランキングで、「颯太」と「陽菜」が人気トップだそうですな。「颯太」、そのまま「ふうた」と読んでしまいましたが、「さっそう」の「さつ」の字ですな。でも読み自体は「そうた」が普通なんだそうです。二本足で立って歩いたレッサーパンダはそんな名前でしたっけ。「はるな」もなかなか難しい。学校で書くの大変でしょうに。

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森博嗣のGシリーズ第3弾。Gシリーズって何の意味だったかちょっと忘れてしまったが、主人公が加部谷恵美と海月及介のシリーズである。建物の構造が主人公である、という意味ではこの作者の原点をちょっと思わせる。トリックについてあまり言ってしまうのは粋でないので、簡単にとどめるけれども、ある奇跡を起こして見せた美形の【超能力者】神居静哉が、格子の着いた、窓の小さな建物の密室の中で殺され、そこに立ち会った加部谷恵美が解決しようとする、というのがメインの話。

相棒の海月及介は相変わらず話そうともせず、ぼーっとしているだけ。常に考えてはいるらしい。相変わらずの鈍感男に、淡い思いを抱く加部谷は今回もさまざまなアタックを仕掛けるがことごとく玉砕。この辺のかみ合わない会話と加部谷の語彙不足な感じは相変わらずおかしい。こういう会話の妙が森博嗣を他の作家と区別させるのだと思う。ある意味現代の学生気質をそのまま持ち込んだような若さ、青臭さがある。

最後に西之園萌絵と犀川創平の二人が登場するあたりで、トリックのクライマックスを迎える。このあたりの犀川の名探偵振りは見ものである。

ちょっと「笑わない数学者」を思い出すところもあるが、一気に読めて、それほどの不満は残らなかった。萌絵の叔母の佐々木睦子、意外な曲者なのでは、という気がしてきた。S&Mシリーズは序章に過ぎなかったのか?

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ダイオウイカの生態を日本の研究チームが撮影し、英国の科学雑誌の記事になったらしいですな。ダイオウイカというのは地球最大の軟体生物といわれ、全長16メートルになる事もあるんだそうです。

daiouika深海で生活しているため、詳しい生態はほとんど知られていないのですが、従来は動きが鈍く、近づいてきた獲物だけを捕らえると思われていたこのイカも、積極的な捕食行動をすることがわかったのだとか。

餌に引っ掛かったこの全長8メートルのイカは、足を一本切って逃げたのだとか。深海の生き物らしく、気味悪いほどなまっちろい足です。

近年人間が海底を開発し始めた事で、徐々に生活圏が浅い海に移行しつつあるとかいううわさもあるらしく、それがどういう影響を及ぼすのかはまだわからないのだそうです。まさか陸地の人間を襲ったりはしないよね。
アメリカの宇宙開発の中心的存在である、NASAのトップ・グリフィン長官が、「スペースシャトル計画および宇宙ステーション建設は誤りだった」と認めてしまったようですな。いまも計画が進行中のプロジェクトについて、現役のトップがその存在意義を否定してしまうようなことをいうのは、常識では考えられないのでは、と思うのですが、そういうものでもないのでしょうか。すくなくとも現場の士気は相当下がるだろうし、積極的な意欲をプロジェクトにも感じる事ができなくなるでしょう。

ただ、確かにスペースシャトル計画は宇宙船の中で行われる、ちまちました実験など、スケール感に欠けるものが多く、人間が直接月に着陸するダイナミズムはとうの昔に消えてなくなってしまったのは確かでしょうな。

たぶんこの長官は自分の任期中には新しい月面着陸の事業には手をつけられないとおもって、ジェラシーからそういう事をもらしたのでしょうか。しかし組織のトップとはいえ、そういう方向性も自分では決められないものなんでしょうか。