戦国三英傑ゆかりの武将の謎⑥[性指南書] | 跡部蛮の「おもしろ歴史学」

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各史料から、一流の文化人だった久秀の素顔が浮かんでくるものの、その正反対のイメージが後世のわれわれに印象づけられているのは、ひとえに彼が黙って“冤罪”を受け入れたからだと思います。


冤罪といえば、久秀が美女を戦陣に帯同させていたという通説もそうです。


彼は合戦のさなか、陣中に机帳(衝立の一種)をめぐらせ、美女と快楽に耽っていたというのです。


しかし、“戦国最大の濡れ衣”を着せられた男の事蹟だけに、にわかには信じ難い話です。


ただ、濡れ衣を着せられるだけのことをしていたのは事実です。


彼はある「性の指南書」を愛読し、それを実践していたと考えられます。『黄素(こうそ)妙論(みょうろん)』という指南書です。


そこにどんなことが書かれてあるのか、少しのぞいてみましょう。


「男女ひそかに対面し物語などするに、俄に女のおもて赤くなるは、心中に淫事の念きざすしるし也」


これは、男女が交わるに至る機会について書かれたくだりです。


このあと、具体的に交合(セックス)する際の方法が書かれています。


続けてみていきましょう。


「女人、鼻をすすらば(中略)玉茎(陰茎)を少し入(る)べし」

  


「女人、目をふさぎ、口をあき、舌をさまし、息つかひ荒くなる(中略)そのとき玉茎を出入(ピストン運動)すべし。あまり深く入(る)べからず」


 

「女の玉門(膣)の中あたたかに潤い(中略)玉門の口へ玉茎をぬき出し、左右を横につくべし」


「女の足にて男の腰をはさみ、女の手にて男の背を(いだ)きしめ(中略)玉茎をふかく玉門の奥さしつめて、静かに左右につくべし」

(つづく)



※サブブログで「織田信長の死」の謎をめぐる歴史小説(「花弁」)を連載しています(毎週日曜日と木曜日の二回)。そちらもぜひご覧ください。