エンドウアサカヨガの遠藤朝香です。
私の愛猫、ちょび。
19歳のおじいさん猫。
ずっと闘病生活を送ってきましたが、10/30木曜日 21:20頃、息を引き取りました。
まるで眠るように、穏やかに。
10/30木曜日の朝。
ちょびの酸素室脇で寝起きしていた夫、目覚めるとちょびが酸素室内からじーっと見つめていたから、抱き抱え布団の中に入れたんだ、と。
夫とちょびがとても仲良く幸せそうで、思わず写真撮影。
その時はまさかその日の夜にちょびが逝ってしまうなんて思いもしませんでした。
余談ですが、夫はちょびの酸素室生活が始まった8月初旬からずっと、酸素室脇で寝起きしていました。
ちょびがさみしくないようにと。
レンタルしていた酸素濃縮機は稼働音が55dとまあまあの騒音を出していたのですが、その脇でちょびと夫は共に寝起きしていたのです。
前日・10/29水曜日まで、よろよろながら自力で室内を歩き回り時にはちゅ〜るを舐めていたちょび。
しかしこの日はとうとう自力で立てず歩けなくなっていました。
その少し前の血液検査の結果、貧血が進んでいるとのことで1日毎の皮下点滴量を少し減らしたため、脱水状態となりうまく体を動かせないのだとその時は判断していました。
10/30木曜日の昼すぎ。
酸素室内にいるにもかかわらず、少し呼吸が苦しそうな様相を呈してきました。
これは口呼吸⁉︎という感じで。
夫に、ちょびが苦しそう、口呼吸っぽいものをしている、なるべく早く帰ってきて、と連絡。
酸素室内の酸素濃度を上げるため、なるべく閉め切りちょびを撫でるのを我慢しながら様子を見守ります。
夕方、定時上がりした夫が帰宅し、ちょびはとてもうれしそう。
夫が酸素室内に手を入れて撫でると、それはそれはとても喜んでいます。
夫の顔を見たちょびは安心したのか、少し呼吸が落ち着きました。
その時は夫も私もそう判断してしまうくらい、荒かった呼吸が落ち着きました。いえ、本当は弱まっていたのでしょう。
明日緊急で動物病院を受診しよう、
脱水状態か確認して点滴量をまた調整しなきゃ、
今晩のシリンジ給餌はどうしようか、
など人間同志で話し、ちょびの様子も落ち着いたので人間も食事にしようと夕食を摂りその後夫はちょびがいる酸素室脇でタブレット片手にごろりと横になり、私は台所で片付けをしていた時、
ちょびちゃん、息していない!
夫の声で弾かれたように隣の和室へ駆け込むと、
もうちょびの息は止まっていました。
10/30木曜日21:20頃、
ちょびは息を引き取りました。
夫がちょびから目線を外していたほんの一瞬の出来事でした。
目の前に居た夫が気づかなかったくらい、それは静かで穏やかだったのだと思われます。
呆然とした後は号泣。
ちょび、本当にぎりぎりまで頑張って生きてくれたんだね、
ありがとう、ありがとう、と。
その後、酸素室室内のちょびを可愛く形を整えて軽くブラッシングし、腐敗を遅らせるため腹部に保冷剤を起き、皆でちょびの酸素室脇で就寝。
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翌10/31金曜日。
ちょびの葬儀の手配をし、レンタルしていた酸素濃縮機を片付け梱包し、返却の手続き。
葬儀社の方がやってきてちょびの体をドライアイスを敷いたバスケット棺に安置。
翌土曜日は私が流山ヨガ指導の日だったので、日曜日までちょびの体を一緒に過ごします。
安置されたちょびの体を撫でたり、あれこれ話しかけたり、号泣したり。
最後にみんなでルームツアーしよう、と、ちょびが入ったバスケット棺を抱えて家中を隅々まで巡りました。
一緒に寝起きした2階和室、なかなか入れてもらえなかった人間用トイレ、おもちゃで遊び運動会した2階フリースペース、駆け下り駆け上がった階段、1階リビングから眺めた庭の風景、大好きだったお風呂場、、ちょびはこの家を堪能できただろうか。
葬儀が終わるまで皆でちょびの脇で寝起きしました。
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11/1日曜日。
いよいよちょびをお見送りする日がやってきてしまった。
前の晩、明日が来なきゃいいのになんて思いながら泣きながら眠ったことを覚えています。
葬儀社へ出発する前にもう一度、バスケット棺を抱えて酸素室生活が始まるまで共に寝起きした2階和室へ行きしばらく過ごします。
葬儀社への道のりの間にお世話になっている動物病院があるため、診察時間中でご迷惑かと思いつつ少しだけ立ち寄り、お世話になった先生やスタッフの方々に最後にちょびの顔を見てもらいました。
そして、葬儀社へ到着。
ちょびの遺影と花祭壇。
肉球スタンプを採りエンゼルケアをし、整えた爪や被毛を採取。
その後、体をコームで整えて遺毛を採取。
肉も毛も随分薄くなってしまいちょびに申し訳ないと思いつつ、思い出に少し切り取らせてもらいます。
これらは大切にとってあります。
納棺前に私達との触れ合いタイム。
白布に包まれたちょびの体はとても軽く(体重は元気だった頃5.8kg→1.8kgにまで。本当にぎりぎりまで頑張って生きてくれた)、抱きしめたらまた号泣してしまいました。
ちょびちゃん、やはり別れたくないよ。
ありがとう、
本当にありがとう、
向こうで待っててよ、と。
でも納棺する時間になりました。
出発の準備を整えて花祭壇の花たちを棺に入れて行きます。
たくさんのお花に囲まれたちょびはとても可愛かった。
葬儀社の方が、まるでお釈迦様みたいですね、と。
顔以外全て花で覆われるくらいお花もりもりになりました。
やはり花祭壇プランにしてよかった。
その後焼香し、火葬炉へ。
最後の、本当に最後までちょびの体を撫でていました。
しまとは違う毛並み。
この手触りを忘れたくない。
炉の扉が閉まった瞬間、人目もはばからずまた号泣。
これまで生きていてこんなに辛く寂しく悲しい思いはしたことがありません。
骨になったちょび。
葬儀社の方もびっくりするくらい、きれいに全身の骨が残っていました。
19歳の猫でここまで残っているのを見たことがないそう。
夫と一緒に納骨したのですが、最期に頭骨を納めたとき、丸みが可愛くてあぁちょびは骨になっても可愛いままなんだ、と再確認しました。
子猫の時も、若い時も、年寄りの時も、骨になっても、ずっとずっと可愛いままだよ、ちょびちゃんは。
帰宅。
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あれから1週間ほど経ちますが、今も辛くてそして寂しいまま。
闘病生活が3年10ヶ月続き、ラストの4ヶ月は介護生活だったので心の準備ができてはいましたが、やはり その日 が来るととても辛くて。
それと同時に、あぁちょびはもう苦しくないんだ、痛くも辛くもないんだ、息苦しくもないんだ、自由になったんだ、19年5ヶ月長生きして天寿を全うしたんだ、
ほっとしている部分もあります。
2006年9月、里親募集会でちょびの保護主さんに
ちょびのこと、大切にします
と言いました。
このことを全うできたんだ、と安心している部分もあります。
丸19年間、ちょびと共に過ごした時間はとても幸せです。
この19年の間に私のステイタスは次々と変わり色々な出来事があり、ある意味ちょびは私の成長を見守ってくれていました。
ちょびの体はなくなったけど、これからもちょびは私達のいい仲間、いい家族です。
ずっとずっと一緒。
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遺影に使用した写真。
まだ若く元気だった頃。
かつてはこんなに丸々むっちりしていた。
冬になるとこのむっちり丸々した体が布団に入ってきて、暖かかったな。
いつになるかわからないけど、向こうで待っててね。
ちょびが待っているなら、多分そんなに怖くないだろう。
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自分の頭や心を整理するつもりで綴ったらこんなに長くなりました。
まだちょびの肉体がいない生活に慣れず寂しい瞬間が多々あり日に何度も号泣の波が襲ってきます。
それでも、私達人間やしまはまだ生きていきます。
ちょびは、肉体はなくなったけどいつまでもいつまでも私達のいい仲間、いい家族のままです。
ちょび、大好きだよ。
ずっとずっと大好き。
気持ちなどいろいろ落ち着いたらブログの更新をまた少しずつ再開いたします。
それでは。
長い間ちょびのことを気にかけ気遣い応援してくださり誠にありがとうございました。
遠藤朝香・拝

























