皆さま、こんにちは!
今回も、JR東日本一の秘境路線・岩泉線から、
岩泉線・岩手和井内(いわてわいない)駅です!
「単式ホーム1本だけの無人駅じゃん。」
パッと見、そのように思われがちの岩手和井内駅なのですが、
駅の歴史や、繁栄していた時代の遺構を探っていくと、
本当に面白い駅なんですよ。
今回はそんな、駅ファン目線でご紹介したいと思います。
(いつものことじゃん!っていうツッコミはなしでね (´0ノ`*) )
そもそも岩泉線は、現在の起点である茂市駅と、
現・三陸鉄道北リアス線の小本駅を結ぶ、
小本線の一部区間として開通した路線です。
(ちなみに小本駅には、岩泉線が延伸開業した時のための用地が残されております)
小本線の建設が開始された昭和16年といえば世の中は戦時色一色。
この地方で産出される良質の耐火粘土輸送という「軍需」のために、
小本線は突貫工事で工事が進められ、
茂市‐岩手和井内駅間は、わずか1年後の昭和17年6月に開通、
押角駅までの区間も、2年後の昭和19年7月に開通したのでした。
そんな経緯から、
岩手和井内駅にはわずか2年間ですが、
小本線の終着駅であった時代があったのでした。
この時期には、先に話の出た耐火粘土や、
多くの木材が岩手枠内駅に集められ、
貨物列車に積み込まれて輸送されたそうです。
今に見る岩手和井内駅の広い構内にも、
そんな面影を見ることが出来るんですよね。
岩泉線の列車は、岩泉線を踏破する列車が3往復と、
岩泉線内の駅には、
終着の岩泉駅を含めて列車が退避できる設備がありません。
全ての駅が岩手和井内駅と同様の棒線構造になっております。
茂市・中里駅方向を見た岩手和井内駅ホームです。
戦時中に使用された耐火粘土や、
その後の木材の搬出に利用された側線の跡が、
現在でも確認することが出来ます。
ホームの目の前にある広く取られた構内と、
遠くに見えるY字分岐の跡がそれなのでした。
岩手和井内駅ホームから間近に見える、
Y字分岐跡(岩泉・押角駅方向)。
小本線は昭和47年2月に岩泉駅まで延伸開通、
名称を現在の岩泉線に改称するものの、
主力輸送であった物資輸送(貨物)も廃止、
国鉄の赤字83線に加えられてしまいました。
しかしながら、
その後も元気に今日まで存続してきたことは、
皆さまご存知の通りです。
ここまで頑張ってきた岩泉線、
本当に最後まで頑張って欲しいですね。
↑(茂市駅方面)
岩手和井内駅(平成23年10月10日)






