TRIQUETRA ~Tributary Zone~ -86ページ目

TRIQUETRA ~Tributary Zone~

2代目のブログです


 ※画像:©James Mahu, WingMakers LLC



ドールマンのチャプター55の翻訳が終わり、、、

この物語を最初から読み返していたら、どうしても今、

シェアしたい気持ちになりました。


それは、ドールマンの予言のイントロダクションの部分。


私(素人)の翻訳なので、もしかしたら誤訳もあるかもしれませんが、、、

そのままここに、その全文を載せておきたいと思います。。。




 人類学者、フランシス・ハーウッドは、スー族の長老に彼の部族の神話や物語の傾向についてインタビューしていました。そしてなぜ彼らは、世代から世代へと物語を伝えるのか訊ねました。長老は答えました。「人間になるためだよ。」と。ハーウッドはまた訊ねました。「でも、私達はすでに人間ではないのですか?」 長老は、わけ知り顔で微笑みました。「みんながそうだというわけではない。」



 人間になるということは、ほとんどの人が信じているような簡単で、自動的なものではありません。もちろん、私たちの身体は人間です、しかし私達は肝心なものから目をそらすように教え込まれ、その結果、空虚の中で生きています。私たちの注意力というものは、衝動的な風のようなものです。散乱していてそれをしっかり固定するすべを知らないのです。何を信じるべきなのかも、何を表現するのかも。我々の本当の人間性というものは、守られたさなぎの状態のままで、それが包まれているその薄い壁を壊してくれるのを待っているのです。



 その壁とは一体何か?なぜそんな壁が存在するのか?どのようにしたらそのさなぎから抜け出し、人間の五感を超えた、より細かい次元を探索するために、その翼を広げてくれるのか?そして、そうすることで私達は、より人間になれるのか?これらが、「ドールマンの予言」の中で探究されている問題です。



 あなたが、まるで小さな子供のように林檎の木を見上げてみた時、そして林檎がその枝にぶら下がっているのを見た時、あなたはその林檎は枝からなっていると信じているでしょう。けれどもあとになって、あなたは気づくのです。その枝は、木の一部でしかない、木は、地球の一部でしかない、そして、地球は宇宙の一部でしかないのだと。この、相互に接続された連鎖の中で、あなたは、りんごが宇宙からどのようにして生長していくのかということを理解することが出来るのです。ですから、それは私達それぞれと共にあります。私たちがどんな枝(文化や民族性)に起因していても、私達はこの広い宇宙から生長し、そして私たちがそこに返すものの中で、私たちの集合的な本質によって、宇宙は成長していくのです。



 ナグ・ハマディ文書のテキストの中にある、ヨハネの福音書(聖書外典)の中でこう言われています。「私達は地球の女神と緊密に連携している。だからこそ、私たちの高次の智恵は、私たちが保持し共有している光の発現により、彼女が不足していると感じているものへと、私たちを導いていくのであろう。」 グノーシス派の人々は、地球と人類の間にある高次の関係を信じていました。宇宙の中心と共に地球上の生命を再構築していくという理解は、私たちを真のものとするための共同進化の螺旋でした。なぜなら私達は、地球を自分の一部として知覚することが出来たからです。



 人々が自らの精神性について考える時、彼らは天国に到達するということに思いが傾きがちなことに私は気づきました、けれども私たちが時々その枝の中に探そうとしているものは、その根の部分の中でしか見つけることは出来ないのです。地球は、ドールマンの予言の物語の中でその中心的な役割を演じ、石、木々、動物たち、そしてその他さまざまな要素のキャラクターを通して表現されています。地球はこの物語の中でのグラウンディングする力であり、そしてその存在はとても強力であるので、高次元の繊細なエネルギーを、まるで楽曲の中にある旋律のように使用することが出来ました。



 この物語は神話的な時間や場所の中に基づいていますが、何を知ることが重要なのかと言えばそれは、この物語はあなた自身のことをあなた以外の物語として描いているということです。ですから、その世界で完全に具現化されたストーリーとその元型を、あなた自身の時間や場所と比較することなく、あなたはホリスティックな視点を持つ読者やリスナーとしての立場でそれを眺めることが出来るのです。



 もしあなたがコメントやノートセクションを使用したり、またはグループに参加するなどしてこのプロジェクトに貢献したならば、あなたは物語からさらなる価値を得ることが出来るでしょう。これらは必ずそうしなければならないというものではありませんが、ほとんどの場合そういった行為は、あなたが読書の道をたどる上で、アイデアやインスピレーションや洞察を得ることへの助けとなってくれるでしょう。



 ヒエロファニーとは、神聖な顕現を説明するために、長い間ギリシャで使用されていた用語です。ヒエロファニーは物質世界に神のエネルギーを通す風穴です。それらは、次元間のポータルのようなものです。物語の役割は、分離とエゴによる私たちの世界にこのようなエネルギーを運ぶことであり、読者はそれらを受け取り、共有し、そしてもしそれに触発されたのならばそれを適用するのです。



 今日のテクノロジーを使うヒエロファントは、そのような古代の頃とは少し違っています。このプロジェクトには物語があり、アートがあり、技術があり、そしてこのヒエロファント的な側面としての機能を持つ読者たちの、グローバルなコミュニティがあります。この、ドールマンの予言ウェブブックプロジェクトでは。拡張子によったあなたたちそれぞれが、もしそうなることを選んだとしたならば、あなたもこのプロジェクトの一部です。そして、そうなることを望んだ人達は、このプロジェクトがよりよく成長し、進化し、未来へと向かっていけるように、そこに次元と質感を添えることが出来るでしょう。



 神話というものは、たったのひとつの側面しか持たない、またはたったひとつの解釈しかない、ということはありません。神話とは、成長した一体感の中でそれにアプローチするすべての人に対して、光を与えるものなのです。それは私にとって、あなたにとって、そしてすべての人にとって意味を持ちます。しかし、その意味というものはおそらく、受け取る人それぞれで違うものになるのでしょう。そして、そういった解釈の多様性を大切にすること、または、そういった真摯な違いを少なくとも許すということは、相互作用したり新たな洞察を形成したりするためには、とても重要なことになります。



 ハーモニーは、ヒエロファントの重要な側面です。そういった環境と緊密に生きるものは、それをコントロールすることを探し求めはしません。むしろそれを理解するため、調和するための形を確立しようとするでしょう。あなたがこのプロジェクトでノートやコメントに書き込むときは、このことを心に留めておいて欲しいと思っています。他の人の考えを受け入れ、そしてそれを拡大するために、そこに恩寵と許しを与えてあげて欲しいと思っています。



 それぞれの人が豊かで複雑な内部構造を持っています。それは情報に、特に地球の元型や高次元のエネルギーに融合しているヒエロファントの情報に応答する内部構造です。その内部構造とはまるで船をガイドするソナーのように、私達を導いていくものです。私たちの「ソナー」は、私達の人生をナビゲートするものであり、あなたはそれを、直感的な教師達として考えることが出来るでしょう。あなたが読書をしているとき、このソナーに耳を傾けることをお勧めします。



 この読書という道の上で、すべての参加者の間に互いの相互依存があり、したがってコミュニティを、本物のコミュニティを形成していくものは、思いやりや心強さであり、それがこのプロジェクトにとっての適切かつ重要な構成要素になるように思えます。あなたはこのウェブブックを観た時、そこにある言葉やイメージだけを参照したりするかもしれません。しかし、もしあなたが共通の理念を感じたのならば、それはあなたを折り畳まれた秩序の中へと導いていくでしょう。このプロジェクトの中で、あなたのような誰かに広く展開されるのを辛抱強く待っている、繊細で暗黙的な「あるもの」へと。



 ウィリアム・サリヴァンは書いていました。「まずは神話を感じること、理解するのはそのあとだ。」と。もしあなたが、読んでいるものを分析しようとしたり、直ちにそれを理解しようとすると、物語の感覚的な部分を見落としてしまうかもしれません。それは、物語の中であなた自身がそのすべてになる、という感覚のことです。こういった見識状態で、私はあなたに読んだり聞いたりして欲しいと思っています。なぜならこういった状態からこそ、あなたが偉大なる恩恵を受け取ることが出来るからです。



 この物語の登場人物たちは、それぞれが私達の一部です。あなたがこの読書の道を深く深く進んでいくと、あなた自身の側面、それはすでに自明なものであったり、または隠されていたり語られていなかったような、あなたのいくつかの側面が明らかになっていくでしょう。中には、拒絶したくなるような登場人物も出てきますが、私はあなたにそれらすべてをあなたのハートの中に受け入れ、彼らのそれぞれの声をしっかり聞いてみることを奨励します。



 この「ドールマンの予言」は、今までのウイングメーカーのマテリアルとはだいぶ違っています。けれどもこれらに共通しているものは、21世紀のヒエロファント的な情報であるということと、それがたくさんの人々と共有することが可能だということです。私はこの物語があなた方の個々の精神性の内側へと続いていく道であることを願っています。そして、あなたの心の最も奥深くにある深遠なる資質について、あなたが熟考するための役立ってくれるようにと願っています。物語は、あなたの助けと共に、今後も成長していくでしょう。その価値は進化していくでしょう。どうぞ、物語を楽しんでください。そして、そこに複合されている声に耳を傾け、それが本当はあなた自身の声であったことを思い出してください。



私のハートから、あなたのハートへ

ジェームズ





ジェームズのハートから、私のハートへと。。。

伝わってくるそのエネルギーは、本当に優しくて穏やかで、、、

そして、強烈で。。。


それは、ジェームズの「言葉」なのではなく、「エネルギー」なのです。。。


イントロダクションだけでも、そのエネルギーにやられている私ですから、、、

訳している最中、泣き出してしまうことも多く。。。(笑)


なぜなら、、、ハートを刺激されまくるから。。。


物語を読んでいるとヒシヒシと伝わってくる、ジェームズのそのエネルギーを、、、

ホントに、、、私というフィルターを通して変えてしまいたくなくて。。。


だからこそ、雑な気持ちで翻訳って出来ないのです。。。

そのエネルギーこそが、、、

「ウイングメーカー」のエネルギーだから。。。



この感覚。。。この気持ち。。。

ここが自分の「ホーム」だと感じる気持ち。。。


「どうしようもなく愛する」という感覚は、理屈では説明できなくて。


だから、誰かを説得しようとかいう気持ちはないのだけど。


でも、、、


その感覚を共有できる人たちとの出会いというものは、、、

本当に、嬉しいものだから。。。


ついつい、書いてしまうんですよ。

こうやって。





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今まで、家で作ったお菓子は、「ザ・ホームメイド」という感じでしたが、

今回のは、お店っぽい味がしました。

 

素材が違うとこうも違うのかぁ。。。と、娘としみじみ。

 

お菓子作りはいつも、娘がメインで私がお手伝い。。。

 

飾り付けにも娘なりのこだわりがあったようで、、、

口出ししたい気持ちをグッとこらえて、静観してました。

 

ミントの代わりに使ったのは、「アロマティカス」という葉っぱ。

前にお花屋さんに行った時に、ひと目ぼれして連れて帰ってきた子です。

 

シソ科なので、ミント系の爽やかな香りがします。

 

 

 

 

葉をいただく時は、その植物にちゃんと許可を得てからいただくこと。。。

 

これは、魔女にハマっていた時に覚えたこと。

 

なので、ちゃんと一声かけてお返事をもらってから

葉を分けていただきました☆

 

 

ジャージー牛のミルクで作ったカフェ・オレと一緒に、

美味しくいただきました♪

 

 

 

 


昔、ある人がこんなことを言っていました。


「老婆心ながら、、、ヒーラー素質があるようだからお伝えしたいのですが、

 ヒーラーというものは、珈琲に入れたミルクのようでなければなりません。

 珈琲と完全に混ざるのです。

 けれどもそのあと、珈琲からそのミルクだけを取り出せるように

 ならないといけないんですよ」


・・・と。


ジェームズの描く小説『The Dohrman Prophecy』の中に、こんな場面があります。


自分と喧嘩をした翌日、娘が家に帰ってこなくなって慌てた父親は、

教会の司祭のところに相談に行きました。


司祭はその父親に、、、


「まずは娘さんの捜索願をだし、彼女が戻ってきたら、

彼女にどんな条件を出されたとしても、和解しなさい。

 彼女の前で、自分の犯した過ちを認め、許しを請うのですよ。」


・・・と、アドヴァイスをしました。


しかしその父親は、、、


「そんなことは出来ない。そんなのは自分のプライドが許さない」


・・・と言って、そのアドヴァイスを受け入れようとしませんでした。


すると司祭は、、、


「私はアドバイスはしました。

でも、そのアドバイスをどう活用するかは、あなた次第です。」


とだけ言って、そこで話を終わりにしました。


もし、司祭がその父親に、無理矢理自分のアドヴァイスを受け入れさせようとしたら、、、

たとえそれが「善意」からの行いであっても、司祭はカルマを積むことになるんですね。


なぜならそこで、司祭がその父親の自由意志を脅かすことになるからです。


ヒーラーというお仕事をする時は特に、、、

こういうところ、とても気をつけなければいけないなぁ。。。と。

そう思っています。



最近、日曜日もあれこれ忙しかったのですが、

この週末、急遽時間が空いたので、

また、清里まで行ってきてしまいました。


GWに行ってきたばかりだったのですけど(笑)


娘がお菓子を作りたいと言っていたので、清里のあの美味しいミルクや

卵で作れたら最高だよね~~と。

ちょっと冗談で夫に言ってみたら、本当に連れていってくれました。


え?いいの???本当にいいの?????と、、、

なんだか嘘みたいで、でも、すごい嬉しかった。


そんなにすぐに、また行けると思わなかったから。。。


その日は、本当は買い物だけしてサッと帰ってくるつもりだったのですが、、、

GWの時より人が少なく、静かで気持ちが良かったので、高原のテラスで

ランチだけしてきました。





今回ゲットしてきた品々。。。




牧場のお店の人に、「いつもありがとうございます。」と言われて。。。

なんだかちょっと、恥ずかしかった^^;


今は、練ったタルト生地を寝かしているところ。

その間にちょっと、この日記を書いていたりします。


生地を練っている時も、ものすごく良い香りがして。。。

ミルクを分けてくれた牛とか、卵を分けてくれた鶏とか、、、

実物に動物たちに会ってきているだけに、ありがたい気持ちでいっぱいに。。。


なんだか最近、、、

そういうのがホント、幸せなんです。



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昔、『クィーン・オブ・ザ・ヴァンパイア』という映画を観ていたら、

このシーンに目が釘付けになりました。

 

 

 

 

 

このヴァイオリンの響きが、すごく強烈に胸に響いてきたんですね。。。

 

それまでは、クラシック系のヴァイオリンの音色に慣れていたので、

なんだ、これは~~!って(笑)

 

それで最初は、ケルトのフィドルの音に近いのかと思って、そういう音楽に

ハマったこともあったのですが、あとになってジプシー音楽にハマりだしたときにやっと、

このヴァイオリンはジプシーのだったんだな。。。ということに気づいたのでした。

 

映画をよく見れば一目瞭然なのにね^^;

 

なんですぐ気付かなかったのか。。。と思うと同時に、まぁ、ケルト音楽にハマることも

また必然だったのだろうと。。。

 

どこまでもポジティヴに(笑)

 

YouTubeを観ていたら、色々な人がこの曲を演奏している動画がたくさんあって。。。

やっぱり、気になる人は気になるんだな。。。と思いました。

 

 

 

 

 

映画のサウンド・トラックにもこの曲が入っているみたいだけど、、、

聴いているとなんだか、ついついベリーを踊りたくなってしまいます。

(曲の最後の部分、個人的にはいらないかもですが。。。)

 

 


※画像はWingMakers.LLCより



この言葉に帰結しますー

私たちは頭ではなく、ハートを通じて神性に近づく。



人の知性は、膨大な情報と知識を包含することができます。

私たちは預言者や学者のあらゆる言葉を学ぶことができますが、

六つのハートの美徳を表現しなければ、

頭は言葉や概念、理知的な虚勢で満たされるだけです。



私たちの行動は卑しい性質に鎖で繋がれたままであり、

深遠な洞察を書き、話すその一方で、私たちの感情のエネルギーは揺れ動いたままです。

瞬間の表現は不確かで、ハートの知性の声に導かれていないのです。



六つのハートの美徳の表現には芸術性が暗に含まれていますが、

芸術性が表現される前に美徳が感情を伴う

本物(ジェヌイン)の表現である必要性があります。



~リリカス・マテリアル『ハートの美徳の実践』より~



若い頃は、奉仕の精神とか利他の心は、偽善だと思っていました。

でも、子供を持った時、自分以外の人の喜びを本当に自分の喜びのように感じ、

自分以外の人の苦しみが、本当に自分の苦しみのように感じるという、、、

その「感覚」を知りました。


これは、単なる共感とか同情とは違うのです。

子供達の感情が、まるで自分の感情そのものなのです。


ファースト・ソースの視点に意識を移せば、その感覚を感じることは簡単です。

でも、人間としてのレベルの感覚、つまりマインド・レベルでそれを

「実感」として感じること。

それは到底不可能だと、ずっとそう思ってきていた私は、

子供を持つことで、それもまた可能であるのだということを知ったのでした。


ですから、子供達に感じることのできるその感覚を、他の人達にも感じることの

出来る自分になりたいと。。。そう願い続けてはきたのですが、、、

それは、相当難しいことであるのだということを実感しましたし、

今ですら、まだまだその領域に、完全に達することは出来ません(苦笑)


でも、、、

それが出来たらいいなぁ。。。と、本当に思っています。


それが出来たら、、、

本当に幸せだろうなぁ。。。と、そう思うからです。



チベット仏教では、「慈悲の心」を大切にしているのですが、

ラマ僧たちは、慈悲の心をよく「母が子を思う気持ち」に喩えて説明します。


昔、チベットのお坊さんに直接訊ねてみたことがありました。


「慈悲心の大切さは、重々理解しているし、

そういった心が持てる自分になりたいと、ずっと思ってきました。

 でもまだ、演技してしまう時もある。

心の底では違うことを考えているのに、うわべだけを繕ってしまう時が。

 そういうのは、どうしたらいいのでしょうか?」


・・・と。


そのチベット僧の方は、こうおっしゃってくれました。


「誰でも最初からうまくは出来ません。例えばお相撲さんがたくさん訓練して

 立派なお相撲さんになるように、心もまた、訓練していく必要があるのです。

 だから、最初は心の底から出来なくても、いつも努力していれば、いつしかそれが、

 自然なふるまいとなっていくのです。」


あの時のチベット僧から流れてくるエネルギーは、とても心地よかった。。。


ジェームズがいう、「アート・オブ・ジェヌイン」。。。

「本物」の表現。。。


それは本当に、とてもとても難しいことなのですけれども、、、

それでもやりたいと思うのは、、、

子供達のおかげで実感することのできた感覚。。。


他者のことを、本当に自分自身のことのように感じるあの感覚。。。


その心地よさ、幸せ感を、しみじみ実感しているからです。。。



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 ※ゼニスオメガプラクティショナーコース・レベル1講座を開講します。
   日程は、6月14日・6月15日の2日間。
   詳しくは、IRIDESCENCEのサイト をご覧ください。

清里にはお気に入りのジャム屋さんがあって、、、

通販でも購入することは出来るのですが、

やっぱり、直接お店に買いに行きたいよね。。。と。


このGWは、久しぶりに清里まで足をのばしてきました。


朝の4時に家を出ると、そのすぐあとから雨が降り出し、

首都高の新宿あたりではどしゃぶりに。。。


でも、家族の誰一人として心配している人はいませんでした。


「現地に着いたら絶対晴れているから大丈夫」


・・・と、全員がそういう、根拠のない確信を持っていました。


案の定、清里の少し手前で晴れてきて、確か朝の7時頃だったでしょうか。。。

高速を走っていた私たちの目の前に大きな虹が。。。


写真には撮れなかったけど、それはとても綺麗な虹で、、、

感動しました。


これも、雨が降ってくれたからこそなんだなぁ。。。と。


何にでもなく、誰にでもなく、、、

感動と一緒に、感謝の気持ちが胸にわいてきました。


清里は大好きで、これまでももう、何度となく行きましたが、、、

もしかすると今回の清里が、、、

今まで行った中で、一番綺麗な色をしていたかもしれません。


富士山や八ヶ岳も絶景でしたし、森の木々や草原の色、、、

水の色、花の色。。。


そこにあったすべての色が、とても鮮やかに光っていました。



     


八ヶ岳高原大橋。通称、「黄色い橋」




   


  


カメラ目線のジャージー牛たち。




             


牛と戯れる息子。

彼は、大の動物好き。。。



  


まきば公園のポニー。



  


ポニーと遊びたがっている息子。




  


まきば公園の草原で、羊や山羊と遊んできました。



  


鳥。



  


森の散歩。。。

他に誰もいなくて、すごく静かで、、、精霊とか妖精に会えそうで。。。



  


「萌木の村」のすぐ近くにある、「オールドエイジ」というレストラン。

このお店に来たのは、8年ぶり。。。


あの頃、子供達はまだ小さかったのですが、、、

ふたりともこのレストランに入ったことは、しっかり覚えていました。


前に来た時に座った席がどこだったかとか、何を食べたのかまで。。。




  



ちょっと、、、息子の手が映ってしまってますが。。。

ジャージー牛のお顔のアップ。


「目がクッキリ二重だ~~」と娘が言ってました(笑)


そんなクリクリ目をした優しげな牛さんたちから、

ミルクをおすそ分けしてもらってきました。




              



ジャージー牛のミルクは、とても濃厚でトロッとしているのですが、

飲んでみると、その見た目とは違って、味はさっぱりに感じました。


とても甘みがあるのですが、後味はスッキリしていて、

変な重みが口の中に残ることもなく、すごく美味しいミルクでした。



ジャージー牛がいたキープ・ファームでは、

バター作りも体験できるらしいのですが、今回は時間がなくて行けませんでした。


でも、お土産に買ってきたバターもとても美味しかったので、

次に行った時は、バター作りもぜひ体験してみたいです。



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ウイングメーカーには独特の用語集(グロッサリー)があり、

その中に、「ソース・インテリジェンス」と呼ばれているものがあります。



すべての世界、すべての次元、すべての現実、すべての生命形態、

すべての時間と空間に注ぎ込まれている「ファースト・ソース」の意識エネルギー。



ファースト・ソースが「存在するものすべて」に投影された姿であり、

実質的にはファースト・ソースの「目」や「耳」である。


その役割は主としてファースト・ソースの意思を表現し、

それを維持し支援することである。



個人レベルにおいては、意識拡大の加速を助ける「知性エネルギー」の解放を

促す力であり、自らの限界から自由になることを望む人々を支援する。




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先日、ウイングメーカーについて色々と話す機会がありました。


その時に、私は、個人的には、「ソース・インテリジェンス」は

「プラーナ」のことだと思っていると、そんな話をチラッとだけしました。


なぜそう思うのかというと、、、

私には、プラーナは結構ハッキリと見えるのですが、

そのひとつひとつが常にチラチラと細かく動いている上に、見ているとどうも、

それぞれが、何やら知性のようなものを持っているように感じるからです。


そして、ある伝統的には「プラーナ」と呼ばれているものは、

実は物理学者達が言っている「素粒子」の正体でもあると思っているのですが、、、


では、その素粒子の正体って一体何なの?と問われたら、、、

私はそれは、「意識」なのだと。。。

そんな風に考えていたりします。


なぜ?と言われても、理論的に根拠を説明することは私にはできないのですけど^^;

見えているものを観察していると、なんとなく、そんな感じがしてくるんですね。。。



このサイトでも、エネルギーについて簡単にご説明しています。



エネルギー・スピリット・カラー



つまり、、、

エネルギー・ヒーリングというのは、WMで言うところの

「ソース・インテリジェンス」を扱う技術と言えるのではないか。。。と。。。


今のところは、そんな風に感じています。



今朝、なんとなく思い立ち、ここしばらく忙しくて置きっぱなしになっていた

ダスカロスの本の続きを読もうと。。。


開いたページには、たまたまこんなことが書いてありました。



神秘家で詩人のカビルはこう書いている。

「水の中にいる魚が、のどが渇いたというのを聞いて私は笑ってしまう」と。


魚はいつも水の中にいるのに、なぜのどが渇くのか。



同じように私たちの惑星とその住人たちは、

この惑星と私たちの体を囲んで浸透している豊かなエネルギーの海に浮遊している。



この豊かなエネルギーはどこでも偏在しているので、

それにアクセスするのに地域性の問題は生じない。



しかし話の魚と同様に、人間はエネルギーについて、まだ乾いている状態なのだ。



このエネルギーは、より洗練されたさまざまな振動数を持つパターンとして存在する。



最も低い振動数を持つものは宇宙線であり、

対極にあるいちばん高い振動数を持つのは多くの宇宙線と呼ばれるものだ。



それが宇宙のあらゆるところで現れたり消えたりしていることを科学者たちは今、

発見しつつある。



この普遍の尽きることのないエネルギーはいろいろな名前で知られてきた。



プラーナ、レイキ、気、チゴン、オルゴン、ヴリル、生命力、ルミニフェロス・エーテル、

その他多くの名前がこのエネルギーに与えられてきた。



私たちはそれを単にエーテル・バイタリティーと呼んでいる


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あぁ、、、この流れでこれが来るということは、、、

そういうことなのだろうと。。。


なんだか誰かが、、、そう教えてくれているような気がしてしまうんですね。。。


ちなみにダスカロスは、エーテル・バイタリティのことを「マインド」と

表現したりすることもあるので、理解が浅いうちは、ちょっと混乱したりもしたし、

WMとは使っている用語が違うので戸惑うこともあったのですが。。。


目に見えないものを「言葉」で表現する時、、、

どうしても「名前」というものが必要になってきてしまうのですが、

そういうものは単に、シンボル、象徴でしかなく。。。


なのでそれを名づけた人の色がそこに乗ってしまうので、

そこには様々な「違い」があるように、「一見」見えますけど。。。


もっと違う視力でそれを眺めると、結局は、、、

それはもともとは同じものだったと。。。

そう気づくのです。。。



ウイングメーカーとか、ダスカロスとか、ゼニスとか。。。

私の好きなものはみんな、、、同じ匂いがします。


とっても良い香り。。。



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結婚してもう、24年も経ちましたが、、、

今振り返ってみると、結婚してからは本当に、大変なことの連続でした。

 

それでも、、、

 

夫も私も、考え方がものすごく楽天的なので、、、

そこは、ずいぶんと救いになったなぁと思います。

 

 

「まぁ、そのうち絶対なんとかなる。」

 

・・・と。。。

 

そう信じていたので、何があってもあまり深刻になったことはありませんでした。。。

 

良くも悪くも、私たちはふたりとも、、、

そういうところはいい加減なんですよね^^;

 

射手座がどこまでもポジティヴっていうのは、、、本当です(笑)

 

 

結婚するまでは、今思えば、自由気ままに、自分のことだけを考えて生きてきた私が、

結婚と同時にその自由を奪われ、いろいろなしがらみで八方ふさがりとなり。。。

 

なんだか、色々なことを手放さなければならない状況に、

強制的に追い込まれたりもしましたが。。。

 

そうやって、自分の本当にやりたいことが全くできない状態になったからこそ、

私はある一定の期間、スピリチュアル的なことにあれだけ没頭できたのだろうなぁ。。。と、

 

そう思います。

 

今は、あれだけ塞がれていたものが一気に開かれて。。。

今までずっとやりたかったことが、全て出来る状態になりました。

 

やりたいことが出来なかった頃は、「それに対する執着を手放したんだ」と、、、

そう自分の中で定義していたこと。。。

 

そう定義していたことで、実際にそれが出来ない状況であっても、それを辛いと

感じることはありませんでした。

 

でも、今実際に出来るようになってくると、やはりそれをやりたいと思う自分はそこにいて。

やっていると、すごい幸せを感じたりもして。。。

 

今のこの、ほんの些細なことに対してでも、

心の底から幸せだと感じられる感覚は、、、

 

精神的なことを深めていったからこそなのだと思うと、、、

 

やっぱりすべては必然で。。。

 

 

なんだか。。。

 

物は考えようだ。。。と。

 

本当にしみじみそう思います。

 

 

精神的な教えというものは、、、

この世界を生きていく時に、いかに苦しまずに生きていくか。。。

 

・・・のためにあるような気がします。

 

 

でも同時に、精神的な教えの盲点というか落とし穴は、、、

 

「このままではいけない」

 

・・・という思いに囚われすぎてしまうこと。。。

 

そんな気がする。。。

 

分離感が強くなってしまうんですよね。。。

 

 そこには、「救済」という概念が生まれてしまうのです。。。

 

自分はもう、救われたもの。

でもあなたはまだ、救われていないもの。。。

 

・・・みたいな。

 

 

でも本当は、みんな同じなのです。

 

私以外の全ての人が、私とは違う体験をしてくれている、

もうひとりの自分なのですから。。。

 

 

私達が生きるこの物質的な世界というものも、、、

本当はとても素晴らしいところで。。。

 

 

思っていることをうまくは書けないのですが、、、

 

人にはたくさんのエゴイズムがあり、

それによって悲しい歴史もたくさん生まれましたが、、、

 

でも、、、

 

人には同時に美しい部分もたくさんあり、、、

いつもその部分にフォーカスしていることができたら、、、

 

これ以上、幸せなことってないよなぁ。。。と。。。

 

そう思います。

 

 

八日目の蝉の映画に出てきた小豆島のお祭りがとても綺麗で、、、

 

胸に響き。。。

 

例えば、人の信仰心や祈りというものを通して生まれたお祭りや絵画や音楽は、

とても美しく。。。

 

それだけでもう、、、いいのではないかと。。。

   

                                                

 

 

大阪から帰ってきてすぐの頃、突然娘が観たいと言い出した映画。。。

 

映画館でロードショーをしていた頃、娘はこれを当時の彼氏と一緒に観に行って、

なんだか、すごく思うことあったみたいです。

 

娘も彼氏も、号泣したって言ってた。。。

 

そんな話を聞いていたので、私もすごく観たかったのですが、

全然観る機会がなくて。。。

 

やっとこの時期に。。。

 

なんでも、今年の2月頃にテレビでも放送されていたのですってね。

 

 

それにしても、、、

 

泣けました。。。

 

もう、、、号泣です。

 

 

今でも、YouTubeでダイジェスト版を見ただけで、号泣しそうになります(苦笑)

 

 

実は、うちの息子も危なかったんです。

 

誘拐ではないけど、出産した病院で危うく赤ちゃんの取り違いが起きそうになり。。。

 

すぐに気づいたからよかったものの、、、

もし、ずっと気づかないままでここまで来てしまったとしたら、、、

今になって、息子は実は本当の息子ではなかったと解ったとしたら、、、と。。。

 

今でもたま~に、家族でそんな話をすることがあります。

 

 

その人にとって、本当の幸せって何なのか。。。

 

理屈じゃ割り切れないことって、たくさんありますね。。。

 

 

          

 


週末、いろいろと濃い時間を過ごしていて。。。

なので少し間が空いてしまいましたが、大阪では心斎橋にも行ったので、最後にその思い出も少し綴っておきたいです。


中之島でのんびりしていたので、心斎橋に着いた頃にはもう、日が沈みかけていました。





ガイドブックで探して、ここがいいねと決めたのは、「トラスティ心斎橋」というホテル。


ただ最近、ユニバーサルのホテルとかディズニーランドのホテルとか、、、そういった妙に豪華なホテルに泊まり続けてしまったせいか、今回のホテルはすごく地味で物足りなく感じている自分に気づき、、、


「あらら」


・・・と、苦笑い。


人間、贅沢し始めるときりがなくなるものだよな。。。と、しみじみ感じました。


でも、、、

物質的なところで贅沢を求め続けても、そこには終わりはないんですよね。


そういったレベルでは、ひとつの欲求が満たされても、次にまたそれ以上の物が欲しくなったりします。


そういうのは、エンドレス。


でも、そこじゃないレベルで満たされると、なんだかもう、何が起きても全然大丈夫になり、、、自分に起こることはどんなことでも、深いところで常にじんわりとした幸せを感じながら、受けとめていられるようになるんです。



すると不思議なことに、物質的レベルでも大変なことが全然起こらなくなるから面白い。



常に満たされている感覚というのは、私の言葉で言えば、究極の安心感。。。


それが、最大の幸せ。。。


話が脱線しましたが、、、

ホテルに荷物を置いてからまた電車に乗って、阿倍野まで行ってきました。

目的は、この「ロールキャベツ」







『グリルマルヨシ』という、老舗の洋食屋さんのロールキャベツ。。。

デミグラスソースとカレーソースの二色というのが面白くて、そしてじっくり煮込まれていて美味しかったです。



心斎橋の大通り(名前を忘れてしまった^^;)は、東京の表参道がちょっと広くなったような感じがしたし、アメリカ村は竹下通りを連想させられました。


今回の旅では、「これぞ大阪!」みたいな場所はあえて行かなかったせいか、、、

そこまで異邦人感を感じることはなかったのだけど、それでもやっぱり、旅先ではそういう

異邦人感を多少は感じますし、、、私はそういうのを感じるのがすごく好き。。。


堂島ロールで有名な『モンシェール』のサロンで、またまたアフタヌーンティーセットを。。。





今回の大阪は、、、ちょっと食べ過ぎな旅でした。。。


胃は丈夫なので全然大丈夫だったのですが(良いのか悪いのか)、さすがにしばらくは質素な食事がしたくなったりもしました。


なんて贅沢な時代なんでしょうね。。。今って。。。


色々なものを自分で選択できる時代になりましたけど、、、昔の、食べ物がない時代なんて、そんなことも言ってられなかったでしょうし。。。


自分の目の前に来たものは、なんでも感謝していただこう。。。と。


食べ過ぎの経験から、、、なぜか、そんなことをふと思ったりもしたのでした。


モンシェールのお砂糖。

可愛かったです☆




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