あらやす日(本)誌 -97ページ目

世界の潮流は財政緊縮から財政支出拡大・金融緩和路線へ

そもそも国債は平時ではなく有事のとき=財政が危機のときに出すもので、
今こそそのときだろう。

有事ともいえる今、
昨年と今年、2年くらい国債を増額しても財政という大局に与える影響は、
微々たるものだろう。

平時に国債発行しすぎたので、
この未曾有の有事=経済危機&大震災にあって、
この天下の宝刀をしまうのは、
本末転倒だ。

敵が誰もいないのに、
めくらめっぽう玉を撃って、
敵に囲まれた今、玉を撃てるのに出し惜しみしたら、
国は滅ぶ。

あげくの当てに、
この有事のときに増税とはもってのほか、禁じ手だ。

定石ともいえる国債の発行を忌避、抑制して、
さらに増税とは、
さながら、
紋切り型の喜劇か悲劇を見ているような茶番劇だ。

増税論議に終始することで、
国会で通すべき法律は激減し、
どれだけの社会的停滞を今しもおこしているのか、
はかりしれないダメージを日本に与えている。

今、進行、いや停滞している事態は、
日本の政治・社会史に残る汚点になると思う。

これは夢で会ってほしいし、
舞台上の茶番劇であってほしいが、
リアルな現実として貴重な時間が増税論議に使われていることは、
目下、最大の税金の無駄使いで、
この有事にあっては、
100年に一度あるかないかの悲しい出来事だ。


金融市場の海賊たち~現代は金融パイレーツ時代か?

20世紀末、1990年代以降から、
金融ビッグバン=金融自由化政策の追い風の中で、
コンピュータ技術を駆使した金融工学を武器にして、
暴利をむさぼる金融海賊=金融パイレーツがあばれまくっている。

皮肉なことに、
この金融工学には、
ノーベル経済学賞を受賞した学者のリスクヘッジ理論等が採用され、
さながらノーベルが発明したダイナマイト技術の悪用のような結果になっている。

金融パイレーツは、
企業、従来型の機関投資家や個人投資家をえじきにするだけでなく、
国家さえも経済危機にさせる傍若無人ぶりだ。

金融パイレーツの行為は、
生身の肉弾戦的な戦争やテロのようには目を凝らしてよく見ることはできない。
しかし、
多くの人々に経済的損失をもたらし、
目に見えない間接的な死を招いていると思う。

その目に見えない間接的な死の強制は、
人類の貴重な想像力の結果として見えてくるものだと思う。

あらやす日(本)誌~内なるアメーバを探して-ジョン・ラカムの海賊旗


最初に金融ビッグバンが起きたのはイギリスとアメリカ。

金融パイレーツの最大の拠点は、
アメリカとイギリスなどの先進国だが、
昔の海賊のように世界中の市場で神出鬼没だ。

小生が歴史学者ならば、
現代を「金融パイレーツ時代」と命名するだろう。

もし、金融パイレーツと彼らの信望者がいなかったら、
日本の過剰なバブルとその崩壊はなかった可能性がある。

日本の規制緩和で導入された日経先物指数取引を金融パイレーツがターゲットにしたために、
異常な暴騰=バブルと暴落=バブル崩壊を招いた可能性が高い。

また、
金融パイレーツがつくる毒入りファンドに高い格付けをつけなければ、
金融食中毒による金融麻痺は回避できたろうし、
経済危機に乗じて過剰な売り攻勢を金融パイレーツがかけなければ、
今回のサブプライム&リーマンショックの傷口も、
ここまで巨大にはならなかっただろう。

さらに、
日本版金融ビッグバン(1996年:橋本政権が導入~小泉&竹中政権で完成)は、
自由化の名のもとに日本の銀行中心産業構造を破壊し、
企業経営を株主中心主義に強制転換させて、
株式持ち合いによる安定的な株式市場に風穴をあけた。

その結果、
日本の金融市場は、
野蛮な金融パイレーツの跋扈する修羅場となっている。

金融パイレーツの主力は西欧人なので、
地元の西欧圏よりもアジア圏などでの荒しがすさまじい。

彼ら、金融パイレーツにとっては、
世界の金融市場はかつての植民地政策のように、
市場から利益を搾取するための金融植民地でしかないだろう。

これによって、
日本の失われた10年は、
さらに20年、30年と長期に渡る経済低迷に拍車をかけることになった。

あらやす日(本)誌~内なるアメーバを探して-海賊旗(ジョリー・ロジャー)


地上げや土地転がしをする古典的な不動産パイレーツは、
購入不動産の価格と今後の値上がり分程度のレバレッジ(てこ)しかかけれらないが、
金融パイレーツには天文学的な巨額の資金を動かせる。

彼ら、金融パイレーツは、
銀行などのように自己資本規制もなく、
資本主義と自由主義の名の下に世界中の金融市場を自由にあらしまくっている。

海の海賊は大砲が最大の武器だが、
金融市場の海賊の最大の武器はコンピュータを駆使した金融工学で、
機関銃のように秒単位の短期売買を行い、
また、
わずかな手元資金をレバレッジ(てこ)にして、
巨大な砲弾が瞬時に撃てるシステムだろう。

金融パイレーツは、
海賊船のような隠れ蓑、
ペーパーカンパニーをケイマン諸島などにつくって、
あぶなくなったら会社を閉鎖してさらにペーパーカンパニーをつくる。

金融パイレーツは、
かつて、大砲などの軍事技術や造船技術、
羅針盤などの新技術を駆使して、
世界中の海をあらしまくった大航海時代の海賊とそっくりだ。

そして、
両者は成功すれば巨額の利益を得る。

ただ、
海の海賊は原則として非合法であり、
捕まれば処刑され、
また、海難事故のリスクもある。

しかし、
現代の金融パイレーツの自由の幅と奥行きは広大だ。

金融パイレーツの緻密さと大胆さを見ると、
ソマリア沖の海賊が子供のように見えてしまう。

大航海時代も海賊と国家や商業活動との関係は深く、
海賊と海軍の見分けがつかない場合もあった。

現代の金融パイレーツも同じだ。

金融パイレーツは、
既存の金融業界や石油業界などの一部の経済界との相互利益の調整を行い、
海賊行為を合法的に行うために政治家などへのロビー活動を通じて、
自由を謳歌できる場代を支払っている。
その場代はアメリカだけでも数千億円だと言われているので、
全世界で1兆円は超えるのではないだろうか。

現代にもっとも必要なのは、
金融モラルだろう。

昨今、日本が世界の金融市場で力を失っている背景には、
こうした海賊的な行為をよしとしない、
日本的な金融モラルがあるからではないだろうか?

この日本的な金融モラルは、
EUなどの欧州の国々とも一脈通じるものがあり、
モラル面では日本とEUの連携が素直にできそうだ。

しかし、
現実の日本はウラと表があり、
ウラでは金融モラルを重視しながら、
表では英米の金融資本の過激な自由主義を肯定し、
尖兵になっている金融パイレーツの跋扈に対しては、
見ざる、言わざる、聞かざるでイエロー・モンキー状態だ。

日本は実質的には、
英米同盟化にあるので仕方ないのかもしれないが、
対等の同盟国として、
対等に本音のいえる関係に深化させる必要があるだろう。

歴史は繰り返すのだろう。

金融パイレーツの野放しは、
奴隷貿易や植民地支配政策と同じ過ちではないかと、
気づきを与える必要があるのではないだろうか。

世界恐慌的な現代にあっても、
金融パイレーツ狩りでもするような金融規制を行ったら、
中世でペストを「魔女」のせいにしたような暴挙だと金融パイレーツに言われかねい。

実際の手元資金の数百倍、数千倍もの資金創造してしまう金融工学は、
まさしく「魔法」だ。

しかし、
国や社会がその魔法を容認すれば、
「魔」法ではなく、立派な「合」法になる。

現代の資本主義・自由主義の旗印のもとでは、
金融パイレーツを単純に敵とみなして裁判なしで駆逐することはできないだろう。

先進国は法治国家であり、
合法である限り、
裁判しても違法にはならない。

だから、
金融パイレーツは金融市場を堂々と荒らし回っている。

自由とドクロを旗印にする金融パイレーツを、
「モラル」と「正義」の名の下に退治するにはどうしたら良いのか?

まずは、マインド形成だ。

「モラル」と「正義」の価値観が必要になってくる。

現代は、
モラルと正義の価値が矮小化している。

魔法も当然、規制がなければ合法であり、
数字に実態がなくても、
コンピュータに入力・計算しさえすれば数字は天文学的にふくらませる…
その結果として、
莫大な富が転がり込む。

彼ら、金融パイレーツは、
主にデリバティブ=金融派生型商品を運営している会社で、
具体的にはヘッジ・ファンドなどがあげられる。
彼らの取り扱い商品は、
金融派生型ゆえに従来の金融規制の法の網にかからない場合が多い。

退治の具体的な方法としては、
・金融パイレーツ行為の違法性(身の程知らずの過大なレバレッジを規制)を明確化する。
・上場企業等の大手金融資本会社の行なう金融パイレーツ行為を規制する。
・大口の一般金融機関・機関投資家が金融パイレーツに資金を提供できないように規制する。
・金融市場に金融パイレーツが侵入できない健全な市場を形成する。
・金融パイレーツの許認可を厳格化する。
・金融パイレーツに自己資本規制等を導入して財務を保守化する。
・金融パイレーツの財務状態の定期的な開示を強制して財務を透明化する。
・ケイマン諸島などの金融パイレーツの温床地帯(無法地帯)を厳格に管理する。
・金融パイレーツが収益をあげた金融市場を持つ国が金融パイレーツに適正に課税する。
などだろう。

ただ、退治に当たっては、
資本主義と自由主義の良い面を傷つけないようにする必要があるだろう。
また、
日本がバブル時に行った総量規制(金融緩和の反対=金融収縮)のような失策をおかさないようにしないといけないだろう。


英国の文豪ディケンズの『クリスマス・キャロル』(原題:A Christmas Carol)で、
守銭奴スクルージの行いを諭した3人の精霊が金融パイレーツの前に現れんことを祈念したい。


松島~瑞巌寺へ~大震災被害もなく美観は健在

先日、日本三景の1つ、宮城の松島に行ってきました。

松島は大きな被害もなく健在でした。

松島の260余りの島々が、
自然の防波堤となって、
大津波の被害を最小限度におさえてくれました。

瑞巌寺の洞窟や杉並木も健在です。

瑞巌寺境内で巨石の落石等があったようですが、
大きな影響はなかったとのことです。

あらやす日(本)誌~内なるアメーバを探して-瑞巌寺の杉並木 (松島)



松島のウミネコ(カモメ)が元気に飛んでいました。


あらやす日(本)誌~内なるアメーバを探して-松島&カモメ001


●撮影:オリンパス・OM-D E-M5&12-50

日本の登山家はさながら修行者のようだ~竹内洋岳氏の快挙で思うこと

今年(2012年)、先月5月26日、
登山家の竹内洋岳氏は、
ヒマラヤの世界7番目の高峰、
ネパールのダウラギリⅠ(8,167m)に無酸素で登頂し、
この登頂で8000m峰の全14座すべての登頂を達成した。

1986年にイタリア人登山家が14座制覇を達成して以来、
世界で29人目、日本人としては初のことだ。

なお、
ダウラギリ(下記)は、
19世紀初頭の一時期、世界一高い山と考えられていたと言う。

あらやす日(本)誌~内なるアメーバを探して-タウラギリ


竹内氏の登攀スタイルは、
シェルパなどに食料などの荷役をさせないで、
また、
高度8000m級の山の酸素濃度は地上の25%くらいになってしまうが、
酸素ボンベ無しで高峰に挑む。

この登攀スタイルは、
アルパインスタイルと言われ、
食料などの備蓄がとぼしいこともあって速攻、短期攻略で頂上をめざす。

竹内氏は、
14座中10座をこのアルパインスタイルで登頂した。


14座登頂には偶然とは言いがたい、不思議なジンクスがある。
10座目の登頂をめざしているときに、
多くの登山家が命を落としているのだ。
2桁直前の「9」は、
不吉なプレッシャーを与える数字なのだろう。

14座登頂を果たした竹内氏も、
2007年、10座目のガッシャーブルムⅡ峰の登攀時に、
雪崩に遭って300m転落して再起不能になりかねない大けがをしている。



日本人で8000m峰14座中最多の記録を持っている登山家は最多で9座だ。
なぜか、この9座の記録を持っている登山家が4名もいる。

山田昇、名塚秀二、田辺治、近藤和美氏で、
すでに3名は故人で、全員が10座を目の前にして山で遭難死している。

 山田昇は、名実ともにまさしく「山だ!昇る!」を体現した登山家だ。
 くったくのない朴訥とした明るさで誰にも好かれ、
 極限状況にあっても他者へのやさしさを忘れない希有な登山家だったようだ。
 しかし、
 登山の自慢話が嫌いで、
 山行の記録をあまり残さなかったのでマスコミにはあまり出なかったので一般の知名度は低い。

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 山田昇は、
 8000m峰の全14座登頂を成し遂げる可能性がもっとも高かった登山家。
 1987年までに14座の8000メートル峰のうち7座に登頂していた。
 氏は当初そもそも14座登頂には関心がなかったようだ。
 
 当時、14座すべてに登頂していたのは、
 ラインホルト・メスナー(イタリア)と
ククチカ(ポーランド)の二人だけだった。
 なお、メスナーは1978年にエベレストで最初に無酸素で登頂した登山家だ。

 メスナーや竹内氏は主に通常ルートで登頂したが、
 山田昇は通常ルートに加えて未踏のルートにも挑戦して、
 4つの高峰未踏ルートの開拓に成功した。

 また、多くの偉業を成し遂げている。
 氏は、エレベストに3度登頂し、
 1年間に3つの8千m級の高峰に二度登頂など。
 この3つの8千m級登頂/年1回はサッカーと同じように
「ハット・トリック」と呼ばれ、
 2回も達成した登山家は世界に数人しかない。

 日本最強の登山家どころか、
 20世紀を代表する世界屈指(3本の指くらいに入る)の登山家
ではないだろうか。
 もう少し現役で生きていたら、
 史上最強の登山家になっていたかもしれない。 
 
 しかし、
 惜しくも、
 山田昇は、
 1989年2月24日にマッキンリーで遭難死。

 なお、山田昇と同じ出身地の群馬に本社のあるヤマダ電機の創業者も、
 同姓同名の山田昇氏。電化製品の小売業界の山に登った山田社長はご健在です。

 
 山田と同じ群馬出身の盟友、名塚秀二も、
 2004年10月10日にヒマラヤで遭難死。
 
 植村直己の後継者とも言われた田辺治は、
 2010年9月28日にダウラギリで遭難死。
 
 山田昇のように14座登頂にはこだわっていなかった登山家、
 植村直己は1984年2月12日、誕生日の日に厳冬期マッキンリーに、
 世界初の単独登頂に成功するが、
 下山時、誕生日の翌日に遭難死(行方不明)。
 

 世界初のアルプス三大北壁の冬期単独登攀をした長谷川恒男は、
 1991年10月10日にウルタルII峰で遭難死。




竹内氏の快挙は、
こうした先人の意志を引き継ぐものであり、
あの世へのはなむけとしてこれにまさるものはないだろう。


今月6/15、
宮城勤労者山岳連盟のベテラン登山家らがマッキンリーで下山中に雪崩で遭遇して、5名のうち4名が行方不明になっている。

宮城勤労者山岳連盟は昨年6月にマッキンリー登頂を目指していたが、
大震災で延期してこの事故に遭遇してしまった。

東北復興を祈念してマッキンリー登頂を目指したのだろうが、
残念なことになってしまった。


マッキンリーはアメリカのアラスカ州にある山で、
北米大陸の最高峰、標高は6194m。

マッキンリーは山田昇が遭難した山で、
また、1984年に植村直己も行方不明になっており、
二人ともに、もっとも厳しい季節2月の厳冬期登山で帰らぬ人となった。
冬のマッキンリーは厳冬期のエベレストと同等またはそれ以上の難所だと言われ、
台風を超える強風(秒速50m以上)が吹くときもある。



マッキンリーは8000m級の山ではないが、
ヒマラヤよりも高緯度にあるため、
単に高さでは比較できない厳しさをマッキンリーは持っているようだ。


山の厳しさは標高だけでは測れない。

2005年(平成17年)時点で、
エベレストの死者数は196人。
ヒマラヤの8000m級14峰全体での死者数は637人。

標高2000mに満たない谷川岳(群馬県)では781人の死者を出している。

あらやす日(本)誌~内なるアメーバを探して-谷川岳

この谷川岳の死者数は、
世界のワースト記録としてギネス認定されているのだ。

日本人は世界的に見ても山好きな国民だろう。
最近では、
中高年齢層の登山が増え、遭難事故も急増しており、
交通事故死数に近づいている。

人はなぜ山に登るのか?

単に健康のためだけではない理由がありそうだ。
小生も山好きな方だが…山に登る理由は一言で到底言いがたい。

ちなみに、
登山家の竹内洋岳氏は立正大学仏教学部出身。
氏いわく、
 登山は、
「制覇・征服ではなく、頂上に登る」
ことだと語った。

登山はある種の修行なのかもしれない。

登山家には名文家が多く、
山ものとしてジャンルを形成できるほど多数の本が出ている。
その著作から学ぶことが多いのも頷けることだ。



【蛇足】
下記の「8000メートルの勇者たち―ヒマラヤニスト・山田昇とその仲間の足跡」は絶版のようだが、中古本では手に入る。
なお、著者の八木原圀明氏は世界屈指のヒマラヤ登山家で、日本登山界の大御所。

アマゾン紹介抜粋
1978年秋、ダウラの頂きに立った山田昇は、カンチェンジュンガ、ローツェ、エベレスト、K2、マナスル、アンナプルナ、チョモランマ、シシャパンマ、チョー・オユーと8000メートル峰を次々と制覇、目標の14座登頂まであと一歩。そんな矢先の1989年冬、マッキンリーで還らぬ人となった。巨峰に挑んだ男たちのドラマ。

8000メートルの勇者たち―ヒマラヤニスト・山田昇とその仲間の足跡
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製造業の労働災害の増加~徹底的な調査が必要

6/4、厚生労働省は労働災害発生状況統計(平成24年1月~4月統計)を公表した。

★厚労省 労働災害発生状況 統計サイト

これによると、
製造業での労働災害が顕著に増加している。

今年1~4月の統計で全産業で13760名が労働災害で死傷しており、
昨年比で1%弱の増加になっているが、
業種別に見ると製造業の増加率が突出している。

製造業での死傷者数は10%弱も増加し、
また、
3人以上が死傷する重大事故は昨年比で1.5倍にもなっている。

これは明らかに異常な数値だろう。

昨年は中小企業の倒産数が過去10年で最多となり、
日本の製造業が円高等で疲弊していることは誰の目で見ても明らかだ。

さらに、
この労働災害の増加率の高さは…。

日本の製造業が現場レベルで、
非常に危険な状況になっていると見るのが妥当だろう。

早急に原因の追及と対策を施すべきだろう。

特に重大事故については、
1回の事故で3人以上の死傷者を出すわけだから、
再発防止の観点から徹底的な調査が必要だ。

奇しくも昨年は、
東日本大震災という天災と原発事故という人災が起き、
また、
皮肉にも、
昨年は日本の労働安全運動100周年の記念イベントが厚労省関連主催で開催された。

生活保護&医療報酬詐欺の組織的犯罪

大阪市の調査の結果、
生活保護の不正受給と医療報酬の不正取得、
という2つの不正を組織的に同時に行なっていると思われるケースが出てきた。

大阪市の調査では、
患者の95%以上が生活保護受給者だった医療機関が72カ所、
そのうち34カ所は全患者が受給者だった。

もっとも悪質なケースとして疑われているのが、
不動産会社への賃料支払いと診療所の医療報酬・薬代を組み合わせた組織的な不正行為だ。

大阪市浪速区にある不動産会社が、
生活保護受給者約300人をアパートに囲い込んで保護費の大半を賃料として吸い上げて、
さらに、
同社が実質的に経営していた診療所に受給者を受診させて、
医療扶助や薬代の一部も同社に渡っていたという疑いが出ている。

個人的な計算では、
この不動産会社は生活保護と医療報酬等で年間数億円の不正な利益を得ていたと思われる。

一般的に生活保護の受給では、
受給時に事前調査がほとんど行なわれていない。
もちろん、
受給後の調査は皆無に近いだろう。

本来、受給する必要の無い人が受給され、
受給すべき人が受けられず、
また、
第三者が受給者を利用する行為、
これらは経済学上、フリーライダー(ただ乗り)と言う。

こうしたことを根絶するには、
経済学上では「監視」=モニタリングを行なうこととなっているが、
それには監視のための行政コストがかかってしまう。

コストをかけずに、
フリーライダーをなくすには、
生活保護の現金支給から地元でしか使えない金券・商品券の支給への変更、
さらに、
不正に対しては重罪化(社会奉仕命令(Community Service Order)等含む)が良いのだろう。








企業経営と国家経営の類似性

不景気で数年後に倒産しそうになっている会社が最初にすることは、
自社の商品・サービスの価格を上げることではない。

単純に価格を上げれば売れなくなり、
さらに企業の財務状況が悪化して、
顧客の信用も失う。

「増税」は国の歳入の増加であり、
企業でいえば、
売上の増加を商品・サービスの価格を上げることで達成するようなものだ。

国は企業と異なり、
税金を法的な強制力のもとで絞り取ることができるから、
行政サービスの価格を上げても、
企業のように収益ダウンになることはない。


倒産しそうな悪い会社がすることは粉飾会計だろう。
ちなみに、
ギリシアは粉飾会計をして、
国際的な金融危機の火に油をそそでいでしまった。

倒産しそうなフツーの会社ならば、
まず行なうことは費用等の削減だ。

ハード面では、
余剰資産の売却、材料費などの仕入費用、人件費などの削減など。
これらはすぐに着手できる。
そして、
同時に余剰資金で付加価値の高い新製品・サービスの開発を行なう。

ソフト面では、
経営理念の見直しや管理体制の改革、社員のやる気を引きだすなどの施策だろう。


国も同じ事だろう。

増税=歳入を増やして財政悪化を食い止めることは、
小学生でも考えることで、純粋すぎるまともな政策だ。

親が借金地獄で苦しんでいれば、
良い子ならばお小遣いを減らす。


財政規律を第一に考えたい、
専門職としての財務官僚の気持ちはよくわかる。

財務官僚は、
企業でいえば財務担当重役・経理マンのようなものだ。

企業でもソニーのように財務・経理部門が暴走して、
金融部門(生保等)がほとんどの収益をかせぎだし、
それ以外の本来の屋台骨をぼろぼろにしてまった。


大人の目線で見れば、
当然、ハード・ソフト両面の各種の政策を同時に実行しなければ、
まったく増税の説得性、納得性はない。

官僚いわく、
ハード・ソフトの政策立案と、
「増税」の必要性の説得・納得は政治家の仕事だと言うだろう。

それも当然だ。


現代日本でもっともおかしくなっているのは、
官僚ではなく、
政治家=政治家を支える国民の見識なのだろう。





















雇用統計で一喜一憂するアメリカの基本姿勢

先日、6/1にアメリカの雇用統計が予想を下回ったため、
アメリカでは株価が下落し、大きな波紋になった。

きわめて、
基本に忠実な反応だろう。

新自由主義で社会政策を軽視するアメリカでさえ、
雇用をもっとも大事な指標として尊重している。

しかし、
今の日本はどうだろうか?

どの角度から見ても不景気で、
目にも見えるように不安がふつふつと出ている時代にあって、
雇用の統計よりも増税の数値が議論されている不可思議さ。

基本、常道、正道からずれているのではないだろうか。









20年前はアメリカ企業の社員に日本語~今と昔の大きな差異

今から20年前、失われた20年が始まった年、
1992年に公開された映画の中で、
主人公のM&Aコンサルタント(ダニー・デビート)が和食レストランで寿司を食べながら、
「これからは社員に日本語を話させる」と日本を礼賛し、
レストランの店員に日本語で話しかけるシーンがあった。

この時代、日本は主体的に大きな波(ビッグウエーブ)を世界に投げかけ、
大きな影響を与えていた。

時代は流れ、
今や、
社用語を英語にする会社が出てくる時代。

日本のバブル崩壊は、
日本人の性格自体も変えてしまったようだ。

戦後の復興とバブル時代の栄華を支えたのは誰だったのだろうか?

思うに、彼らは、
日本帝国主義を支え、
敗戦の苦しみと屈辱を肌で感じていた気骨のある戦前戦中世代だったのではないかと思う。







今、増税はナンセンス~このままでは超増税になりかねない

この沈滞した不景気な時代に「増税しか手はない」を公言することは、
ナンセンスそのものだ。

政治家として、
また、社会人として、
センスのないことを赤裸々に公言していることになる。
もしかしたら、
どこかの国の独裁者でももう少し国民の気持ちを斟酌して、
言い訳でも何でもして見せるかもしれない。

このナンセンスな増税に命をかけることは、
犬死に等しいのではないだろうか。

もちろん、
日本の国家財政が健全でないことはいうまでもない。

だからこそ、
このナンセンスな増税に対して多くの国民は認容しているように見える。

現代の日本国民(大人)が、
原発事故による放射能拡散に責任があるように、
国家歳入の2倍の国家歳出を必要としている国家財政にも責任がある。

こうした責任を沈黙の肯定で認容している姿には一定の理解もするが、
増税は現状維持にすぎないことを、
認容すべきだろう。

中高年齢層には十分、税負担を許容できる自信=経済力があるだろうが、
若年層とこれから生まれる子供たちはそれを許容できるのだろうか?


増税だけではない国家施策のメニューをできる限り用意すべきだ。

現在の噴出している問題点は、
誰に責任があるのか?

特に最大の責任意識を持つべき世代は、
中高年齢層だろう。

その責任の重さを思えば、
若年僧よりも中高年齢層がより大きな税負担だけでなく、
国家政策の提案責任を追うべきだろう。

その意味で、
過大な年金支給を受けている健康な人は、
自己責任で寄付や社会貢献を行わないのならば、
主体的に国に返金をすべきかもしれない。

もちろん、
その前に、
社会で発言力を持つべき高齢層は若年層のエネルギーを評価して、
自分自身の豊かな知見を政治に活かすべきだろう。

また、
若年層は中高年齢層の知見を活用して、
有効に効率的に自分自身のエネルギーを社会のために、
発散するときだろう。