地中海沿岸諸国の民主化の連鎖~安全保障に寄与するか
チュニジア、エジプト、リビアは、
いずれも地政学的等で重要な国々で、
お互いに国境線を接している国。
第二次大戦下では北アフリカ戦線として、
エジプトを侵攻すべく東進するドイツ・イタリア枢軸軍と、
エジプトを守る英米連合軍が死闘を繰り広げた戦場だった。
それから半世紀をへて、
今回は「民主化」運動の舞台となった。
地中海航路においてジブラルタル海峡(モロッコ)に次ぐ要所であるチュニジアと、
スエズ運河の要所をもつエジプトで民主化運動が始まり、
そして、
ついに、
両国にはさまれた国、リビアに飛び火した。
さながら、
挟み撃ちの様相だ。
中でもガタフィの独裁国リビアは、
反米テロ等の温床になっているキケンな国で、
2代目独裁者への息子への権力承継途上にあった。
大きな地図で見る
さて、
これは偶然の連鎖か?
エジプトの民主化運動グループが顔出しでNHKのテレビ取材に応じるというも、
なんだか出来すぎていて妙な感じだ。
リビアで民主化運動が激しかったのはリビア東部で、
エジプト国境のある地域。
第二次大戦下、リビアは主戦場となり、
ドイツ・イタリア枢軸軍が連合軍に敗れて、
敗退した地域がこのリビア東部。
激戦地エル・アラメインもこの地域にある。
この東部地域はリビア最大の油田地帯でもある。
イラク同様に、
ここでも石油利権がうごめいている。
今回の民主化の連鎖には、
軍事侵攻にも似た精巧なシナリオが出来ていたのではないだろうか?
しかし、
必然の連鎖だといえる証拠はない。
しかし、
偶然の連鎖だとカンタンには片付けられないようだ。
これらの独裁政権国家がイスラム原理主義の国になる前に、
民主化の恩恵を与えて西欧的な政治体制の構築をねらった動きだと推測する。
そして、
本命はリビアの政権転覆だろう。
もし、そうならば、
地中海沿岸の安全保障はより強化され、
平和に寄与する動きだといえる。
いずれも地政学的等で重要な国々で、
お互いに国境線を接している国。
第二次大戦下では北アフリカ戦線として、
エジプトを侵攻すべく東進するドイツ・イタリア枢軸軍と、
エジプトを守る英米連合軍が死闘を繰り広げた戦場だった。
それから半世紀をへて、
今回は「民主化」運動の舞台となった。
地中海航路においてジブラルタル海峡(モロッコ)に次ぐ要所であるチュニジアと、
スエズ運河の要所をもつエジプトで民主化運動が始まり、
そして、
ついに、
両国にはさまれた国、リビアに飛び火した。
さながら、
挟み撃ちの様相だ。
中でもガタフィの独裁国リビアは、
反米テロ等の温床になっているキケンな国で、
2代目独裁者への息子への権力承継途上にあった。
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さて、
これは偶然の連鎖か?
エジプトの民主化運動グループが顔出しでNHKのテレビ取材に応じるというも、
なんだか出来すぎていて妙な感じだ。
リビアで民主化運動が激しかったのはリビア東部で、
エジプト国境のある地域。
第二次大戦下、リビアは主戦場となり、
ドイツ・イタリア枢軸軍が連合軍に敗れて、
敗退した地域がこのリビア東部。
激戦地エル・アラメインもこの地域にある。
この東部地域はリビア最大の油田地帯でもある。
イラク同様に、
ここでも石油利権がうごめいている。
今回の民主化の連鎖には、
軍事侵攻にも似た精巧なシナリオが出来ていたのではないだろうか?
しかし、
必然の連鎖だといえる証拠はない。
しかし、
偶然の連鎖だとカンタンには片付けられないようだ。
これらの独裁政権国家がイスラム原理主義の国になる前に、
民主化の恩恵を与えて西欧的な政治体制の構築をねらった動きだと推測する。
そして、
本命はリビアの政権転覆だろう。
もし、そうならば、
地中海沿岸の安全保障はより強化され、
平和に寄与する動きだといえる。
写真の感性と「無」の感性~写真道
写真の魅力は、
動いている世界を一瞬止めて、
カメラで写し取ることだ。
一眼レフなどのカメラとなると、
交換レンズで画角の切り取り方を変えて、
また、
シャッタースピードと露出、ホワイトバランスなどの微妙な調整で、
世界を少しだけ変えて写実することになる。
基本は生の被写体を写し取ることで、
微妙な調整は味付けにすぎない。
日本の料理の特徴も素材が一番大事で、
味付けは副次的なものだ。
日本人は世界で一番カメラが好きな国民だろう。
日本人の感性にカメラが合っているのだろう。
しかし、
カメラやレンズは手段であって、
道具にすぎない。
ときにメカへの興味と物欲が昂じて本末転倒して、
カメラとレンズに合う被写体を選んだりすることもあるだろうが、
そのようなときはどことなく後ろめたい気持ちが出てくるものだ。
世界と純粋に向き合う自分ではなく、
不純な動機を持つ欲の塊になっている自分を見るからだろう。
とはいえ、
ドライブが嫌いな車好きや、
音楽嫌いのオーディオ好きがいてもとがめられることはない。
小生も本末転倒気味だ。
とはいえ、
やはり、
写真の醍醐味は、
世界と向き合う瞬間をカメラを通して感じることだろう。
被写体となる、自然や動物、電車や航空機などのモノといった、
対象物を箱庭のように画角に入れてありののままの世界を見たいという、
心持ちがカメラを手に持たせるのだ。
世界はそこにあるが、
世界を見る自分は…。
この心を無にして世界と向き合うこの姿勢は禅の思想にも似ている。
大げさな話だがそう思うときがある。
これが写真「道」というものか。
これは写真に限らず、
動画でもいえることもあるだろうが、
総じて、動いている世界に向き合うときは、
心も落ち着かずそわそわ動いている感じだ。
動いている世界を一瞬止めて、
カメラで写し取ることだ。
一眼レフなどのカメラとなると、
交換レンズで画角の切り取り方を変えて、
また、
シャッタースピードと露出、ホワイトバランスなどの微妙な調整で、
世界を少しだけ変えて写実することになる。
基本は生の被写体を写し取ることで、
微妙な調整は味付けにすぎない。
日本の料理の特徴も素材が一番大事で、
味付けは副次的なものだ。
日本人は世界で一番カメラが好きな国民だろう。
日本人の感性にカメラが合っているのだろう。
しかし、
カメラやレンズは手段であって、
道具にすぎない。
ときにメカへの興味と物欲が昂じて本末転倒して、
カメラとレンズに合う被写体を選んだりすることもあるだろうが、
そのようなときはどことなく後ろめたい気持ちが出てくるものだ。
世界と純粋に向き合う自分ではなく、
不純な動機を持つ欲の塊になっている自分を見るからだろう。
とはいえ、
ドライブが嫌いな車好きや、
音楽嫌いのオーディオ好きがいてもとがめられることはない。
小生も本末転倒気味だ。
とはいえ、
やはり、
写真の醍醐味は、
世界と向き合う瞬間をカメラを通して感じることだろう。
被写体となる、自然や動物、電車や航空機などのモノといった、
対象物を箱庭のように画角に入れてありののままの世界を見たいという、
心持ちがカメラを手に持たせるのだ。
世界はそこにあるが、
世界を見る自分は…。
この心を無にして世界と向き合うこの姿勢は禅の思想にも似ている。
大げさな話だがそう思うときがある。
これが写真「道」というものか。
これは写真に限らず、
動画でもいえることもあるだろうが、
総じて、動いている世界に向き合うときは、
心も落ち着かずそわそわ動いている感じだ。
銀行販売のデリバティブ商品による中小企業倒産
昨今の急激に進んだ円高、この為替変動リスクを回避するために、
銀行(特に大手銀行)が売っていた「デリバティブ」という金融商品がある。
昨年以降、この金融商品に起因する中小企業の倒産が激増している。
激増と行っても、
統計的には年間5件が30件程度になったという程度の話だが、
表に出ない小さな損失は統計には現れないだろうから実際はもっと多いだろう。
また、
表に出ないように損失補填を銀行が密かに行っている可能性もある。
本来、リスクを回避すべきはずのこうしたリスクヘッジ型の金融商品が、
企業倒産に導いているというのは非常に皮肉な話だ。
カンタンに銀行を信用してしまう経営者側にも問題があるが、
その危険性をしっかり説明せずに商品を買わせて、
結果的に企業を食い物にする銀行の金儲け主義の実態が如実にあらわれている。
ここ数年、中小企業支援を担う「中小企業診断士」の試験において、
このデリバティブついての知識を問う問題がよく出題されていた。
オプション取引、プット(売り)、コール(買い)などの知識だ。
小生は中小企業にデリバティブが必要なのか?
といつも大きな疑問を持っていた。
中小企業診断士試験は多くの金融関係者が受験している。
大企業が行っているデリバティブを中小企業にも売りたい銀行マン向けのサービス問題だとかねてか
ら思っていたのだ。
もちろん、
中小企業診断士の中には、
銀行にだまされないようにその危険性を見越してコンサルできた人もいたかもしれないが、
少なくとも、教科書レベルでは、
デリバティブはリスク回避の有効な手段であって、
キケン性の「キ」の字も語られていない。
銀行(特に大手銀行)が売っていた「デリバティブ」という金融商品がある。
昨年以降、この金融商品に起因する中小企業の倒産が激増している。
激増と行っても、
統計的には年間5件が30件程度になったという程度の話だが、
表に出ない小さな損失は統計には現れないだろうから実際はもっと多いだろう。
また、
表に出ないように損失補填を銀行が密かに行っている可能性もある。
本来、リスクを回避すべきはずのこうしたリスクヘッジ型の金融商品が、
企業倒産に導いているというのは非常に皮肉な話だ。
カンタンに銀行を信用してしまう経営者側にも問題があるが、
その危険性をしっかり説明せずに商品を買わせて、
結果的に企業を食い物にする銀行の金儲け主義の実態が如実にあらわれている。
ここ数年、中小企業支援を担う「中小企業診断士」の試験において、
このデリバティブついての知識を問う問題がよく出題されていた。
オプション取引、プット(売り)、コール(買い)などの知識だ。
小生は中小企業にデリバティブが必要なのか?
といつも大きな疑問を持っていた。
中小企業診断士試験は多くの金融関係者が受験している。
大企業が行っているデリバティブを中小企業にも売りたい銀行マン向けのサービス問題だとかねてか
ら思っていたのだ。
もちろん、
中小企業診断士の中には、
銀行にだまされないようにその危険性を見越してコンサルできた人もいたかもしれないが、
少なくとも、教科書レベルでは、
デリバティブはリスク回避の有効な手段であって、
キケン性の「キ」の字も語られていない。
映画「Defiance~ディファイアンス」~ヘンな邦題
映画「Defiance~ディファイアンス」。
訳すと「反抗~反抗」。
最近、宣伝・広告・営業に悪影響を及ぼす悪い映画のタイトルが多い。
このタイトルでは見たい人も目を背ける。
”Defiance”は比較的難しい英単語だ。
大学受験の英単語レベルはまだ身につけているつもりだが、
辞書を引いてしまった。
一昔前の常識ある人々ならば、
このレベルの英単語を映画のタイトルにはしなかっただろう。
日本語で単刀直入に「反抗~ディファイアンス」とか、
もう少し知恵を絞って「理由ある抵抗」とか。
訳すと「反抗~反抗」。
最近、宣伝・広告・営業に悪影響を及ぼす悪い映画のタイトルが多い。
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”Defiance”は比較的難しい英単語だ。
大学受験の英単語レベルはまだ身につけているつもりだが、
辞書を引いてしまった。
一昔前の常識ある人々ならば、
このレベルの英単語を映画のタイトルにはしなかっただろう。
日本語で単刀直入に「反抗~ディファイアンス」とか、
もう少し知恵を絞って「理由ある抵抗」とか。
2冊の太平洋戦争史の本~太平洋の奇跡
最近、2冊の太平洋戦争史の本を手にした。
1冊目は、
今日、2011年2月11日から公開されている映画「太平洋の奇跡」の原作、「タッポーチョ 太平洋の奇跡」(ドン・ジョーンズ著 祥伝社)。
サイパン島で2万人以上のアメリカ軍に対して、タッポーチョ山の洞窟を根城にして50名弱の兵でゲリラ戦を行った大場栄・陸軍大尉の部隊を描いている。
小生はグアムには3回行ったがサイパンには行ったことがない。サイパンは高い山のない=隠れてゲリラ戦を行えるような場所のない平坦な島なので驚きだ。サイパン最高峰のタッポーチョ山の標高は450mくらいだ。
大場大尉のことをアメリカ軍将兵は畏敬の念を込めて「フォックス」(キツネ)と呼んでいた。当時、北アフリカ戦線で「砂漠のキツネ」といわれたのはドイツ陸軍のロンメル将軍だから相当名誉あるあだ名だ。
大場部隊のゲリラ戦が終焉したのは昭和45年12月、終戦後3ヶ月以上たってのことだった。
降伏した大場隊47名の兵士を賞賛してアメリカ軍は盛大なパーティを催したという。アメリカ兵も早く家族の元に帰りたかったのだろう。
1982年にこの本が初版上梓されたときは日本語版だけで英語版は出版されなかった。初版時の題名は『タッポーチョ「敵ながら天晴」大場隊の勇戦512日』。その後、絶版になり、今回の映画化を機に再版された
2冊目は、
「沖縄 シュガーローフの戦い」(ジェームス・H・ハラス著 光文社)。
沖縄上陸作戦ではノルマンディー上陸作戦の2倍以上のアメリカ軍将兵17万人が動員され、首里城西のシュガーローフ(日本名称:安里52高地)と呼ばれる小さな丘の周辺では9日間の激戦で2500名超のアメリカ軍将兵が命を落とした。日本軍・沖縄義勇軍の死者数はその倍ともいわれている。
シュガーローフの戦いでは、日本軍はさながら戦国時代の城防御戦のように3つの丘と谷・崖等をたくみに使って、敵兵を誘い込み撃破するという戦術で、多くのアメリカ将兵が犠牲になった。
このときの日本軍の主力は関東で編成された独立混成第44旅団・独立混成第15連隊。名前の通り混成部隊で、正規の部隊と言うよりはさまざまな正規部隊からの寄せ集めの部隊。シュガーローフの戦いを生き残った多くの日本軍・沖縄義勇軍は玉砕している。
アメリカ側の主力、第6海兵師団は犠牲者の多さから後に解散してしまい、戦史の記録が他の師団よりも少ないという。
この戦いは、欧州戦線を描いた「バンド・オブ・ブラザース」製作グループがアメリカ第1海兵師団の海兵隊員を主人公に太平洋戦争の実話TVドラマシリーズ「ザ・パシフィック」(The Pacific)第9話(全10話)にも入っている。このドラマはWOWOWで先日放映終了し、近々DVD化されるだろう。
この激戦の地はその過去の歴史を完全に払拭するかのように造成され、いまや那覇市の新都心おもろまちの一部になっている。戦いの小さな碑を残すだけになった小さな丘は都市開発された現代的な建物群を見下ろしている。
新都心おもろまちの再開発時には多くの遺骨が出た。シュガーローフ一帯で日米双方共に日本軍・沖縄義勇兵士の遺骨収集をしていないため、おもろまち付近は数千の遺骨がいまだに一切の供養もされずにそのまま埋まっている。だから、日本側の正確な死者数は不明なのだ。
悲しいことに、
供養されていない遺骨は沖縄だけではなく、硫黄島もそうだ。
国内ですらこの有様だから海外は…。
東南アジア一帯でいまだに百万柱以上の遺骨が眠ったままだ。
戦後遺骨収集は細々といまだに続けられている。日本政府は、せめて狭い地域で多くの遺骨が眠る激戦地や玉砕地にあっては赤字国債を発行しても早急に収集して供養し遺品を家族の元に届けるべきだ。
共にアメリカ人の手による本。
日本人がこうした戦史を残せないのは誠に残念だ。
しかし、
それにはそれなりに納得すべき大きな理由が横たわっている。
「タッポーチョ 太平洋の奇跡」の冒頭で大場氏の言としてこう書いている。
”今日の日本は世界で最も発展している国の一つ…これを可能にしたのは…過去の完全な否定です。
そこには自己憐憫や反論の余地もありません。われわれは成し遂げた現在の進歩を実現するためには、過去を忘れ去り無視することが必要だったんです”と。
大場氏は当初、著者ドン・ジョーンズ氏からの執筆協力依頼を拒否したが、
事実は事実として後世に残すべきだと思うに至り、
小説「太平洋の奇跡」の執筆に協力したと言う。
思うに、
精神的・文化的・歴史的支柱を完全否定した経済至上主義の時代は終わった。
完全否定したものを半分くらいは取り戻して、
新たな時代を創成してゆくときだろう。
歴史上の事実を抹殺したり、歪曲したりせずに、
事実は事実として素直に後世に伝承し継承してゆきたいものだ。
【蛇足】
サイパン島で降伏する大場隊がタッポーチョ山を降りながら軍歌「歩兵の本領」を歌って行進したという。
この歌を桜チャンネルの番組で田母神氏が歌っていたのを思い出す。全曲通しで聞いたのはこのときがはじめてだった。
「歩兵の本領」といえば、
浅田次郎氏が自衛隊にいた時代を描いた作品に「歩兵の本領」がある。
この小説は、学生運動盛んな1970年代、まだ戦前の軍人が自衛隊で生きていた時代、しかし、今以上(今もか?)に社会的に認知されなかった(今もされないか?)時代の自衛隊をユーモラスに描いている。
「歩兵の本領」を新旧2つのバージョンで聞き比べてみたい。
歌詞に「騎兵」「奉天戦」が出てくることからして20世紀初頭、日露戦争後の曲だろう。
奇しくも、
日本の自衛隊は現在23万人、ほぼこの歌の歌詞に出てくる数だ。
過激な戦後平和教育で洗脳されている脳みそで、
この「歩兵の本領」を平常心でつねに聞くのは困難だ。
しかし、
この「歩兵の本領」を歴史の一部として受け入れて、
少しでも平常心で聞けた瞬間、
戦前と戦後の間にある巨大な溝が埋まり、
そして、
はじめて戦後が終わったと実感できる。
1冊目は、
今日、2011年2月11日から公開されている映画「太平洋の奇跡」の原作、「タッポーチョ 太平洋の奇跡」(ドン・ジョーンズ著 祥伝社)。
サイパン島で2万人以上のアメリカ軍に対して、タッポーチョ山の洞窟を根城にして50名弱の兵でゲリラ戦を行った大場栄・陸軍大尉の部隊を描いている。
小生はグアムには3回行ったがサイパンには行ったことがない。サイパンは高い山のない=隠れてゲリラ戦を行えるような場所のない平坦な島なので驚きだ。サイパン最高峰のタッポーチョ山の標高は450mくらいだ。
大場大尉のことをアメリカ軍将兵は畏敬の念を込めて「フォックス」(キツネ)と呼んでいた。当時、北アフリカ戦線で「砂漠のキツネ」といわれたのはドイツ陸軍のロンメル将軍だから相当名誉あるあだ名だ。
大場部隊のゲリラ戦が終焉したのは昭和45年12月、終戦後3ヶ月以上たってのことだった。
降伏した大場隊47名の兵士を賞賛してアメリカ軍は盛大なパーティを催したという。アメリカ兵も早く家族の元に帰りたかったのだろう。
1982年にこの本が初版上梓されたときは日本語版だけで英語版は出版されなかった。初版時の題名は『タッポーチョ「敵ながら天晴」大場隊の勇戦512日』。その後、絶版になり、今回の映画化を機に再版された
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2冊目は、
「沖縄 シュガーローフの戦い」(ジェームス・H・ハラス著 光文社)。
沖縄上陸作戦ではノルマンディー上陸作戦の2倍以上のアメリカ軍将兵17万人が動員され、首里城西のシュガーローフ(日本名称:安里52高地)と呼ばれる小さな丘の周辺では9日間の激戦で2500名超のアメリカ軍将兵が命を落とした。日本軍・沖縄義勇軍の死者数はその倍ともいわれている。
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シュガーローフの戦いでは、日本軍はさながら戦国時代の城防御戦のように3つの丘と谷・崖等をたくみに使って、敵兵を誘い込み撃破するという戦術で、多くのアメリカ将兵が犠牲になった。
このときの日本軍の主力は関東で編成された独立混成第44旅団・独立混成第15連隊。名前の通り混成部隊で、正規の部隊と言うよりはさまざまな正規部隊からの寄せ集めの部隊。シュガーローフの戦いを生き残った多くの日本軍・沖縄義勇軍は玉砕している。
アメリカ側の主力、第6海兵師団は犠牲者の多さから後に解散してしまい、戦史の記録が他の師団よりも少ないという。
この戦いは、欧州戦線を描いた「バンド・オブ・ブラザース」製作グループがアメリカ第1海兵師団の海兵隊員を主人公に太平洋戦争の実話TVドラマシリーズ「ザ・パシフィック」(The Pacific)第9話(全10話)にも入っている。このドラマはWOWOWで先日放映終了し、近々DVD化されるだろう。
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この激戦の地はその過去の歴史を完全に払拭するかのように造成され、いまや那覇市の新都心おもろまちの一部になっている。戦いの小さな碑を残すだけになった小さな丘は都市開発された現代的な建物群を見下ろしている。
新都心おもろまちの再開発時には多くの遺骨が出た。シュガーローフ一帯で日米双方共に日本軍・沖縄義勇兵士の遺骨収集をしていないため、おもろまち付近は数千の遺骨がいまだに一切の供養もされずにそのまま埋まっている。だから、日本側の正確な死者数は不明なのだ。
悲しいことに、
供養されていない遺骨は沖縄だけではなく、硫黄島もそうだ。
国内ですらこの有様だから海外は…。
東南アジア一帯でいまだに百万柱以上の遺骨が眠ったままだ。
戦後遺骨収集は細々といまだに続けられている。日本政府は、せめて狭い地域で多くの遺骨が眠る激戦地や玉砕地にあっては赤字国債を発行しても早急に収集して供養し遺品を家族の元に届けるべきだ。
共にアメリカ人の手による本。
日本人がこうした戦史を残せないのは誠に残念だ。
しかし、
それにはそれなりに納得すべき大きな理由が横たわっている。
「タッポーチョ 太平洋の奇跡」の冒頭で大場氏の言としてこう書いている。
”今日の日本は世界で最も発展している国の一つ…これを可能にしたのは…過去の完全な否定です。
そこには自己憐憫や反論の余地もありません。われわれは成し遂げた現在の進歩を実現するためには、過去を忘れ去り無視することが必要だったんです”と。
大場氏は当初、著者ドン・ジョーンズ氏からの執筆協力依頼を拒否したが、
事実は事実として後世に残すべきだと思うに至り、
小説「太平洋の奇跡」の執筆に協力したと言う。
思うに、
精神的・文化的・歴史的支柱を完全否定した経済至上主義の時代は終わった。
完全否定したものを半分くらいは取り戻して、
新たな時代を創成してゆくときだろう。
歴史上の事実を抹殺したり、歪曲したりせずに、
事実は事実として素直に後世に伝承し継承してゆきたいものだ。
【蛇足】
サイパン島で降伏する大場隊がタッポーチョ山を降りながら軍歌「歩兵の本領」を歌って行進したという。
この歌を桜チャンネルの番組で田母神氏が歌っていたのを思い出す。全曲通しで聞いたのはこのときがはじめてだった。
「歩兵の本領」といえば、
浅田次郎氏が自衛隊にいた時代を描いた作品に「歩兵の本領」がある。
この小説は、学生運動盛んな1970年代、まだ戦前の軍人が自衛隊で生きていた時代、しかし、今以上(今もか?)に社会的に認知されなかった(今もされないか?)時代の自衛隊をユーモラスに描いている。
| 歩兵の本領 | |
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「歩兵の本領」を新旧2つのバージョンで聞き比べてみたい。
歌詞に「騎兵」「奉天戦」が出てくることからして20世紀初頭、日露戦争後の曲だろう。
奇しくも、
日本の自衛隊は現在23万人、ほぼこの歌の歌詞に出てくる数だ。
過激な戦後平和教育で洗脳されている脳みそで、
この「歩兵の本領」を平常心でつねに聞くのは困難だ。
しかし、
この「歩兵の本領」を歴史の一部として受け入れて、
少しでも平常心で聞けた瞬間、
戦前と戦後の間にある巨大な溝が埋まり、
そして、
はじめて戦後が終わったと実感できる。
タンス預金国家からの転換
日本には1000兆円の借金があるが、
その95%は国内から調達している。
借金を国内でまかなうための金融資産の原資は、
このまま国債を発行し続ければ後10年以内で、
底をつく。
借金=国債発行を担保する国内の金融資産を見ると、
日本の上場企業の内部留保は200兆円超(ここ10年で2倍!)、
農協の預金は80兆円超、
郵政民営化で約100兆円が民間銀行等に逃げたが、
それでもゆうちょ銀行の預金は200兆円超(これでほとんど日本国債を買っている)、
これだけで500兆円弱。
これにゼロ金利に近い民間銀行の預金を入れれば1000兆円を超え、
日本の金融資産は全部で1400兆円超。
これに日本の不動産800兆円(日本のGDPの2倍)を入れれば、
日本の資産価値は2000兆円弱にはなる。
不動産価額は国内の自己満足的な価値で、
ここ10年で不動産は300兆円くらい下がっていて(同時期の国債発行額とほぼ同額)、
まだ下がる可能性が高い。
その意味で、一般的な論調では、
国債の担保は安定的な金融資産ということになっている。
日本の金融資産の6割超を、
年金満額支給で、
さらに人生の黄昏時でお金を使わない高齢層が保有しているのだから、
社会が閉塞して、
お金が動かず内需がふるわないのも無理がない。
日本社会の保守反動性と、
構造的不況の最大原因はここにある。
子供をつくれない高齢者層に富と力が偏在しているという意味で、
少子化問題もここに行きつく。
お金の30%以上は日本国債とアメリカ国債購入に充てられ日米の財政を支え、
残りの半分以上はタンス預金のように静かに眠っている。
そんな感じだ。
成長につながる投資はわずかで、
多くはタンス預金状態で眠っているのが現実だ。
昨今の円高でこれらの金融資産はさらに価値を増しているが、
宝の持ち腐れ状態だ。
最近になって、
やっと企業の設備投資が増え出し、
日本企業の海外でのM&Aは過去最大規模になっているようで、
徐々に明るい兆しも見えてきている。
しかし、
余裕資金のある個人は…といえば、
投資とはいえないパチンコに年間20兆円もつぎ込んで(ここ10年で30%くらい減ったものの)、
後は預金(金融機関の最大の運用は国債購入)というのが大方の資金運用スタイルだろう。
高齢者層の保有している800兆円超の資産のうち、
10%=80兆円が株式投資や投資信託、
身内・親族の起業資金に回るだけでも社会は明るくなる。
ただ、
保守的な多くの潜在的な投資家層から見れば、
ホリエモンのような社会性の低い起業家?投資家?は合法的な振り込め詐欺にも見えて、
彼の存在は投資家・起業家双方にとってマイナスだったと言える。
外国資本にはありがたくない話だが、
日本の株式市場(時価総額300兆円)に国内資本が投入されると、
止まらない日本企業の株式持ち合い解消売りを国内で支えることができ、
外国資本支配比率(6割超)を下げることができる。
これにより、弱体化した日本の経済的自立性を高めるだけでなく、
景気も大きく改善し、
日本の財政赤字縮小にも貢献するだろう。
誠に、まことに僭越ながら振り込め詐欺に引っかかるような高齢層に大事な虎の子、
お金を預けておくのは危険だ。
これからの日本社会を支える、
ベンチャー意欲と変革意欲の旺盛な若い世代に所得の再分配を行って、
有効な投資と成果を生み出すことが最善の処方箋だ。
民主党は国家政策として新・成長戦略を打ち出しているが、
今、必要なのは国・企業ではなく「個人」の成長戦略だ。
その95%は国内から調達している。
借金を国内でまかなうための金融資産の原資は、
このまま国債を発行し続ければ後10年以内で、
底をつく。
借金=国債発行を担保する国内の金融資産を見ると、
日本の上場企業の内部留保は200兆円超(ここ10年で2倍!)、
農協の預金は80兆円超、
郵政民営化で約100兆円が民間銀行等に逃げたが、
それでもゆうちょ銀行の預金は200兆円超(これでほとんど日本国債を買っている)、
これだけで500兆円弱。
これにゼロ金利に近い民間銀行の預金を入れれば1000兆円を超え、
日本の金融資産は全部で1400兆円超。
これに日本の不動産800兆円(日本のGDPの2倍)を入れれば、
日本の資産価値は2000兆円弱にはなる。
不動産価額は国内の自己満足的な価値で、
ここ10年で不動産は300兆円くらい下がっていて(同時期の国債発行額とほぼ同額)、
まだ下がる可能性が高い。
その意味で、一般的な論調では、
国債の担保は安定的な金融資産ということになっている。
日本の金融資産の6割超を、
年金満額支給で、
さらに人生の黄昏時でお金を使わない高齢層が保有しているのだから、
社会が閉塞して、
お金が動かず内需がふるわないのも無理がない。
日本社会の保守反動性と、
構造的不況の最大原因はここにある。
子供をつくれない高齢者層に富と力が偏在しているという意味で、
少子化問題もここに行きつく。
お金の30%以上は日本国債とアメリカ国債購入に充てられ日米の財政を支え、
残りの半分以上はタンス預金のように静かに眠っている。
そんな感じだ。
成長につながる投資はわずかで、
多くはタンス預金状態で眠っているのが現実だ。
昨今の円高でこれらの金融資産はさらに価値を増しているが、
宝の持ち腐れ状態だ。
最近になって、
やっと企業の設備投資が増え出し、
日本企業の海外でのM&Aは過去最大規模になっているようで、
徐々に明るい兆しも見えてきている。
しかし、
余裕資金のある個人は…といえば、
投資とはいえないパチンコに年間20兆円もつぎ込んで(ここ10年で30%くらい減ったものの)、
後は預金(金融機関の最大の運用は国債購入)というのが大方の資金運用スタイルだろう。
高齢者層の保有している800兆円超の資産のうち、
10%=80兆円が株式投資や投資信託、
身内・親族の起業資金に回るだけでも社会は明るくなる。
ただ、
保守的な多くの潜在的な投資家層から見れば、
ホリエモンのような社会性の低い起業家?投資家?は合法的な振り込め詐欺にも見えて、
彼の存在は投資家・起業家双方にとってマイナスだったと言える。
外国資本にはありがたくない話だが、
日本の株式市場(時価総額300兆円)に国内資本が投入されると、
止まらない日本企業の株式持ち合い解消売りを国内で支えることができ、
外国資本支配比率(6割超)を下げることができる。
これにより、弱体化した日本の経済的自立性を高めるだけでなく、
景気も大きく改善し、
日本の財政赤字縮小にも貢献するだろう。
誠に、まことに僭越ながら振り込め詐欺に引っかかるような高齢層に大事な虎の子、
お金を預けておくのは危険だ。
これからの日本社会を支える、
ベンチャー意欲と変革意欲の旺盛な若い世代に所得の再分配を行って、
有効な投資と成果を生み出すことが最善の処方箋だ。
民主党は国家政策として新・成長戦略を打ち出しているが、
今、必要なのは国・企業ではなく「個人」の成長戦略だ。
エジプトのフェイスブック革命??~びくつく中国
フェイスブックは匿名でも登録できる。
会員登録に本名を出す必要はないし、
フェイスブックには本名であることをチェックする機能もない。
フェイスブックには「人」以外にも、
たとえば、アメリカ海軍の「軍艦」が登録されていて、
乗組員の家族との交流や広報に使われたりしている。
フェイスブックがあたかも本人だけの草の根の場であるかのように言われているが、
一部の匿名の人間や組織が人々を「扇動」することは十分可能だ。
そもそもPCの普及率の低いエジプトで大きな口コミの手段になったとは思えないが。
チュニジアやエジプトなどの中東地域でのPCの普及率は30%程度で所有者は中流以上の富裕層だろう。
エジプトのムバラク政権が大規模な民衆のデモで政権放棄までにいたったが、
それは多くの人の不満が爆発したからで、
フェイスブックによってもたらされたものではない。
エジプトでの人々の交流は、
個々の直接的な言動に広がってゆく「口コミ」が一番大きく、
携帯電話の存在が大きいだろう。
ネットの手段ならばフェイスブックよりも「メール」のほうが大きな口コミの手段だろう。
ネットカフェでの利用は確かに考えられるが、
ネットカフェで個人情報を入れるのは無知かまたは勇気がいる。
無料でノートPCやスマートフォンを配布したのか?
携帯のネット利用を無料で開放したのか?
いずれにせと、
お金と手間がかかるのでがネットだ。
中東地域でのフェイスブックを気軽で利用出来るスマートフォンの普及率は低く、
携帯電話でネット接続してフェイスブックを見る人は少ない。
その意味でインターネットを規制しても、
その効果は、
大きな口コミの力ほどではなく、また、
直接的な口コミを封じることは困難だ。
また、
それが本当に地道な草の根的な波紋の広がりだったのか?
民間組織や国家機関による組織的に企図された波紋だったのか?
見きわめることも困難だ。
思えば、
イスラム圏における反米活動と、
中国・朝鮮半島での反日活動はよく似ている。
内政問題における矛盾を隠蔽するためにスケープゴートを作り、
国家高揚にも利用していたのが仮想敵国作りだ。
チュニジア、エジプトの政変にびくびくしている国は、
中国だろう。
今の中国は共産主義は表向きで、
実質は共産党独裁による帝国主義的な資本主義国家。
経済的には日本を抜いてGDP第二位となったが、
共産主義国家としての高邁な理想、建国の精神はすたれてしまっている。
最大多数の国民の幸福よりも国の権威増幅と少数者の幸福を追及している。
上海などの大都市では1億円を超えるマンションが乱立しているありさま。
かつて、
鄧小平が言った「先富論」の第二ステップ、
先に豊かになった人が貧しい人に富を分配するという、
富の再分配を政治的に実施するときがきていると思われる。
しかし、
そのとき、
中国の経済成長はストップするだろう。
それを回避するには、
共産主義という重しを完全に取り除くことになるのかもしれない。
そして、
共産党一党独裁から議会制民主主義に完全移行するのかもしれない。
そのとき、
中国の第二の成長が始まるのかもしれないし、
中東でおきているような政変が生まれるのかもしれない。
会員登録に本名を出す必要はないし、
フェイスブックには本名であることをチェックする機能もない。
フェイスブックには「人」以外にも、
たとえば、アメリカ海軍の「軍艦」が登録されていて、
乗組員の家族との交流や広報に使われたりしている。
フェイスブックがあたかも本人だけの草の根の場であるかのように言われているが、
一部の匿名の人間や組織が人々を「扇動」することは十分可能だ。
そもそもPCの普及率の低いエジプトで大きな口コミの手段になったとは思えないが。
チュニジアやエジプトなどの中東地域でのPCの普及率は30%程度で所有者は中流以上の富裕層だろう。
エジプトのムバラク政権が大規模な民衆のデモで政権放棄までにいたったが、
それは多くの人の不満が爆発したからで、
フェイスブックによってもたらされたものではない。
エジプトでの人々の交流は、
個々の直接的な言動に広がってゆく「口コミ」が一番大きく、
携帯電話の存在が大きいだろう。
ネットの手段ならばフェイスブックよりも「メール」のほうが大きな口コミの手段だろう。
ネットカフェでの利用は確かに考えられるが、
ネットカフェで個人情報を入れるのは無知かまたは勇気がいる。
無料でノートPCやスマートフォンを配布したのか?
携帯のネット利用を無料で開放したのか?
いずれにせと、
お金と手間がかかるのでがネットだ。
中東地域でのフェイスブックを気軽で利用出来るスマートフォンの普及率は低く、
携帯電話でネット接続してフェイスブックを見る人は少ない。
その意味でインターネットを規制しても、
その効果は、
大きな口コミの力ほどではなく、また、
直接的な口コミを封じることは困難だ。
また、
それが本当に地道な草の根的な波紋の広がりだったのか?
民間組織や国家機関による組織的に企図された波紋だったのか?
見きわめることも困難だ。
思えば、
イスラム圏における反米活動と、
中国・朝鮮半島での反日活動はよく似ている。
内政問題における矛盾を隠蔽するためにスケープゴートを作り、
国家高揚にも利用していたのが仮想敵国作りだ。
チュニジア、エジプトの政変にびくびくしている国は、
中国だろう。
今の中国は共産主義は表向きで、
実質は共産党独裁による帝国主義的な資本主義国家。
経済的には日本を抜いてGDP第二位となったが、
共産主義国家としての高邁な理想、建国の精神はすたれてしまっている。
最大多数の国民の幸福よりも国の権威増幅と少数者の幸福を追及している。
上海などの大都市では1億円を超えるマンションが乱立しているありさま。
かつて、
鄧小平が言った「先富論」の第二ステップ、
先に豊かになった人が貧しい人に富を分配するという、
富の再分配を政治的に実施するときがきていると思われる。
しかし、
そのとき、
中国の経済成長はストップするだろう。
それを回避するには、
共産主義という重しを完全に取り除くことになるのかもしれない。
そして、
共産党一党独裁から議会制民主主義に完全移行するのかもしれない。
そのとき、
中国の第二の成長が始まるのかもしれないし、
中東でおきているような政変が生まれるのかもしれない。
小学生(低学年)のホリエモンだが
2/4:朝まで生テレビ(テレ朝)で、
ホリエモンいわく、
「まさかのときはゲリラで戦えばでいいでしょ。現代はテロの時代でしょ。
ベトナムは勝ったでしょ。」
と言って組織的な国による防衛を否定する。
好きこのんで、
悲惨なゲリラ戦や体に爆弾を巻き付けてテロをする人間はいない。
そのような悲惨な戦争をしないために国は防衛体制を整え、
外交手段で平和的解決をするために国民は税金を国に支払うのだ。
ホリエモンいわく、
「いまどき北朝鮮、中国が日本を攻めるわけがない。」
と言いながら、
尖閣諸島なんてどうでもいい、
中国に尖閣なんぞくれてやれと間接的に言っている。
たぶん、
北朝鮮の国家的犯罪である日本人拉致問題もどうでもいいのだろう。
同じ番組によく出演しているアズマ(この人が早稲田の教授とは世も末だ)氏も
小学生レベルだと思っていたが、
ホリエモンと並べるとまだ小学校高学年レベルに見える。
所詮、
彼は自分の領分だけ守ればいいと思っているのだ。
彼のメルマガに多くの人がなけなしのお金を貢いで、
いまだに年収数千万以上はあるわけだから、
社会や他人なんてどうでもいいのだろう。
まさしく、
彼は戦後民主主義教育と経済至上主義の生んだ象徴的な人物だ。
とはいえ、
今のような財政逼迫時に最初に削減されるべきは軍事費。
そして、
二択でいけば、
外憂(海外問題)よりも内患(国内問題)が日本の大問題。
しかし、
内憂外患は密接に関係しているが。
ホリエモンいわく、
「まさかのときはゲリラで戦えばでいいでしょ。現代はテロの時代でしょ。
ベトナムは勝ったでしょ。」
と言って組織的な国による防衛を否定する。
好きこのんで、
悲惨なゲリラ戦や体に爆弾を巻き付けてテロをする人間はいない。
そのような悲惨な戦争をしないために国は防衛体制を整え、
外交手段で平和的解決をするために国民は税金を国に支払うのだ。
ホリエモンいわく、
「いまどき北朝鮮、中国が日本を攻めるわけがない。」
と言いながら、
尖閣諸島なんてどうでもいい、
中国に尖閣なんぞくれてやれと間接的に言っている。
たぶん、
北朝鮮の国家的犯罪である日本人拉致問題もどうでもいいのだろう。
同じ番組によく出演しているアズマ(この人が早稲田の教授とは世も末だ)氏も
小学生レベルだと思っていたが、
ホリエモンと並べるとまだ小学校高学年レベルに見える。
所詮、
彼は自分の領分だけ守ればいいと思っているのだ。
彼のメルマガに多くの人がなけなしのお金を貢いで、
いまだに年収数千万以上はあるわけだから、
社会や他人なんてどうでもいいのだろう。
まさしく、
彼は戦後民主主義教育と経済至上主義の生んだ象徴的な人物だ。
とはいえ、
今のような財政逼迫時に最初に削減されるべきは軍事費。
そして、
二択でいけば、
外憂(海外問題)よりも内患(国内問題)が日本の大問題。
しかし、
内憂外患は密接に関係しているが。
国旗国歌訴訟~敗訴は当然だろ
東京都の地方公務員である教員(=日教組構成員?)ら400人弱が、
国歌斉唱や国旗掲揚に従う義務がないことの確認と慰謝料を求めていた訴訟で、
1月28日、東京高裁は東京地裁の一審(原告勝訴)をくつがえして逆転判決を出し、
原告は敗訴となった。
すなわち、
公務員たる教員は国歌斉唱や国旗掲揚を行う義務があり、
これを義務としても憲法には違反しないとした。
訴える前に「公務員」が起こした今回のような訴訟は、
当事者適格がないとして裁判所が訴え棄却してもいい訴訟だ。
国家の公僕である身分の公務員が、
「国」を完全否定するような行いをすることは犯罪に近い行為だ。
訴える前に公務員を辞職して(もちろん高額な退職金も優遇された年金も減額で)、
「自由人」になってから訴訟当事者になってほしいものだ。
敗訴を受けて、
都立高校の某元教諭(61歳:団塊の世代は破壊の世代だ)いわく、
「裁判長の判断は全く理解できない。私は生徒に『あきらめるな』と教えてきた。
これからも、理不尽をやめさせるために闘っていきたい」
「理不尽」なのはどっちだ。
日本から国旗と国歌がなくなったら…
どうするんですか!
と声高にお聞きしたいものだ。
公務員の教員がこのような訴訟を起こすこと自体、日本の恥だ。
今となってはバカげた訴訟だと思うが、
少し前まではこのバカげた訴訟が経済至上唯一主義謳歌の中で、
自虐史観の象徴として、
世間から比較的あたたかくむかえられていた感じだ。
しかし、
経済至上唯一主義から抜け出して自虐の呪縛から徐々に解かれ、
フツーになりつつある今、
国としての全体バランスを取り戻しつつある今では、
このような「理不尽」な公務員・教員の訴えを見ると、
日本国籍をはく奪して、外国にでも行ってほしいとさえ思う。
外国に行けば、いかに世界が「国」という背景の中で、
個人差はあれ、自分自身を見つけ、律しているかがよくわかるはずだ。
それが理解できないのならば、
日教組は北朝鮮・中国の国歌・国旗は認めているようだから、
北朝鮮か中国の学校で、
嬉々としてよその国の国歌・国旗を掲揚すればよいのではないだろうか。
最高裁に控訴するそうだが、
訴訟継続するなら、
血税から支払われた公務員給与・退職金・年金ではなく、
本当に自分で稼いだお金で弁護士費用などをまかなってほしいものだ。
日本にはたしかに言論・思想・信条の自由があるが、
国旗や国歌を否定する言動を訴訟で行う前に、
公務員の職を辞して、
最低限、代替案の国旗と国歌を準備するくらいの頭の構造を持ってほしいものだ。
国歌斉唱や国旗掲揚に従う義務がないことの確認と慰謝料を求めていた訴訟で、
1月28日、東京高裁は東京地裁の一審(原告勝訴)をくつがえして逆転判決を出し、
原告は敗訴となった。
すなわち、
公務員たる教員は国歌斉唱や国旗掲揚を行う義務があり、
これを義務としても憲法には違反しないとした。
訴える前に「公務員」が起こした今回のような訴訟は、
当事者適格がないとして裁判所が訴え棄却してもいい訴訟だ。
国家の公僕である身分の公務員が、
「国」を完全否定するような行いをすることは犯罪に近い行為だ。
訴える前に公務員を辞職して(もちろん高額な退職金も優遇された年金も減額で)、
「自由人」になってから訴訟当事者になってほしいものだ。
敗訴を受けて、
都立高校の某元教諭(61歳:団塊の世代は破壊の世代だ)いわく、
「裁判長の判断は全く理解できない。私は生徒に『あきらめるな』と教えてきた。
これからも、理不尽をやめさせるために闘っていきたい」
「理不尽」なのはどっちだ。
日本から国旗と国歌がなくなったら…
どうするんですか!
と声高にお聞きしたいものだ。
公務員の教員がこのような訴訟を起こすこと自体、日本の恥だ。
今となってはバカげた訴訟だと思うが、
少し前まではこのバカげた訴訟が経済至上唯一主義謳歌の中で、
自虐史観の象徴として、
世間から比較的あたたかくむかえられていた感じだ。
しかし、
経済至上唯一主義から抜け出して自虐の呪縛から徐々に解かれ、
フツーになりつつある今、
国としての全体バランスを取り戻しつつある今では、
このような「理不尽」な公務員・教員の訴えを見ると、
日本国籍をはく奪して、外国にでも行ってほしいとさえ思う。
外国に行けば、いかに世界が「国」という背景の中で、
個人差はあれ、自分自身を見つけ、律しているかがよくわかるはずだ。
それが理解できないのならば、
日教組は北朝鮮・中国の国歌・国旗は認めているようだから、
北朝鮮か中国の学校で、
嬉々としてよその国の国歌・国旗を掲揚すればよいのではないだろうか。
最高裁に控訴するそうだが、
訴訟継続するなら、
血税から支払われた公務員給与・退職金・年金ではなく、
本当に自分で稼いだお金で弁護士費用などをまかなってほしいものだ。
日本にはたしかに言論・思想・信条の自由があるが、
国旗や国歌を否定する言動を訴訟で行う前に、
公務員の職を辞して、
最低限、代替案の国旗と国歌を準備するくらいの頭の構造を持ってほしいものだ。
格差社会~日本の一票の格差は平均5倍以上か
もし、日本憲法の言うとおりに三権分立が確立していたら、
多くの社会問題が解決し、
昨今の息の詰まるような閉塞状況もなかったかもしれない。
昨今、裁判所が逃げ腰になっている最大の事案は、
選挙における「一票の格差」の問題だ。
選挙制度は議会制民主主義の必須の基盤であり、
公平・平等な選挙が担保されなければならない。
しかし、
最近では2009年(平成21年)9月30日の最高裁判決で、
「1:4.86」の格差も合憲(憲法違反ではない)としている。
地裁・高裁の下級審では違憲状態だとする判決を出しているが、
最高裁判所はこれを否定して1993年以降、
一票の格差を巡る裁判で一度も違憲(憲法違反)判決を出していない。
【参考】一票の格差
日本では、
ある過疎地域の高齢者1人の1票が、
ある都会の若者1人の5~7票分のくらいの重みなることさえある。
この一票の格差は、
日本でもっとも深刻な格差問題だといえる。
一票の格差について、
裁判所が常識的な見地で違憲判断をしていたならば、
日本の政治も社会も大きく改善されているだろう。
風が吹けば桶屋が儲かるという突飛な因果関係になりかねないが、
平等で正当な選挙制度の下で、
良識と実行力のあるまっとうな政治家がもっと多く輩出されていたら…。
肥大し越権化して権力集中している行政機構は是正され、
ムダな公共事業の発注は監視され、
赤字国債を1000兆円も発行することはなかっただろう。
先進諸国だったら選挙自体が無効になりかねない格差のある不平等な選挙制度は、
すぐにでも是正する必要がある。
しかし、
誰が是正できるのか?
歪んだ選挙制度で選出された政治家に是正が可能か?
一番簡単な解決策は、
一票の格差をめぐって提訴されている多くの裁判において、
裁判所が行政や政治家に影響されずに、
自立的に先進諸国レベルの良識ある判断(格差が違憲であること)を下すことだろう。
裁判所は、
一票の格差をあくまで「1:1」の完全な平等になるように、
国会(政治家)と行政機関に対して最大限の努力を強いるべきだろう。
どの地域の選挙民の一票も同じ重みになることが理想なのだ。
衆議院では「1:2」
参議院では「1:6~7」
までは問題ではないと最高裁は判断しているようだが、
法のもとでの不平等に裁判所が加担し、
不平等を是認している日本の現実は悲しい。
多くの社会問題が解決し、
昨今の息の詰まるような閉塞状況もなかったかもしれない。
昨今、裁判所が逃げ腰になっている最大の事案は、
選挙における「一票の格差」の問題だ。
選挙制度は議会制民主主義の必須の基盤であり、
公平・平等な選挙が担保されなければならない。
しかし、
最近では2009年(平成21年)9月30日の最高裁判決で、
「1:4.86」の格差も合憲(憲法違反ではない)としている。
地裁・高裁の下級審では違憲状態だとする判決を出しているが、
最高裁判所はこれを否定して1993年以降、
一票の格差を巡る裁判で一度も違憲(憲法違反)判決を出していない。
【参考】一票の格差
日本では、
ある過疎地域の高齢者1人の1票が、
ある都会の若者1人の5~7票分のくらいの重みなることさえある。
この一票の格差は、
日本でもっとも深刻な格差問題だといえる。
一票の格差について、
裁判所が常識的な見地で違憲判断をしていたならば、
日本の政治も社会も大きく改善されているだろう。
風が吹けば桶屋が儲かるという突飛な因果関係になりかねないが、
平等で正当な選挙制度の下で、
良識と実行力のあるまっとうな政治家がもっと多く輩出されていたら…。
肥大し越権化して権力集中している行政機構は是正され、
ムダな公共事業の発注は監視され、
赤字国債を1000兆円も発行することはなかっただろう。
先進諸国だったら選挙自体が無効になりかねない格差のある不平等な選挙制度は、
すぐにでも是正する必要がある。
しかし、
誰が是正できるのか?
歪んだ選挙制度で選出された政治家に是正が可能か?
一番簡単な解決策は、
一票の格差をめぐって提訴されている多くの裁判において、
裁判所が行政や政治家に影響されずに、
自立的に先進諸国レベルの良識ある判断(格差が違憲であること)を下すことだろう。
裁判所は、
一票の格差をあくまで「1:1」の完全な平等になるように、
国会(政治家)と行政機関に対して最大限の努力を強いるべきだろう。
どの地域の選挙民の一票も同じ重みになることが理想なのだ。
衆議院では「1:2」
参議院では「1:6~7」
までは問題ではないと最高裁は判断しているようだが、
法のもとでの不平等に裁判所が加担し、
不平等を是認している日本の現実は悲しい。

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