地球温暖化推進委員会 -52ページ目

地球温暖化推進委員会

全てのエコNPO・NGO団体に神の裁きを!

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 先日東京に出張する機会があったので前々から某HPで紹介されていたナポリタンとミートソースのスパゲッティしかメニューにないと言う昭和の味覚を売り出している”パンチョ”御徒町店に行く事にした。ターゲットは発券機のボタンに書かれている”変態”の領域の代物らしい”ナポリタン兄貴”である。ここの標準のスパゲッティの量は400gで普通のお店の大盛りに相当するらしい。しかも大盛りを頼んでも料金の追加無しで600gのサービスになる。価格は650円である。変態メニューの兄貴以上の量は兄貴が1200g、番長が1500g、星人が2100gと言う事らしい。ガンダム1st世代の私としては赤い事と3倍と言う条件を満たす”ナポリタン兄貴”を選択した。

 来店時は既に午後2時を過ぎていたが、カウンター席のみの店内は9割がた客が入っていた。場所柄、行列しなくて良い分すいていたと言わざるを得ない。発券機で1050円を支払い席に着くと左隣は少々年配のアヴェック、右はサラリーマン風の男性。男女比は6:4くらいである。他の客のオーダーを聞くと男性の大半は”大盛り”のようだ。運ばれて行く”大盛り”を見たが別に問題無く食べきれる量である。食券を見た女性店員は特別な感じもなく、”ナポリタン兄貴入ります。”と厨房に伝えるだけであったが斜め前の男性と隣の微妙に中年風の男性が反応したのが見てとれた。

 数分後私の兄貴がやってきた。ステンレス皿に盛られた兄貴を見た瞬間、”勝ったな!”と思った。余裕で食べ始めたが先ずその量故になかなか冷めず熱い事に戸惑った。そしてこのパスタとは呼べない麺が曲者である。昔小学校の給食に出て来た蒸し麺であり、麺の断面積は普通のパスタのほぼ倍はありおまけにビヨーンと伸びるのである。そして千切れる時にケチャップの飛沫が周囲に飛び散る・・。ナポリタン風味の焼きうどんと表現してもお店の人から抗議される事は無いと私は断言する。誤解していただきたくはないが、これはそれなりに昭和テイストな美味しさなのである。・・・しかし楽しんで食べる事が出来たのは最初の1/3までであとはひたすら何処まで忍耐できるかと言う状況となった。右隣にいたサラリーマンはさっさと大盛りを片付けていなくなったが左の男女は明らかに、私が食べ終えるかどうかを伺っていた。斜め前の男性もこちらを観察している。2/3を食べ終える頃から苦しくなってきたが、ペースは落ちるものの最後まで食べきった。ほぼ20分強の所要時間であった。食べ終える頃にはお客がかなり減っていたので少しまったりしてから店を出た。

 まだ時間に余裕があったのでJR御徒町からJR秋葉原で腹ごなしで15分程歩いて噂の”ガンダムカフェ”まで移動した。ガンダム30周年でバンダイビジュアルが最近出したカフェである。店内を見るとオタク系とそうでない普通の客の比率は1:4くらいで内装とメニューがガンダムの内容をもじったものである事以外は普通のカフェであった。ここで南米ジャブロー豆のコーヒーを注文した。コーヒーの種類はこのジャブローのみである。店内を観察しつつまったりしていたら、胃ではなくて明らかに大腸に便意とは異なる異変が発生した事が解ったので速やかに宿がある品川へ移動する事にした。下腹部ではなく胃の左下側でガスか何かが蠢いている。尋常ではない状況である事はあきらかであった。品川駅に到着後ホテルまで一気に行くかどうか迷ったが大事をとって駅ビルのトイレに駆け込んだ。

 人は難儀に直面した時何故自分がこんな目に遭わねばならぬのだと状況の理不尽に怒りを覚える事があるだろう。結局ほぼ一時間の時間をかけて私は腹の中に入っていた物を全て京急デパート地下のトイレの便器に強制排出してしまった。目で見て解るほど腹部が凹んでいる。どうやら1200gの兄貴に対応する為、自律神経が強制的に腸を動かした様だった。これで質量保存の法則が成り立ったのだ。

 一瞬気が緩んだのが急に吐き気に襲われてしまった。パンチョを出て既に2時間が経過している。今頃何故?と自問自答していたが、本能的に吐いたほうが利口だと直感して吐き気に逆らわずに便器に吐いてみたが、普通の吐き方と異なり水道の水がホースから出るがごとく、赤いビームが細い放物線を綺麗に描きながら便座に吸い込まれ行くのを見た。胃液の味は殆どせず、二時間前の味をそのまま味わったのである。これを再び胃に納めれば牛並みの反芻能力とも言えなくもないが生憎私は人なのでその必然はない。結果として食べた量の1/3程度は排出したのではないかと思う。原因は前日の夕食を食べ過ぎていたからかもしれないが結局は体調不良と言う事であろう。

 いきなり不快感から解放され余裕でホテルにチェックインしたが内臓に負担がかかったのかそのまま寝てしまった。失神していた可能性も捨てきれないが今となっては既に問題ではない。
夕食の必要が無いのでホテルでテレビを何となく見ていたらBSテレ朝で小林克也のベストヒットUSAを偶然視聴して驚いた。これもまたガンダム同様30周年である。昔と異なるのは小林克也の髪の量のみで何も変わらない。しかし髪の量が30年の時間を物語っている。ナポリタン、ガンダム、ベストヒットUSA全て昭和の産物である。これは感慨無量と言わざるを得ない。

 翌日ももう一回バトルするつもりでいたが、胃腸に疲れが残っている事が自覚できたので今回は戦略的撤退を余儀なくされた。再び上京する時は有楽町のジャポネか二郎系ラーメンに逝ってみようと思ふ。

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 先日の居合道の稽古の時に先生から鹿肉をわけてもらった。どうも刺身として食べるササミと呼ばれる胸肉の部位らしい。一見豚肉のヒレ肉のように見えるが肉の色が違う。まさに血の色である。先生は刺身で食べたらしいが分量自体も刺身一人前程度で味見レベルである。しかし鹿肉は初体験である・・。

 高校時代のクラスメイトでI君と言う楽しい男がいた。彼は進学校では珍しいアイパーと言う髪型で応援指導部と言うちょっと風変わりな部活を楽しんでいた。一見、蛮カラ風であるが実態は自慢である枢軸軍の名物MP40シュマイザーを自室内で乱射し、空薬莢をその辺にばら撒く事に喜びを感じていた。性格自体は全くの田舎のいいアンちゃんである。彼は登校に山の中からJRで二時間もかけて出てくる猛者でもあった。あるときに鹿肉の事が話題となった。彼の住む山里では狩猟が解禁されると若い衆が鹿狩りをして集落の各家庭に人数分の鹿肉を分配して行くと言う慣わしがあった。彼の話ではその獲れたて鹿肉で作る鹿鍋が絶品であると言う事であったが、鹿と言えば奈良の大仏の前庭で糞を撒き散らし、鹿煎餅をねだる為にお辞儀を覚えた例の生き物程度の認識しかない私はグリーンピースやシーシェパードかと言わんばかりの超傲慢な態度で”鹿を食うなどと何と野蛮な!”と言ってみたものの彼の”鹿鍋の美味さを知らんお前は不幸だ!”との切り返しに返す言葉が無かった。

 鹿肉を前にI君の事を思いだざるを得ない。彼の言った私の身の不幸の一つを今解決出来るのである。生憎鍋料理が出来るほどの肉の量でもないが、一瞬で胃に収めるのと言うのも味気ない。色々調理法を調べると鹿肉の炊き込みご飯が量的にも調理法的にも適しているようだった。先ず肉を解凍してみる。変な臭いはしない。殺した直後の血抜きの処理が良いのか元々あまり臭う肉でないのかはわからない。レシピ通り小さなサイコロ状にカットする。血の色がリアルである。思いの外脂身がない。やはりササミだからだろうか。この後軽く湯通しをしておく。あとはお決まりの牛蒡と人参、醤油、酒、みりんである。せっかくの鹿肉である。炊飯器などと言う味気のないマシンに調理させるのもいささか風情がない。ここは野趣の風情を大事にあえて飯盒で炊き込む事としよう。具材を混ぜる以外は普通の飯盒炊爨である。醤油とみりんが加わる分いつもより焦げ付きやすくなるのでここだけが要注意である。準備開始からほぼ一時間ほどで鹿飯が炊きあがった。

 鹿飯を一口ほお張ってみてなんだ何も変わらない普通の炊き込みご飯ではないかと思ったが鹿肉を食べてみてなるほどと思った。野生動物を連想させる筋肉の張りがある。味自体は淡白でクセや臭いは皆無である。非常に優しい上品な代物であったが如何にも生命をいただいていると言った実感がある。その上、山里の昔からある郷土料理といった趣である。自分で作ったから言うわけではないが美味い。結局私一人で二合全部食べてしまった。なるほどI君が自慢するわけである。山の幸で腹を一杯に満たして久しぶりに昼寝までしてしまった。自然の恩恵を受けるとはこういう事を言うのである。

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 ”資活”と言う言葉をご存知だろうか?伝説的な産地偽証で話題になった船場吉兆の関係者の間で作られた身内だけのスラングで”資源活用”の略語である。非常に耳障りのよい言葉であるがその実態は客が食べ残した料理に少しだけごまかしの手を加え、次の客に出すと言う、高価な天然素材を無駄にしない為の合理主義から生まれた経営の知恵だそうだ。これに似た話が朝鮮半島の食堂でもあったそうだが、こちらは”高価な天然素材”と言うものからはかけ離れている事もあり行政からの介入があったように記憶している。産業廃棄物を減らそうとすれば自ずと自然に優しく人に厳しくなるのは物の道理であろう。”いい人”になって天使になるには常に苦痛を伴うものなのである。

 さて私のEG6が三週間ぶりに車検からもどってきた。排気管の腐食によりエンジンの排気バルブ側の排圧(正確には背圧)が抜けてシリンダーの給排気効率が落ちてしまい、エンジンの回転数の全域においてトルク抜けを起こしていたのである。通常の分別の持つものならこの製造後20年目の車両に見切りを付けて今巷で流行の頭の弱い女子供受けするエコカーに買い換える事もやぶさかでないだろう。しかし私は自称”真のエコロジスト地球温暖化推進委員会”の会員であるからして、やはり産業廃棄物をいかにして減らすかと言う事に忠実に努力する義務があるのである。それゆえ清水の舞台から飛び降りる覚悟で今回は社外品の部品の使用に踏み切った。排気管のみならず、ラジエター本体、ストラットタワーバー、チタニウムのシフトレバーが入れ替わったのである。どれも”資活”精神の元に厳選された部品類であるので組み付けや使用には何の問題もない。特にシフトレバーとストラットタワーバーに関しては繊細微妙な私に資活の神様が準備してくれたのではと思わずにいられないタイミングのめぐり合わせであった。

 車両を引き取り、高速道路でエンジンの出力試験を行った。私は珍走団ではないので一般公道で珍走はしない。登搬車線の登り坂でギアをシフトダウンして加減速を繰り返してエンジンの反応を見た。エンジンの回転に素直にトルクがついて来る様になった。まだまだ現役で走れるコンディションである。すばらしい!整備担当をしてくれた我が同志”S隊長”にこの場でお礼の言葉を述べさせていただく。

               ”F自動車工場に一万年の栄光を!!”

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 いづれの御時にか女御、更衣あまたさぶらいける中に、いとやむごとなききはにはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。この冒頭の一文で始まる有名な文学作品は、平安時代の宮中のセレブ達が狂喜乱舞したと言う源氏物語である。物語の主人公の光源氏は桐壺帝と桐壺の更衣の間に生まれる。病弱な桐壺の更衣は光源氏が3歳の時に亡くなってしまい、後妻になった桐壺の更衣に生き写しの”藤壺”に育てられる事となる・・。勿論この話はフィクションであったが当時の宮中のセレブ達はこの”光源氏”に熱狂し涙した。その盛り上がりぶりは現在の朝鮮半島の連続TVドラマの●ン様やド●●ン様に精神を病んでしまったこの国の中年女性達もかくやと言う有様だったに違いない。

 さて前置きが少し長いが待ちに待った”藤壺”のマフラーがやっと納品された。このフジツボと言うマフラーのメーカーは源氏物語には程遠いがこの世界ではかなりの老舗のパーツメーカーである。EG6に早速”戦友”におねだりしてに実装してもらった。販売数が少ないらしく、受注生産寸前の扱いで内心届くかどうか冷や冷や物であったが工場から送られてきた写真を見てホッとした。なにやらラインメタル社の滑空砲の砲口を連想させる太いパイプが鎮座しているのが解る。しかもフルステンレス製の銀色の怪しい光沢がなんともはや中年男のピーーーをナニさせるのである。フフフ俺って最強(最狂??)!

 妄想に胸を膨らませていたら戦友から再び写真が届いた。ボンネットの中に見慣れないジェラルミン製のストラットタワーバーが見える。先日お亡くなりになった友達のEK9タイプRの遺品だそうだ。そのままEG6にポン付けできたので私が引き取る事となった。桐壺の更衣の面影を藤壺に重ねるがごとくお亡くなりなったEK9の形見を携えて上洛しようではないか!

 さあ頑張ってくれよ!”フジツボ”!!●ン様なんかにゃ負けないぞ!!
 

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 さて工場に入って10日以上経ったEG6の近況が”戦友”からもたらされた。
錆びが浮き上がってきていたハッチゲートの外科手術中の写真である。結局、内部腐食のせいで錆びが表面に浮き上がってきていたらしく腐食部を根こそぎ切り取ったらしい。これ以上モノコックフレームの腐食を進行させない為の策である。大胆に切り取られた跡の赤い錆び止め塗料がなにやら艶かしい感じがしないではない。いつの間にかレストアの領域に踏み込んでしまっているような気がする。しかしこんなに大胆に切り取ってしまって大丈夫なのだろうか?どんな仕上がりになるのだろうか。楽しみである。