1番の選択肢を選んだ方のカード9枚はこちら。

 その中で大事なものがこちら3枚となります。

 

 

 こちらの選択肢を選んだ人は、恋愛運の変化が大きいかな。

 それこそ好きな人・お付き合いしている人との進展が今まで無かったとしても、この週末をキッカケに軌道に乗る可能性すらもあります。

 ただあくまでも、この週末に「会う約束をしていたら」が前提条件にありますけれど。

 

 それと同時に、お相手さんに対して悪い噂が聞こえてくる時期でもあります。

 ただこれは聞こえてきたとしても本当に無視しても良いレベル。

 好きな人のことを信じてあげる方が、後々良好な関係に繋がるかと思います。

 

 

 何より、好きな人との良好な関係とか将来とかを考えることによって、それを引き寄せる時期でもあります。

 

 だからこそ一層、悪いことは考えないことを優先して欲しいです。

 

 またそれは同時に、好きな人や恋人などがいない方でも、そうした良い出会いを意識してもらうと、それを引き寄せる時期でもあるということ。

 この週末良い人と出会うんだろうなぁ…、と考えながら街に繰り出すだけでも結果を引っ張って来れる可能性が高いので、この選択肢を選んだ方は、そうしたプラス方面の意識を持ってもらえればと思います。

 

 

 

 

 

 

 前回からの続きですが、要は自分がやってることは無意味と自覚していること。

 

 本当はお金を取りたくないけど、お金を重視しているのはもちろん、生活があるから。

 

 

 

 そしてそれ以上に、無意味なことだからこそ、せめてお金ぐらいは欲しいとがめつくなってしまっているから

 

 

 ボクは自分の占いで、誰かを変えられるなんて思っていない。

 もし変わった人がいたとしても、その人達が変わる努力をしただけで、ボクは何もしていない。出来ていない。

 占い師を続けていく以上は、きっと出来るようにならないといけないんだけど。

 いつも変えられなかったことばかりを自覚する。

 

 

 そこでタイトルに繋がってしまう。

 そしてボクは一般的な人間なので、普通に無意味なことを続けていると心が折れてしまう

 

 ボクはそれを7月8月に体感してしまい、配信をしなくなった。

 本当、お礼の言葉ってのは信じられないよね。

 まあ無料でやってると仕方ないのかもですが…。

 

 もちろんそれ以外にも、電話占いで忙しくなったのもある。

 ただ配信という場で無意味を積み重ねることに疲れて、何も返ってこないことに意味を見いだせなくなったんですよ。

 今はなんとか「宣伝」という名目で再開できたけど…これもまた、個人占いの宣伝になってないと思ったらやらなくなることは明白で。

 

 

 

 無意味なこととは思うけど無意味じゃないと思い込むための要素が欲しい

 それがボクにとってはお金で、それを欲してしまってるからがめつくなってしまった。

 

 それでも基本無料でやっていた、電話占いに所属する前の時期…その時有料でも見て欲しいと言ってくれた人たちに対して感謝していたあの気持ちを、より明確に、より強く持つことが出来るようになった。

 

 

 

 だからこれからのお金をもらっての個人鑑定は、ちゃんとお金を払ってくれて、ボクを無意味だと思わないでくれる人を占っているのだと感謝し、向き合っていきたいと思う。

 それが微力なボクに出来る、せめてものお返しなのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 たまに思うんだよね。

 

 占いを始めたのって、当初は心理学を勉強した過程で身につけたものなんだよね。

 心理学を、愚痴聞きに転用して、それで人を助けたい。

 

 始まりというか、原点はそこ。

 

 で、昔から話を聞けば先が分かるから、それならば占いも用いてアドバイスなどを送ることが出来れば、ということで、占い師になった。

 

 

 だからボクの場合、本来やりたいのは占いではなく、その人自身が前を向いて進むことの手助けなんだよね

 

 

 配信の占いを初めてまず最初に気付いたのは、その齟齬。

 占いで『答え』を欲している人が圧倒的に多いこと。

 

 でもボクがその人達に求めるのは、覚悟して自分の足で立ち向かうこと。

 

 

 

 元カレのことを忘れられない人がいる。

 その人はさ、自分の口では「もう見限った」って言うのよ。

 でも心の中では「酷いことをしたと自覚して反省して、自分の所に戻ってきて欲しい」と願ってる。

 

 で、そこまで分かるボクは、その元カレが本当に反省して彼女の所に戻ってくることがないことも分かってる

 

 きっとそれで近づいてきても、あくまで反省したフリでしかなくて。

 

 

『過去と他人は変えられないが、未来と自分は変えられる』

 

 

 これはあるゲームの言葉だけど、ボクの心には支えとなって存在している。

 だから相手は変わらない。

 環境が変われば違うだろうが、その時は間違いなく、その元カレはこの彼女のことを忘れている時で。

 

 そしてボクの言葉で、この元カレが忘れられない女性の人が変わらないことも分かってる。

 いくら話をしても、見限ったと本人が言っていても、どこか彼女が期待しているのは、今でも変わらない

 

 

 だからボクがやっているのは、本当は無意味でしかない。

 相手の気持ちをタロットで出して、分かる未来をルノルマンでこじつけて、月のエネルギーをどういった風に受け取っているのか見極めて運勢を出し、九星方位気学で良い未来に向かうための方角を出そうとも…。

 

 本当に、意味なんてない。

 

 

 

 

 

 

 

 それを先週の月曜日と火曜日に試しにやってみたんですよね。

 

 配信してる時に電話が掛かってきた場合の想定が出来なかった(´・ω・`)

 

 

 一応、配信で使うタロットと電話占いで使うタロットは別にしてるので、電話が掛かってきたらすぐに配信を切って電話占いに対処できるとは思ってるんですけど…試してみたかったっ…!!

 

 配信で使ってるやつを急いでまとめてテーブルから降ろし、電話に出る準備をしながら電話占い用のカードを準備する…果たしてこれでいけるのか…!!

 不安だ…

 

 

 ちなみに配信では、ツイキャスのコミュで書かせてもらってますが、電話が掛かってきたらどれだけ途中でどれだけ順番待ちしていようとも強制終了

 そして再開したり翌日に配信したりしても何も優先したりしない、ってのを約束してます。

 

 そこまでしないといつ電話掛かってくるか分かんない中配信できないんよなぁ…まあ9月は本当に電話占いが来なかったので、きっと来月はもっと酷くなるだろうから始めようと思ったこと。

 よほどのことがない限りは途中で止まるとは思えませんが。

 

 

 

 いやそりゃ電話占いが来て中断されたほうが良いんですけどね。

 

 配信はホント無料でやってるからなぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

 プロフィールのところに、占いは配信とTwitterに全任せする、みたいなこと書いてましたが、それももう止めようかなぁ、と。

 

 

 といっても、毎日一枚引きしてブログに書くというのは、事前に予約する形でブログを書いてる自分のスタンス的に無理筋なので、それは出来ない。

 

 

 

 という訳で、金曜日公開で週末の運勢占いを載せようかなぁ、と。

 

 

 

 それも三択リーディングにして、それぞれ別記事で結果を書く感じ。

 これならむしろ予約更新とも相性いい気がしますしね。

 

 

 

 なのでブログ更新曜日は金曜日と、あとは月曜日~水曜日の3日間で計4記事って感じかな?

 …その内の金曜日は三択分ブログ書くから実質今までと変わらないのかもしれない(´・ω・`)

 

 まあそれはそれということで。

 

 とりあえず次の金曜日から三択始めていこうかと思います。

 そして次の週は月曜日~水曜日の更新でいきます。

 

 

 

 

 

 今月いっぱい、毎日ブログを更新していて気付いたこと。

 

 

 あれ? 毎日はいらない??

 

 

 という訳で、来月から変更します。

 

 

 

 …いや理由はそれじゃないんですけど。

 まあ配信をね、月曜日と火曜日だけじゃなくて、電話占いの待機中にしていこうということになりまして。

 それが月曜日~木曜日4日間になりそうだから、ブログ書く時間取れそうにないので減らそうかと。

 

 毎日ではなく一週間に4日ぐらいにしようということで。

 

 アクセス解析見る限り、なんか飛び飛びで人が来てる感じがしたんでね。

 それなら二日置きでも良いかなぁ、ということで。

 

 

 

 

 

 この前こんなこと言ってたのに早速変えてしまうのは如何なものかと我ながら思いますが、そこはお許し下さい(´・ω・`)

 

 

 

 

 

 

 

 自己肯定感が低いという話。

 

 親が姉ばかりを褒めて、弟である自分を褒めてくれない場合、やっぱりタイトルのどちらかになると思うんよね。

 親に見て欲しいから何か余計なことをするか、もしくは姉よりも優秀になろうと頑張りすぎてしまうか。

 

 

 ボクの場合はどちらでも無かった

 

 

 まあ親といっても母親の場合なだけで、週1回しか遊ばない父親がボクの相手をしてくれていたから、その辺の行き過ぎた部分まではいかなかったのかもしれない。

 勉強も姉よりは出来なかったけどそれなりに出来たし、運動も姉ほどバツグンではなかったけどそれなりに動けた。

 

 まさに下位互換

 

 それは自覚してたし、何より母親からちゃんと見てもらえない理由なんて1年の夏休みにお金を盗んだ段階で納得しかないしね。

 そういう感じで子供である自分の中に、ある種の「腑に落ちる」があったんだと思う。

 

 

 だからどちらにも過剰にならなかったのかな。

 今にして思うと。

 

 まあ親からしてみれば勉強を頑張りすぎる運動を無理にでも伸ばそうとしてくれた方が助かったかもしれませんが(´・ω・`)

 

 

 

 今でも覚えてるのは、この小2の頃。

 朝からめちゃくちゃ頭が痛かったのでそれを親に言ったら「ただの寝不足やろ? 夜遅くまで起きてた自分のせいやん」とバッサリと切り捨てられ、学校に行かされて、でも授業受けることも出来ず泣くぐらい頭痛くて、隣の席の子が心配してくれて先生に言ってくれたおかげで(ちなみにこの時先生は、自分自身で言いに来ないと、と言ってしばらく放置したりもした一幕がありつつも)保健室に行け、熱を測ったら39℃ということがあった。

 

 で、親に電話をしてくれたらしい保健室の先生が家に帰って良いと言ってくれたので帰ると、家の鍵が無かったので家に入れず、そのまま姉が帰ってくるまでの8時間ぐらい家の前で座り込んで、やっと家に入って寝てたら、ちょっと起きたタイミングで親の「家の鍵無いの忘れてたわ。普通に帰らせて下さいって言ってもうた」と笑いながら姉に話してるのを聞く…。

 

 なんてこともありましたね。

 

 

 

 

 

 …まあ、今こんなやりたいことやる、なんて迷惑を母親に掛けてるので、実質トントンかな?(ちょっとボクのほうが迷惑掛けすぎてる気もするけど

 

 

 

 

 

 昨日の続き。

 いきいき教室に行くようになってから。

 

 

 厳密には何月から行くようになったのか分かんないけど、夏休み前なのは間違いない。

 そこに行って宿題して遊んでを、姉が帰ってるのが確定する時間orいてもいいとされる最後の時間(確か17時半かな)までやってた。

 

 おかげで宿題やらない悪癖が、いきいき教室に行く日だけはちゃんとやるようになったりしたのでそこは本当に良かった。もし行ってなかったら宿題とか家でやらなかっただろうしな…いやマジで

 例えばさ、毎日音読して親に聞かせる宿題とかあったのよ。

 で、声の大きさとかハキハキしてるかとか、4項目ぐらいを「○」とか「◎」で書いてもらって、親の印鑑をもらうの。

 

 

 アホくさくない?

 

 

 ぶっちゃけ真面目にやってた子とかいるのか疑問なレベル。

 まあ小1とか小2の宿題なんて、そういうのと漢字の書き取りとか算数ドリルとか、そんなんばっかよね。この辺は割りと勉強になるとは思うんだけど…まあ当時もやる気があったか聞かれると無かったんだけど。

 なんせいきいき教室が休みの日はそれすらもやってなかったし

 

 そもそも授業ちゃんと聞いてたら分かることをなんで家に帰ってまたやるのかを、当時は本当に分かってなかった(復習して定着させるためよね)。

 

 覚えたこと忘れるわけねぇじゃん、と当時は思ってたんよ。

 なんか知らんけど小学生の時は頭良かったからさ。マジで授業内容を忘れることがなかった。というか今でも思い出せる。

 …いや、うん。小学生の問題なんて基礎的なものなんだから、大人になって忘れてる人のほうが少数よね(´・ω・`)

 

 私立とかになれば絶対この限りではないけど、あくまで普通の公立小学校だからね。

 

 ただ当時のボクは浅慮だから、勉強が出来る子がいて出来ない子がいて、運動が得意な子と不得意な子がいる、という当たり前を知らなかった。

 

 

 

 自分の能力が最低限なんだから、自分が出来ることは誰にでも出来る。けど足りない自分は出来ないことが多い、という都合いいこと思ってた

 

 

 

 

 

 …そう。

 姉の出来が良すぎて親に褒められたことがなく、失敗したことは必ず指摘されてしまう弟、というポジションの人間は、こんなにも自己肯定感が低いのである!!

 

 

 

 

 

 というより「覚えてない」が正しいのか。

 

 やっぱ小1の頃ってそんなもんよな。

 

 

 

 覚えてるのはお年玉で親から盗んだお金を返し終えたぐらいよ。

 

 

 

 あ、あとセガサターン版のKOF95をクリスマスプレゼントに父親から買ってもらったことかな。

 記憶があやふやだけどこの頃には離婚してたはずだから、それこそ遊べるのは週1回だったんだけど、その時から先はめちゃくちゃ父親とプレイしていた記憶がある。

 

 

 まあなんせ、夏休みの件で分かる通りゲーセンに通い詰めていたんでね。

 

 

 その時に遊びまくってたゲームを家で出来るという興奮度がスゴかったのよね、子供心に。

 で、そっからはお小遣い使ってゲーセンに行くなんてこともなく、近くの駄菓子屋にあったゲーム筐体に並ぶなんてこともなくなったわ。

 

 もしそれが無ければずっとお小遣いをゲームに溶かし続ける日々だったのかもなぁ…。

 

 

 

 ま、そんなこんなで2年生になって、まあ夏休みの宿題ちゃんとしない割に授業内容とかはしっかりとついていけたりする秀才っぷりを見せつけていたら、家の鍵を失くしちゃったんだよね。

 

 

 で、実はこの2年生の段階で、鍵の紛失は三度目ぐらいで…(秀才とは

 

 優秀すぎる姉は一度も失くしたことがないのにボクは無くし過ぎということで、もう家の鍵を作ってもらえなくなったのよ。

 

 となると、姉の授業を終えるまで待つか、姉が授業受けてる中で教室に行って鍵をもらいに行くかしか方法がなくなった訳です。

 

 

 

 そんな時に、いきいき教室と出会うわけです。

 

 

 

 

 大人になって分かったことなんだけど、これって大阪市でしかやってなかったんだね。

 まあ要は、放課後に子供預かってくれる場所を学校内に作るとか、そんな感じです。

 

 だからこのいきいき教室が休みの日以外は毎日ここに行って、放課後は運動場で遊んだりそこにいる先生のような方に遊んでもらったりしてました。

 

 

 

 なんて平和

 

 

 

 

 

 

 まあ思い出を勝手に語っていきますよ、みたいな内容。

 

 日常生活でのブログに出来る内容無くなったらこれに限る。

 

 このネタが尽きて今の自分に時系列が追いついた時こそが、このブログの毎日更新が終わるこのブログ自体が終わるときだ。

 

 

 

 で、タイトル。

 前回で小1の夏休みは語り尽くした感じするので、今日書くのはその先かな。

 

 ちなみにですが、ボクはこの時から夏休みの宿題を満足に終わらせて持っていったことがない

 

 小1の夏休みの宿題なんて、毎日天気と一言日記を書いたり算数ドリルをしたり絵日記3枚ぐらい提出するだけなのに、それすらも出来なかった。

 

 

 というか絵日記はマジで地獄だった。

 

 

 先のことを書く、とか数行前に言ってた口で言うのもアレですけど、ボクは絵を描くという行為が本当に大嫌いで。

 なんなら今は多少改善されましたが、自分の文字を手書きするのもイヤなほど、自分から何かを生み出すというのが本当にダメだった時期があるのよ。

 

 で、絵に関しては今も改善されておらず、そのキッカケとなったのが幼稚園やら保育所やらの頃。

 

 

 

 アルバムってあるじゃん? あの写真貼っつけて、まあ卒園式とかにもらえる分厚いやつ。

 あの表紙をそれぞれが描いて、世界に一つしか無いアルバムを作ろう、みたいな感じで絵を描くことになったのよ。

 

 表表紙と裏表紙。

 

 

 

 …これ以上は言わなくても分かってもらえたかもね。

 

 

 今でも覚えてるわ。

 下手と言われて嘲笑されたことを

 

 

 そのあとすぐに取り繕って直した方が良い部分(まあ手が生えてる位置が肩からではなく横腹あたりだったりしたので、確かに変なんだけどね)とか言ってきたんだけど、あの一瞬の表情と言葉は今でも覚えてる

 

 まあそれから絵を描くのが苦手なまま生きてきたんよね…ホント小学校の図画・工作の時間は地獄だった。

 

 

 

 工作出来るほど器用でもなかったからそっちも何も楽しくなかったし。

 あれって恥を晒すだけで感性も何も磨かれないよね…。

 …ってのは、この時のトラウマで苦手意識植え付けられたからかもね、と今なら思ったり。