前回からの続きですが、要は自分がやってることは無意味と自覚していること。

 

 本当はお金を取りたくないけど、お金を重視しているのはもちろん、生活があるから。

 

 

 

 そしてそれ以上に、無意味なことだからこそ、せめてお金ぐらいは欲しいとがめつくなってしまっているから

 

 

 ボクは自分の占いで、誰かを変えられるなんて思っていない。

 もし変わった人がいたとしても、その人達が変わる努力をしただけで、ボクは何もしていない。出来ていない。

 占い師を続けていく以上は、きっと出来るようにならないといけないんだけど。

 いつも変えられなかったことばかりを自覚する。

 

 

 そこでタイトルに繋がってしまう。

 そしてボクは一般的な人間なので、普通に無意味なことを続けていると心が折れてしまう

 

 ボクはそれを7月8月に体感してしまい、配信をしなくなった。

 本当、お礼の言葉ってのは信じられないよね。

 まあ無料でやってると仕方ないのかもですが…。

 

 もちろんそれ以外にも、電話占いで忙しくなったのもある。

 ただ配信という場で無意味を積み重ねることに疲れて、何も返ってこないことに意味を見いだせなくなったんですよ。

 今はなんとか「宣伝」という名目で再開できたけど…これもまた、個人占いの宣伝になってないと思ったらやらなくなることは明白で。

 

 

 

 無意味なこととは思うけど無意味じゃないと思い込むための要素が欲しい

 それがボクにとってはお金で、それを欲してしまってるからがめつくなってしまった。

 

 それでも基本無料でやっていた、電話占いに所属する前の時期…その時有料でも見て欲しいと言ってくれた人たちに対して感謝していたあの気持ちを、より明確に、より強く持つことが出来るようになった。

 

 

 

 だからこれからのお金をもらっての個人鑑定は、ちゃんとお金を払ってくれて、ボクを無意味だと思わないでくれる人を占っているのだと感謝し、向き合っていきたいと思う。

 それが微力なボクに出来る、せめてものお返しなのだと思う。