その2です。部品の配置について少し触れてみます。
一般的な差動アンプの場合、フィードバック抵抗の位置は重要です。
そう、この抵抗は入力端子に可能な限り近いほうが好ましいのです。
しかし、この位置がおかしいものがメーカー団体個人問わず結構あります。この抵抗の良い位置はガードリングの話などと共に物の本にも載っていますし、インピーダンスや雑音のことを考えれば自ずとわかるはずですが…。
ここに限らず、インピーダンスが高くなる部分は極力短くする必要があります。
この位置がおかしくてもオーディオアンプ程度の帯域幅や雑音では大きな問題にはならないのかもしれません。しかし、突き詰めていくととても大きな差になります。
また、こういった部分は設計者の知識を判断するひとつの材料にもなります。ディスクリートアンプはネットで拾った回路を見よう見まねで組み立てればなんとなく形になりますが、こういう部分は知らないと突き詰められません。
同じようにあまり考えられずに設計されているように思える事が多い部分として、電源との距離とその位置関係があります。繋がっていれば同じというわけではありません。順序や長さ、向きなど適切な繋ぎ方があります。これは一概にどうすれば良いとは言えませんが、電流の流れを考えるとこちらも自ずと良い設計が見つかるはずです。
電源の波形を観測したことのある方はデカップリングコンデンサの重要性もよくご存じかと思います。なぜかこの部分がいいかげんなアンプも非常に多いです。
そして、電源の設計がいまいちなアンプはGNDをちゃんと設計できるわけもないのです。電流の流れが見えていないのですから。
データに出ない音があるんだ!と仰る方にはこういった部分もぜひきっちりやってほしいものです。例としてあげた前述の二か所はTHD+Nや周波数特性にはあまり大きな影響がありません。しかし、音は明確に変わります。これらはオーディオ用途のアンプではやらないような測定をすると差が見える部分もありますし、見えにくくても理論上良いものはだいたい効きます。
※フィードバック抵抗の値と位置は特性が大きく変わりますが、それを知っている人は最初から良い設計をするでしょうし、知らずに部品を選ぶ人は毎回同じような値を選ぶのでしょうから、結果としてあまり特性が変わることはないと思います。
どんなに高価な材料を使っていても、軸の曲がったドライバーや切れないドリルは売れません。焦げている料理も値段がつかないでしょう。しかし、オーディオ機器では特性が出ていないものを売りつけようとしてくる人がとても多いです。見えないのではなく見よう・見せようとせず、そういったものを押し付けてくるのはちょっと悪質すぎると思います。
具体的な良い例・悪い例はいくらでもあげられるのですが、あげたところで改善するわけでもないでしょうから今日はやめておきます。こういうのはすぐに身に付くものでもありませんし、私もできれば良い例だけを見ていたいので。
なお、測定データと中身がある程度わかる写真があれば、知識がある人にはどれくらい技術があるかすぐに見抜かれます。それが見よう見まねかどうかもすぐわかってしまうでしょう。そんな人たちに見せても恥ずかしくない、質の良いものを作るには、理論を理解し計算し試し測定して悪いところをひとつずつ解消していくしかありません。
きっと、好きな人は一生勉強することになるのでしょうね。
もみじさん
アンプの設計はどのようにすれば良いのか興味をお持ちの方がいるようですので、少し解説してみます。
1.目標値を決めて回路を考える
部品を選ぶ前に、回路を設計する前に、まず目標とする性能を決めます。
ここでは例として
・入力インピーダンス100kΩ以上(1kHz)
・出力インピーダンス600Ω以下(1kHz)
・利得約+10倍、DC~300kHz(フルパワー帯域幅とは言っていません)
・出力のオフセット電圧20mV以下
・最大で16Vp-pまで振れる
・信号源インピーダンスは大きくなる時もある
という条件の増幅器を制作することにします。
今回はわかりやすくするため極力部品を減らしたいので、回路はICのオペアンプを使った非反転増幅回路の一発とします。DCから増幅する必要があるため、入出力ともカップリングコンデンサはありません。
入力インピーダンスが1kHzで100kΩ以上なので、入力バイアス抵抗は100kΩ以上の適当な値にします。フィードバックは利得が任意の値になれば何でもいい…と思われがちですが、あまり大きな値にすると雑音特性が悪化します。また、各所の容量とフィルタを形成するため値によっては不安定になることもあります。適切な値を選びます。
2.部品を選ぶ
前述した仕様を満たすためには、
・GB積は3MHz以上
・入力インピーダンスは1kHzで100kΩ以上ならかなり自由に選べる
・出力インピーダンスは1kHzで600Ω以下なら何を選んでもあまり問題なし
・入力のオフセットが2mV以下になるように
・電源電圧は最低でも16Vp-p(正負8V)以上必要
のものが必要です。
たとえば
・GB積が8MHz
・入力抵抗が十分に大きい
・出力インピーダンスがクローズドループで十分に小さい
・入力オフセット電圧が±2mV
・入力バイアス電流と入力オフセット電流は十分に小さい
・電源電圧が±18V(max)
・FET入力で電流雑音も小さい
という品種ならば問題ないです。ちなみにこの値はOPA134のものです。
3.細かい値を決めていく
電源電圧は出力を16Vp-pまで振るため、これは最低でも16Vp-p(正負8V)以上に設定しなければなりません。OPA134の出力は負荷600Ωで(V-)+2.2V・(V+)-2.5Vなので、少し余裕を見て±12Vくらいあれば良いでしょう。
雑音が指定されていないので、フィードバック抵抗などは自分が狙った特性になるように選びます。
デカップリングコンデンサは高い周波数の特性が良いものと、容量があるものを並列に入れるのが定石です。ただし、最近は大容量なMLCCも登場しているので、1つに置き換えることも場合によっては可能です。
今回は負荷が指定されていませんが、負荷が純抵抗ではなく容量成分がある場合などは、出力に直列に抵抗を挿入したほうが良い場合もあります。その場合は、出力が負荷とその抵抗で分圧されますので、負荷にかけられる振幅は小さくなってしまいます。
4.部品配置や配線を決めて組み立てる、もしくはPCBを発注する
知識と技術と経験を駆使して設計してください。PCBの設計もとても奥が深いのです。
5.動作確認と測定をする
まずはDMMを使って想定した動作しているかを確認していきます。回路の各部分の理論値と測定値をそれと比較します。動作していそうでしたら各種測定器を使い、特性の理論値と測定値を比較していきます。
簡単に書くとこのような順で設計することが多いと思います。本当はもっといろいろなことを考えていますが、多すぎますし言葉にするのは難しいので書けません。
5.で書いているように、目標を定めて設計している場合は必ずそれが達成できているか測定しているはずですので、測定結果が示されていないアンプは何かおかしい気がします。データを公表していても、行き当たりばったりな設計をした結果を公開しているだけであったり、クリアできていそうな値を適当に表示している場合や、ICなどの性能限界値を示すアンプもあります。
ただし、研究・実験および本や雑誌用に改めてデータを取る場合などは、ある程度行き当たりばったりになることもあります。限界を探るために必要なことですからこれは良いのです。それに、こういうアンプが商品として出回ることはあまりありませんしね。
その2は部品の配置や配線の長さについて少し触れたいと思います。
もみじさん
車屋さんの車検によりAT不調となり、まさかの新年を迎えられなかったうちの車。
AoMのアンプは測定データを細かく公表しています。
これは最低限必要なことだと思うので公開しているのであり、
測定結果が良いからといって音が良いと考えているわけではありません。
ただし、測定結果が悪いものの音が良いということはまずありません。
(人によっては、好みである場合はあるかもしれませんね。)
優秀なTHD+Nや周波数特性などは、音が良いアンプを作るために必要なことのひとつです。
これができていなければ、入力された信号に忠実な出力は得られません。
音の良さは、設計者の腕(知識や経験)と耳の良さ、そして製造者の腕(はんだづけの条件や管理)に大きく左右されます。自身も楽器の演奏をし、100円~500万円以上の色々なオーディオ機器を聞き、録音をすることもあるAoMの中の人はそれなりの経験を積んでいますので、耳は良い方かと思います。
しかしそれだけでは、目指すものは形になりません。それを形にするだけの知識や技術が必要です。
また、それだけの試聴をし時には購入し、本や学校で勉強するには、やはり好きという気持ちが不可欠です。
嫌いなものは続きません。
電子回路は人を裏切りません。
その結果の一部が、優秀な特性というわけです。
もみじさん
オーディオアンプを設計するときや購入するときに私が重視する・しないことを書いてみようと思います。
技術全振りでコミュニケーション能力を捨てたような知人も複数名いますし…。
好きこそものの上手なれと言いますが、回路が好きな人は回路が上達します。
しかし、回路をコミュニケーションツールにしている人はコミュニケーション能力が上達します。
その機器、技術のある人や回路好きな人が設計していますか?
もみじさん
特性が良いといわれても、データを載せられてもわからないという人が多いようなので、
ちょっと他のアンプの特性を見ながら、比較してみる企画第一弾です。
Vier Flugelの特性はこちら
https://ameblo.jp/analog-of-magic/entry-12405424033.html
https://ameblo.jp/analog-of-magic/entry-12405424801.html
Zwei Flugelの特性はこちら
https://ameblo.jp/analog-of-magic/entry-12424918829.html
1.プロ向け?と言って売っていた6ケタ円の据え置きヘッドホンアンプ
上:出力 100mV/DIV 下:入力 20mV/DIV 2us/DIV 約100kHz 無負荷
ボリューム最大でのデータはぱっと見悪くはなさそうなのですが、ボリュームを15時位置まで絞ると…
上:出力 50mV/DIV 下:入力 20mV/DIV 2us/DIV 約100kHz 無負荷 ボリューム位置15時
このようになります。
ストレー容量が見えていない設計をしているため、波形がなまってしまっています。
これはつまり、周波数特性が悪くなっているということ。
27mm角ボリュームを使っていてもこれでは残念です。
ボリュームの位置で音が大きく変わって聞こえると困るのですが。
また、このアンプはチャンネルセパレーションもボリュームの位置に大きく依存しています。
このようなチャンネルセパレーション特性になるアンプは意外と多いです。
そのような配置にしたほうが、PCBは一見きれいに見えますからね。
なお、このアンプはのちの改良でゲインが下げられているので、
常用時のボリューム位置は特性が悪くなる位置に近づいているようです。
一方、Zwei Flugelのボリューム最大と、15時位置の波形は以下のようになっています。
上:出力 100mV/DIV 下:入力 100mV/DIV 2us/DIV 約100kHz 無負荷
上:出力 50mV/DIV 下:入力 100mV/DIV 2us/DIV 約100kHz 無負荷 ボリューム位置15時
ピンボケしました…。
ZweiFlugelは27mm角より不利な9mm角ボリュームですが、可能な限り特性が落ちない設計です。
2..ポータブルのバランス出力ヘッドホンアンプのキット(基板単売+部品表)
このキットの販売元は、この機種も他の機種も特性などが特に公開されていませんでした。
基板および部品を見ても特性が出る感じではありませんし、
音が良さそうな感じでもありませんでしたが、はたして…。
THD+N 測定周波数:1kHz、帯域幅:400-80kHz、無負荷時(A補正ではありません)
hot・GND間 上:入力 下:出力 どちらも10mV/DIV 2us/DIV 約100kHz 無負荷
cold・GND間 上:入力 下:出力 どちらも10mV/DIV 2us/DIV 約100kHz 無負荷
設計が悪く、選べるオペアンプの制約もあり雑音歪率はあまり良くないと思っていましたが予想通りの特性でした。
このアンプは、ある程度の出力を確保するために
入出力レールtoレールのオペアンプが必要となります。
入出力レールtoレールのオペアンプはその多くがCMOSであり、
最近では高性能になってきたものの一昔前はCMOS特有のクセがありました。
そのクセがよく出ている特性に見えます。
hotとcoldで波形が異なるのは、反転側のほうが安定しやすいからでしょうね。
(ゲインが+1と-1だと-1のほうが無補償時の周波数特性のピークが小さくなることが多い。)
リンギング自体があまり良いものではありませんが、バランス出力でこの差は致命的だと思います。
hotとcoldの差は、そのまま音として出てくるわけですから。
なお、CMOSではなくバイポーラ入力やJFET入力の出力レールtoレールだと
入力側が原因で特性悪化+最大振幅に制限が出てきます。
矩形波応答は、無負荷ですでにリンギングが出ているため、負荷を取り付けての測定はしていません。
出力にLが入っているアンプでは、Lと負荷でLPFが形成されリンギングが収まるように見えますが、
それはアンプが安定したわけではありませんので。観測している振幅が小さいのは、
スルーレートが低すぎて振幅を大きくするとオーバーシュートが隠れるためです。
矩形波応答波形でリンギングもしくはオーバーシュートが出ているものは個人製作でも
よく見かけますし、ある程度知名度のあるものでも割と見かけます。
リンギングが出ているからといって必ずしも位相余裕が小さいわけではありませんが、
その場合が多いので、できれば避けたいですね。
回路と測定と音の関係の話はこちら
https://ameblo.jp/analog-of-magic/entry-12416834362.html
3.知人のシングルエンド出力アンプ(ポータブル)
本人がデータを公開していたので許可を得てもらってきました。
THD+N 測定周波数:1kHz、帯域幅:400-80kHz、無負荷時と33Ω負荷時(A補正ではありません)
上:出力 下:入力 どちらも100mV/DIV 2us/DIV 約100kHz
Vier FlugelやZwei Flugelよりさらに帯域幅が広い一方で、最大出力は小さめになっています。
これはとにかく音質に振った設計をしているため。このアンプは一般的な測定では見えない部分まで
詰めてあり、なかなか見ないタイプのものです。
ただし、基本設計が古いらしく配置に無理がある部分も見えますし、本人もそうのように言っていました。
オーディオアンプでこれほどきれいな100kHzの矩形波応答波形はあまり見かけません。
普通はもっと帯域幅を狭くするので丸まった波形になりますし、未調整だとリンギングが出ます。
このアンプやVier Flugel、Zwei Flugelでは丁寧に調整されていることがわかります。
こういったデータからわかることはわずかで、音もほぼわかりません。
しかし、購入しようとしているアンプを設計した人にどの程度の技術があるかや、
そのアンプがどういった方向けのものかを判断するときの助けにはなると思います。
また、技術力は必ず音に現れてきます。
良いものを選んでハッピーな音楽ライフを♪
もみじさん
Vier FlugelやZwei Flugelについてのお問い合わせは
analog.of.magicあっとまぁくgmail.com
までどうぞ。
値段などはこちら https://ameblo.jp/analog-of-magic/entry-12423225646.html
Zwei Flugelの紹介はこちら https://ameblo.jp/analog-of-magic/entry-12423646844.html
Vier FlugelやZwei Flugelではケースメーカーが製造している樹脂ケースを加工して使っています。
このケースを選択する主なメリットとデメリットは…
メリット
・軽い
・絶縁およびケースとの静電容量を考えなくていいので薄くできる
・落とした時にケースが歪んでショックを吸収するため、基板へのダメージが小さい傾向がある
・安い
デメリット
・静電シールドできないため人体などがそばにあると若干の特性悪化が見られる
・価値観にもよるけれどダサい・安っぽい
こうやって書き出してみると、意外とデメリットは少ないみたいです。
オリジナルの金属ケースを製作することも技術的には可能ですが、
どうしても出荷台数が少ないので単価がとても高価になってしまいます。
価格と品質を考えると、樹脂ケースに追加工するのが現在のところ良さそうです。
可能であれば、せめてケース外側を静電シールドすると良いのですが…。
ケースでケチった分、中身はコストカットせずきっちり設計しています。
ICを使っているので手抜きに見えますが、どうかしたアンプより優れた特性と再現性の高い音が出ます。
(直感的にわからないと思うので、後日比較した記事を書いてみようと思っています。)
できることややりたいことは色々とあるので、少しずつ仲間を増やしていきたいですネ。
信号源インピーダンスが高い場合のバイポーラ入力オペアンプの挙動や
それを解決するためにFETとオペアンプを組み合わせた回路、
チャンネルセパレーションの話などはちょっと詳しいので。あとはアレとかソレとか…。
もみじさん
4極ジャックを用いたGND分離はとても使い勝手が良くおすすめです。
Zwei Flugelの3.5mmジャックモデルでも4極ジャックを用いて回路内からGNDを
わけていますが、この端子配置はプラグの先端からL・R・L GND・R GNDとなっています。
この配置の場合、3極のプラグをそのまま接続することができます。
つまり、とりあえずヘッドホンを改造せずに使ってみて、より良い音を目指したくなったときに
4極プラグがついたケーブルに交換する、といった使い方ができます。
4.4mm5極のプラグは大きくて邪魔だし値段も高い、使い勝手もいまいち…という人(私)には
3.5mm4極ジャックによるGND分離はとても良いものです。
Zwei FlugelのGND分離は、GNDをジャックで分けているだけではなく、回路上でも明確に分けています。
GND分離は、電流の流れを考えるとただ単に左右のGNDをとにかく分ければ良いわけではなく、
また電源から出力端子まで最短で2本結べばいいわけでもありません。
Zwei Flugelでは電流の流れを十分に考え設計してありますので、左右の分離がとても良く聞こえます。
また、バランス出力と比較すると最大出力はどうしても小さくなりますが、
信号が通過する増幅回路がバランスより少ない分、より自然な音になるはずです。
というわけで、3.5mm4極ジャックのZwei Flugelおすすめです。
これまでのGND分離アンプやバランスアンプで満足できなかった人にも、
音的に一度試してもらいたいアンプです。
(私個人のアンプと見た目そっくりになっちゃったなぁ…)
4.4mm5極ジャックのものも、バランス環境から簡単に移行できて良いですけどね。
なお、こちらで使っている4.4mmジャックは日本ディックスさんの正規品です。
コピー品も出回っているので、お気を付けください。
もみじさん
お問い合わせはこちらまでどうぞ。
analog.of.magicあっとまぁくgmail.com