ハムレットの悲劇 テレビ放送版 ピーター・ブルック演出
『ハムレットの悲劇』
The Tragedy of Hamlet
原作 ウィリアム・シェイクスピア
(『ハムレット』
Hamlet,Prince of Denmark )
脚色 ピーター・ブルック
出演
ハムレット エイドリアン・レスター
演出 ピーター・ブルック
◎
舞台鑑賞日時
恐らく2001年7月7日
場所 びわ湖ホール
◎
ホーレイショーは「そこにいるのは誰だ?」
と問う。
デンマークエルシノア城に亡くなった先王ハ
ムレットとそっくりの亡霊が現れる。
先王ハムレットの息子王子ハムレットは父
の死を深く悲しんでいる。
王クローディアスは先王の妃で義姉のガート
ルードを口説いた。王妃も再婚を承諾し二人は
結婚した。
王子ハムレットは、母の再婚にも深く悩む。
彼は叔父の新王クローディアスを軽蔑してい
る。
友人のホレイショーから亡霊の話を聞いた
ハムレットは亡霊に会い、父先王ハムレット
の亡霊と確信する。
父は昼寝の最中耳に弟クローディアスから
毒薬を入れられて殺されたことを知る。命・
王位・妃を奪われた事への悲憤を、先王亡霊
は激しく語る。ハムレットは父の怒りに接し
心の手帳にしっかりと陰謀を書き留める。
宰相ポローニアスはハムレットの心を探ろ
うとするが、王子はその動きを察する。ポロ
ーニアスの娘オフィーリアを愛するハムレット
であったが、冷たい態度を取って内心を隠す。
王の陰謀が事実であるかを確かめようとす
るハムレットは友人の役者達に、王が男に殺
される芝居を上演し、クローディアスのショ
ックを見て犯行の事実を探る。クローディア
スは罪を悲しみ祈ろうとしている。ハムレッ
トはその姿を見て祈りの最中には殺せないと
断念する。
ガートルードは部屋にハムレットを呼んで
叱責するが、ハムレットは逆に母の再婚を糾
弾し悲しませる。
カーテンに潜んだポローニアスが王妃救助
の為に悲鳴を挙げる。
クローディアスが潜んでいると勘違いした
ハムレットはカーテンごと刺して殺す。誤っ
た殺人はハムレット自身にとって激しい後悔
を呼び起こす。
父の亡霊は「母に話しかけてやれ」と息子
に声をかける。
クローディアスはハムレットをイギリスに
派遣し、そこで処刑してもらおうと企むが、
船で密書を読んだハムレットは書類を、使者
のローゼングランツ・ギルデンスターンを処
刑するようにと書き換え難を逃れる。
オフィーリアはハムレットの変貌を悲しみ、
そのハムレットに父を殺されたことにショッ
クを受けて精神錯乱する。兄レアティーズは
父の死と妹の悲しみに出会い、ハムレットへ
の憎悪を燃やす。クローディアスはその悲憤・
復讐心に注目し巧みに誘ってその心を掌握
する。
ガートルードは、オフィーリアの事故死
をクローディアスとレアティーズに知らせ
る。
デンマークに帰国したハムレットはオフ
ィーリアの葬儀を見て、深く悲しみ、レア
ティーズと争う。その場は仲裁を受けるが、
クローディアスはハムレットとレアティー
ズの剣の試合を提案する。
レアティーズの剣の切っ先に毒を仕込ん
で事故に見せかけて殺す計画だ。ホーレイ
ショーは危険を感じ止めるが、ハムレット
は承諾する。試合の時が来た。
ウィリアム・シェイクスピアは1601年頃
に戯曲『ハムレット』Hamlet,Prince of Denmark
を書いたと言われている。
父を殺され、母と父の位を叔父に奪われ、
復讐の課題に目覚めつつ、どのように実行
するかについて悩み苦悶する。
ピーター・ブルック
ピーター・スティーブン・ポール・ブルック
Peter Stephen Paul Brook
1925年3月21日イギリスロンドン生まれ。
舞台演出家・脚本家・映画監督・プロデュ
ーサー。
2022年7月2日死去。97歳。
ウィリアム・シェイクスピアが書いた戯曲
『ハムレット』をノーカットで舞台化すれば
4時間は要するだろう。
1980年5月25日BBC製作放送の『ウィリア
ム・シェイクスピアドラマ全集』の『ハムレ
ット』(演出ロドニー・ベネット)は215分、
1996年12月25日イギリス公開の映画『ハム
レット』(監督ケネス・ブラナー)は242分
である。
ピーター・ブルック脚色・演出『ハムレッ
ト』の悲劇は2時間余の舞台公演であった。
ブルックは戯曲を読み直し2時間余の物語
に再編した。
舞台上にはシンプルな装置が位置付けられ
打楽器の演奏があった。
『ハムレット』においては沢山の人物が登
場する。ピーター・ブルックは八人の俳優が
出演する舞台として『ハムレットの悲劇』を
上演した。
エイドリアン・レスター Adrian Lester
は1968年8月14日にイギリスバーミンガム
に誕生した。両親はジャマイカ人である。
2001年7月日本公演の時期エイドリアンは
32歳の若さであった。
黒人俳優エイドリアン・レスターはハムレ
ットの苦悩を深く探求した。観客の心は緊張
し、胸は熱くなる。
オフィーリアが水死するシーンは打楽器で
池に落ちた事が示される演出であった。
ハムレットは父を毒殺し、母も死に至らしめ、
レアティーズと自己に致命的猛毒を与えたクロ
ーディアスを糾弾し毒杯を飲ませて殺害する。
自身の身体に毒が回りつつあることを感じな
がら死亡する。
ラストの台詞はホーレイショーが語る。
ピーター・ブルックの緻密な演出とエイド
リアン・レスターの迫力豊かな熱演により、強
烈な感覚を与えてくれる舞台となった。
この舞台のテレビ放送がNHK教育テレビでなさ
れた。ブルックはキャストを再び集め舞台で演技
をしてもらう様をテレビ用に新たに演出した。
解説にはブルック自身が出演した。
『ハムレット』という戯曲のキーポイント
としてブルックは先王ハムレットの亡霊がク
ローディアスに毒殺されたことを息子ハムレ
ットに復讐を命じる言葉を挙げている。
「お前は復讐をしなければならない。
心を汚すことなく」
ピーター・ブルックは「どんな人間も心を
汚さずに人を殺すことはできません。純粋な
心を持つ人は殺せません。」と述べている。
清らかな心を持つ人は、「人を殺す」とい
う汚れた状態に心を変化することは無理だ。
無理難題を父王ハムレットの亡霊は息子
ハムレットに命じる、「復讐をしなければ
いけない、心を汚すことなく」と。「私を
殺したクローディアスを処刑せよ。心を汚す
ことなく」という父の命令はハムレットに
厳しく迫ってくる。理不尽に命を奪われた
父王は自身の復讐の為に、息子ハムレット
が仇クローディアスを殺す課題は「心を清
く持って」行うことなのだと説く。だが、
父を殺した悪人であっても復讐という課
題を荷うにしても、息子ハムレットに「
殺人を行え。心を清くして」という厳命は
重く圧迫するものとなっていく。
「この問題を追求していくと、劇そのも
の様々な変化を通り越して『生きるべきか、
死ぬべきか』の核心に達することになりま
す」とピーター・ブルックは解説映像で述
べている。
父からの命令が、息子ハムレットに「生
きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ。」
の問いの核心となっているというブルック
の指摘は鋭い。
ブルックは「ハムレットも平和主義者ではあ
りません」と確かめている。
ポローニアスを誤解で刺殺し、狙われた自身
の身代わりとしてローゼングランツ・ギルデン
スターンの二人を罠にかけて処刑場に送る。
復讐の課題を荷うハムレットは殺人・流血を
犯して仇クローディアスに迫って行く。
「心を清く」して血を流すという難事をハム
レットは為している。
『文芸読本 シェイクスピア』では芥川比呂
志がピーター・ブルック演出の舞台『真夏の夜
の夢』を鑑賞したレポートを書いている。
ピーター・ブルックは戯曲・詩を熟読し、ウ
ィリアム・シェイクスピアが書いた言葉を身読
したことが窺える。
読書し熟読し読み直し、挑戦・実験を為す。
「最も魅力的な俳優」と讃えたエイドリアン・
レスターが期待に応え、ハムレットの死生の悩み
を熱く探求した。
2001年7月7日と8日にびわ湖ホールで公演
が開催された。
前述の通り迂闊にも鑑賞日時メモを紛失して
しまったが、7日であったと記憶している。
ピーター・ブルック在世の時代に彼の舞台を
客席で鑑賞することが成り立った。この縁に深謝
している。
テレビ放送版も新たに同じキャストで撮った
野心作であった。
ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『ハムレ
ット』を読み込む学びから生まれた姉妹篇戯曲
『ハムレットの悲劇』に心身全体を挙げて熱く
なり緊張し感激した。感動したことは確かだが、
不思議な世界が成り立っていることへの驚きが
大きい。
自分の心身に感動が起こったからと言って、名
舞台『ハムレットの悲劇』を「感動舞台」等と呼ぶ
のは無礼である。
「復讐せよ、心を汚すことなく」という父王ハ
ムレットの言葉に注目することで息子ハムレット
が受ける苦悩の源を探った。ピーター・ブルック
の慧眼に驚いたというよりも、22年半年経った今も
見つめられているような緊張感を覚えるのである。
ピーター・ブルックは『ハムレットの悲劇』の
テレビ版も演出している。舞台を上演し、そのま
ま映すのではなく、新たなカット割りを考案しテ
レビ放送版を演出した。
NHKに映像が残っているのならば是非再放送
して頂きたい。
◎
2024年1月24日発表舞台版感想記事にテレビ
版への感想を加筆して再編した。
◎
合掌