そして船は行く E la nave va

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イタリア映画『そして船は行く』に憧れて名付けたブログです。
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🥀アラン・J・パクラ

『ソフィーの選択』

 彼女が選んだ「もう一つのアウシュヴィッツ」



『ソフィーの選択(原題:Sophie's Choice)』(1982年)。

メリル・ストリープ演じるソフィーの美しさと、あまりにも残酷な決断は、今も多くの人の心を突き刺します。


一見すると、第二次世界大戦下のホロコーストがもたらした絶対的な悪と、生き残った者が背負う極限の罪悪感を描いた人間ドラマの傑作です。しかし、彼女の言葉や行動には、多くの「矛盾」と「嘘」が隠されていました。


今回は、名作の綺麗すぎる皮を剥ぎ取り、彼女が真実を覆い隠すために重ね続けた「矛盾と嘘」の正体を紐解いていきたいと思います。



❖完璧な英語と「隠された出自」


映画『ソフィーの選択』において、ソフィーはユダヤ人ではありません。ナチスが占領下のポーランドで行った「知識人・エリート層の粛清」に、父親(大学教授)と共にソフィーは巻き込まれ、アウシュヴィッツへ収容されたのです。


ソフィーは戦後、ニューヨーク・ブルックリンで洗練された知識人として暮らします。しかし、彼女が周囲に語る「父親はナチスに抗った英雄だった」という過去は真っ赤な嘘です。


実際は、彼女の父親は熱烈な反ユダヤ主義者でした。彼女の清廉な佇まいやリベラルな振る舞い、そして巧みな話術は、凄惨な過去の現実を覆い隠すための「嘘」だったのです。



❖なぜ彼女は「選択」を迫られ、そして選んでしまったのか


ソフィーがアウシュヴィッツの収容所に到着した際、冷酷なナチス将校は彼女に「子供のどちらか一人をガス室へ送れ。選ばなければ二人とも殺す」と迫ります。母親に我が子の生死を決めさせる、本作で最も残酷なトラウマシーンです。


なぜ、彼女は一人を選んでしまったのでしょうか。それは母性の優劣などではなく、ナチスが仕掛けた「人間の尊厳を解体する罠」に嵌められたからでした。


直前まで、ソフィーは自分が熱心なカトリックであり、ナチスに協力できる身分だと必死にアピールしていました。将校はその「生への執着」を嘲笑うために、彼女をターゲットに選んだのです。


彼女がしたことは、「二人とも殺される」という最悪の結末を拒むための、極限の反射的な行動でした。しかし、そのささやかな本能こそが、結果として娘の手を自ら離すという、一生消えない「加害者」としての呪いを彼女の魂に刻みつけることになったのです。


「自らの自由意志で、自らそれを選択してしまった」という地獄のような罪悪感。


もし将校が気まぐれに娘を奪っていったのなら、ソフィーはナチスを憎むだけで済んだかもしれません。しかし、ナチスは最悪の決断をあえて「自ら選ばせる」ことで、彼女の尊厳を内側から完全に粉砕したのです。



❖狂気の恋人・ネイサン が「もう一つのアウシュヴィッツ」だった理由


ソフィーが愛した恋人ネイサンは、天才的な頭脳を持ちながら、重度の精神障害を患っていました。彼は過剰な愛を注ぐ一方で、突如妄想に狂い、ソフィーを酷く責め立てます。


一見すると、彼女はDV気質な恋人に振り回されている被害者のように見えます。しかし、その裏にあったのはもっと歪んだ共依存の構造でした。


アウシュヴィッツでソフィーの運命を一方的に裁き、絶望的な選択を突きつけたのは「ナチスという絶対的な支配者(男性)」でした。そして戦後、彼女の前に現れたネイサンもまた、知性と狂気をもってソフィーを精神的に追い詰め、「愛するか、去るか」「生きるか、死ぬか」の極限の選択を無意識に突きつける存在だったのです。


ネイサンはかつてのナチス将校のポジションをそのままスライドさせた、「自分を裁く絶対的な審判者」でした。


我が子を死に追いやったというサバイバーズ・ギルト(生存者の罪悪感)を抱える彼女は、生き残った自分を1秒たりとも許せませんでした。心優しい青年スティンゴとの健全な未来など、彼女の壊れた心が受け入れるはずもありません。彼女が求めたのは救いではなく、「あの時、自分が受けるべきだった罰」でした。


ネイサンの理不尽な暴力や精神的支配は、彼女にとって自らを断罪し続けるための「身代わりの装置」、すなわち「もう一つのアウシュヴィッツ」だったのです。


ネイサンに支配されている狂気の中でだけ、彼女は「選択の苦しみ」から意識を逸らすことができました。彼女はネイサンという名の地獄を使って、過去の地獄を上書きすることができました。



❖自らが選び取ったアウシュヴィッツ


ラスト、ソフィーとネイサンはベッドの上で静かに毒薬を飲み、抱き合ったまま息絶えます。


それは決して絶望の逃避ではありません。ソフィーにとって、アウシュヴィッツから始まり、何年も自分を苛み続けた「終わらない選択の地獄」から、ようやく解放されるための唯一の帰還でした。


ソフィーにとってネイサンとは、偶然出会った狂気の恋人などではなく、「自らを再びアウシュヴィッツ(収容所)へ収監するための、自らが選び取ったもう一つの装置」です。


そして彼女は最後に、その地獄の門を自らの意志で閉ざし、永遠の安息へとたどり着きました。