キネマの天地 | 俺の命はウルトラ・アイ

キネマの天地

『キネマの天地』

映画 トーキー 135分 カラー
昭和六十一年(1986年)八月二日封切
製作国 日本
製作言語 日本語
製作会社・配給 松竹
 
製作総指揮 奥山融
製作    野村芳太郎
プロデュ―サー 杉崎重美
        升本喜年
        島津清
プロダクションコーディネーター 内藤誠
                田中康義
脚本   井上ひさし
     山田太一
     朝間義隆
    
 
撮影   高羽哲夫
音楽   山本直純
美術   出川三男
録音   鈴木功
調音   松木隆司
照明   青木好文
編集   石井巌
スチール 赤井薄旦
宣伝担当 梶原時雄 
進行   玉生久宗
製作主任 峰順一
協力   京浜急行電鉄株式会社
     熊谷組
現像   IMAGICA
風俗考証 林美一
     結城一朗
     
 
 
 
出演
 
中井貴一(島田健二郎)
有森也実(田中小春)  
 
 
渥美清(喜八)
 
 
松坂慶子(川島澄江)
倍賞千恵子(ゆき)
 
すまけい(小倉金之助監督)
美保純(園田八重子)
笠智衆(トモさん)
 
田中健(井川時彦)
平田満(小田切)
広岡瞬(小山田淳)
レオナルド熊(磯野良平)
石倉三郎(看守)
冷泉公裕(猪俣助監督)
 
下條正巳(島田庄吉)
三崎千恵子(貞子)
佐藤蛾次郎(留吉)
吉岡秀隆(満男)
関敬六(帝国館の呼び込み男)
前田吟(弘吉)
 
 
ハナ肇(安五郎)
桜井センリ(守衛)
柄本明(佐伯監督)
笹野高史(屑屋)
山本晋也(佐藤監督)
岸部一徳(緒方監督)
粟津號(馬道刑事)
財津一郎(岡村刑事)
 
 
大和田伸也(岡村監督)
津嘉山正種(澄江の恋人)
坂元貞美(古賀英二)
加島潤(医師役の俳優)
星野浩之(泥棒役の俳優)

油井昌由樹(長野カメラマン)

アパッチけん(生田カメラマン)

光石研(生田カメラマンの助手)

じん弘(照明班長)

山田隆夫(照明助手の正)

笠井一彦(撮影スタッフ)

若尾哲平(脚本部・北原)

巻島康一(脚本部・池島)

清島利典(脚本部・柳)

山内静夫(中谷松竹社長)

近藤昇(梅吉)

田谷知子(帝国館の若い売り子)

谷口美由紀(とし子)

マキノ佐代子(女事務員)

人見明(帝国館支配人)

石井均(床山茂吉)

松田春翠(帝国館弁士)

杉山とく子(おかね)

 

 

桃井かおり(彰子妃殿下)

木の実ナナ(ビヤホールの華やかな女性歌手)

なべおさみ(小笠原監督)

堺正章(内藤監督)
山城新伍(戸田礼吉)
 
 
松本幸四郎(城田所長)
藤山寛美(帝国館の客)
 
脚本・監督 山田洋次
 
アパッチけん=中本賢 
 
桃井かおり=モモイ・カオリ 
     =桃井かほり
 
松本幸四郎=六代目市川染五郎
     →九代目松本幸四郎
     =九代琴松
     →二代目松本白鸚   
 
 
山田洋次=山田よしお
鑑賞日時場所
令和六年(2024年)三月三十一日
神保町シアター
 学習の為結末に言及します。
 
 本作は基本的に否定しています。称賛され

ている方や未見の方や快感を覚えられた方は

当感想文を無視されることをお薦めします。

 ◎
 昭和一桁・1930年代の東京において
活動大写真の小屋帝国館には沢山の客が
来場していた。眼鏡をかけた初老の男性
客が鮮やかに掏摸で儲けている。
 弁士が厳かに活動大写真を語る。
 
 売り子田中小春は美人で可愛い。彼女
は人気者であった。
 男性客の中には活動よりも小春会いた
さで入場する者も居た。
 
 
 支配人は松竹の小倉金之助監督に活動
写真は大切な娯楽であり、「藝術映画な
んか上映されたらたまりませんよ」と厳
しい事情を訴えた。
 小春は支配人に呼び出される。小倉監
督は「帝国館にええ子がおると聞いとっ
た」と前評判を確かめ、女優として小春
をスカウトする。大部屋に始まり精進次第
で昇格し準幹部・幹部に登って行けば、何
時の日かスタアになれるかもしれない。
 
 小春は喜びつつ不安に思う。父喜八は旅
役者で馬の足を勤めたことがあった。
 
 喜八は隣家の車掌弘吉の妻ゆきと語り
合っている。弘吉・ゆき夫妻には満男とい
う息子がいる。喜八は人妻ゆきに惚れてい
る。
 
 娘の活動写真入りに喜八は厳しい意見を
述べる。芸能で苦労した自身の半生を思い
つつ、娘の希望も思い喜八の心は揺れる。
 
 小春は小倉監督の新作活動写真でいきな
り看護婦の役に抜擢される。助監督の島田
健二郎がサポートを為した。撮影現場では
女優八重子から厳しい注意を受けた小春は
演技の難しさを痛感する。
 
 小倉からも叱られ傷ついた小春は長屋に
帰りゆき奥さんに女優を諦めたことを報告
する。島田が小春に頭を下げて「女優にな
りたい人は沢山いるが、女優になって欲しい
娘はそんなにいない」と告げられ、小春は
再び女優を目指す。
 
 松竹では城田所長の指揮のもと、喜劇の
内藤監督や演技指導の厳しい緒方監督が辣
腕を振るっていた。
 美女スタア川島澄江の存在感は撮影所に
おいても華やかであった。
 
 島田は小春とのデートで書いているシナ
リオは売春婦の苦闘の物語を書いているこ
とを告げる。喫茶店で島田は社会主義者の
先輩小田切と再会する。小田切は喫茶店を
出た瞬間尾行していた特高刑事に気付き逃
走する。
 
 撮影所の清掃員トモさん翁は城田所長か
ら小春について聞かれ、「大好きです」と
応えた。城田は小春の抜擢を決める。
 
 小春の精進が認められ活動写真で活躍す
る。長屋で屑屋を家に招き入れた喜八は、
彼が「シェイは丹下、名はシャゼン」の
チャンバラを見てるだろうと聞く。「あっ
しはチャンバラは嫌いでなんだって松竹
蒲田よ」と好みを告げる。「お酒もっと飲み
なさい」と喜八は屑屋に酒を注いだ。田中
小春の大ファンと屑屋が語り喜八は喜ぶ。
「一度でいいから小春を抱いてみたい」と
屑屋は夢を語ると喜八に頭を叩かれた。
 
 美男スタア井川時彦は撮影所の女優達を
車に乗せて誘い派手に遊んでいるが、小春
も声をかけられる。守衛は「小春も誘われ
たか」と嘆じた。
 女性歌手が『会議は躍る』の『ただ一度
だけ』を華やかに歌う酒場で時彦は豪遊す
る。だが川辺で二人になると時彦は小春に
顔だけで売れている自分を「男芸者」と嘆
く。小春は井川さんのブロマイドを買った
ファンだったと告げ励ます。
 
 島田の下宿を訪れた小田切は大事な本を
預かって欲しいと頼む。島田は快諾する。
小田切は映画『白き処女地』のポスターを
見て、島田と共に憧れのスタアジャン・ギ
ャバンの写真を追いかけた日々を思い出す。
 映画製作に悩む島田に小田切は活動大写
真は観客に大きな力を与えられると告げる。
 下宿のおかみさん貞子は特高刑事岡村から
警察手帳を見せられ怯える。
 小田切は遂に岡村に捕らえられる。島田も
留置所送りになる。岡村は部下の刑事馬道を
島田の部屋を捜索し、「ああ!寒かった。マ
ルクス読んでやがる」と本棚を見て述べる。
本はグルーチョ・マルクスの写真が載ってい
た。
 
 島田は刑務所で刑事から殴られ怪我をする。
留置所内では牢名主風の男安五郎から励まし
を受ける。看守に注意された安五郎は「俺に
は娑婆に子分がいる。痛い目見たくなかった
ら黙っとれ。」と看守を逆に注意する。 
 
 川島澄江は恋人と共にロシアに逃避した。
城田所長以下松竹撮影所は大型企画の写真
『浮草』の主演人選についてどうしたらよい
かと討議する。
 釈放された島田は撮影所に復帰した。小春
が『浮草』主演に抜擢されることになった。
美男スタア小山田淳は漁師の網元の息子役を
勤める。小春のヒロインは苦しい経済事情の
家庭の女性である。実家の経済間格差を思う
ヒロインは恋人が逃避しても苦しみに耐えら
れるかどうかで悩む。クライマックスの演技
で小倉監督は小春の演技に怒る。どう演じて
いいか分からない小春は実家の長屋で悩みを
語った。
 
 ◎クライマックスに言及します。本作及び
『続男はつらいよ』『家族』未見の方は御注
意下さい◎
 
 喜八は、小春の母の女優が妊娠していた時期
に思いを打ち明けたことを語る。「お腹の中の
子って?」と小春は聞く。「お前だよ」と喜八
は実の娘ではないことを小春に告げた。喜八が
血の繋がりの無い自身を育てたことに小春は胸
がいっぱいになり駆けだす。ゆきは「言って良
かったの?」と問い直す。喜八は良いんだと自
身に言い聞かせるように確かめた。
 
 『浮草』撮影現場において小春はヒロインの
悲しみを演じる。小倉監督は落涙し、「やれば
できるやないか」と讃嘆する。撮影所の長野・
生田・照明班長・トモさんが拍手し小春を絶賛
する。
 
 『浮草』が完成し帝国館において上映される。
呼び込み男が客を呼ぶ。喜八・ゆき・満男が鑑賞
にやってきた。三人が入場する。眼鏡をかけた
初老男が鮮やかに掏摸をなして映画館に入る。
 
 上映前に「小春がちゃんと芝居できるかどう
か不安です」と喜八は語る。ゆきは「活動写真
はもう出来てるのよ」と説明する。『浮草』が
映写された。
 喜八は急死する。ゆきは驚き涙を流し、満男
に帝国館スタッフを呼ぶように告げる。
 
 大船撮影所が建設され城田所長が演説する。
守衛は小春の父が亡くなったことを電話で聞き
小倉に報告する。
 
 小春は松竹スタアとして楽隊の演奏の元『蒲
田行進曲』を歌う。
 
 帝国館では掏摸の男が屑屋に「よろしおしたな」
と感動を語り涙を拭く。
 
 ◎歯応えのある失敗作◎
 
 初めに個人的事情を書かせて頂きたい。昭和
六十一年(1986年)夏京都四条の映画館祇園会
館が建て替え改装工事を為していた。
 八月二日『キネマの天地』を落成上映するこ
とが発表された。
 祗園会館のファンだった自分は「夏にじっく
り上映されるから焦らんでも行く時間はあるやろ」
と油断していた。スケジュール調整に失敗し見
落とした。
 
 平成二十四年(2012年)九月十七日南座『山
田洋次の軌跡』において『キネマの天地』が上映
されることになった。この日公休日だった自分は
ブログ執筆に夢中になりスケジュール調整に失敗
し又しても見落とした。
 
 令和六年(2024年)三月三十日千葉県でコン
サート鑑賞をして一泊した。何としても神保町
シアター特集「木下惠介と山田太一」の『キネマ
の天地』を見聞しておきたい。この想いが熱か
った。東京メトロ神保町駅から近い位置にあった
神保町シアターを見つけ初入場を為し遂に『キ
ネマの天地』を鑑賞した。DVDを所持していたが
じっと視聴を辛抱した甲斐があり、映画館鑑賞
で学んだ。
 結論的に言うと失敗作だが、色んな教訓を与
えてくれている。
 
 山田洋次を崇拝する大ファンとして忖度する
ことなく意見を申し上げたい。
 
 ウィキペディアによると、『蒲田行進曲』を題
名とする松竹蒲田の撮影現場の物語を松竹製作作
品とは言え東映出身の深作欣二監督が演出・発表
したことに製作者野村芳太郎が悔しさを感じ、松
竹スタッフによる松竹大船撮影所物語を撮りたい
と臨んだ企画であるという。
 松竹大船撮影所五十周年企画として製作・撮影
された。
 
 主人公田中小春のモデルは大女優田中絹代であ
る。
 川島澄江のモデルは岡田嘉子、澄江の恋人のモ
デルは杉本良吉である。緒方監督(岸部一徳)の
モデルは小津安二郎、内藤監督(堺正章)のモデル
は斎藤寅次郎、城田所長(松本幸四郎)のモデル
は城戸四郎である。
 
 島田(中井貴一)のモデルは島津保次郎、井川
時彦(田中健)のモデルは岡田時彦、戸田礼吉(山
城新伍)のモデルは高田浩吉であろうか?
 
 松竹大船撮影所五十周年記念大作で松竹を代表
する監督山田洋次が演出し、相棒朝間義隆とのシ
ナリオには井上ひさし・山田太一も加わる。山本
直純・高羽哲夫の音楽・撮影を始め、『男はつらい
よ』スタッフが結集した。
 風俗考証の結城一朗は映画青春期を生きたスタア
である。
 
 主人公田中小春には当時十八歳の有森也実が抜擢
された。内定していた藤谷美和子が降りて有森也実
に決まったようである。
 渥美清が父喜八で倍賞千恵子演ずる近所の奥さん
ゆきに恋している。ゆきの夫弘吉は前田吟、息子
満男を吉岡秀隆が演じる。
 島田庄吉を下條正巳、下宿のおばさん貞子を三崎
千恵子、囚人留吉を佐藤蛾次郎、帝国館呼び込み男
を関敬六、撮影スタッフを笠井一彦、長屋のかねお
ばさんを杉山とく子が演じる。小使いの老人トモさ
んを笠智衆が勤める。
 
 木の実ナナ・松坂慶子・桃井かおりは『男はつら
いよ』シリーズマドンナ女優であった。
 
 『男はつらいよ』シリーズレギュラー俳優達が集
まった。
 アパッチ研・石井均・柄本明・笹野高史・じん弘・
人見明・マキノ佐代子・光石研・冷泉公裕・レオナ
ルド熊も『男はつらいよ』シリーズで活躍した俳優
である。
 ポスター・本篇エンディングは渥美清書き出し、本
篇オープニングは中井貴一書き出し、ポスター・本篇
オープニングは藤山寛美留めである。
 
 
 赤塚真人・秋野太作・犬塚弘・佐山俊二・太宰久
雄・谷よしのは出ていないが、昭和六十一年時点に
おいて山田洋次映画集大成の感さえ見せるオールス
タアキャストであった。
 
 
 松竹スタッフによる昭和一桁松竹映画讃嘆に『男
はつらいよ』パラレルワールドを重ね合わせた大作
であった。結論的に言うと、この二つの試みが盛り
込み過ぎで破綻を来した要因ではなかったか?
 
 田中小春の演技道探求に物語を絞るべきだった。
 
 渥美清演じる男が倍賞千恵子演じる人妻に恋する。
この試み自体は大事でー『男はつらいよ』シリーズで
出来ない企画であることも察するがーこれに『男は
つらいよ』パラレルワールドを重ねたことに疑問が
ある。
 
 『浮草』クライマックス演技で悩む小春が喜八
に出生の秘密を聞かされ、血の繋がりの無い自身
を育てた喜八の生き方を思い、ヒロインを演じて
小倉の涙を呼ぶ。
 観客に涙を流してもらうことをスタッフが狙う
のも察する。ところが井上ひさし・山田太一・朝
間義隆・山田洋次のシナリオと山田洋次の演出が
自己満足を起こしているようにしか見えないので
ある。
 
 小倉が感涙を流すシーンにしても、「やれば
できるやないか」の台詞を厳かに語り、小春に
対しては涙を見せるべきではない。
 
 最大の失敗はトモさんが小春を拍手して讃え
ることだ。
 「トモさんはトモさん。笠智衆は笠智衆」と
言っても、笠智衆はこの時代生ける松竹映画史
のスタアである。その大御所が演じるトモさん
が田中絹代をモデルとする田中小春に拍手したら
スタッフの甘えが露呈するではないか!
 
 どこまでもトモさんは静かで寡黙である老人
として描写すべきだった。
 
 喜八臨終シーンは、小春の演技開眼大成功の
時に父が亡くなってしまうという切なさを探ろう
としたものだが、全然切なくないのだ。
 ゆきにもたれかかった喜八が死んでいたとい
う描写は、『男がつらいよ』シリーズでさくらに
看取られて死ぬ寅次郎の案を投影したのであろう
か?映画版『男はつらいよ』シリーズでは寅の死
を描けないという事情があったからこの場で喜八
の死を描いたのかもしれないが、悲しみが迫って
こないのは困ったことだ。
 
 本作でゆきにもたれかかって喜八は亡くなると
いう死の瞬間を描写してしまったことが失敗の因
ではないか?
 
 『続男はつらいよ』における坪内散歩(東野英
治郎)や『家族』の風見源蔵(笠智衆)の死には
省略で語られる。
 
 つまり『浮草』撮影現場小春演技は「お涙」、
喜八臨終は「切なさ」を狙おうとして滑り、目的
だけが先行して描写・探求が追い付いていない。
 
 わたくしは「御涙頂戴」や「切なさ」がいか
んと言っているのではない。泣かせ切なく感じ
させることも大事だと述べたいのだ。
 
 ラストでは掏摸のおっちゃんまで泣いている
のである。リアリズム・リアリティ固執等全く
述べるつもりはないが、人々が泣いたり笑った
りする活動小屋・映画館で掏摸は財布を掏って
儲けてこそ人間模様になるのではないか?
 
 山田洋次作品史の中では吃驚する程底が浅い。
 
 ハナ肇・藤山寛美・渥美清の三人が山田洋
次監督作品に出演するのは『馬鹿まるだし』
以来の筈だ。本作はハナにとって最後の山田
洋次映画、寛美にとっては映画遺作になった。
 
 「何でハナ・寛美・清の激突競演シーンが
ないの!?」と心の中で叫びそうになった。
 
 大詰の帝国館シーンでは渥美清・倍賞千恵
子・吉岡秀隆が入場した後藤山寛美が映る。
清・寛美が同じカットに映らないのでフラスト
レーションが溜まる。
 
 どうしても喜八の死を描くのならば、私だ
たったら次のように描きたい。
 
 『浮草』で喜八は居眠りをしてきくの肩に
もたれかかる。
 
   
 
  「嫌だわ。喜八っあん。居眠りしちゃっ
   て!」
 
  「今日日の音が出る活動は寝ちまうもん
   ですね。
   奥さん、あっしはもう一回見て小春の
   野郎の芝居を見届けます。長屋の口さ
   がねえ連中が『喜八の野郎が綺麗な奥
   さんを活動に誘って狙ってやがる』と
   噂を立ててますから、今日は満男ちゃ
   んとお帰りになって」
 
  「そんなこと誰もきにしてないから」
 
  「いえいえ、満男ちゃん。お母様をお守り
  するんだぞ」
 
 ゆきと満男は先に帰る。
 
 喜八は『浮草』の小春の絵看板をじっと見つ
める。
 
 出所した安五郎と留造が活動大写真の小屋を
見て感嘆する。掏摸の男が安五郎の財布を掏る。
小春の看板を見ていた喜八は発作が起こり倒れ
掏摸の男にぶつかる。
 
  「おっさん、気ィ付けんかい!」
 
 掏摸の男が安五郎から掏った財布がこぼれる。
 
   「何しやがる!」
 
 安五郎が取り押さえる。
 
   「堪忍しとくなはれ」
 
 留造は喜八を看る。
 
  「このおっさん。もうあかんわ。
   死んどる。
  ハブにでも喰われおったんやろか?」
 
 「医者呼んでやれ」
 
 安五郎親分が留造に命じる。
 
 掏摸の男は落ちた財布を拾って逃げる。
 
  「全然入ってへん。しけとんのう」
 
 もし、テレビ版『男はつらいよ』最終回第
二十六話で車寅次郎が最愛の妹諏訪さくら(長
山藍子)や愛しいひと坪内冬子(佐藤オリエ)
に看取られたり腕の中で亡くなったら、視聴
者は抗議しなかっただろう。弟雄二郎(佐藤
蛾次郎)と一儲けしようと狙って奄美大島で
大けがをして死んだ。この悲しい最期が視聴
者の悲憤を呼んだのだ。
 
 フーテンやくざ寅の最期を山田洋次・森﨑
東・小林俊一は鋭く描いた。
 
 何故この原点を山田洋次は忘れたのか?
 
 事実『キネマの天地』喜八の最期で抗議は
起きてないやろ?
 
 作品に落胆したが、良いショットも多い。
 
 撮影所前のトモさんの作業は、生ける映画史
笠智衆の年輪の芸を感じた。
 
 役不足の名優が多い中、特高刑事で憎たらし
さをたっぷりと見せ豊かな芸力を披露し得た財
津一郎は幸であった。
 
 堺正章・桜井センリ・なべおさみ・山城新伍
は出番も短くて歯痒かった。
 
 総じて「惜しい」失敗作なのだ。
 
 田中絹代をモデルとするドラマで失敗作に
なる筈がないと思うんだが。珍しい例外だな。
 
 悲憤だけでなく「悔しい」という気持を呼
び起こす。
 
 劇中劇で『白き処女地』映画版のポスター
が映るが、伊藤大輔の言葉を想起した。『白
き処女地』原作小説を熟読した伊藤大輔は
映画化作品を見て読後のイメージが変わる
ことを恐れて「絶対に見ない」とエッセイに
記していた。
 
 『男はつらいよ お帰り寅さん』のエンディ
ングに『男はつらいよ 寅次郎夢枕』で旧家の
奥様を演じた田中絹代はマドンナの一人として
引用映像で紹介されている。
 
 
 
                  合掌