南米・鳥獣虫魚・探遊 -76ページ目

その19.オウロ・プレートと「王家の道」

1703年。本国イベリア半島では、スペイン王位の継承をめぐる戦争がおこった。巻きこまれたポルトガルは、防衛のためメスエン通商条約を強国イギリスと締結した。表面上は、イギリスの羊毛製品、ポルトガルのブドウ酒、それらの流通を相互に優遇するという内容だった。しかし、実際はポルトガルのお宝を吸いとるためのイギリスの罠だった。この通商条約で、ブラジル産の金の大半がイギリスに流れるようになった。おかげでロンドンは、世界の金融の中心となる基礎を築くことができた。


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現在のオウロ・プレート


1709年。サン・パウロとミナス・デ・オウロがカピタニアに昇格した。同時にサン・パウロのバンデイラスと別の地方からきた荒くれとの間で、金占有権をめぐる戦いが起こった。このエンボアーバ戦争で漁夫の利を占めたのが、ポルトガル皇室である。この地方の金の独占を企てた。

1711年。黒い石の採掘の基地となるヴィラ・リッカ(豊かな村)・デ・アブルケルケが建設された。1823年。ヴィラ・リッカは、皇室管轄の都市としてオウロ・プレート(黒い金)と改名され、1897年までミナス地方の行政の中心となった。現在この町は、ユネスコの文化遺産に指定されている。


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王家の道の古い石橋


金の出荷港として、当時の首都のサルバドールより地の利のよいリオ・デ・ジャネイロが選ばれた。「王家の道」と呼ばれる街道が、ヴィラ・リッカからが施設された。1729年。ミナス地方の北方チジュッコ(現在のジアマンチーナ)でダイアモンドが発見され、「王家の道」は、さらに北に延びた。「王家の道」に、ポルトガルからたくさんの移民がやってきた。本国にだれもいなくなってしまうのを恐れた皇室は、ブラジルへの渡航禁止法を何度も出したが、あまり効果がなかった。1763年。人口が大きく成長し、地理的な重要性もあったリオ・デ・ジャネイロに、ブラジルの首都が移された。


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ブラジリアナイトの結晶


 余談で世に知るヒトも少ないレア宝石について。オウロ・プレートの市内の鉱物博物館を訪問したことがある。博物館の白眉と思ったのは、ブラジルの名を冠した宝石ブラジリアナイトの結晶だった。いい石だ。怪しい黄色がなまめかしいリン酸塩鉱物の一種。そのうちに、『ブラジルのレア宝石』ってなブログ・シリーズをやろうかな?


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その18.ミナス・ジェライス地方のゴールド・ラッシュ

ミナス・ジェライス地方は、世界最初のゴールド・ラッシュが起こった場所である。パラウパーバ伝説の生まれたゴイアス地方の東、現在のミナス・ジェライス地方にも、お宝で山全体が光り輝くという独自のインディオ伝承があった。それはサバラブスーと呼ばれるお話しである。サバラブスーについては、もし別編『エメラルドの伝説』を書くことがあったら、より詳しく登場させると思うこの伝承もまた、多くのバンデイラスを動かした。ミナス地方の金がどのように発見されたかは諸説ある。一般的な説では、1693年。アントニオ・ロドリゲス・アルゾン率いるバンデイラスが、サバラブスーを探す途中でドーセ川支流のカスカ川で砂金を発見したとされる。しかし、彼らはここで獰猛なインディオに襲われ、サン・パウロに命からがら逃げ帰った。ボスのアントニオは、強行軍の疲労で倒れるが、従弟たちに詳細を伝えて息を引きとる。1694年。従弟たちはバンデイラスを組んで秘密の地点に到達し、かなりの金を採掘した。噂を聞いた荒くれ男たちがこの地方に集まったが、容易にお宝は得られなかった。



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現在のトリプイ川


ある日のこと、カスカ川の100キロほど東方にあるトリプイ川で、採れない砂金探しに疲れたバンデイランチが流水で喉を潤していた。ふと底を見ると、何やら怪しげな黒い石が沈んでいた。彼はこの石塊をサン・パウロ地方に持ち帰った。黒い石は人の手から手に渡ったため、だれが発見したのか分からなくなった。当時、地質学のスペシャリストがいたのは、リオ・デ・ジャネイロだけだった。最終的にリオで鑑定にかけられた黒い石は、含有量に優れた金鉱石だったのである。このニュースは、バンデイランチたちを驚かせた。金は川底の砂金だけでなく、山からも採れるのである。



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イタコロミ山


トリプイ川の地域に、インディオたちがイタコロミと呼ぶ奇妙な山塊がある。突き立った大岩に添うような小岩は、まるでイタ(岩)の子供(クルミン)に見える。17世紀の末。イタコロミを眺める地域で、黒い石の鉱脈が発見された。それは当時において、新大陸最大の金鉱床だった。一攫千金を狙って、すさまじい数の荒くれがイタコロミの麓に集まってきた。そしてゴールド・ラッシュが始まった。


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ペリパトゥス・アカシオイ


 余談講座は、生きた化石。現在のミナス州、トリプイ川地方は、自然保護地区になっている。指定された理由は、ペリパトゥス・アカシオイという超珍種の有爪動物が生息しているからだ。古生代カンブリア紀に栄えたカギムシ類の末裔。有名なアノマロカリスもこれに近縁らしい。ちなみにグランデ・オガワは、新種と思われるペリパトゥスをアマゾンで採集したこと(ホントのお話し)があ~る。


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その17.アニャンゲイラたちが発見したマルチーリオス・デ・クリスト

1673年~1682年。アニャンゲーラことバルトメウ・ブエノ・ダ・シルヴァは、ゴイアス地方からアラグァイア河方面への行軍を行った。もちろん合言葉はパラウパーバだったが、インディオ狩りもまた重要な目的だった。


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ビックード親子のイメージ


まったく同じ時期、やはりバンデイラスの大物ボスだったマノエル・デ・カンポス・ビックードの率いるキャバンも同じキーワードと目的で行軍していた。ライバルだったアニャンゲーラとビックードのバンデイラスは、アマゾン地方南部のある地点で偶然出会った。アニャンゲーラとビックードの一行は、一時的に共同キャンプを張った場所に奇妙なものがあった。乾期の最中で、川の水位は低かった。谷の底に、大小の岩盤が露出していた。平らな岩棚に、明らかに人為的な溝が刻まれ、いろいろな図柄が描かれていた。


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マルチーリョス・デ・クリストは、ジェズさまのファイナル・アイテムだ


彼らは、不思議な古代インディオの岩絵の意味に頭をひねった。円の外側に放射状の模様のあるものは、キリストがゴルゴダの丘で処刑されるとき頭につけられたイバラの冠を連想させた。十字架の模様も岩に刻まれていた。トゲ状の図柄は、十字架に身体を打ち込んだクラーボ(鉄のクギ)に似ていた。それを打った木槌もあった。バードマンのような模様は、キリストが息をひきとるときに3回鳴いたという雄鶏に見えた。バンデイランチたちは、それらがマルチーリオス・デ・クリスト(キリスト受難)のアイテムであると考えた。実際に岩絵を刻んだ古代のインディオたちが、キリストの受難のお話しを知っていたはずがない。イバラの冠は、おそらく鳥の羽の冠。木槌は、石斧。クラーボは、槍の先端。バードマンは、お祭りの衣装だったのではないだろうか。しかし、カトリックを妄信していた当時のブラジル人たちに、そ~んな考証は意味がない。彼らは岩絵のあった地点をマルチーリオスと名づけた。付近の川底は、砂金が豊富だった。


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クダモノトケイソウの花


 さて、余談のお時間。メル・ギブソンの『パッション』という映画をご覧になったかたもいるだろう。ジャッパがパッションって言うと、「熱い情熱」みたいな意味かと思うけど、ところが「キリストの受難」って意味が強い。映画のほうは、後者。新大陸熱帯原産のクダモノトケイソウは、英名パッション・フルーツ。この果物ジュースを飲むと、むくむく発情するから、と思うかも? オレも昔むかしは、そう思ってた(笑)。しかし、この名は、クダモノトケイソウの花の構造に由来している。子房柱が十字架、分裂した雌しべが鉄の釘、副冠がイバラの冠、すなわちマルチーリョス・デ・クリストのアイテムに似ているからだ。ちなみに、ジュースには、精神安定作用物質が含まれていて、発情どころか沈静する(笑)。


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その16.アニャンゲイラと呼ばれたバルトロメウ

17世紀の後期。バルトメウ・ブエノ・ダ・シルヴァというバンデイラスの大物ボスがいた。アニャンゲというあだ名のほう有名だった。先住民たちに仕掛けたトリックがその由来である。


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パフォーマンス中のアニャンゲイラ


古来からインディオたちは、キャッサバ芋や果物に唾液を混ぜて作った発酵酒を飲んでいた。カシリとかカイスマと呼ばれたインディオ酒は、いわゆるビールだったからアルコール濃度は高くない。そのため蒸留して濃縮したものに火がつくことを知らなかった。バルトメウは、インディオたちの前で透き通った濃いピンガ(サトウキビ蒸留酒)を入れた容器をかかげた。「ワシは水を燃やす魔力を持っている。もしお前たちが、金の採れるありかを言わなかったら、すべての泉や川を焼き尽くしてやる!」と怒鳴りながら点火した。未開の先住民たちは、この芝居に肝をつぶした。彼らの眼には、まるで悪魔の所業のように映った。インディオたちは、口々に「奴はアニャンガだ!」と叫んだ。彼はインディオたちに悪魔の化身と恐れられた。


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アニャンガのイメージ


アニャンガは、ブラジル・インディオの神話に頻繁に登場する最悪最強の魔物である。死を含むすべての凶事は、これが原因であると信じられていた。いろいろな動物に化ける能力があり、ときには人間の姿にもなった。アニャンゲは、ポルトガル語化された「アニャンガのような奴」という意味である。ときに「年老いた悪魔」とも訳されている。


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中生代の空を舞ったアニャンゲイラの頭部化石


 余談は、セアラ州アラリッペ地方の中生代白亜系地層から産出する翼竜(空飛ぶ爬虫類)、学名アニャンゲイラ。何度かブログなどで書いているけど、日本の国立科学博物館に展示されてる骨格レプリカには、アンハングエラと記してある(笑)。しかし、ANHANGUERA NHAは、ポルトガル語では二重子音と言って、ンハとは読まないで、ニャと発音するのが決まりだね。


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その15.パラウパーバはどこにある?

セルトンに居住するゴヤーゼス族の女達は、金の髪飾りをしてい。そこがパラウパーバに近い場所であろう、という噂がサンパウロで流れ、多くのバンデイラスが北方にあるゴイアス地方を目指した。セルトンとは、現在のミナス・ジェライス州北部から東北ブラジル全域まで広がる草原と低潅木が卓越した大地のことである。乾燥気候で、たいへんに暑い。バンデイランチたちのように奥地に精通した人のことを、セルタニスタ(セルトンの人)とも呼ぶ。


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黄金色の夕日が素晴らしいセルトン


ゴイアスの北方は、アマゾン地方のトカンチンス・アラグァイア河の流域である。アラグァイア流域に進んだ初期のバンデイラスのボスに、ドミンゴス・ロドリゲスがいる。1596年~1600年。ロドリガスは行軍日誌で、パラウパーバ川の名前を記述している。現地でそう呼ばれている河川は、どうやら伝説の「お宝の湖」から流れ出ているらしい。巨大な湖は見つからなくとも、大きな河川ならいくらでもあった。バンデイラスは、パラウパーバを湖だけでなく、川の名前としても用いるようになった。


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パンタナルにパラウパーバがあるのか?


パラグァイ河の上流部、すなわちパンタナル地方もまたパラウパーバの候補地だった。やはり多くのバンデイラスがこの方面(現在のマット・グロッソ)に向かって北西に進軍した。この時代のバンデイラスは、インディオ狩りという仕事がメインであったせいもあるだろう。多少の砂金は採取されたが、大規模な産地は発見されていなかった。インディオ伝説にあるパラウパーバは、ガセネタだったのだろうか? そんなはずはない。


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映画「シングー」DVD


 余談だ。近代セルタニスタの有名人にビラス・ボアス兄弟がいる。シングーの未開インディオを世に知らしめたことで有名。昔の日本ドキュメンタリーにも日曜によく出演してた。最近、「シングー(XINGU)」という映画のDVDがブラジルでリリースされた。ヒロインは、ビラス・ボアス兄弟。かわいいインディオ娘を孕ませたりするシーンもある。オレも海賊版(笑)でみた。だいぶ脚色美化されているみたいだけどね。


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その14.世界地図にも載ったお宝の湖

ラ・プラタ水系のパラグァイ河の上流に巨大で浅い湖があって、ここもパラウパーバではないか、言われるようになった。実際この地方には、世界最大(日本の本州より大きい)の湿地帯パンタナル(スペイン名では、グラン・チャコ)がある。ラ・プラタという名称もまた、上流に大量の銀(プラータ)があるという伝説に因んでいる。スペイン語のDORADO、ポルトガル語のDOURADOとは、金色に輝いているものを意味する。16世紀にヨーロッパで描かれて流通した南アメリカ大陸のほとんどの地図(図版)に、巨大な湖が描かれている。この湖は一般にエウパーナ湖と記され、北方に流れるアマゾン地方のパラ河(現在のアラグァイア・トカンチンス水系)、東方に下るサン・フランシスコ河、そして南方に流下するラ・プラタ河の3つの大河の源泉と描かれている。これらの地図は、この時代に知られていた最新の著述や口述、情報を基にして作成された。


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スッスアラーナ


古い時代、ヨーロッパにトゥッピ・インディオ名詞が入ると、その読みがまったくトンチンカンに転化したことがあった。たとえば鹿に(色が)似た獣を意味するスッスアラーナ(ネコ科のピューマのこと)は、ヨーロッパでクーガーになってしまった。同様にパラウパーバが転化して、エウパーナになったと歴史家は考えている。


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エンパーナ湖の載った17世紀の南米地図


そんな地図上では、湖の位置は西経46度30分付近、すなわちスペインとポルトガルが交わしたトルデシリャス境界線上となっている。これは、もし「黄金の湖」が発見されたらお宝は山分けという伏線なんだろう。スペインも並々ならぬ興味をパラウパーバに抱いていたに違いない。カリブの海賊たちもこの地図を持っていた。お宝が見つかって運搬船が出航したら、ジャック・スパローみたいな奴らが海上でぜんぶいただきにしてやると舌なめずりしていた。


ブラジルのバンデイランチたちが使っていた地図も、カリブの海賊たちと似たりよったりだった。いつしか、パラウパーバは、バンデイラス行軍のキーワードとなっていった。いく隊ものキャラバンが「黄金の湖」を探すため、サン・パウロから内陸に旅立った。


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グラン・チャコ(ボリビア)のドラド


 本日の余談は、グラン・チャコの黄金魚なお話し。ブラジルは人口が多いせいか、魚肉好きなせいか、漁業が盛んで、黄金の河の虎ドラードの大物の数が少なくなった。同魚が生息する国には他に、アルゼンチン、パラグァイ、ウルグァイ、ボリビアがあって、そっちのほうがデカいことが知られている。もっとも釣り人に未知の領域がボリビアのグラン・チャコ。山の斜面の渓流に格好いいのがいる。


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その13.ブラジルの黄金伝説

さぁ~て、いよいよブラジルの黄金だ。



ポルトガルがブラジルにコロニア(植民地)を築き始めたころ、入植者たちはインディオたちからいろいろな神話伝承を聞いた。その中に「この広大な大地の真ん中辺りに、巨大な湖がある。すべての大きな河川は、この湖を源にしている。湖の底は、無数の金色の石や宝石で輝いている」というお話しがあった。スペイン人が強奪したアステカの財宝の情報源も、カリブの未開裸族の伝承が発端だったではないか。結果として莫大な金銀を得たのだから、ブラジル・インディオの「黄金の湖」も本物に違いない。そこに到達すれば、素晴らしいお宝が得られるだろう。ブラジル沿岸地方の入植者たちは、一攫千金の夢を抱くようになった。


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「黄金の湖」の位置イメージ


トゥッピ系の先住民の使っていた言葉にパラウパーバがあった。パラは、「海」あるいは「海のように広い水」を意味する。インディオたちは、アマゾン河のことをパラと呼んでいた。語尾のパーバは、低いとか浅いの意だろうとされている。すなわちパラウパーバは、「深くないが広大な湖」のような意味を持っている。いつしか「お宝の湖」は、バンデイランチたちにパラウパーバ湖と呼ばれるようになった。


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サン・フランシスコ河の源泉


1622年。アントニオ・アラウージョ神父は、「サン・フランシスコ河の源流には、大きな滝があり船はそれ以上は遡行できない。その滝の上には、パラウパーバという湖がある」と記述した。愛称ヴェーリョ・シッコ(フランシスコ爺さん)と呼ばれるこの河は、ブラジル内陸部の大河で、流程ではオリノコ河よりも長い。この当時、サトウキビ栽培で栄えていた東北ブラジルの沿岸に注ぐ河口の部分はよく知られていたが、上流部は未知だった。


1637年。王室の命を受けたエントラーダス(公的探検隊)の艦隊が、アマゾン河口のパラ(現在のベレン市)を起点に大河を遡行した。流域の資源、インディオの実態、そして女戦士アマゾナスは実際にいるのかなどが調査の目的だった。総司令官ペドロ・テイシェイラは、「奥地のどこかに川底が金で覆われた幻の河川がある」というアマゾンの伝承を聞き伝えた。この「黄金の川」もまた、パラウパーバ湖から流れだしている河川であろうと信じられた。


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怪ナマズのピラーの剥製標本


 余談は、RSF(リオ・サン・フランシスコ)の魚族について。ここの特産カラシンには、最強のピラニアのキャッチをもつピゴセントルス・ピラヤ。最近学名がついたドラードの一種、サルミヌス・フランシスコエンシス。ナマズでは、フランシスコドラス、そしてバカみたいな顔をしたパカモン・キャットなどがいるけど、忘れてならないのがピラーだね。始めてこの珍顔ナマズを観たのは、サン・パウロのムゼウ・パウリスタの標本だったっけ。ミナス州のトレス・マリアに何回かピラー採集に入ったことがある。


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その12.バンデイラスの基地になったサン・パウロ

教会のできたピラチニンガには入植者が増え、付近に農家もでき人口も増えていった。1565年。同村は、サン・パウロという町となった。1580年。ポルトガル王室に跡継ぎが絶え、暫定的にスペイン王フェリペ2世が両国政を兼務した。現在のブラジルが、南アメリカ大陸で最大の国となっている要因はここにある。同じ国なんだから国境もクソもないだろう。トリデシリャス条約の境界線の西側にポルトガル語を話す連中が盛んに侵入した。最終的にブラジルは、西はグラン・チャコと呼ばれる大湿地帯まで、南はグァラニー族の支配化だったウルグァイ地方まで、そして北はアマゾン地方の北側にあるギアナ高地まで領土を大きく広げた。


1640年。ポルトガルは、ブラガンサ家が皇室となりジョアン4世が王位についた。そしてイギリスの支援を得てスペインから分離した。両国の政権が合併していた時期、サン・パウロの町にかなりのスペイン人が入植した。アウタオーゾ(大胆不敵)と呼ばれる彼らの血が住民に混じった。


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二国の王様を兼任したフェリペ2世


アンシエッタ神父たちに築かれたサン・パウロは、ジェズイッタの思惑、すなわちインディオの訓化と保護とは正反対に、奴隷狩りを目的とするバンデイラスの重要な出発拠点となった。バンデイラスにとってもっとも重要だったのは、武器や食料、馬などの確保である。サン・パウロは、それらの商売で栄え始めた。バンデイラスは奴隷狩りのほかに、スペイン領アンデスのポトシ鉱山で産した銀の不正取引品を内陸経由で運ぶ密輸仕事も請け負った。サン・パウロは、地の利が良かった。前述のように16世紀、スペイン領地の膨大な金や銀、エメラルドがイベリア半島の本国を潤していた。これに隣国のポルトガルが激しく嫉妬したのはいうまでもない。探せば広いブラジルにも、金銀宝石がたくさんあるに違いない。


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金を探す集団になったバンデイラス


バンデイラスは、奥地の旅行に精通したプロの集団だった。はるか内陸に眠る金銀や宝石の鉱脈を探すのにもっとも適した職種である。各地で金も少しずつ見つかり始めていた。バンデイラスは16世紀の後半ころから、インディオ奴隷狩りとお宝探しの両方を兼任するようになった。


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ソフロニティスの花


 前回の余談は、サン・パウロの海岸山脈ファウナ小知見だったから、今日はフローラで行こう。ここの自生植物の白眉は、ソフロニティス(現在はカトレア属とされる)に決まっている。株は小型なのに花の大きなランで、着生して赤い花を咲かせている様は、樹幹の花火に見える。世界中にソフロニティス・ファンがたくさんいる。


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その11.大都会になったサンパウロの曙

早くからカピタニアに指定されたサン・ヴィッセンテは、現在のサンパウロ州の海岸線、現在コーヒー豆の出荷港として有名なサントスに近い場所にある。当地にバナナ、オレンジ、サトウキビなどが導入され農業が発展していった。ブラジル最初の砂糖工場もここに建てられた。この街の裏手には、海岸山脈がそびえている。東北ブラジルの南部から南ブラジルにかけて大西洋岸に沿って走る、標高700メートル前後の細長い山脈である。海側は、急斜面が多い。潮風が当たるので、湿度が高く霧がよく発生する。こんな環境には、樹木に着生植物が多い。


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海岸山脈には多くの美滝がある


1514年。サン・ヴィッセンテ在住のジョアン・ラマーリョは、インディオが利用した「海の道」と呼ばれる踏み跡をたどって山脈の上に登った。彼はそこでトゥピニキン族と出会い、酋長の娘とねんごろとなった。ポチーラという娘をもうけ、ピラチニンガと呼ばれる一帯の権力者となった。ピラチニンガは、トゥッピ語で「干物の魚」を意味する。


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酋長になったジョアン


1534年。パリ郊外のモンマルトルの丘に集まったイグナチオ・デ・ロヨラと同士たちによって、ジェズイッタ(イエズス会)が発足した。ローマ・カトリックを新天地の蛮族に布教する人材を育成することが趣旨である。選ばれた会士たちは、いってみれば秘境への切り込み隊員、あるいは特攻隊員である。ちなみに1549年。日本にやってきたフランシスコ・ザビエル神父は、ジェズイッタの発足メンバーの一人であるね。


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イエズス会創始者イグナチオさん


1553年。ブラジル切り込み隊長のマノエル・デ・ノブレガ神父が「海の道」を登り、ラマーリョの協力を得て、ピラチニンガにヤシ小屋のコレージオ(神学校)を設けた。


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野獣にも教えを説くアンシエッタ神父


1554年。ノブレガの隊員だったジョゼ・デ・アンシエッタ神父がミサを行った。サン・パウロ・ド・カンポ・デ・ピラチニンガがジェズイッタの村として発足した。


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スクレオミスタクス・クローネイ


 今日の余談は、サン・パウロ沿岸の海岸山脈のファウナについての小知見。オレは以前、モジ・ダス・クルーゼスという街にアジトを持っていたことがある。ここから海方面に下ると海岸山脈を横切る。ここで観察できた特筆できる生き物は、まずモルフォ・カテナリウス。夏になるとヒラヒラ飛ぶ美しいシロモルフォ系だ。熱帯魚は渓流みたいなトコに、通称バルバータス・サンダー、すなわちコリドラス(スクレオミスタクス)・クローネイがいる。カテナリウスシロモルフォもバルバータス・サンダーも共通して脳天気な生き物で、たいした道具を使わないでも簡単に捕獲できるのが笑える。


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その10.インディオ狩りから始まったバンデイランチス

ブラジル奥地のインディオ狩りを目的として始まったキャラバンが、バンデイラスである。この構成メンバーのことを、バンデイランチスという。バンデイラスは、複数の旗を意味する。戦国の軍隊と同じように御旗を掲げて進んだのが名の由来である。政府による内陸探検隊のエントラーダスと違ってバンデイラスは営利集団であり、武装した私設軍隊だった。


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バンデイラスの行軍


16世紀の前半。乱伐のためパウ・ブラジル資源は枯渇した。ブラジルの産業は、気候にあったサトウキビの栽培に主体が移った。17世紀に入るとサトウキビ栽培に大きな労働力、すなわち大量の奴隷が必要となった。砂糖産業とドレイ売買は、共にユダヤ資本と結びついていた。


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いかにも悪人づらのヴェーリョ


ブラジル史上最凶のバンデイラスのボスが、ヴェーリョ(老人)のあだ名で知られたアントニオ・ラポーゾ・タバレスである。1618年~1641年。ヴェーリョ率いるバンデイラスは、30数箇所の村落を襲撃しインディオを捕獲した。奴隷にされ農場などに売り飛ばされたインディオの数は、合計30万人以上にのぼった。


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ピンガ51、ロゴTシャツのパッキンおネーさん


 いつもの余談ね。サトウキビ栽培は、現在のブラジルでも大きな産業であるね。砂糖精製もあるけど、アルコールの需要が多いからである。バイオ燃料がメインだけど、もちろん飲料もつくる。ブラジルのサトウキビ蒸留酒は、ピンガだけどカシアッサとかアグアルデンチとも呼ぶ。ピンガでもっとも売れているのは、51(シンコエンタ・イ・ウン)という銘柄である。それにあやかって、別会社が21とか61とか、番号を銘柄にした製品が流行っている。しか~し、残念ながら69ってのはない(と思う)。


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