お知らせ
前にブログで予告をお知らせいたしましたが、昨年の8月にわたくしこと、グランデ・オガワ、大阪読売TVのフィッシング特番の現地コーディネートをやりました。当初は今年のGW放映予定でしたが、日時が変更になりました。
3月24日(日曜)、読売テレビの関西ローカルで午後3時~4時25分に放映されます。二部になっているらしいんですが、その一つはオレとタレントの照英さん。映像は、ディレクターさん折り紙つき、超ド迫力画面だそうです。関西方面の貴兄&貴女、ぜひ観てちょうだいね!
グランデ・オガワとアマゾンの猛魚を釣ろう!
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●アマゾン猛魚・頭骨博物館
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●シングー・クラフト
その28.「アマゾン黄金伝説」…… あとがき
なんで、「アマゾン黄金伝説」シリーズを書いたかには、もちろん意味がある。セーハ・ペラーダで大きな金塊がゴロっと出た年、GOはアマゾンの地を始めて踏んだ。何度も書いてるけど、オレの専攻は、地質学である。あわよくばブラジルの金堀りで一攫千金、そしてウヒヒヒのA級・酒池肉林(笑)という美味しそうな夢に触手が動かないわけがな~い!
実際には、ガリンペイロはまだやったことがない。でも赤子の魂のような夢想は、いつも背後霊として貼りついていた。だから、少しずつこつこつブラジルの黄金についての資料を集めていた。その行程の中で、パラウパーバ、サバラブスー、マルチーリオスなどの愉快なキー・ワードが現れた。それらの資料で、何かできないかなぁ、と造形してみたのが本編である。
だいぶ枯れてしまったけど、昔は砂金で鳴らしたシングー河畔に現在住んでいることもあって、夢の実現の可能性がないわけじゃない。もしかしたら、ある日。河畔で泥を洗っているGOに出会えるかも知れない……
ほ~んとに終了
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その27.コンクルージョン
「アマゾン黄金伝説」も、いよいよ最終回になったね。
アマゾン流域は、広範囲に金が産するけど、もっとも資源キャパが高い地帯は、パラ州からマット・グロッソ州にかけてとされている。ここには面白いお話しがいろいろとある。たとえば、チャーターのセスナ機からパラシュートで飛ぶ孤高狼ガリンペイロのお話し。彼は自分だけの秘密ポイントを持っていた。もちろん、その付近には飛び降りず、かなり離れた地点に着地して密林を歩いてお宝場に入った。そして、マラリアと充分な砂金をもって、たまにふらりと街に戻ってきた。薬で治療した後、夜の盛り酒場で遊びに遊ぶ。掘った砂金をA級・酒池肉林ですべて散財すると、彼はまたセスナ機に寂しく乗る。そんな最高級な人生を楽しんだガリンペイロもいた。
マット・グロッソ州では、牧場で遊んでいた子供が、1キロ余のペピータ(金塊)を拾ったニュースが新聞紙上を賑わしたことがあった。牧場の持ち主がそれを取りあげてしまったため、子供の父親が所有権をめぐって裁判中だという。
マット・グロッソ州の庁所在地のクイアバ市が金の産地として始まったことは記した。クイアバから巨大な湿地帯パンタナルに向かう途中にポコネという町があって、ここも金産で有名である。町の近郊にはすり鉢状の穴がたくさん開いているが、本当に豊富な金鉱脈があるのは、市街地の直下であると、まことしやかに噂されている。貴兄&貴女もポコネの町に家を買って、庭を掘ってみませんか? 雨の日のポコネでは、子供が溝でペピータを探しているシーンを何回か見ている。こういうお遊びが、ガキでもできるのもブラジルならだろう。
広大なアマゾン流域。未だ人跡の及んでいない場所がたくさん残されている。セーハ・ペラーダ級、あるいはそれ以上の金鉱脈が新発見されたって、なんの不思議もない。ガリンペイロたちの夢、現代のマルチーリオス探索は、終わることはないだろう。
完(余談なし)
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その26.ガリンペイロたちと信仰
ガリンペイロは貧しい地方の出身者が多い。ブラジルでもっとも貧困者が多いのは、旱魃が厳しい東北ブラジルの内陸部である。東北ブラジル生まれの人たちは、ノルデスチーノと呼ばれている。セーハ・ペラーダに集まった10万人の内、その70%がノルデスチーノだったといわれている。一般に東北ブラジルの内陸の貧困者は、熱心なカトリックが多い。苦しいときの神頼みでなく、日常的に神様に運が向くことをお願いしている人たちだ。彼らは、金がたくさん掘れるのも、すべてが神様の思し召しと考える。
ある場所で掘って、けっこうな量の金を得たガリンペイロがいた。何年か後に資材をそろえて同じ地点で掘ったところ、ひとかけらの金もなかったという話しは少なくない。そんなとき彼らは、神様が金を移したからだと信じる。地底から不思議な音が響く山鳴りの自然現象がときにあるが、この音は神様が金を移動させている音だと納得する。アマゾン地方にホンカドール(いびきをかくもの)という山脈があるが、ここでは神様が盛んに活躍しているらしい。
ガリンペイロ式に考えれば、アニャンゲイラやビックーダ時代のマルチーリオスは、金が豊富だったけど、気まぐれな神様が別の場所にお宝を移したんだ、となるだろう。神を信じることは、裏を返せば悪魔を信じることと同義である。奥地で仕事をするガリンペイロには、密林の妖精や魔物に会ったお話しを持っている者が多い。セーハ・ペラーダの密林で、ロビズオーメン(狼男)と出会ったことがあると語るガリンペイロもいる。彼は得体の知れない妖怪に遭遇したことを、なにかの予兆と考えた。妖精や魔物が人前に現れるのは、なにかを伝えたいからに違いない。それは隠された新しい鉱脈かもしれない。そのガリンペイロは、今でも第二のセーハ・ペラーダを探している。
★ 余談! ホンカドール山地付近は、奇妙な新興宗教も発生している。もちろん神あるいは精霊とコンタクトする。周辺は、ブラジルでも有数のUFO出現地としても知られている。この近くをバス旅行したとき、発着場の壁に面白いヘタな絵が描いてあったのを見た(笑)。
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その25.セーハ・ペラーダ伝説
前述したマノエル・ロドリゲス・フェレイラは、伝説のパラウパーバとマルチーリオスの謎を詳しく研究している。彼は、セーハ・ペラーダにほど近いイタカイウーナ川支流の名であるパラウバペーバスとパラウパーバの語呂が似ていることを文献で指摘している。しかし、フェレイラの時代には、まだセーハ・ペラーダの膨大な黄金は知られていなかった。「古来からインディオたちに伝わる黄金の川は、トカンチンス河水系イタカイウーナ川の支流パラウバペーバスであり、古代インディオが刻んだ岩絵が意味したのは、実はセーハ・ペラーダだった」、と空想してみるのも面白いかもしれない。
セーハ・ペラーダではブラジル政府の法令によって、すべての黄金はカイシャ・エコノミカ銀行に売ることが義務づけられていた。現場の管理者だったのが、軍人セバスチアン・ロドリゲス・デ・モウラだった。あだ名は、マジョー・クリオ。セーハ・ペラーダのガリンペイロたちが作った街は、後に正式名称クリオノーポリスとなった。セーハ・ペラーダのガリンペイロたちは、合計40トンを人力で掘ったといわれている。その時価は、1000億円以上あった。伝説のガリンペイロも生まれた。ゴッド・ハンドをもつ男と言われたガリンペイロもいた。彼が掘ると、まるで神がかりのように豊富な金がでた。あるガリンペイロは、リオ・デ・ジャネイロへの私用に一人でジェット旅客機をチャターしたという逸話がある。またあるガリンペイロは、ベレンの街へ行くのにいつも二機のセスナをチャーターしたという。一機は自分が、もう一機はお気に入り帽子を運ぶために使ったという。
ガリンペイロたちが人力での採取を打ち切ったとき、すり鉢は、幅500m、深さ300mになっていった。放置された穴は雨水が溜まって、満々と緑色の水を湛えた湖となった。現在、セーハ・ペラーダの発掘権は、リオ・ドーセ社という超大手の鉱山開発機関にある。同社の調査では、地表から400m地点に、埋蔵量が150トンはあるスーパー鉱脈がまだ存在するとされている。
★ 今日も軽く予断。セーハ・ペラーダの金採掘現場は女人禁制とされていた。しかし、当然が無論のように、その周辺には夜のピラニア女たちが大挙して集結。彼女たちは、一晩に10人からのガリンペイロを客にとったほど大繁盛。そして、支払いは砂金や金粒だった。この商売で儲けて、マラバの町にホテルを建てた女もいるというよ。
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その24.現代のマルチーリオス、セーハ・ペラーダの登場!
アマゾン地方パラ州の南東部、トカンチンス河畔にマラバがある。20世紀初頭にダイアモンド集積地として発展した街である。現在は、世界最大埋蔵量の鉄鉱石のあるカラジャス地方の要所である。鉱石を運ぶための鉄道が鉱山からマラバを通り、隣のマラニョン州の海岸線まで施設されている。市内にはトカンチンス支流のイタカイウーナ川が流れている。このイタカイウーナにパラウバペーバスという支流がある。
1976年。パラウバペーバス川の東方で、金の産地が発見された。1977年。そのニュースが広まった。1978年。大きな金塊が掘られた。その地点は、セーハ・ペラーダ(裸の山脈)と呼ばれていた。当時のブラジル鉱山動力省大臣は、マスコミ扇動で自分の持株価を上げる名人として知られていた日系の植木シゲアキだった。大臣は、カラジャス地方の豊かな黄金について大々的に報道した。
1980年。ここに3万人ものガリンペイロが集結した。すさまじいゴールド・ラッシュが始まった。運のよいガリンペイロは、何キロものインゴットを手にした。1981年に人口は、8万人になった。丘があった場所は人力で削られ平地になり、さらに掘り下げられていった。1983年までに、公称で14トンもの金が産出した。1984年から1986年に毎年2.6トンが掘られた。セーハ・ペラーダの穴は、巨大なすり鉢の様相になった。内部に水場がなく、掘った泥は人力で外のラブラ(洗い場)に運ばれた。泥を詰めた袋を頭にのせたガリンペイロたちは、すり鉢の急斜面に長蛇の列をつくった。彼らは、フォルミゲイロ(蟻人間)と呼ばれた。さながらアリ地獄に吸い込まれるように、穴底に転落する事故がしばしば起こった。何人ものフォルミゲイロが犠牲になった。
セーハ・ペラーダの金産額は、1987年に2.2トンに下がり、1988は745キロ、そして1990年にはたったの250キロになった。穴が深くなり過ぎて、人力での作業に限界がきたのだった。
★ 余り談。ペラーダってのは裸の意味なんだけど、試しにブラジル・グーグルで pelada を画像検索にかけてみたら、こんなのがでてきた。
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その23.ついに発見されたマルチーリオス
1888年、レオポルジーナ村(現在のゴイアス州のアロワナン)からドイツ人科学者のパウル・エーレンレイチがアラグァイア河を下った。時期は8月で、河は最低水位だった。パウルはステイネンの調査に参加した経験のある優れた探険家だった。彼は最高水位から15メートルは下にあると思われる岩棚に刻まれた岩絵に出会い、それを写しとった。彼のスケッチブックに描かれた図柄には、キリストの受難に使われたアイテムに似たものがたくさんあった。
アニャンゲイラとビックードが1682年に伝えたマルチーリオスは、ブラジルの黄金探索の歴史において、もっとも重要なキーワードである。そのため歴史家やジャーナリストによる研究が少なくない。最も重要な文献は、1960年にマノエル・ロドリゲス・フェレイラが上梓した「オ・ミステリオ・ド・オウロ・ドス・マルチーリオス」(マルチーリオス黄金の謎)である。最終的に彼は、「パラウパーバ川とは、アラグァイア河のことであり、マルチーリオスは、パウル・エーレンレイチが到達したアラグァイア河畔の地点である」と結論した。
写真は、マノエル・ロドリゲス・フェレイラが撮影したマルチーリオスの岩絵である。始めの写真は、十字架だろうか。上写真はイバラの冠。下写真は鉄釘を打った木槌らしい。
ついにマルチーリオスの秘所が解き明かされたのだろうか? もちろん、多数のガリンペイロたちが、パウル・エーレンレイチが発見した岩絵付近に集まった。そして夢中で川底の砂を洗った。しかしながら、岩絵が刻まれた周辺は、それほど砂金が豊富でなかったのである。これはいったいどうゆうことだろう? 先駆者であるアニャンゲーラとビックードが、サン・パウロに持ち帰った豊富な黄金の伝聞からすでに200年。代々のバンデイランチたち、そしてガリンペイロたちの夢を育んだマルチーリオスの黄金は単なる作り話だったのだろうか?
★ 余談はゆるさない(訳がわからん)。ゴイアスのアロワナンってのは、もちろん古代魚アロワナのことね。街はアラグァイア河畔にあって、この周辺は確かにシルバー・アロワナがたいへん多い。アロワナの食事の半分以上は、昆虫類である。今日は、GOタイイングのアロワナ用テレストリアス・フライを紹介しよう。スズメガを模したスピングロウ、フンチュウ、コガネ、カブト。
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その22.伝説は、ガリンペイロへ
1793年。トーマス・デ・ソウザ・ヴィラ・レアルのバンデイラスが、ゴイアスからアマゾン地方のアラグァイア河に入った。彼が残した日記にこんな記述がある。「2月15日。アラグァイア河を下った我々は、激しい急流部に出会った。川幅は狭くなり、恐ろしい勢いで水が岩に叩きつけていた。我々は岩場でキャンプを張った。右岸は原住民にマルチーリオスと呼ばれている場所だった」
この時代、伝説のパラウパーバ河はアラグァイア河と同義とされるようになっていた。しかし、トーマスは、マルチーリオスの確証となる川底の岩絵には出合っていない。2月ということを考えると当然である。この時期、アラグァイア河の水位はまだ高い。1822年。ブラジルは独立し、金銀宝石を本国に搾取されることがなくなった。バンデイラスも衰退した。奴隷用のインディオ資源は枯渇していた。鉱脈探しも個人的なプロが増えてきた。彼らは、ガリンペイロと呼ばれた。
ゴイアス地方に源流をもつアラグァイア・トカンチンス水系の上流部は、前述のようにバンデイラスの初期からかなり探索されていた。19世紀にはアマゾン河口のパラの町(現在のベレン)も大きくなり、下流側からトカンチンス河を遡行する砂金探しの男たちが増えていた。バンデイラスは滅びたが、合言葉はガリンペイロに引き継がれた。マルチーリオスである。一攫千金を夢見る山師たちもまたその地点を探した。アントニオ・ピーレス・デ・カンポスが築いたマット・グロッソ地方のクイアバから北上すると、アマゾン水系のタパジョース河源流にでる。タパジョースも優良な金産地である。
タパジョース河の景観
19世紀になるとクイアバを足がかりにしたガリンペイロたちが、しばしばタパジョース河を下った。時にはアマゾン本流との合流点まで降りていった。当時アマゾン地方でパラに次いで大きな商業都市だったサンタレンの街で金を物資に交換した。西側のトカンチンス河と東側のタパジョース河の間に、やはり大きな支流のシングー河がある。この河の探索は遅れていた。獰猛な未開インディオが支配する奥地だったからである。しかし、優良な砂金産地であろうことは予見されていた。
1887年、ドイツ人の人類学者のカール・フォン・デン・ステオネンが始めて本格的にシングー河を下った。彼の著書に「この周辺にはマルチーリオスと呼ばれる黄金伝説があるが、だれも未だ到達していない……」という記述が登場する。ステイネンもシングー河下りの途中で黄金の宝庫にたどり着けるかも、と夢見たに違いない。
★ そうそう余談。その昔タパジョース河畔のイタイトゥーバは、ブラジル最大の砂金集積地として鳴らしていた無法地帯だった。2001年にこの近郊で巨大ナマケモノ、エレモテリウム・ラウルラルディ全身骨格化石が堀りだされた。酸性土壌が多くて化石が残りにくいアマゾン地方では、画期的な発見だった。オレは、ゴエルディ博物館で化石をイジくりまわした(笑)。
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その21.ボスの息子たち
ビックードのバンデイラスがマルチーリオスに着いたとき、当時14歳の息子がキャラバンにいた。アントニオ・ピーレス・デ・カンポスである。アニャアンゲーラのキャラバンにも、当時12歳だった末っ子がいた。親父と同姓同名のバルトメウ・ブエノ・ダ・シルヴァで、後にモッソ(若者)のあだ名で呼ばれた。18世紀の始め。子供たちは長じてバンデイラスのボスとなった。彼らは親父たちが出会った不思議な場所、すなわち岩棚に不思議な絵のある地点を正確に記憶していなかった。しかし彼らもまた、マルチーリオスをキーワードに行軍した。
最終的にアントニオとモッソは、親父たちが発見した地を踏むことがなかったが、彼らの業績は軽んじられるものではない。二人はミナス地方に次ぐ、優良な金産出地を世に知らしめている。アントニオの率いるバンデイラスは、ラ・プラタ水系パラグァイ河の上流部マット・グロッソ地方でマルチーリョスを探した。父親のビックードがこの地方の先駆者だったからである。1718年。アントニオは、コシポー・ミリン川のコシポネ族を襲撃し、流域に金があることを確認した。1719年。パスコアル・モレイラ隊がアントニオ隊の足跡を追った。そしてコシポー川がクイアバ河に注ぐ場所、ビックードが砦を築いた周辺で豊富な金鉱床を発見した。1722年からアントニオは、そこに居住して町を発展させた。現在この町は、マット・グロッソ州の首都となった。
一方のモッソが率いるアニャンゲーラⅡ部隊は、1722年にサンパウロを出発し、ゴヤーゼス族の土地を3年間に渡ってマルチーリオスを探した。彼らはいろいろな場所で砂金を発見したが、なかでもリッコ川が優良産地だった。これがゴイアス地方の豊富な金の発見である。1727年。彼が建設した砦はサンタ・アンナとして再建され、後にゴイアスの町となった。1740年。一生涯マルチーリオスを目指し続けたモッソは、ゴイアスで死去。現在のゴイアス州の首都ゴイアニア市の公園には、モッソの像が建てられている。
1745年。ゴイアスはカピタニアに昇格した。就任した新知事は、モッソの遺志を継ぎ、マルチーリオスの探索を奨励した。
★ 余談は、ゴイアニア市内の動物園に飛んでいく。オレは、ここで始めてアンデスコンドルの生きたのを観た。思ったより大きくなかった。掃除をしていた従業員に頼んで、落ちていた羽を拾ってもらった。フライ・タイイングの素材にするためである。ハーピー・イーグルとかスミレコンゴウとか超レッド・ブック級の珍鳥のフェザーだけで究極ワシントンってネームのフライを巻く構想(笑)は、まだ実現していない。
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その20.キーワードはマルチーリオス
ミナス・ジェライス地方は、ゴールドラッシュのため住民が一気に増えた。その数は、10万人以上だったとされている。農牧業がないところでの人口の急増で、たちまち食料品が不足するようになった。このころ内陸部に入るための海岸地方の拠点は、サルバドール、ポルト・セグーロ、ペルナンブッコ、リオ・デ・ジャネイロ、それにサン・パウロだけだった。サルバドールやポルト・セグーロのバイア街道は、金の密輸を恐れた王家が封鎖してしまった。新大陸に出遅れたフランスとオランダは、しばしば海賊行為をブラジル海岸線で展開していたため、ペルナンブッコは政情不安定だった。リオ・デ・ジャネイロは、王家専属である。ミナス地方に食料を供給できるのは、唯一サン・パウロしかなかった。ヴィーラ・デ・ピラチニンガ、すなわち「干魚の村」の名から始まったサン・パウロは、ゴールド・ラッシュのミナス・ジェライス地方との商売のおかげで大繁盛し、後に南アメリカ最大の商業都市に成長することができた。
ミナス地方の金が王家の占有となったため、サン・パウロのバンデイラスは、別の場所に進軍せざるを得なくなった。そこで甦ったのが、パラウパーバ伝説である。アニャンゲーラとビックードが出会った場所、すなわちマルチーリオス周辺は、彼らによって砂金が豊富であることが確認されていた。しかし、当時のバンデイラスには奴隷狩りが重要だったため、多くの金を掘らずにその地を去っている。マルチーリオス地点に到達できれば、大金持ちになれるはずだ。この時代のサン・パウロの住民は、マルチーリオスはパラウパーバ川畔の一地点であると、考えるようになっていた。バンデイラスは、より明確なキーワードとしてマルチーリオス地点の黄金を目指すようになった。
★ お余談は、前回の続きでおレア宝石のお話し。この世でもっとも希少な石って何ですか? ダイアモンドなんて実は、売れないくらいたくさん産出する。そんな石がなんでぇ高けえかってえと、某陰謀機関が価格の統制を図っているからである。その価値を守るため、殺し屋すら雇うことがあるというウワサもある。ところで最近ロシアで大きな隕石が落ちたよね。隕石の一種にパラサイトってのがある。鉄ニッケルに、宝石になるオリビン(かんらん石)が入ったヤツ。パラサイトは隕石中のたった2%、さらに大型美麗ものはたいへん少ない。しかも、はるか宇宙の匂いがする。パラサイトのビッグ・ネームは、ブラジル・バイア州産のキジンギだ。オレは重さ54キロもあったキジンギを某牧場で拾ったオジさんにインタビューしたことがある(ホントのお話し)。もし隕石の中に入っていたオリビンを磨いて指輪を作ったら、カラットいくらで売れるかな?
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