カタセテロジュマン -89ページ目

新・現代日本語入門

サッカーです。
少し前まで、相手方の本拠地での試合を
「アウェイ:away(戦)」
と称していましたが、最近の報道、選手の言葉によれば、
「アウエー」
と発音され、母音の結合はありません。
初めは、聞き間違いかと思いましたが、雑誌「アエラ」の車内広告の見出しに明記されていましたので間違いないのでしょう。
誰がいつ言い始めたんだろう?

awayは、「アウエー」と発音し表記するのが、外国語の表現方法として、日本語において正しく可能で最善な外国語の表現でしょうか?
学生時代のフランス語の先生に嫌われそう。
だって、母音の連続発音(たとえはmaison=マイゾン)は野蛮で未熟な言語なんですって。だからフランス語は美しく知性あることばなのだそうです(^-^)♪

それにしても、世の中の人は何故こんなにどいつもこいつもカラ咳ならぬカラ鼻ならすのか?
太古の時代に遡行する、言語以外の意思伝達手段?
やかましいし不潔っぽくて不愉快。
なかには「カラ」でなく、排泄されようとしているハナミズを精一杯引き止めるべく思い切りすすりあげてるやつもいる。
「んごごごご」
と、いびきにも似た音を伴って。
出すものは、金どころか舌ばかりならず、排泄さるべき汚物でさえ嫌とは、徹底した吝嗇ぶり。
その小汚い大音声聞かされる赤の他人の身になってくれってんだいバカヤロー(>O<)

話題が著しく脱線いたしました<(。_。)>モウシワケナイデス

脱力・・・

なんだか、がっくりきた。

昔の日記を整理してたら、気分が悪くなった。

やっぱり、寝よう。

その前に、捨てられなかった、文句垂れを、披露しておく。

身に覚えのあるものは、心して聞くように。

反論があれば、するように。

それじゃ、いくわよ!

この映画、観たい(かも)!

『0:34』

0:34


久々に観たい映画を発見!でもおそらく多分九分九厘、映画館には行かずに終わる。

そして、テレビ放映されれば、観るかもしれない。

気紛れ。飽きっぽい。面倒くさがり。すぐ忘れる(*^。^*)から♪

『ノミソング』 っていうのもいいな。気晴らしになりそうやん?というより、ハマるかもしれない懸念ありありやね。

六本木

偶然。ただの偶然。

このブログのデザインを表参道から六本木にしたのは、ただの気紛れ。今までが白基調だったので、黒っぽいものにしたかった、という程度。

表参道も六本木もよく行った。ちなみにもうひとつデザインとしてある恵比寿はほとんどいったことがない。ガーデンプレイスができたときには一度だけ行ったけど。だってタイユヴァンが日本にできたから。


あの頃の六本木は楽しかった。交差点を渡る間に友達が出来た。そのまま歌いに、飲みに、踊りに行った。だからといって、それ以上のことは何もなかった。あの頃、私が知り合った六本木の仲間は、純粋に(というのは語弊があるかもしれないけど)楽しむことを楽しんでいた。


信号が変わる。歩き始める。向かい合って渡る人とふと目が合う。どちらからともなく微笑む。すれ違いそうになったとき、

「一緒に行きませんか?」と声をかける。普通に考えたら、変かも?

だって、お互いに用事や目的地があるかもしれないのに?でも、あの頃、あの時間にあの街を歩くことは、用事や目的のためではなく、楽しむためだったんだもの(と私は決めている)、ちっとも変だと感じなかった。

男女の場合はたいてい男の方から。女同士の場合はおそらく年上らしき方から声をかける。何か暗黙のルール、マナーみたいなものがあった。

そういう出会いの相手は、必ずといっていいほど、複数人数だった。会社の仲間、社会人のサークルの仲間、久しぶりに会った友達、男女混合の5人から10人くらいのグループ。そこへ、見ず知らずの私なんぞが入っていいものか?などと思っているようでは、人生を楽しめない。

自分と全く違う世界の人たちの話を聴くのは面白かった。

私はあきれるほどおしゃべりなくせに、そういう時は聞き役が多かった。全く黙っているわけではありえないけど、でも、だいたいは、他の人の話を聴いて、感心したり驚いたりしていた。だって、二度と会わないかもしれないってことは二度と聴けないってことだもの。

そして、ほとんどは朝まで飲み歩き、いい加減お天道さまにもあきれられるに違いない時間になってから、三々五々家路につくのでありました。勿論会計はきちんと割り勘にして。

けれど、次の約束なんてしない。ただ、

「また、今度、会ったら一緒に飲もうね~」と気楽に別れるだけ。

本心ではどちらにもそんなつもりもなかったのかもしれない。もしかしたら、その夜は、彼、彼女らには特別な晩、艱難辛苦を乗り越えてせいせいしたかった晩で、翌日からはまた、現実の厳しさにもどらなければならないからこそ、その時間を思い切り楽しく騒いで過ごしたかっただけなのかもしれない、初めて出会った人間でも、数が多ければ、それだけ、騒ぎも大きくて、楽しいと思っていたのかもしれない、きっと、また、今度なんてないんだ。あるとしても、予定もできないようなずーっと先の日なんだ、彼らの毎日は仕事や生活できちんと形付けられていて、私みたいなノラクラと違うんだ、などと、あとから思ったりしたこともあった。

次の日も、あるいは翌週も、同じように交差点を渡り、角を曲がり、そのうちのどこかの場所で、目が合う。声をかける。同道する。そんなことが、一度ならずあって、楽しかった六本木の夜。銀座から流れることが多かったから、みんなそこそこお酒も入っていて、いい意味でリラックスしていたのかな。

一人で行くことも、友達と行くことも、恋人と行くことも、数人の仲間で行くこともいろいろあった。六本木は好きな町だった。


今はどうなの?

最後に六本木で夜明かししたのはいつだったか、全く思い出せないほど、遠い記憶。

来週、六本木方面へ行く予定。なんだか、すっかりお上りさんの気分で、ちょっと緊張。

あの人ってこんな人だと思わなかった、みたいな気持ちになりませんように。

あの頃の素敵な大人の町だった六本木が、まだ、感じられますように。


知り合った彼、彼女らの名誉のために。

いわゆるナンパというものでは全くなかったので、散会のときに誰かに誘われるとか、誘うとか、そういうことは一度もありませんでした。

書いている私のために。

まあ、誘いたい魅力もない女だったんだろって笑われちゃってもよろしくってよ♪ξ^ x 〆オーホッホッホ♪ヾ(≧ x ≦)ノ Oh yeah!

満月

FullMoon

今日の満月は見られない。

雨が降ったから。

厚い雲、低い空。

ある夜の、心騒がせ、仕合せと悲しみと、思い出した、満月。

光の階段が、水面まで届いていた晩。

BlueMoonではなかったけれど。

ちょっと待って

誰に言うてるんや・・・。

なんだか、体が熱くて、だるくて、頭も痛い。

ので、今日の仕事(午前の部)、捗りません。これでは午後まで、残業になってしまうわ。

こんなときは、何か今と関連のないことを思い浮かべる。

すると、

百閒先生の俳句、急に読みたくなってきた・・・・・・。本屋、遠いのよね、ここ。家に帰ればあるけど、今読みたい。

私の終始一貫してるとこ。


堪え性がない。

あまのじゃく(→あまんじゃく→あまんちゃ:嘘やって(*^。^*))。

一喜一憂朝令暮改。


物事は表裏一体。


行動力がある。

自立心がある。

融通が利く。


という解釈をしていただいても吝かではございません。<m(__)m>


休憩!!

Gentle Afternoon

この先おおよそ10ヶ月は、私は仕事を午後からすると決めている。それでは不労所得ではないか?

先んずる1年半、そのようにシステムを構築しなおしたので、1日になすべきことを半日で済ませられるようになった。私の仕事を私がやりやすいように改革しただけ。だから、仕事は午後から、と決めている。

しかして午前中はこのような時を過ごす。調べものや探しものに心血をそそぐのであーる♪あほか。

この穏やかな午前に聴くのは表題の一曲。矛盾。

guiterworkshop

気が遠くなりそうな、渡辺香津美のギターワークにため息が出ます。

YOKOHAMA

ひとりだけ関連付けるとしたら、

永ちゃんは、私にとっての東京。

私の横浜は、言わずもがな剣さんだ!もちCKBの。

今はもうなくなってしまった建物や店を、剣さんの歌を聴きながら、忘れてしまっていたことも、懐かしく思い出せる。

本牧も、元町も、石川町も、貯木場も、根岸も、山下町も、今は随分変わってしまったらしい。

新しく出るアルバム「ソウルパンチ」の剣さんが、あんまりかっこよくて、急に、横浜時代も思い出しちゃった。

19歳のころ、毎日一緒にいた人と、しょっちゅうドライブしたっけ。

昨日電話してみたら、現在使われておりません、のアナウンスだった。

ずっと、忘れずに電話番号覚えていたけど、これで、やっと、ちゃんと、終わったね。

soulpunch

↑大きくしてみるともっと素敵よ~剣さん♪

今、横浜って、みなとみらいあたりが主流なんでしょ?

桜桃忌

私は太宰治が好きだ。理由は日によって変わるので詳らかに語れない(『吾輩は猫である』真似してるみたい)。

桜桃忌へ行ったので、そのことについて。

去年より、人が多かったような気がするのはやはり日曜だったためなのかもしれない。

太宰の弟子の一人小野才八郎氏が今年も『雀こ』の朗読をする。85歳。この方は総義歯でない。残存歯の数も相当ありそうだ。人の健康には口腔内管理が大きく影響するのではとまた考える。

脱線。

外国語のような津軽弁の朗読は、作品を読みながら聴いてはいけない。

音楽のように、緩急高低のその響きを耳から楽しまなければならない。

それが朗読の意味。朗読を聴くものの礼儀。


意見交換、質疑応答の時間。

強面の住職に促され初めはためらいがちに、何人かが出た後はかなり積極的に、同じ人物も二度三度、マイクを握りに会場の前に進み出る参加者。


自分の考え、意見、経験を述べた人については、一部を除いてよしとする。

質問をした者と、除いた一部の意見をしたものへ。私が回答し、更なる意見をしてさしあげよう。


①『雀こ』の朗読が素敵だったので、自分でも読んでみたい。どの本に入っているのですか?

②太宰は実朝について書きたいと言っていたようですが、ほんとうですか?

③日野原重明先生がどこかの何かに書いていた文章に太宰の晩年の作品に『桜桃』というものがあり、桜桃忌はそこに由来している、というのを知って、そういう作品があるんだと知りました。


①へ

自分で探しなさい。本屋でも図書館でも、インターネットでもいくらでも探せます。「素敵だった」という気持ちを伝えたいがために前へ出たのなら、とってつけたような理由付けは返って失礼。尋ねたほうが早い、楽、というなら、子々孫々まで、その遺伝子が不愉快なので願わくば残さないでね。

②へ

大阪からご足労様でした。源氏については関西では疎いのかもしれませんが、『右大臣実朝』読まんかい。

③へ

本末転倒。二度三度でていらして、どれほど太宰が好きかと熱烈に語ったわりには、桜桃忌の由来を日野原先生から教わるとは興味の本質がお粗末。それじゃ質問。河童忌は?


ここまで、と思ったけど、もひとつ思い出した。

「私は『ヴィヨンの妻』がいちばん好きな作品です。ヴィヨンというのはフランスのなにか、あれらしいんですが・・・」

と発言したものへ。

フランソワ・ヴィヨンを知らずして、『ヴィヨンの妻』を好きとは笑止千万。私もこの作品が最も好きだけれど、すたこらサッチャンとなって、ほかの作品好きに転向しようかしら。


次。

振るったもの。

一。後追い自害した田中英光と太宰の関わりを知りたい。

ニ。『グッドバイ』を執筆した頃の太宰の様子はどうだったのか。

三。創作の際、津軽弁で思考したか否か。普段津軽弁を使ったか。どんな声だったか。


記憶にある限り、それに対してのその日の返答を記します。

一。
津軽へ尋ねていった田中は太宰に連れられていった湖で泳ぎが達者であることを披露、後に作品を三度手直ししてやったら、「芸術は運動ですか」というような返答でいささか参ったらしかった、ということを他の弟子たちに語った。自害については、墓前ではなく、勝手口に倒れこんできたので、駅前の病院まで搬送、そこで絶命したとのこと。
ニ。
田植え休暇に太宰を訪ねると、千草に行こうということになった。歩く途中で、「おーい、お嬢さん」と太宰が手を上げて合図した。
店に着くと、やがて先ほどの女性がやってきて、同席した。次の年、やはり田植え休暇に太宰を尋ね、千草に向かった。途中で、こんどはただ手を上げて合図した。二人の関係が先年より近いものだと感じる。店に着いて三人で飲み食い話した。その間に何か一度座を外した太宰が戻ってきて、二人の横を通って店の小窓を開けた。目と鼻の先に隣家があるにもかかわらず、そこから放尿した。店の女将は「やきもちやいてるのよ」と囁いたという。自分のいないところで、弟子と女が談笑しているところをみて、嫉妬したのだというのだ。それが、入水の10日前。女は心中の相手だった。
三。
創作の際の思考にあたっての使用言語は太宰が言及していないので不詳。一度自分が、「灰」を「あく(津軽のその地方では、燃え殻の灰も『あく』、灰汁もまた『あく』と言うとのこと:またはあぐ」と書いたときに、太宰は「それは『はい』と書いたほうがいいよ。」と言った。しかし、太宰は自身の作品中、子守のタケの言葉については逆のことがあった。子供や病人に箸やスプーンで少しずつ飯やら何やらを食べさせることを「養う」と書いて「あ(ん)づかう」というが、なぜ、そこにルビをふらなかったか、津軽人としては少し残念に思う。
酒を飲むとよくしゃべるひとだった。なんともいえない、いい感じの人だった。酔っ払って、座敷で足をばたばたやって転がるような楽しい人だった。自分たちと話すときに津軽の言葉で話すことは全くなかった。声は特にどうということもない普通の声だと思う。


そうよ、こういうことを聴かなくっちゃ。
こういうことは、調べて調べられることとそうでないことがあるんだから。
直接聴けることは、直接学べること。
誰かの書いた何かの文献の誰かを通した誰かの感動の続きでなく、全く直接ではないにしても、太宰の真実に触れて感動したり、或いは憤ったりできるんだから。そして、それをきっかけにまた、次の知識への興味と欲求が生まれたりするんだから。


以上、全て私の記憶なので、当日の発言者にその思考の独自性の権利はあっても、その是非を問われるべき責任はないのであしからず。


付録。
会がお開きになった直後、小野氏に挨拶に行った男へ。
「名まえはどんな字ですか?」
なんか失礼じゃない?著作だってあるし、これまた調べればわかること。
何でもすぐ人に聞けばいいっていう考え、文学文芸に少しでも興味あるなら、改めた方がよくはなくって?


最後に。
太宰文学を人々がどのように受け止めているかを知りたい、特に若い人の感じ方を知りたいと言った小野氏の発言を受けて前に進み出た若者の話。
「僕は、太宰の作品を読んで、理想を求めて、生きていくことが大事だと思いました。」
というわけで彼は入学考査に対しての偏差値の高い大学を蹴って、自分の理想とするもう少し偏差値の低い大学に入って友人たちから、馬鹿者扱いされているらしい。


私は、思う。
「蹴って」と思うなら、それは、あなたの理想はその偏差値の高い大学だったんじゃないの?
蹴るもなにも、自分がしたいことは、やっぱりこっちの大学の方がより適している、と思ったんなら、「選んだ」ってことじゃないの?
初めから一番は偏差値の高い大学って、自分も周りも思ってるってことじゃないの?
な~んて、屁理屈、頭の中でこねてみたり、太宰治の作品で「理想を求めることの大切さ」を知る感性、私には皆無、と感心してみました。


桜桃忌。
来年は平日だから、これで最後かも。
『雀こ』の朗読を聴くことももうないかも。
墓前の読経が始まったとき、たくさんの人がいて、見ず知らずの人がこんなにたくさんこの法事に集まってるのか、と思ったら、なんだかこみ上げるものがあったのは、私の少女趣味とそして、もしかしたら、父の墓参にも行かないくせに、という後ろめたい気持ちがあったからかもしれない。


桜桃忌

注:「養う」の発音については私にはそう聞こえただけで正確なところは不明、調査難航中

運転は自分でするもんだ

今日のタクシー、最悪(>_<)


日曜だし、山越えはいたしかなたないにしても、上り下りで、当然特に下りで、

いち、にっ、さ~ん、いち、にっ、さ~ん、とやられると、それに合わせて、

前、前、うっしろ~、前、前、うっしろ~、と体と血流が否応なしに移動させられる。

ポンピングブレーキってさあ、そういうのと、違うと思うんだよね・・・・・・。

ああ、疲れた。これだったら、重い荷物持って146段のぼったほうがマシだったかも。

言ってもしょうがない。

ひとやすみ、しよ・・・・・・。

つかれた・・・・・・。