an appointment
待ち合わせはしなかった。
ただ、そこへ行けば必ず会えるはずだから、とんでもない事故や不測の事態が起こらないことだけを祈って、その場所へ向かった。
今日まで毎日この日を待って、たどり着いた今日を一日中緊張して、ようやくここへやってきて、立ったままでいるのは更なる緊張感が襲ってきて、脚が震えそうだった。
扉が開いたので、とにかく、もう、座ってそこにいようと決めて、歩き始めたとき。
バッグの内ポケットで電話のライトが光った。
案外合理主義な私は、誰がどの色、どの音、どの画像、と分別してアドレス管理をしている。だって、すぐに出られないときや、返信できないときでも、誰が私に用事があって連絡をくれたかちらっと見てわかるじゃない?
F1情報だったら、返信無用のメールだって読まなくてもわかるから、あとで、ゆっくりみればいいし。でも、人や場合によっては、今すぐ回答の必要なメールや電話もある。だから、元来面倒くさがりの私は、少しだけ手間をかけておいて、以後のわずらわしさを回避するようにしてる。備えあれば憂いなし(全然関係ない)。
もとい。
今から、会う人。会いたかった人。
なぜ?どうして?席でって、決めてたのに?
え?まさか、来られないの?やだ・・・どうしよう・・・・・・。
手に持ったまま、そして、着信の番号も確認して、僅かの時間、応答するや否や、迷った。
もし、悪い(私にとって)知らせなら、聞かないで、知らないでいたほうが、幸せというものかも。
どの道、あと数十分で、そのitがthatであるかわかるのだから。
でも。
そうでないかもしれない。何か確認しなければいけない必要があるのかもしれない。
いずれにせよ、逃げてもしかたがない。電話に出よう。僅か数秒に目くるめく思考とともに鼓動が早くなった。
やんぬる哉?
その人の言葉は、もしまだ入場前ならまもなく着くから入り口で、というものだった。
・・・・・・なんだか、不思議な気がした。
どうして?なぜ、どうして?そのためにわざわざ電話してくれたの?
緊張が最高潮に達していた私はちょっと拍子抜けした。
万が一、遅れるとか、それならまだしも、来られなくなったという知らせだったらどうしよう、などと懸念していた自分が滑稽にさえ思えて、自分で自分がおかしくなってきた。はあ~。ため息が出た。ほんの少し脱力した。
別に、他意はないんだ。だって、これはただの「それではご一緒に」というだけのan appointmentで、私が思うようなrendez-vousとは違うんだって、少し、思い出した。というか、気づいた、というか、考え直してみた。
階段を昇る手前まで進んでいたけれど、でも、戻って、入り口で待つことにした。
多分その方向と思う方を探すでもなく眺めて、きっと、見つけてくれるって、決めて、待っていた。
なんだか、ちょっと、くやしい気もして、そして、うれしかった。
だって、きっと、多分、でも、これは勝手な想像だけど、あの人は、私のこの緊張を少しでも解いてくれようとして、そのために電話してくれたに違いない。
だって、これはあの人が言っていたことだけど、電話するのは好きじゃないから、よほどのことがないと仕事以外ではかけないって。
今日は仕事じゃないよね。だから、電話くれたのは、きっと、私をリラックスさせてくれるため。
してやられちゃった。
そう、思っておこう。
それから、ほんとは、また電話して欲しいけど、でも、今日の電話は、お仕事やこれまでの用事以外で、あなたが初めてご自分の意志でかけてくれた電話。だから、履歴が上書きされないように、暫くはお電話、くれないでね。今日の日と時刻の記録をみて、また、思い出すの。今日のこの日のこのこと。しばらくは、そして、幸せな気分になるの。
だから、ありがとう♪
それより、言われなくてもかけないってか(^_-)-☆
うふふ、そりゃそうだわ♪
ドヴォルザーク:交響曲第8番ト長調
幾歳振りかのサントリーホール 。
これもまた、偶然。
ある日ある人の一言で突然思い立って、そして、一番好きな曲の演奏があるなら、すぐにでも行こうと、公演スケジュールを細かく探した。今月の初めの頃。
ある年、ドヴォルザークの曲が多く演奏された年、他の会場も追いかけて、この曲を何度も聴いた。
横浜への通勤の車内で行き帰りに毎日のようにこの曲を聴いた。
全ての音楽から、一曲挙げるとしたら、日によって気紛れな私が、もっとも多い回数選ぶ曲だと思う。
一番好きな人と聴く+一番好きな音楽=一番素敵な時間。
だから、この曲は、昨日からまた、特別な音楽になった。
眠い・・・
こんな大事な日に、こんなに眠くて、どーしろってのよお。
いろんなこと、もう、忘れよ。
永ちゃんもそう、歌ってる。東京。
それより、この眠気、3倍飲んでも効かない!! 昼くらいまではなんでもなかったのになあ。
もーだめ・・・・・・。
って外に出したら、眠気飛んでくれない?睡魔さま、お願い(*^人^*)
capricious
禍福は糾える縄または全長180cmのDNA二重螺旋のように果てしもなく繰り返し繰り返し因果は巡る糸車、寄せては反す荒磯のごとし。また来たか、って感じだけど、まあ、いっか。なるようになる、はイヤだ。為すようになすべし。
読売オンラインから:期限切れかも
期限切れらしいです、リンク・・・・・
「 仏で太宰治が人気、ドキュメンタリー制作で監督来日
フランスの映像監督2人が、19日に命日を迎える作家・太宰治の衰えぬ人気の秘密を探るドキュメンタリー作品制作のため来日、6日から、太宰最期の地となった東京都三鷹市でファンたちに取材を始めた。フランスでも高まりつつある太宰人気が背景だという。
太宰は「文章の皮肉なタッチがフランス人好み」(甲南大のディディエ・シッシュ助教授)。近年、「斜陽」「人間失格」などの仏訳が読まれているという。
来日したのは、欧州のテレビ向けのドキュメンタリーなどを制作しているジル・シオネさん(56)とマリー=フランシーヌ・ル・ジャリュさん(39)。
2人はこの日、太宰信奉が高じて三鷹に古本屋を開いた駄場みゆきさん(39)の店を訪れ、「永遠に太宰に恋してます」と語るのを興味深そうに聞いた。
この後、約1か月かけて青森県金木町(現・五所川原市)の太宰の生家や、作品の舞台となった甲府などを訪れる。太宰の命日には、三鷹・禅林寺で開かれる「桜桃忌」でファンを取材する。シオネさんは「欧州中が太宰を理解できるような作品に」と意気込んでいる。
[ 06月07日 03時07分 ] 」
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20050619i517.htm
「太宰治「京都に住むかも」…大原女の絵はがきに直筆
作家・太宰治が終戦直後、疎開先の青森県金木町(現五所川原市)の実家から知人にあてた直筆の絵はがきが、太宰をしのぶ「桜桃忌」の19日までに、鳥取県倉吉市の民家で見つかった。
あて先は当時、朝日新聞大阪本社出版局に勤めていた松崎哲郎さん(故人)。長女の森脇恭子さん(71)が遺品を整理中に発見。1946年6月6日付で「京都へ移住するかもしれません」などと書かれ、絵柄は京都・大原の「大原女(おはらめ)」だった。
太宰は同年11月に東京へ戻り、48年に入水自殺。転居は実現しなかったが、研究者は「京都へのあこがれがうかがえる。絵はがきもほとんど例がない」としている。
[ 06月20日 00時25分 ] 」
The Great Gatsby
when you and I were seventeeen・・・・・・
その曲を思い出す。
だから、この物語は小説もさることながら映画もみて欲しい。
私は18歳でその人は20歳だった。毎日、一日につき、18時間は一緒に過ごして、私が26歳、その人が28歳になるまで、その日々は続いた。
高樹町からはじまるカーチェイス、湾岸線のドライブ、ベンツでは重すぎてスリップして下がってしまった六本木への雪の坂道、些細なことで喧嘩して車から放り出された雨の表参道、彼の仕事が終わるとまずひと息ついた青山通り、昼休み一緒にお茶を飲んだ麻布十番、車の運転を練習した大井埠頭、それから、疲れて帰った終電の自宅最寄駅で、思いがけず待っていてくれた日・・・・・・その人との思い出はいやになるほど、まだ、私の内に残ったままだ。
眠ろうと思っていたけど、眼が覚めてしまったので、思いつくままに、記そう。
くしゅん、とひとつ、くしゃみが出る前に、ね、太宰先生。
東京を離れたのは、東京に戻ってくるのがいやでいやでたまらなかったのは、たぶん、おそらく、その人から離れてしまった自分を悔いることを自覚するのがつらかったからなのだ、と思う。
いろいろなことがあった。こまごまとした出会いと永遠の別れと、様様なことがあった。
でも、最たるものは、やはり、その人の下を去った自分を悔いているからなんだと思う。
横浜へ逃げた。
そして、最も近い日々まで過ごした人の名前は、その、忘れられない人の名前と酷似している。
彼と交際することになったのは、その名前があったから。もしも、他の名前であったなら、興味も関心も半分以下だったのではないかと今不埒にも無礼にも自覚する。
さてと、眼鏡をかけて。
Pernod、用意よし。
Gauloises、用意よし。
明日は仕事を休む。
よし。
賛否両論あるけれど、私がアメブロを好きなのは、テキストサイズが無制限なこと。長書きの私にはありがたい機能。
あ、メール。
直近まで一緒にいた人。
父が死ぬまで。
父親が死んで、その人と会う気持ちになれなくなった。
まだ、私を心配してくれているのか、ありがたいと思う。
返信、しないわ、今夜は・・・・・・ごめんね。
閑話休題。
『華麗なるギャツビー』
その映画をその人は好きだった。
「あの青い光をつかもうとした」ギャツビーが好きだった。
私も「青い光」を一緒につかみたかった。
けれど。
東京、横浜。
あまりに多くの思い出がありすぎる。
戻ってくるのが怖かった。
なのに、戻ってきて、もう早や4年。
逃げずに、向き合いたい。
東京は、本当は好きな町だ。
東京には自由と可能性と、そしてガッツがある。
そして、私は、それらのものが大好きだから、眼を向けずにはいられない。つらくて眼を反らしたくなるようなことでも。
最近、気になることがある。
気になる人がいる。
gutsyな人だ。
私にはない、gutsyな部分の多くある人だ。
勿論、弱いところもあるのだろうとは思う、人間だからね。
でも、その人の私にない部分が、私のかつて暮らした東京の町とダブって感じられて、とても、困惑。
私はどこへ何をしに行こうとしているんだろう、今更。
電話をかけてみた。
留守番電話になった。
用事はなかったので、そのまま、切ってもよかったけど、なんとなく、今日はメッセージを残してみた。ただ、電話した旨。だからといって、電話してくれることはないんだけどね。
氷をたして、Pernod。
あなたはいま、どこにいるの?
くしゃみが出そうになってきたわ。
あの人は、週末、ここへは来ない。
だから、とりあえず、今日は言いたい放題言って、終わろう。
土曜、日曜、その間に、削除するならしてしまえばいい。
東京。
今日も私を奮い立たせ、私をおびえさせ、そして、私を恍惚とさせてくれる。
ありがとう、東京。
もう、17歳ではないけれど、でも、やっぱり、あなたが好きだわ。
私を導いてくれそうだもの。
今暫く、あなたを追いかけてみたい。
東京、ありがとう。
もしも、できるなら、あと、数十年、あなたを愛していられますように。
たぶん、平均的な寿命のそのときまで、あなたを愛していられますように。
今の気持ちね。
明日は変わるかもしれないけど。
とりとめ、なさすぎ。
そして、あなたが、みつけてくれないかな、って、少しだけ、思う。
Lost generationは私には無関係だけど・・・・・・
有森也美いますかい?
書くべきことは、私には何もない。
ただ、日々触れることごとに、疑問、不満、憤懣をいちいちに作り出しているだけ。
外国語を、私はしゃべれない。
だから、せめて自由に使える(と思っている)日本語に、いちいち神経質に、過敏に反応する。
三品→「さんしな」はやっぱりイヤだ。
「にしな(ふたしな)」と「みしな」を聴き間違えられないように、という配慮かもしれないけど、好きになれない。
「いちしな、にしな、さんしな」より、「ひとしな、ふたしな、みしな」が好き。
「身を粉(こな)にして」、は、音韻的に呼応していないから、好きじゃない。
「み、を、こ、にして」、というのが、リズムを感じて好き。
「ら抜き言葉」あるいは「れる言葉」は、好きになれない。
未然形の「ない」をとってしまうと、活用語尾の無くなる単語、
見る、着る、出る、来る、を可能動詞にした場合、
見られる、着られる、出られる、来られる、となるべきところを、
見れる、着れる、出れる、来れる、と言うのは好きになれない。
そればかりか、
「行く」→「行ける」となるところを→「行けれる」というのはどうにも我慢がならない。
「れる」という助動詞が尊敬表現と重なり、わかりにくいから、といった理由もあり、言い易いから、といった風潮もあり、また、文法的には「ら」がない変化の方が、原則に一致している、ということは、否定しません。
言葉は変わっていくもの。
でも、自分からは進んで変えたいと思わない。従来あるものを、できるだけ、使っていきたい。変化に私が手を貸さずとも、いずれは変わっていくのだから。
だから、
「**さん、おられますか?」という電話等での表現も好きじゃない。
方言として、ということであれば、それは大いに結構だと思います。
けれど、世間一般的な尊敬語として使うことには参加したくない。
「おる」は「いる」という普通動詞に対しての謙譲語であり、「れる」「らる」など尊敬表現の語尾をつけて、尊敬語にする、という方法は、安物の金メッキみたいで、好きになれない。
「あなたは今申されました」というのも同様。
謙譲「申す」→普通「言う」→尊敬「おっしゃる」
というのが話し手の位置関係だと思っているので、一般的には、「おっしゃる」というのが、相応しいのではなかろうかと感じます。
せっかく、へりくだりを知ることのできた日本文化に生きていても、相手を見下すような逆転尊敬語は、やっぱり現代日本人の、
「義務はともかく権利は主張すべし」
「悪いのはみなお前たち、私は一切悪くない」
「こんな私に誰がした」
といった負の責任の他人本位傾向と合致していて大変結構なのかもしれません。
何かの「せい」では、誰かの責任。
何かの「おかげ」は、私の権利。
全部、私の、ただの、愚痴。
私は、生まれは関東なので、終始一貫方言でしゃべっている人については余り感じませんが、電話、報道、講演、などで、共通語とともに、敬語の上下関係が反転している表現を聞くと、とても落胆します。
・・・だから、あの方が時々「おられる」「もうされる」というのも、ごめんね、私は好きじゃない。あの方に、似合わない気がして・・・・・・。
と、これも、私の身勝手な押し付け。独りよがりのイメージのお仕着せ。
どうぞ、お気を悪くなさいませぬよう・・・・・・。
頭も悪く、日本語も満足にできないせいか、日々、こういった些細なことばかりが気になってしかたがありません。
それにつけても、ようやく身に着けたと思っていた伝達手段としての言語である日本語、ぜんぜん通じないんだなあ。人並みにできると思っていた日本語、やっぱりだめだったんだ。
人並みにできることなんて、やっぱり、なんにもないんだなあ。
実感。
ことばのこと、考え出したらきりが無い。
でも、もう、日本語すら、意志の疎通の道具として使えなくなってしまったんだから、何も、ない。
言うべきことも、書くべきことも、なにもない。
あり、おり、はべり、いまそかり。
続・新現代日本語入門
電話。
「こちら、**さんのお宅でよろしかったでしょうか?」
しばし絶句。
「こちら」というのは自分のことではないの?
ワタクシにお尋ねになるなら、「そちらは」ではないの?
それと、
「よろしかったでしょうか?」と過去形なのは、
「はあ、以前はそうだったらしいですけど、今は違います」と応えろとでも言うの?
お前はコンニチ今現在電話しているのだから、
「・・・さんのお宅でいらっしゃいますか?」
「・・・さんのお宅でよろしいでしょうか?」
というのが自然な日本語だと思う。
こんなあほやろうの相手してられるかってんだ。
ろくに言葉もしゃべれないやつがまともな仕事してるとは思えない。

