カタセテロジュマン -86ページ目

Sade ADU

↓急に懐かしくなって取り出してみたビデオ、今夜観たい。LifePromisePrideLove


TheBestOfSADE  

↑音はここからね。さて、私が聴きたかったのは、観たかったのはどの曲でしょうか・・・


えっとそれは・・・・・・、

人は子を成して親となる。けれど、子を生したもののみ親となるに非ず。


生き物は成長し成熟したならば、おそらく本能として、同種の保存のため、無意識に幼い命を保護防衛し育みたいと感ずるものではなかろうかと思う。それが血縁であろうとなかろうと、自然の摂理はそれのみならぬ養育本能を生き物に与えているのではなかろうかと思う。


私は子を産んだことはないし、ましてや育てたこともない。

けれど、いつのころからか、小さな子供、赤ん坊、そういった人間に対していとおしい感情を覚えることを否めない。これは図らずも私が成熟し守られる立場から既に守る立場へと生き物として移行したことを意味するのではないかと思う。図らずもというのは、先に述べた血縁であるかないかという現状によるものだ。


私はありふれた何処にでもいる人間で特別な能力も技術も社会貢献的に特筆すべき技能も地位も名声もない。ただ今の時代に生まれ生きている一日本人だ。けれど、ある日あるとき、私は大人になった。そして、その時点での幼子あるいは後進の者、または未だ世間の空気を呼吸しない人間に対して責任ができた。


何を選ぶかは人それぞれ。この時代なら、望むならたいていのことは選択できる。それらの後進の者達のために選択肢をできるかぎり多く用意してやることも先達の役割と思う。賛否は避けられない。けれど、選択は義務でありながら権利としても主張できる。私はその選択肢のひとつになりたいと心から望む。


私が幼い時代だった頃生まれていなかった者達、私が役に立つなら、どんな形にでも使うべき。

私が私のまだ産まれぬ前、活躍した人々の功績に感動したように、不快を覚えたように、あなたが私の生きる姿に共鳴しても、或いは嫌悪を示しても、それがあなたの人生の何かの役に立つやもしれない。それが私の知識でも私の記録でも私の身体でも、なんであっても。


戸籍上の誕生の日。

生まれた意味などいらない。

生まれた事実がそこにある。

逃げることなどするものか。

私は私としてここにいて、あなたに、あなたがたに向き合う。

どんな思いで、どんなつもりでいても、私は私でありあなたはあなたがたであるから。

出会えたこと、ありがたく、嬉しく、思う。

私は、あなたがたより先に歩いており、何人かの敬愛する人より少し下がって歩んでいる。

追い越すも、道を分かつも、あなた方の人生。

自分を見失うな。

自分を見据えながら、人を、幼きものをどうか、愛してほしい。

私は愛されて生きてきたと感じるから。

あなたがたにも是非、自分を愛するように、そこにいる人を愛せるものなら、愛してほしい。

私の誕生日を祝ってくれるのなら、どうか、あなたのそばにいる、その人を、愛して欲しい。

幼きもの、続くものを愛し育むという私の責任を果たさせて欲しい。私を愛してくれるのなら。

雨の日と月曜日は

いつも滅入る、わけではありませんが、でも、今日は、なんとなく、日常に引き戻されて、無理やりに引き戻されて、自由を奪われた感が否めなくもない。

それ以上自由でどーすると立派な社会人から叱責されそうだけど、自分にも他人にも、自分をも他人をも、

誰も何も縛らず、決め付けず、行雲流水の姿でいられたら、意外と、臨機応変、いろんなことに的確に判断をくだせるのかもしれないって思ったりして、怠慢の言い訳もどき。

なんだか、眠い。

昨日は私の誕生日だったの。楽しくて幸せだったから、もう少しこの気分に浸っていたくなっちゃった。欲張り。不自由があるから、自由な日を満喫できるらしい。わかってはいると言いたいとこだけど・・・・・・。

でも、やっぱり、我慢できないから、1時間、ねちゃお♪

おやすみぃ~(-_ -).。oOグゥグゥ

The Carpenters

顔のない死体

寒い冬の晩、夢をみた。自分が殺される夢。そんな類の夢は度々みるし、だからといって、特別な恐怖や感動もなかった。それまでは。
その夢から目覚めたとき、それは、私自身の小さな叫びに似た息づかいが聴こえたせいだったけれど、激しい動悸と、かつてないような恐怖にかられ、やり過ごせなかった。電話に手を伸ばした。午前2時42分。そんな時間に電話をかけることのできる相手はひとりしかいない。呼び出し音、何度鳴らしても出ない。切る。またかける。出ない。もう一度かける。でない。どうして、どうして出てくれないの、お願いだから出て。そして優しい声を聴かせて。いつもみたいに、大丈夫って言って。お願い。5分ほど、かける、切るを繰り返し、そして、徒労に終わった。でも、このままでは気持ちも動悸もおさまらない。電話が繋がなくても、メールの送信は届くことがある。急いでメールを打った。電話、つながらない、それだけを送った。それ以上の説明をそのときはとても文字にする気になれなかった。果たせるかな、間髪をいれず、電話が鳴った!どうしたの、なにかあったのか、と尋ねるその声でようやく我に返って、電気もつけず、暗がりで一人恐怖におののいていた自分に気づいた。
あのね、怖い夢みたの、殺される夢。私のその言葉に電話の向こうの相手は少なからず唖然とした様子で、一瞬沈黙があった。けれど、気をとりなおし、私がその類のことでは通常怖がらないことを思い出し、だから電話してきたということは、何か感じるところがあったのだ、と気づいてくれたように、大丈夫、と、私の欲しかった言葉をくれた。そして、殺される夢はいい夢なのだ、と付け加えてくれた。そして、どんな夢だったか話すよう促した。
私は話し、話しながら、落ち着いてきた。私はちゃんと生きて、ここにいる。ここで、こうして、この人の声を聴いている。なんでもない。そうだ、なんでもない、ただの夢。怖がる必要なんてないんだ。
すっかり平静な気持ちを取り戻して、そして、何かあったらまたすぐ電話しなさい、という言葉に安心し、喉もと過ぎればなんとやら、あつかましくもまた睡魔の誘いに乗って眠りに落ちた。
翌朝はすっかりそんなことがあったことなど気にもとめず、それどころか逆に、ちょっとおもしろかった、などと不埒に思いながら、いつもどおりの出勤、勤務についた。職場で上司にその話をすると、自分も数日前に同じような殺される夢をみた、といって、よくあることよね、と2人で笑った。
春のある午後、電話があった。目白警察署。お宅に**さんというかたは働いていらっしゃいますか?という問い合わせだった。数ヶ月来、連絡が取れないので、退職の意思と判断しています、と私は応えた。そうですか、実は、アパートの部屋で亡くなっているのが今日発見されました。連絡先を探しましたが見つからず、ご本人と関係性のありそうなものはそちらからの年賀状だけでしたので、連絡させていただきました。刑事の言葉だった。
愕然とした。死んでいたのか、あの人。もしかしたら、と思わないこともなかっただけに、え、と言って言葉につまってしまった。
病気のような様子はなかったか、いつまで勤務していたのか、係累の連絡先は知っているか、など、いくつかの問いに機械的に答えながら、その人に最後に会った日の事を思い出していた。
何度か電話や文書を送るも応えなく、上司は自宅まで何度か訪ねては行ったものの面会ならず、どうしたものか、と話していた年が明けてまだそれほどたたないある日の夕方、その人は突然来社した。疾うに過ぎていた給料日に渡すはずだった賃金を受け取りに来たのだった。
数ヶ月来、その人はどうやら病の様子だった。はたから見ておそらくそうではないかと思われる症状が出ていた。もともと痩身の人だったが、さらに痩せて、文字通り骨と皮ばかり、と言った風体だった。かすれた声で、妹さんの家にいた、兄とは絶縁状態なので連絡していない、体力が落ちているので手術できないと医者から言われた、などと音信不通の経緯を話した。風呂に入っていないのか、不快な匂いをその人は発していた。私は匂いに弱い。気分が悪くなってきそうだったので、無駄と思いつつ、必ず病院に行くように、そして、また必ず連絡するように告げ、帰路の長いことを言い訳に、あとは上司の判断に任せることにして退社した。
外へ出た私は歩きながら、嘘だと思った。あの人は病院には行かず、自宅にただ、いただけだろう。生活資金が必要だから、金を取りにきたんだろう。このあとも病院に行くとは思えない。もしかすると、このまま死ぬのかもしれない。でも、それも成人であるあの人の選択した人生だ。家族でも親類縁者でもないのに、これ以上どんな無理強いをする権利や必然があるだろうか。仕方がないことだ。私にはできることとできないこと、すべきこととそうでないことがある。仕方がないことだ。そう考えて、あまり気にしないでおこうと決めた。他人事だった。
ところで、と刑事はさらに質問を続けてきた。**さんは白髪でしたか?眼鏡をかけていましたか?
私はそのとおりであったと返答し、そして、いやな推測が浮かんでしまったのが拭いきれず、尋ね返した。え?それは、人相の判別が不可能な状態ということですか?
電話の向こうで、そうなんです、という声が遠く聴こえた、ような気がした。
なんだか眩暈がして吐きそうな気分になっていた。
あの日の夢はこれだったか、と突然にあの晩の出来事がこの人の死と繋がってしまった。
特別に個人的に親しかったわけではないし、どちらかというともの静かな控えめな人だった。兄弟姉妹と絶縁し、人間関係の痕跡は唯一勤務先。その人が死を迎えるにあたって、自分が死んだあと、発見されたら連絡して欲しい、或いは発見して欲しい、と私たちに向けて頼るような気持ちで思わなかったとは断言できない。その思いが、私と上司とに同じように届いてしまったと思いたくもないが思えてならなかった。あの日私が不快に感じた匂いは死臭だったのか。人相もわからなくなるほどの期間、そこに一人、息絶えた姿のまま朽ちていったのか。
私はそれから数日、自分の顔をみることができなかった。鏡やガラスに映るはずの自分の顔がみえなかった。輪郭はあるものの、眼や鼻や口や、細部が認識できなかった。顔であることはわかるが、それが私の顔なのか誰か他の人の顔なのか、判断できなかった。そして、その誰の顔かわからない顔はじっとみていると、死んだあの人の顔にゆっくりと変わっていき、それが、その人であるとわかると吐き気をもよおした。
数日後、再び目白署の刑事から電話があった。連絡先として告げた兄という人物に電話をして事情を説明したところ、翌日来署した、事件性はないので遺体を引き取ってもらって万事済んだ、とのことだった。
兄という人の住まいは、都下の某市。来署に丸一日を要すような距離ではない。最優先は他のことであり、弟の死に際してもかけつけることをしない、それが絶縁という事実の証明なのか。
一人の人間が生まれ、生き、そして死んだ。
ただそれだけのことだ。誰にも看取られず、誰にも惜しまれず、誰にも悲しまれず、顔のない死体となっただけのことだ。特別なことじゃない。

東京。今日も人が生まれ、暮らし、死んでいく。

どーや、これ?!

麹塵今日の一句

きゃははは(T x T)ノ_彡☆ばんばん!どないしてくれよう!

ようやくおわったらしいわ

今月のおつとめ。はあ~きつかった。昨今なく、狂いまくった、脳細胞。

今は嘘のように落ち着いて、だいじょぶ♪迷惑かけてごめんね。大事な人たち。大好きな人たち。当分はアタシはダイジョブやから、どんときてね。今度はアタシがあなたを守ってあげる。ささえてあげる。

らしくないかもしれないけど

久々にしびれる人たちを発見。読者登録した。こらもう、剣さんのおかげやな。アタシは人の書いたもんあんまり興味ないけど、せやから、ブックマークと読者登録した人たちは特別特級。まあ、気紛れやから、いつどうなるかわからへんけどな(なんと無責任な)。今日は、疲れて、東京言葉はあかんわ。かんにんな~。でもって愛してる~(誰にいうてんねや、あほ!ほっとけ)。

整理整頓

書き散らかしブログを整理整頓。四苦八苦はやめ。レジデンスは聞きたい曲がないわけでもないので、今しばらくおいとこかな。アルバムは気まま更新なので放置。ロジュマンに定住しよ。好きだから。

突然ですが!

猛烈に腹が立ってきた!完膚なきまでにたたきのめすか?!

ああ、これがあかんねや・・・・・・。

ヤヴァイっすよ、おやびん。もーだめ。明日で終わってくれないかな。きびしーぃ(>_<)


Quelle histoire!

LaPorteDeLaNuit


『夜の門』

男の子が言うのよ。

「うそだあ~~!」

ってね。


嘘つきは私だけで間に合うてます。

つまんない嘘ついて優しい振りしないで。

失念の言い訳にもならないうすみっともなさ、さらさないで。

ね?