マヨラサーティーン 土方の始末書 -13ページ目

其の弐、屋台に入るには微妙に勇気がいる

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道に迷った。

海に出るには、どうするか。

どの道でもいいから前へ進めばいい。

そうすれば川にでる。

川筋をたどっていけば、いつか必ず海へ出る。



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前へ進むことです。もがきながら、希望を胸に願いながら一ミリでも二ミリでもいいから、前へ進む。

そうやって生き抜いていけば、あとで振り返って、ジャングルを抜けた事がわかる。

そして、苦しんだ分だけ、悲しんだ分だけ、願った分だけ、深い人生となっている。

それが二十一世紀の指導者となるための栄養になっているのです。



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たとえば、自分が学歴主義、点数主義で苦しんだ。

だから、自分が将来、そうではない本物の教育をしていこう。

一人一人が希望をもてる教育をしていこう。

こう決意して立ち上がれば、その人が二十一世紀の指導者です。

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勉強は当然、大事です。しかし高校の成績で一生が決まるものではない。

努力で決まる。正しく歩んでいるかどうかで決まる。

人と比べてどうかではありません。きのうの自分と比べてどうか。一歩でも進んでいればいいのです。

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ある著名人が、自分の息子に「成績は中でよい。人物は大になってくれ」と言ったそうです。

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偉い人とは、学歴や社会的地位で決まるものでは絶対ない。

いくら有名大学を出ても犯罪者になる人もいる。

また、エリートは一部分、おごっているものです。

いわゆる「エリート」ではなく「リーダー」に育ってほしい。

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悩める人、苦しんでいる人、不幸の人の味方になれる人が偉い人です。

それが「新世紀の指導者」です。


現実の今の社会は、不幸の人を足蹴にし、バカにし、片隅に置き、のけものにする。

今の多くの指導者はそうです。とんでもない間違いです。

そういう不幸の人を救うための勉強です、本当は。

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それを下に見て、ますます苦しめている。こんな残酷な、傲慢な、無慈悲な、卑怯な世の中はない。

これを、どうしても変えたい。そのために私は戦っている、綴っているのです。

この心を知ってもらいたい。そして後に続いてほしいのです。

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「今の学校が、自分の行きたかった学校とは違う」ということで、落ち込んでいる人もいる。

それは一面は残念かもしれないけども「学ぶ」という本質から見るならば、また長い目で見るならば

有名校とか、無名校とかは関係ない。

一番大変なところから立ちあがって一流になるのが、多くの人の希望となる。

学歴主義だけでは割り切れないものがあることを忘れないでもらいたい。

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ともかく現実にその学校にいる以上、世間の評価がどうであれ、自分がいるところが一番いいところなんだ

自分がいるところが最高の「学びの場」なんだと決める事です。

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そう決めた方が得です。一時の他人の評価によって、自信を失っていくなんて、愚かです

十代の君たちは、これから、いくらでも無限の可能性が開けているのです。

其の壱、固ゆで卵は潰れない

こんばんは、マヨラ13です。

やはり励ましのブログを先に進めたいと思いました。屯所のネタが無いだけとも言うがw

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今すぐに全部わからなくてもいい。

納得できること、できないこと、両方あるかもしれない。

それはそれでいい。自分のために「何か」をくみ取ってくれればいい。

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とにかく「悔いなき青春」を送ってもらいたい。

大切な一生の土台である十代に、悔いを残してはいけない。

自分なりに、自分らしく、何でもいいから、自分はこれだけやった、という満足感をもってもらいたい。

掃除でも部活でも、ボランティアでも、何かやった、何か頑張った。

そこで「あいつは、どこか違うな」「あいつは偉いな」と言われる存在になってもらいたい。

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「何かやりたい」と思いながら何をやっていいのかわからない。

あるいは、何もやりたいことがない。やりたいことがあっても、やる勇気がない。

それでそんな自分に腹を立てながら、何か悶々としている。

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ある高校生から「今の学校では、勉強が出来ないと人間扱いされないんです」と聞いて胸を突かれました。

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成績によって全部、序列が決まってしまい、進学校に行けなかったりすると、それだけで人生の落後者みたいな気分になってしまう。

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かといって成績がいいから、大きな「夢」をもっているかというと、そうでもなく、疲れきっている人が多い。

ですから、どうすれば「自分らしく」生きられるのかというのは、大きな課題です。


学歴主義の弊害で「何のため」という根本を教えない。人間としての歩むべき「道」を教えない。

それで、いたずらに若い人たちを苦しめている。本当に憂うべき日本になってしまった。

しかし、それでは、どうするのか。

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社会を恨み、学校を恨み、親を恨み、自分を恨んで、それで自分が満足できるのか。そうではないでしょう。

かけがえのない自分です。自分で自分を、くさらせてはいけない。


ある意味で、どんな時代にも、深刻な苦しみはある。どんな時代にも、青春は悩みとの葛藤です。

また、勉強のことだけではない。家族のこと、健康、容姿のこと、異性のこと、友人のこと、色々な悩みがある。

苦しみもある、不安もある、悔しさもある、悲しみもある。

あらゆる悩みとの戦いが青春時代です。

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その中でも、もがきながら、暗雲をかきわけ、太陽に向かっていこう、希望に向かっていこう。

この力が青春です。

悩みや、失敗や、後悔があるのは当たり前です。

大事なのは、それらに負けないことだ。悩みながら、苦しみながら、前へ前へ進むことです。

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走り続けてこそ人生、其の志

こんばんは、マヨラ13です。

家庭についての最後の締めくくりとして其の4を攘夷志士の志(シ)と志すをかけてみました。

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どうして自分はこの家に生まれてきたんだろう、どうして他の人のようにもっと両親が優しい家じゃなかったんだろう。

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どうしてもっと立派な家で、もっと良い家庭に恵まれて生まれてこなかったんだろう。

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こんな家なんか出たい、そう思う人もいるかもしれない。

しかし、自分は、この地球上の、この地の、この家に生まれてきた。

他の、どの家にも生まれなかった。そこに全ての「ありとあらゆる意味」が含まれている。

偶然はない、必ず意味がある。だから「ありとあらゆる宝」を自分は与えられたと思うべきです。


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どんなに苦しくても自分は今「生きている」 命以上の宝はありません。

まして若い人たちだ、若き生命と言う宇宙で一番の財宝を授かっている。

その宝を、やけになって自分で壊したり、ゆがめてはいけない。

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そして太陽が毎日昇るように、お母さんが毎日、食事を作ってくれるように

何とか努力していこう、勉強していこう、学校へ行こうという気持ちが大事です。

自分がすべきことを放棄することは負けです。放棄してはいけない。

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太陽は毎日昇る。曇りの日も、嵐の日も、冬でも夏でも、太陽は毎日繰り返し昇る。それが宇宙の法則です。道理です。人生も毎日を生き抜いていかなければならない。それが道理です。

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その繰り返しに耐えられた人が勝つ。今がどうであれ、人生の勝負は一生で決まるんです。

野球も九回が終わってから決まる。何でも勝負は終わるまでわからないものだ。初めではわからない。

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英語にも

「最後に笑う者が一番よく笑う」

He laughs best who laughs last

という、ことわざがある。

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苦しみながらでも前へ前へ進むことです。

要するに、負けないことだ。「自分が強くなる」ことだ。

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人に頼る根性、人に責任を押し付ける卑しさ、弱さであってはならない。

人を恨み、うらやみ、わびしい自分であっては、雲におおわれた太陽の自分です。


どんな悩みがあっても、それをバネにし、じっと我慢し、こらえて「今に見ろ」と自分を励まして進むんです。

行くべき自分の軌道を黙々と忍耐強く進んでいくのです。

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君が「太陽」なのです、あなたが「太陽」なのです。まず、そう決める事です。

自分が太陽である限り、今どんな悩みがあろうとも「朝」がこないわけがない。

「快晴」の日がこないわけがない「春」がこないわけがないのです。

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真面目で難しい話が続いたので疲れてしまうと思うので次回のブログは、少し日常の屯所の笑える話しを仕入れてきますかねw


ただ深刻に学校、対人関係で悩んでいる方もいるのでなるべく早めにエールを送りたいと思っています。

腰は曲がってもまっすぐに、其の3

「親がうるさい」というのは、親のいない人から見れば、ある意味で贅沢な悩みに聞えるかもしれない。

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若くして父親がいない人もいる。母親がいない人もいる。両親ともいない人もいます。

そういう人は自分が寂しいと感じているのかもしれない。

両親がいる人を、うらやましいと思うかもしれない。

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しかし、百年後には、今いる人類は、ほとんど、誰もいなくなるんです

誰でも、いつかは親と別れなければならない。

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また、親が病気の人もいるでしょう。父親が商売に失敗して苦悩の人生の人もいる。私もそうでした。

今では、父親は蒸発し母一人の母子家庭です。

何も悪い事をしていないのに非難された人もいるでしょう。

しかし、全てのハンディは自分が強く生きて行く上での糧になる。

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苦しみや悲しみがあるほど、その分より以上に頑張って幸せになれるんだ、自分が一家の柱になっていこう。

と自分に、けなげに言い聞かせて生きるんです。

裏マヨラサーティーン 土方の始末書-きゃっほーい

親がいないとか、病気とか、そういう人の中から、偉い人が出て来るものです。

親がいたら幸せか、そうも言えない。

子を殺す親もいる、子が親を殺す事件もある。表面の形で決まるものでは絶対ない。

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ともかく自分が一家の「太陽」になる事です。

そうすれば全ての闇は消える。亡くなったお父さん、お母さんをもその光で救っていけるんです。

いわんや、生きている親を幸せにできないわけがない。

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自分です、親ではない。何があっても「私は太陽なんだ」と悠々と生きるのです。

もちろん、太陽といっても曇りの日もある

しかし、曇っていても太陽は太陽だ。

人間も苦しんでいても心の輝きを失ってはならない。

自分自身で誰も評価はしてくれないが、自分は満足した、と言える自分をつくれた人が、本当の意味で勝者なんです、そういう本質を見抜ける人であってもらいたい。

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「親が家を出て行ってしまったとか、家にいたとしても自分の事なんか愛していない。

親は親で勝手にやっている」と訴える人もいますが。

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それぞれの家庭に、それぞれの事情があると思う。

本人にしかわからない苦しみがあるでしょう。

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ただ一つ言える事は、どんな親であっても親は親です。

親がいなければ自分は存在しない。この一点だけでも、重大な意味がある事を理解しなければならない。


どこの母ちゃんもだいたい同じ、其の2

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お母さんがあまりにも口うるさいので、腹が立って、ほとんど口を聞かないと言う人もいるでしょう。

もちろん、仲が良くて何でも話せる人もいますが。

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進路の事や生活上のことで、母親と口げんかをし

「自分の思い通りにさせてほしいほっといてよ!」と思った事がある人が多いのではないでしょうか。

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母親と言うのは、うるさいものなんだww

母親が口うるさくなかったら「他人」になってしまう。母親が「勉強しなさい」とか「いつもテレビばっかり見て!」

とか「朝寝坊するな!」とか言うのは、大昔から決まっている事です。

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それを変えようと思っても、しかたがない。自分が親くらいになれば、親の気持ちもわかってくるでしょう。



だからうるさく言われたら「大声が出るのは元気な証拠だ。良かった良かったww」

「あれが愛情表現なんだ。ありがたいな」と、おおらかに受け止めたら、どうだろうか。

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それが出来ないうちは、精神的に子供と言われても、しかたがないのではないだろうか。


どんな動物でも、親から餌の食べ方や獲物の捕り方、生き方、知恵を授かっている。

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いわんや人間です、色々言ってくれるから、正しい方向に行く事が出来る。

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それは大人になってから分かる事だ。

親の気持ちがわかるのが大人


昔、ある青年が父親とけんかして、しょげかえって道に座っていた。

そこに、知り合いの男が来て言った。

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「俺が十八のころも、おやじから、本当につまんないことばかり言われたもんさ。」

「いやになっちゃったよ。ところが十年たつと、おやじの言う事が全部、素晴らしいんだ。」

「その通りだって思えるのさ。俺は思ったもんだよ。『いつの間に、おやじは、こんなに成長したんだろう』ってね」

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もちろん、おやじさんの言う事が変わったんじゃない。

聞く方の耳が変わったんです。自分の方が成長したんです。

それをユーモラスに話して、その青年を励ましたんです。

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青年は、親孝行であってもらいたい。将来、偉くなって、母を大切にし、世界一、幸せにしてみせるという決心をもってもらいたい。

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父親は放っておいてもいいと言うわけではないがwww

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また、親とけんかしないように知恵を働かせることだ。

夫婦喧嘩で忙しいのにww そこに子供が入って「三つ巴」になっては大変です。
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