其の弐、屋台に入るには微妙に勇気がいる | マヨラサーティーン 土方の始末書

其の弐、屋台に入るには微妙に勇気がいる

裏マヨラサーティーン 土方の始末書

道に迷った。

海に出るには、どうするか。

どの道でもいいから前へ進めばいい。

そうすれば川にでる。

川筋をたどっていけば、いつか必ず海へ出る。



裏マヨラサーティーン 土方の始末書

前へ進むことです。もがきながら、希望を胸に願いながら一ミリでも二ミリでもいいから、前へ進む。

そうやって生き抜いていけば、あとで振り返って、ジャングルを抜けた事がわかる。

そして、苦しんだ分だけ、悲しんだ分だけ、願った分だけ、深い人生となっている。

それが二十一世紀の指導者となるための栄養になっているのです。



裏マヨラサーティーン 土方の始末書

たとえば、自分が学歴主義、点数主義で苦しんだ。

だから、自分が将来、そうではない本物の教育をしていこう。

一人一人が希望をもてる教育をしていこう。

こう決意して立ち上がれば、その人が二十一世紀の指導者です。

裏マヨラサーティーン 土方の始末書

勉強は当然、大事です。しかし高校の成績で一生が決まるものではない。

努力で決まる。正しく歩んでいるかどうかで決まる。

人と比べてどうかではありません。きのうの自分と比べてどうか。一歩でも進んでいればいいのです。

裏マヨラサーティーン 土方の始末書

ある著名人が、自分の息子に「成績は中でよい。人物は大になってくれ」と言ったそうです。

裏マヨラサーティーン 土方の始末書

偉い人とは、学歴や社会的地位で決まるものでは絶対ない。

いくら有名大学を出ても犯罪者になる人もいる。

また、エリートは一部分、おごっているものです。

いわゆる「エリート」ではなく「リーダー」に育ってほしい。

裏マヨラサーティーン 土方の始末書

悩める人、苦しんでいる人、不幸の人の味方になれる人が偉い人です。

それが「新世紀の指導者」です。


現実の今の社会は、不幸の人を足蹴にし、バカにし、片隅に置き、のけものにする。

今の多くの指導者はそうです。とんでもない間違いです。

そういう不幸の人を救うための勉強です、本当は。

裏マヨラサーティーン 土方の始末書
それを下に見て、ますます苦しめている。こんな残酷な、傲慢な、無慈悲な、卑怯な世の中はない。

これを、どうしても変えたい。そのために私は戦っている、綴っているのです。

この心を知ってもらいたい。そして後に続いてほしいのです。

裏マヨラサーティーン 土方の始末書


「今の学校が、自分の行きたかった学校とは違う」ということで、落ち込んでいる人もいる。

それは一面は残念かもしれないけども「学ぶ」という本質から見るならば、また長い目で見るならば

有名校とか、無名校とかは関係ない。

一番大変なところから立ちあがって一流になるのが、多くの人の希望となる。

学歴主義だけでは割り切れないものがあることを忘れないでもらいたい。

裏マヨラサーティーン 土方の始末書

ともかく現実にその学校にいる以上、世間の評価がどうであれ、自分がいるところが一番いいところなんだ

自分がいるところが最高の「学びの場」なんだと決める事です。

裏マヨラサーティーン 土方の始末書

そう決めた方が得です。一時の他人の評価によって、自信を失っていくなんて、愚かです

十代の君たちは、これから、いくらでも無限の可能性が開けているのです。