マヨラサーティーン 土方の始末書 -11ページ目

其の∞、(八)困ったときは笑っとけ笑っとけ

こんばんは、マヨラ13です。

裏マヨラサーティーン 土方の始末書

さて、中休みな感じで昨日のブログでほぐれましたかねw

今日は友情についての続きを書いていこうかと思います。



・どうしても好きになれない友だちがいる。

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食べ物にも好き嫌いがあるように、好きでない友だちがいても、それはしょうがないことだ。

ただ、嫌いは嫌いでかまわないが、嫌いだからといって、さげすんだり、いやがらせをしてはいけない

その人にはその人の生きる権利と生き方がある

それを大きく見てあげる心の余裕が大切です。



・自分のカラに閉じこもりやすくなかなか友だちができない。

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性格というものは、なかなか変わるものではない。

性格が弱くてもよい。もちろん強ければ、なおよいが。

自分の性格は、どうしようもない場合がある。環境も、どうしようもないものがある。

だからこそ、自分を鍛え、磨き、強めていこうと努力することが大事です。

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自分の短所を自覚して、何とか向上していこうと願い、努力する人は、自然のうちに、変わっていきます。

内気な人は、思慮深い性格として、だんだんと輝いていく。

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長い目で見れば、そういう人のほうが、おっちょこちょいの人よりもww

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かえって深い友情をつくっていけるものです。



・あるメンバーからですが、学校に来なくなってしまった人がいる。

あまり話しをしたこともないクラスメートだが、どうしてあげればいいでしょうか。という悩みです。

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まず、そうやって人の事を思いやってあげる心が尊い、根本は、そう思い願い続けてあげることです。

具体的には、ケースバイケースでしょうが「心配しているよ」「待っているよ」という気持ちを何らかの形で伝えることではないだろうか。

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それは状況によって、実際に会いに行ったり、電話したり、手紙を書くなど、方法はいろいろあるでしょう。

急に変わるものではないかもしれない。

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ただ「待っているよ、学校で顔が見られるとうれしいよ」と伝えて、友だちがその気になった時に来やすいようにしてあげる。来やすい「道」を開けておくということです。

そういう温かい気持ちをもった仲間を、クラスのなかに少しでも増やしていくことも大事でしょう。



・成績がよいので妬まれる人がいる。

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そういう場合は誇りを持っていってほしい。

人生、妬まれるのは、しょうがない。

中傷というものは何事につけても、いろいろとたくさんなされるものだけれどもね」と

ソクラテスが語っているように、人類の教師とたたえられた英知の人でさえ、中傷され、讒言(ざんげん)におとしいれられていたのです。

もちろん、成績を鼻にかけるのはいけないが

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小学校の時、いつもよい服を着て、裕福で幸せそうな子がいた。

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うらやましいと思ったこともあった。

皆も、羨望(せんぼう)の目で見ていた。今ならば、焼きもちを焼いて「いじめ」の対象になってしまうかもしれない。

しかし、そんな心は動物性の畜生の心です。

彼よりもすばらしい人生を送ろうと思う雄々しい心が「人間性」の輝きです。

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人をうらやんでも、自分がみじめになるだけで進歩はない

そういう感情に負けてはいけない。縛られてはいけない

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要するに「人を妬む」より「人に妬まれる」ほうが、ずっといいのではないだろうか。

人を包みゆくことです、大きな河のような自分になるんです。

大きな海のような自分になるんです。大きな大きな青空のような自分になるんです。

その「大きな心」から、大いなる友情のドラマは生まれてくるんです。

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其の七、一度した約束は死んでも守れ

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相手によき影響を与える友人に

自分は、あの人と一緒に目標に向かって歩み、切磋琢磨(せっさたくま)し、苦しみをともにし、励まし合う。

そういう清流の自分自身になればよいのです。

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相手が同じ気持ちを持てば「長い友情」となるし、相手が去ったら「短い友情」となる。

また、自分にそんなつもりがなくても、相手を裏切ったような形になることもあるかもしれない。

そうなったからといって、悲しむ必要はない。

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これが友情だと、つくってみせる必要もない。大切なのは、自分が友情の本義をもって生きていくことです。


蘭と言う花は、蘭の高貴な香りが、部屋にいる人に移り香を残す。

そのように「相手によき影響を与える友人」に自分がなっていくことです。

自分が蘭になればいい。蘭は君子の花です。

自分が芳しい香りの人格になればいいんです。

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いい時には一緒だが、何かあるとすぐに離れる、というのがふつうだと思うのですが

「友情」はそうではない。でも、そのためには自分に強い信念がいります。

「嵐の時の友が真の友」とも言う。

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友情については、日本よりも西洋をはじめ海外のほうが、深い歴史を持っている。

深い内容と永続性を持っている。

事例を見ても、小説で見ても、そうです。

日本は「気が合っている」というような、浅い付き合いの向きがある。

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ひとたび誓った友人との「約束」を守る。それが友情です。

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そのためには、自分で決めた「自分との約束」を守れる人でなければならない。

ともあれ、友情は、人間としての「成長」と「善」の価値を生む。


悪友は「成長」がなく「善」の価値がない。

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それは、ただの仲間であり、友情ではない。

「その人を知るには、その友を見よ」という言葉もある。

どういう友人をもっているかで、大きな影響を受けるし、朱に交われば赤くなる。

悪い心、悪い考えをもった人は近付けてはいけない。

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昔から言われているように、悪人はまとまりやすく、善人はまとまりにくい。

だからこそ、善人と善人の友情は尊いし、美しい。

これこそ人間としての真髄なのです。

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悪人は利害で簡単にまとまりますが、善人はそうではない。

だからむずかしいのです。

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とくに日本人は、他人の成功を素直に喜べない心の狭さがある気がします。

妬みっぽいというか、少し飛び抜けた人が出ると、足を引っ張ろうとする。

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「横並び」が好きなんですね、でもそういう「個性無視」は友情じゃないです。

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自分と違うところを持つ人を尊敬できる「心の大きさ」が友情の土壌です。

「大きい心」があれば、その分、すばらしい友情ができる。

「小さい心」には、小さな、やせ細った孤独しか育たないでしょう。


其の六、男は心に固ゆで卵

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「友情が大事だ」ということは皆、感じていると思います。

ただ友情といっても「同じ学校」「同じクラス」「同じ部活」の時だけで、それが変わると、ほとんど付き合いがない。

「一生の友人」がなかなか見つからないという人もいます。



友情にもいろいろある。

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生涯の友情もある。二十年の友情もある。五十年くらいの友情もある。一年の友情もある。

友情という自分自身の気持ちが変わらなくとも、相手が変わる場合もある。友情を一生涯と決める必要はない。

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「一生の友だち」じゃないから大切ではないとも言えない。

その時、その時、自分なりに誠実に接していけばいいんです。

クラスメートは、同級生、同窓生と思って、悠々と接していけばいい。

深い友情をもてる相手というのは少ないものだ。

たくさんの草木を育てるのと、一本の大樹を育てるのでは、育て方が違うようなものです。

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いつも誠実な自分で生き抜けば、いつか自然のうちに、よい友人が周囲に集まっていく。

そのなかから、大樹のような生涯の友情もできるでしょう。あせらないことです。

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まず自分をつくることです。君たちには、これから、数限りないすばらしい出会いが待っているのだから。


友情は自然にできあがるように思うものだが、そのうえに、2人がそれなりの目標をもち

励まし合い、助け合い、生き抜こうという、人生の、青春の力の足音がなくてはならない。

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「立派に高校を大学を卒業しよう」「社会に貢献しよう」というような目標が大事です。

目標が明確でない友情は、なれあいになってしまう。

目標に向かって、明るく励まし合い、それを達成しようという友情は長持ちする。

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「いつも一緒にいるから友情」か。そうではない。

「お金を貸してくれるから友情」ではない。

「親切にしてくれるから友情」ではない。

「愛想がよく、性格が合うから友情」ではない。

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友情とは、彼、彼女が苦しんでいる時に同じように苦しみ、励ます。

自分が苦しんでいる時に彼、彼女が同じように苦しみ、励ましてくれる

そういう清らかな川の流れのような姿です。

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友情の「情」という字は、字の成り立ちは別として

「心が青い」と書く。心が生き生きとしている、清らかであるとも読める。

「清らか」という字も、同じく「水が青く澄んで流れている」姿とも言えるでしょう。

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友情とは、人間として「最高の清流」を流れることです。

そして、彼、彼女も同じように清流を流れていく。その流れが合流した時、清い水かさが増え、清らかさも増える。


その流れを見ている人が「美しい流れだ」「清い流れだ」

という気持ちになるような流れです。

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其の悟、ジジイになっても名前で呼び合える友達を作れ

学校の先生から「頭の悪い友達とは付き合わないほうがいい。君まで頭が悪くなる」

と言われ、あまり友達をつくろうとしなくなった人もいます。

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何をもって「頭がいい」とするか。それは複雑です。

成績だけでは決められない。

また高校時代に頭がいいとか悪いとか言っても、長い目で見れば、たいした問題ではない

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むしろ、へこたれない強さ。やると決めたら、とことん、やりぬく行動力。

そういう人間としての鍛えのほうが、実社会では大きな力を発揮することが多い。

だから、どんな友人からも、何かを学んでいける大きさがあっていいと思う。

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成績だけで、すべてを決めてしまうと、人生を小さくしてしまう

もちろん、学校の先生は、本人によかれと思って言ったのでしょう。


頭が悪いとかではなくて、たしかに堕落的な付き合い方を続けると、自分をダメにする

悪の誘惑とは勇気をもって戦わなければならない

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友人の影響は、ある時には、親よりもだれよりも強い

いい友達、向上しようとしている人と付き合えば、自分も向上する

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アメリカの鉄鋼王カーネギーは、自分のことをこう呼んでいたという。

「自分より優れた者を周りに集めた者」と。これが彼の人生観であったのでしょう。

結局「いい友人をつくる」には「自分がいい友人になる」以外にない。

いい人の周りには、いい人が集まるものです。

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若者ならば、湖畔で未来の人生を語ったり、星を眺めながら希望をふくらませるようなことを健康な心で、健康な未来を語れ。と亡くなった恩師も言っていた。

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いろいろな友人がいるでしょう。

家が近所で一緒に登校する。クラスが一緒である。同じ部活である。一緒に遊びにいく。

そういうなかで、最高の友人は、同じ目標に向かって進む友人です。

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一つの目標に向かって、切磋琢磨(せっさたくま)する友情ほど、美しいものはない。

親子、夫婦、恋人の関係以上に美しい。

それこそ人間としてのあ「証」であり「人間の炎」です。

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眠気が限界なので続きは明日!

メッセやコメも明日返させていただきます、いつもありがとうございます。

其の志、外国人から見たらこっちも外国人 宇宙人から見たらこっちも宇宙人

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「自分から声をかける」人は、友達ができます。時にはシカトされるかもしれませんが。

それだっていいじゃないかと私は思う。

強い人だからそれができるのです。

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人間、裏切られることもある。私も裏切られてきました。

本当によくして、裏切られた。

しかし、少しも驚かない。むしろ当たり前のことと思っている。

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勇気を出すんです。自分は何も悪くないんだから堂々と生きるんです

裏切った方が悪いんだから。いじめたほうが悪いんだから。かわいそうな人なのだから。

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たとえ裏切られても、また新しい友情を結んでいけばいい

傷ついたといって「だれも信じない」なんていけない。

だれも信じなければ、裏切られる事もなく、傷つくこともないかもしれない。

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しかし、それでは閉じこもった狭い人生になってしまう。

本当は、つらい思いをした人ほど、人に優しくできるんです。強くならなければいけない。

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太陽になるんです。太陽の光は、全部が全部、光を反射してくれる星の上に落ちるわけではない。

まったく光が無駄に使われたかのような方向にも、太陽は光を送っている。

それでも、太陽は平然と輝いている

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光を受け止めなかった人は、あなたの前からいなくなるかもしれない。

しかし、あなたは光を送った分だけ、自分自身が輝いていくのです。

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人がどうであろうと、自分が「正しい」と信ずる道を行く。

自分が変わらなければ、いつか必ず、本当のことがわかるものです。

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