マヨラサーティーン 土方の始末書 -10ページ目

4、何であれやるからには自分に負けちゃダメ

こんばんは、マヨラ13です。

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最近本当に蒸し暑い日が続きます。

くれぐれも体調を崩されないようお過ごし下さい。


「どうせ自分なんか」「もう自分はダメなんじゃないか」との思いを告白されたことがあります。

また、いろいろなことで「一生取り返しのつかない失敗をしてしまった」と人知れず苦しんでいる人もいると思います。


だけど、青春に取り返しのつかないことなど、絶対にない

むしろ、青春の失敗とは、失敗を恐れて挑戦しない事です。

また、自分で自分をあきらめてしまう事です。

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過去は過去、未来は未来です。

つねに「さあ、今日から!」「これから!今から!」「この瞬間から!」と未来を見つめて進む事です。

人生は四十代、五十代にならないと勝敗はわからない。

決して目先だけで絶望したり、あせってはならない

後悔することがあっても、悩みがあっても、失敗があっても、未来は長いんです。

いちいち、やけになるような、そんな安っぽい自分になってはいけない。

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歴史に名を残した人を見ても、青春はさまざまです。

例えば、イギリスの政治家チェーチルは「万年落第生」

ガンジーは目立たない生徒で内気で、気が弱く、話し下手。

アインシュタインは劣等生。ただし数学だけは、ずば抜けて良かった。

X線の発見者レントゲンは工業高校を退学処分です。級友が起こした事件の濡れ衣を着せられたんです。

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彼らの青春に共通することは何か。

それは「自分で自分をあきらめなかった」ということでしょう。

成績が悪かった人、いじめられた人、裏切られた人、失敗した人、病気や経済苦、で悩んだ人のほうが、その分、人の心がわかる

人生の深さがわかる。だから「負けない」ことです。

私も小学校時代にいじめられた事もいくらでもあります。中学校時代にもいじめられた事もあります。

高校時代でさえあります。外国でだってあります。帰ってきてからもあります。社会でもある。

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ただ負けなければ、苦しんだ分だけ、将来、必ず大きな花が咲くんです。

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そしてまず自分を大切にしなくてはならない。

社会の差別や、軽薄な風潮や矛盾に左右されては不幸だ。

自分自身が生きていくことを忘れてはならない。

亡くなった恩師も「人生の最後の数年間に、どういう幸福感をもったかで人生は決まる」と厳しく言っておられた。

若い時の調子の良さなどは問題ではない。

また若い時の失敗なんか、いくらでも挽回できるんです。

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小学校の時にだめなら中学校で、中学校の時にだめなら高校で、高校でだめなら大学で

大学でだめなら、社会で、社会に出てつまずいたら、四十代になったら、五十代になったら、七十代になったらと常に大志を抱いていく。

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たとえ自分が自分をだめだと思っても、そうは思わない。

全員が使命ある人であることを疑わない。

今がどうであれ、絶対にすばらしい未来が開ける。

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建設して戦いです。今これから、今何かを始めるんです。

倒れたってそのたびに起きればいい。起きればまた前に進める。若いんです。

時には昔の話をしようか、青春青春言うけどさ、お前の青春時代はどうなのよ?ってことで

3、想像力は中2で培われる

こんばんは、マヨラ13です。

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「「『頑張ろう』と思って、決意はするが、どうしても長続きしない」という人もいます。


でも大丈夫、自分も含めたいていの人はそういうもんだww

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それでも「決意した」こと自体が、前へ進んでいる証拠です。


「三日坊主」だって、何回も「三日坊主」を繰り返したらいい。


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三日坊主だって10日続ければ1ヶ月、合計30日続ければ3カ月にもなる。


何回も決意できる人が本当に忍耐強い人です。

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また「あと少し、頑張る」ことが大事です。


もうやめようかな、遊びたいな、と思う時に「あと少し、もう一回」頑張る。


少し余計に努力した人が偉大なんです。この人が最後に勝つ。


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自分は頭がよくないから、将来は知れている」と思っている人もいるようですが。

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ある偉大な教育哲学者が、頭がよいのと悪いのと、どれくらい差があるのかとの問いに


そばにあった筆に墨をつけて、半紙にサッと一本の横線を書き


この線の上と下くらいの差しかない

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皆、同じように脳を持っている、差などほとんどない

どのくらい「努力」をしたか、この二字によって決まる。」と言ったと言います。



人間の脳細胞で、人が一生のうちに使うのは、多くても半分と言われている。

なかには10%未満しか使っていないと言う学者もいます。

人間は、だれでも脳を十分に使っていないんです。

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もちろん、成績で人生が決まるものではない。

成績イコール 幸・不幸につながるとは言えない。


自分で自分を悪く決めつけてはいけない


人間の可能性というのは不思議なもので、自分は頭が悪いんだと決めつけると、本当に頭が悪くなってしまう。

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「自分の頭脳は、ほとんど使っていないんだ。眠っているんだ。だから努力すれば、いくらだって自分はできるんだ!」と確信することです。

事実そうなのだから


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頭は使えば使うほどよくなる。

一生懸命自分の成長を意識し願って、努力しぬいていけば、青年に不可能はないのです

2、大切なものは見えにくい

今日は一つ、こんな話を…。
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ある日本のビジネスマンが南太平洋の島に行ったんです。

すると子どもたちが、
砂浜でのんびり寝転がっていました。

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ビジネスマンは
「昼間からぶらぶらしてないで、早く学校へ行って勉強しなさい」といった。

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すると子どもたちは「何のために学校へ行かないといけないの?」と

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「学校へ行って、しっかり勉強して、いい成績をとるんだ」と言うと

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「いい成績を取るとどうなるの?」と子どもたちは聞いてきた。

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「成績がよければ、いい大学に入れるじゃないか」

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「いい大学に行って、どうなるの?」

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「いい大学を卒業したら、いい会社に入れるし、いい役所にも入れる。給料も高くなるし、いい結婚もできるかもしれない」

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「それで?」


「定年まで、しっかり働いて、子供も、いい学校に入れるんだ」

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「それから?」


「それからは、もうどこかの暖かい所へ行って、毎日のんびりするのさ」

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すると子どもたちは「なぁ~んだ、そんなことなら、そんな先まで待たなくても、今、ぼくたちがやっていることだよ」とw

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要するに、人生の目標が「楽に暮らす」ということなら、別に学歴もいらないし、あくせく勉強する必要もないじゃないかというのです。


「何のために学ぶか、何のために生きるか」「何のためにお金なのか」


いい学校へ、いい会社へと先へ先へ追いかけていっても、それだけでは人生の幸せはない。

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ただ安楽に暮らすためだけなら、必ずしもそんな苦労をする必要はない。


しかし本当は、勉強は、有名な大学に行くためにあるのではありません。

自分自身の頭脳と心を耕すためにある。


自分自身が豊かな人間になって「生きた証」を、この世に刻みつけるためにある。

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自分でしかできない自分の使命を果たすんです。悩んでいる人、不幸な人のために、その学んだことを使っていくんです。
そのためには

「力」がいる。
「人格」がいる。
「経験」がいる。

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だから「努力したほうが得だよ」と言うことです。

1、己の居場所は己で作るものなり

何事にも「時」がある。青春時代は建設期です。

一生の軌道を大きく決める時です。だから大事なんです。

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「夢は大きいんだが、現実とのギャップが大きすぎて…」という人も多いかと思います。

でもそれでいいんです。

亡くなった恩師も「青年は、望みが大き過ぎるくらいがちょうどよいのだ。この人生で実現できるのは、自分の考えの何分の一かだ。初めから望みが小さいようでは、何もできないで終わる」と言っていた。

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もちろん、何にも努力しなかったら、夢は夢で終わってしまう。

夢と現実を結ぶ橋は「努力」です。

努力する人は希望がわいてくる。

希望とは、努力から生まれるんです。

夢を大きくもって、走れるところまで走るんです。それが青春です。

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大志をいだいて自由奔放に「自分はこれで行こう」と進めばいい。


将来は「大きな夢をもつ」というよりも「ふつうに結婚して幸福な家庭をもちたい」

「将来、何をするかわからないけど、ともかく優しい人間になりたい。それが夢です」という人も多い。

でも、全部、自由です。全部、自分が決めることです。

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明治時代の初め、札幌農学校で教鞭をとったクラーク博士に

少年よ、大志を抱け!

Boys,be ambitious!

という有名な言葉がある。

Girls,be ambitious!

そこには、たんに出世しろとか、偉くなれという意味はないでしょう。

むしろ、人間として、自由奔放に生きよ!という呼びかけではないかと思う。


型にはまるような生き方ではなく、人間として、どれだけ大きく羽ばたき、どれだけ多くの人に尽くしていけるか。

意義ある何かを残していけるか。つまり充実した「これでよし!」という人生を生きていかなければならないという意味が含まれていると思う。

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そのためには、自分を鍛えることだ。

強くなることだ。建設です。

「幸福な家庭」といっても、幸福はだれかが与えてくれるものではない。

自分が強くなった分しか、幸福はない


優しい人」といっても、本当の優しさは強くなければ貫けない

薄っぺらな人間にだけはなってほしくない

人を外見で決めつけるような人間にだけはなってほしくない

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大きな人間になってもらいたい

成績だけ、テレビだけ、ゲームだけ、楽しいことだけという「小さい目先のこと」だけにとらわれてはいけない。

これで行こう」という将来の希望を目指し、希望をつくりながら生きていく喜びを知ってもらいたいんです。

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