2、大切なものは見えにくい
今日は一つ、こんな話を…。
ある日本のビジネスマンが南太平洋の島に行ったんです。
すると子どもたちが、
砂浜でのんびり寝転がっていました。
ビジネスマンは
「昼間からぶらぶらしてないで、早く学校へ行って勉強しなさい」といった。
すると子どもたちは「何のために学校へ行かないといけないの?」と
「学校へ行って、しっかり勉強して、いい成績をとるんだ」と言うと
「いい成績を取るとどうなるの?」と子どもたちは聞いてきた。
「成績がよければ、いい大学に入れるじゃないか」
「いい大学に行って、どうなるの?」
「いい大学を卒業したら、いい会社に入れるし、いい役所にも入れる。給料も高くなるし、いい結婚もできるかもしれない」
「それで?」
「定年まで、しっかり働いて、子供も、いい学校に入れるんだ」
「それから?」
「それからは、もうどこかの暖かい所へ行って、毎日のんびりするのさ」
すると子どもたちは「なぁ~んだ、そんなことなら、そんな先まで待たなくても、今、ぼくたちがやっていることだよ」とw
要するに、人生の目標が「楽に暮らす」ということなら、別に学歴もいらないし、あくせく勉強する必要もないじゃないかというのです。
「何のために学ぶか、何のために生きるか」「何のためにお金なのか」
いい学校へ、いい会社へと先へ先へ追いかけていっても、それだけでは人生の幸せはない。
ただ安楽に暮らすためだけなら、必ずしもそんな苦労をする必要はない。
しかし本当は、勉強は、有名な大学に行くためにあるのではありません。
自分自身の頭脳と心を耕すためにある。
自分自身が豊かな人間になって「生きた証」を、この世に刻みつけるためにある。
自分でしかできない自分の使命を果たすんです。悩んでいる人、不幸な人のために、その学んだことを使っていくんです。
そのためには
「力」がいる。
「人格」がいる。
「経験」がいる。
だから「努力したほうが得だよ」と言うことです。