監督 マイケル・カーティス

脚本 ハワード・コッチ(英語版)、ジュリアス・J・エプスタイン、フィリップ・G・エプスタイン

原作 マレイ・バーネット(英語版)、ジョアン・アリスン(英語版)、『皆がリックの店にやってくる(英語版)』

製作会社 ワーナー・ブラザース

製作国 アメリカ合衆国

メタスコア:100

imdb:8.5

マイスコア:98

テーマ:情に厚いかっこいい男

なぜ本作がレビューで高評価なのか、よくわかった。第二次世界大戦の頃の話である。自分は恋愛経験がほぼゼロなので、イルザがリックを愛していると発言したとき、嘘をついていることに気づかなかった。無念極まりない。イルザよりも前に通行証を求めてきた人がいたが、その人にも通行証が発行できるように手配したので、それが今回のラズロ夫婦をアメリカに渡航させる伏線となっていたのである。ルノー署長とリックの友情が見えたのが良かった。「やっぱり持つべきは〇〇だな。」の元ネタであることがわかった。しかし、本当かどうかは定かではない。違う国籍同士なのに友情を築くというのが素晴らしい。あと、イルザ演じるイングリット・バーグマンが絶世の美女である。やはり、ラブロマンス要素のある映画は美人のキャストが必須であることがわかる。ラズロは反ナチのリーダーらしく、好青年なのがうかがえる。なんだかんだラズロ一途なのが、イルザの魅力を底上げしている。カサブランカにずっとラズロ夫妻がいると、捕まるのも時間の問題だったため、逃げたのは良い判断だろう。リックがイルザとラズロに通行証をかっこよく譲ったあとのイルザの表情も絶妙である。リックのことは異性として愛していないけど、感謝はしているのが非言語でよく伝わる。ただ、リックは見た感じ、自己犠牲型ギバーなので、気をつけてもらいたい。そして、本作の凄い所は、製作年が1942年であるという点である。つまり、第二次世界大戦が行われている最中に作られているのである。過酷な環境下で撮影されたからこそ、リアリティーのある演出や演技ができたのであろうとうかがえる。

監督 サム・ペキンパー

脚本 ウォロン・グリーン、サム・ペキンパー

製作国 アメリカ合衆国

メタスコア:98

imdb:7.9

マイスコア:95

テーマ:強盗団としての矜持

神映画だった。パイクとソーントンの繋がりが見えた一作だった。敵同士だが、お互いがお互いを思い合っていることが伝わる。こういった盟友が欲しいと感じた。マパッチの鬼畜ぶりはよく表現されていた。エンジェルに良くも悪くも戦況を左右され、ワイルドバンチ一味は全滅した。パイクは聡明で行動力もあるが、仲間を思いすぎて、結局身を滅ぼした。サイクスがうまく立ち回っていると感じた。飄々としている。見習うべきかは謎である。良くも悪くも昔の時代に取り残された盗賊団の衰退が描かれている。マパッチとの交渉の際も、パイクは「自分が戻らなかった際は、銃器類を爆発させる」といった主張をして、聡明な立ち回りをした。ただ、マパッチの生活が幸せかと言われれば、謎である。ひたすら搾取を繰り返し、女性と遊ぶ毎日である。対等な関係を築けている人間はいるのだろうか。女性もマパッチの権力に従っているだけである。本当の愛は何処に?ゴーチ兄弟は直情的に行動し、女性を求める積極性は日本人にはないので、見習うべきであろう。銃撃戦の描写も様になっており、とても興奮した。最初の禁酒連盟のシーンは好きである。酒を飲むと、自尊心や勇気は失われる、といった主張だった。酒を飲んでいたワイルドバンチのメンツとマパッチの軍団は全滅したので、その結末をあらかじめ予見していたのであろう。自分も禁酒連盟に入りたい。初めのサソリが蟻に食べられるシーンからは、ワイルドバンチの運命を表していたのであろう。伏線が張り巡らされていた作品であった。

監督 ポン・ジュノ

脚本 ポン・ジュノ、ケリー・マスターソン(英語版)

原案 ポン・ジュノ

原作 ジャック・ロブ(英語版)、バンジャマン・ルグラン、ジャン=マルク・ロシェット(英語版)、『Le Transperceneige』

製作会社 モホフィルム、オーパス・ピクチャーズ、スティルキング・フィルムズ

製作国 韓国、 フランス、 チェコ、アメリカ合衆国

メタスコア:84

imdb:7.1

マイスコア:98

テーマ:最前列への渇望、革命、リーダーとは?

かなり良かった。列車という閉鎖空間での抗争という自分が好きそうな設定である。似ている設定で言えば、アニメ『名探偵コナン』の漆黒の特急(ミステリートレイン)や、アニメ『バッカーノ!』があげられる。ウィルフォードの思想は、アニメ『PSYCHO-PASS』の槙島聖護や、アニメ映画『虐殺器官』のジョン・ポールに似ているところがある。適切な人数にするために、非道な行為も行うといった所は、ある程度理解はできる。ただ、人を見下しているところがあるのが、ウィルフォードの良くない所だと言える。ラストは、バッドエンドを匂わす感じであった。結末の感じは監督がポン・ジュノであったため、予想はしやすかった。カーティスは賢いが、感情的になるところがあるので、その部分は欠点であろう。しかし、自分も同じような欠点があるので、イラッとするときは自分がハエであることをイメージして行動したいと感じる。ギリアムはカーティスにすべてを託していたのであろう。これが本当の信頼というものであろう。そう考えると、ギリアムとカーティスとで二人でベッドに寝そべって会話しているシーンはかなり良いシーンで、カタルシスを感じると言えよう。ナムグン・ミンスがクロノールをただ単に興奮剤として集めていたわけじゃないことを発言するシーンも、ナムグン・ミンスの聡明さが見えるシーンであろう。最後に、ヨナとティミーが生き残ったのも、爆発する際、ナムグン・ミンスとカーティスに挟まれて守られていたからという理由がしっかりあるのも物語がしっかりと考えられて作られていることがわかる。さすが、ポン・ジュノと言うべきだろう。リーダーとは聡明さや活力もいるが、冷静さも必要だということがわかった。進撃の巨人のエルヴィンが一番リーダーとして向いているだろう。目標として最前列に行くことを17年間も掲げていたが、実際到達するとあっけないものである。でも、こういうことは往々にしてあるのではなかろうか?大企業に就職しても、とても良い状況という訳ではなかったりするのではなかろうか?そうなると、モーガン・ハウセル著『サイコロジー・オブ・マネー 一生お金に困らない「富」のマインドセット』に書かれていた「何事も良くも悪くもない」という言葉は至言ではなかろうか?そして、カーティスの思いが全体に行き渡る感じも良かった。思いは伝染するのである。

監督 宮崎駿
脚本 宮崎駿
原作 角野栄子
『魔女の宅急便』(福音館書店刊)

テーマ:成長物語

かなり良い物語でした。魔法が使えたり使えなかったりすることによって、キキの心理描写が表現されています。トンボがほかの女の子と話したことによる嫉妬やニシンのパイを届けるものの孫娘に嫌がられた際、魔法が使えなくなっています。我々人間は魔法が使えないですが、キキと似たような状況に陥ることはあるのではないでしょうか。誰かに対して嫉妬をしたり、嫌なことを言われた際、落ち込み、通常の自分ではいられない時があります。その状態を本作では、魔法が使えるか使えないかで分かりやすく表現しています。キキと初対面で関わる人にとっては、明るくて良い子で、いつも幸せそうという印象を抱くでしょう。ただ、キキ本人からしたら、いろいろな心の動きが内部で起こっており、時には傷ついたりしています。つまり、我々が日々接している人間の印象というのは、その人の表層の部分でしかないのです。キキは人から嫌な態度をとられても、それをスルーします。性格の良さが伺えます。対するジジは文句を口に出し、ストレスを発散します。ジジというキャラは素直なので、嫌いではないです。キキは、最終的にほうきを失ったり、ジジと話せなくなったりと、失うものもありましたが、同時に魔女の旅で得た経験というものは素晴らしいものです。人の人生でも同じことが言えると思います。失うものもあれば、得たものもある。人間は悲観的になりやすいので、少しでも自分の得たものに注目することが重要なのではないでしょうか?

 

 

 

 

 

 

草薙龍瞬 (著)

出版社:KADOKAWA/中経出版

テーマ:自分の心を観察する

とても素晴らしい本でした。筆者が一貫して伝えているメッセージは、「不快な反応をしない」ということです。どうしても人生の中で、苛立つことがあったり、ストレスが溜まっている状態のときは、悪口や愚痴を吐いたり、時には物に当たることもあります。そういった不快な反応をやめようというのが本書の主張です。かといって、今すぐに不快な反応をきっぱりやめるということが簡単にできたら、本書をそもそも読んでいません。不快な反応をしないようにするために、まず自分の心の中身を変えていこうと筆者は発言しています。「心の半分を相手への理解に、もう半分を自分の内側に目を向けろ」という意味合いのメッセージを残しています。我々はあまりにも外側に目を向けすぎではないでしょうか?数多くの人々はTwitterやInstagramなどのSNSを使用して、「こいつは良い」「こいつは悪い」などの判断を無意識にしています。そもそも判断することをするなと筆者は語っています。確かに、自分の中で人を判断すると、優越感を感じます。ただ、その一時の優越感は果たして有意義でしょうか?自分の位置は全く変わっていません。どんなに自分が美人やイケメンで、金を持っていて、才能に溢れている天才でも、上には上がいます。逆も然りで、自分のある能力がどれだけ低くても、下には下がいます。人と比べても、上と比べたら、劣等感に苛まれ、自分が惨めになり、下と比べたら、つかの間の安心感だけ手に入ることによって、自己成長が全く望めません。しかも、人と比較して相手に注目することによって、自分の成長が見えなくなります。これは、すごく勿体ないことです。自己成長することへの喜びを他人と比較することによって得られないのです。現代社会は競争社会です。否が応にも、人と比較され、他人に評価されます。当たり前ですが、一個人の力で競争社会を変えることはできません。だからこそ、競争社会の中でどう自分が向き合っていくのかがキーポイントになってくるのではないでしょうか?心が不快な方向に動くことは当たり前のことで、その上で、それ以上不快な心の動きが起こらないように、心を見張ることが重要だと本書で主張されています。

 

 

 

マイスコア:80

テーマ:自己肯定

良い作品でした。相変わらず、新海誠監督の作品は作画が異常に綺麗です。思わず見入るほどのレベルです。鈴芽と草太の恋愛要素というのが本作の主軸でした。主人公とヒロインの恋愛要素を主軸にするという方法は新海誠監督の作品の全てに適用されています。ただ、本作はサブ要素が今までの新海誠監督の作品と違っているように見受けられました。震災が起こる世界を描いており、その中で主人公が母親や叔母との関わり方が浮き彫りとなっています。鈴芽は初め、「死ぬことは怖くない」という発言をして、死を恐れず自ら扉を閉めようとします。つまり、自分の命を軽んじています。一方、草太も閉じ師という職を全うしながらも、教師を続ける決意をしています。本当は教師をしたいという思いが草太から見受けられました。ただ、家柄の関係で閉じ師も行っているのです。草太と鈴芽、双方に共通するのは自己犠牲の精神が強いという部分です。しかし、物語終盤の大事な局面で、双方「本当は死にたくない」という思いを吐露します。人が追い詰められた時、何でもできるとはこのことです。つまり、「ただ生きていたい」と自分本位に望んで生きていていいんだという一種の自己肯定なのではないか、と感じました。みんなの命を救うために、自分を犠牲にする姿は傍からみたらかっこいいですが、本当に犠牲になる本人は自分を犠牲にすることを望んでいるのでしょうか?かっこ悪くても良いのです。ただ、素直に思いの丈を述べることの重要性を本作で学びました。鈴芽みたく、「私は草太が好き」と思いっきり口にする素直さは羨ましく感じます。鈴芽と環は本当の親子ではない影響なのか、お互い言いたいことを言えないまま月日が過ぎています。本音を言い合う二人の喧嘩では、相手に言ってはいけない酷い言葉も飛び交います。ただ、この喧嘩のおかげで、二人の関係は一歩前進したように思えます。双方、スッキリしたのでしょう。人との関係は揉めないことも大切ですが、多少口汚くてもいいから思いっきり本音を相手にぶつけることも重要なのではないでしょうか?そうでないと、小さなストレスが少しずつ積み重なるような気がします。

 

監督 新海誠
脚本 新海誠
原作 新海誠
出演者
  • 原菜乃華
  • 松村北斗(SixTONES)
  • 深津絵里
  • 染谷将太
  • 伊藤沙莉
  • 花瀬琴音
  • 花澤香菜
  • 神木隆之介

 

 

 

 

 

 

 

 

 

田山 花袋 (著)

 

結構面白かった。田中が泣いて人をコントロールしようとするところは非常に腹がたった。自分は私小説が個人的に好みである。だからこそ、私小説の先駆けとなる本作は非常に相性が良かったのであろう。

 

時雄はまぎれもないクズである。妻帯者であるにも関わらず、芳子と一緒になりたいという思いから、芳子を縛っていくのである。ただ、そんな様も見ていて飽きないのである。

 

結局田中と芳子はその後、一緒になったものと思われる。考察によると、時雄は個人主義の皮を被った全体主義だと評されていた。自分とかなり似ている人間である。自分も時雄と同じ行動をとりそうで怖い。自分の内面がこれでもかと出ている小説は見ていて面白い。

 

本作は、島崎藤村が売れだして焦った結果、産み出されたものらしい。

 

家族の快楽の下りはかなりリアルであった。妻は子供に奪われ、子供は妻に奪われるという描写が死ぬほどリアルである。そのせいで寂寞から逃げることはできないとしている。自分もそうなりそうで怖いが、それを恐れて恋愛をしなかったり結婚をしなかったりするのは、もっと怖いのかもしれない。

 

失敗しても、その状況下の中でできる楽しみを享受しながら人生を歩みたいものである。

 

 

 

平坂 読 (著), ブリキ (イラスト)

マイスコア:80

テーマ:本編の裏側

基本『僕は友達が少ない』は主人公視点で物語が語られる。だから、本作では理科や夜空の視点で物語が語られることになる。特に良かったのは、夜空が初めて小鷹と高校で会うときの心情を描くシーンである。そこでわかったのは、夜空は小鷹に内心かなり惚れているというところである。二人でいれる理由付けのために隣人部をつくるというかなり狂気じみた行動を起こしている。ちなみに、自分は夜空と付き合いたい。夜空が光太という小学生と対等に話しているのを見て、自分もそうしようと感じた。あとは、ケイトが実はマリアをかなり好きであることがわかった。ケイトとマリアはお互いいがみ合っている印象しかなかったのだが、本当はべた惚れだったということだ。素直に感情に表したらいいのにと感じた。サブキャラであるペガサスのサブストーリーも本作で語られ、それなりに面白かった。個人的に本編ではないショートストーリーの詰め合わせは好きである。実はこうだった、というのが知れて嬉しい。それに加えて、意外と志熊理科は心のなかで結構口が悪く、付き合い辛いタイプの人間だということがわかった。理科は悩みがなさそうに本編では見えたが、内情は真逆であった。人それぞれ大小あれど、色々抱えて生きているのだなと感じた。

 

 

 

 

 

衣笠彰梧 (著), トモセ シュンサク (イラスト)

出版社:KADOKAWA

マイスコア:90

相変わらず面白い。久々にライトノベルを読んだが、やはり面白い。ライトノベルすべてが面白いとはいえないが、『ようこそ実力至上主義の教室へ』は面白い。綾小路を退学させようとする動きがあり、学校の上層部が敵というなんともやりづらい状況にはなっている。しかしながら、綾小路は相変わらず人間的な感情を全然持ち合わせていない。そのおかげで、極めて精巧な判断をし、行動に移すことができているといえよう。宝泉という人間はかなり龍園と似通っている。ただ、綾小路は龍園より宝泉のほうが劣っていると間接的に発言した。個人的には、龍園のほうが、もっと落ち着いて行動し、先を見据えて判断しているという感じがする。ただ、なぜ天沢が宝泉に協力したのかが、かなり意味不明である。しかも、天沢はAクラスである。Aクラスの人間が、宝泉と関わるメリットは、ほぼほぼない。むしろ、宝泉と関わっていることによって、周りから煙たがられたり、関わらないように仕向けられたりする可能性を十二分に含んでいる。そもそも、天沢はクラスで孤立していたと発言していたぐらいだ。だから、宝泉の提案に乗り、少しでも人間関係の網の目を大きくしようと考えたのかもしれない。堀北もかなり優秀であり、怒りにまかせて怒らないところも良い。須藤は堀北という存在がいることにより、自分自身が成長している感じがする。人に恋することにより、人間性が変わり、成長するということがあると感じた。いずれにせよ、面白い作品である。

 

 

 

ドストエフスキー (著), 亀山 郁夫 (翻訳)

出版社:光文社

面白い。物語としてちゃんと楽しめている。途中の長老との対話はよくわからなかったが、青空文庫版で読んだから、理解できなかったのであろう。光文社の亀山訳が非常に読みやすく、理解し易い。アリョーシャは非常に性格の良い印象を受けた。優秀かどうかはわからない。ドミートリーは、己の愚かさを自覚し、他人にそのことを話したりしているので、自分に似たところがあると感じた。イワンは、賢いが、冷笑的であり、観測する立場にずっと立っている。非常にいけ好かない。知識マウントもよく取るので、鼻につく。グルーシェニカは、無邪気すぎるがゆえに、性格が悪く写っている。多分、本人に悪気はない。カテリーナは個人的にあまり好まない。情緒不安定であり、実際に関わるとなると、非常に面倒そうである。ゾシマ長老は人間がどうあるべきかを追究している。そして、フョードルは作中一のクズである。正直見てられない。息子と同じ人を好きになったりしている。フョードルも情緒不安定である。フョードルをかばうアリョーシャは天使に見える。しかしながら、悪く言うと、単に事なかれ主義であり、穏便に問題を解決したいだけなのかもしれない。登場人物一人一人が非常に個性的である。著者は、はじめにストーリーのプロットを作っているというより、まずキャラ設定を作って、そのキャラが設定どおり動いた結果、このようなストーリになったという印象が強い。