佐藤刑事はなんとしても犯人を捕まえようと奔走する。ラストシーンで、暴走する佐藤刑事をなだめる高木刑事が存在した。高木刑事と佐藤刑事のコンビはかなりお似合いである。

 

爆弾犯は完全に逆恨みである。爆弾処理班である萩原研二と松田陣平が死んだ過去の事件と同じ犯人である。過去の因縁があり、松田陣平も親友の萩原を亡くしていたが、過去のことは忘れず、前に進むかは自分次第であることを示唆している。松田陣平がかっこよすぎる。じっくり考えてから犠牲になったのではなく、即座に自ら犠牲になることを選んだ松田にはリスペクトを送りたい。その時、高木刑事は宮本由美から佐藤刑事を守るよう言われていたので、自ら東都タワーに乗り込むことにしたのである。高木刑事はいつも大した尽力をしていないのに、おいしいところだけとっていくので腹立たしい。まるで、アニメ『コードギアス 反逆のルルーシュ』の扇要である。

 

萩原の死に関しては、完全に油断によるものであろう。自分のせいである。松田は爆弾処理に成功したのだから、萩原もできたはずだ。何事も油断大敵である。「警察は感情的になってはならない。いつでも公正に」というメッセージを高木刑事から教えられた佐藤刑事の姿もあった。

 

犯人は爆弾の解除方法を教えようとしたことはまだ良心の欠片があったといえよう。しかし、公衆電話を使う必要性あったか?身元特定されないためにそうしたのかもしれない。爆弾犯の二人組は一緒に住んでいたらしいし、お互い思い入れも深かったのだろう。犯人も心をいれかえて、更生していただきたい。まずは警察が殺したわけではないことを説明してからである。物事は少しずつ勧めていこう。

 

 

 

 

 

テーマ:被害者が悪であり、加害者が善である

 

一回見たことある話なので、結末は知っていたが、なかなかいいストーリーだった。


初期の名探偵コナンのエピソードは温かみがあっていい。初めのシーンで桜を家族3人で見に行ったりしている。素晴らしい家族である。

 

トリックとしては、水を溜めた上で斧で壊して水を放出するという斬新なトリックだった。まず和尚が人間として酷すぎる。


秀念は兄を和尚に殺されているので、その復讐として事件を起こした。和尚の声をあらかじめ録音し、警察に突き出したら殺さずに済んで秀念は逮捕されることはなかった。


和尚がトリックを考え、秀念はそのトリックに気づいたりしている。双方賢いといえる。




 

テーマ:勘違いからの犯行

 

太閤名人はなかなかに賢い。将棋で培った思考力が生きているといえる。コナンも相変わらず賢い。光彦もなかなかに博識である。コナンの影に隠れているので、初めわからなかった。香車の裏に書いてある7と3の真相は自分で暴くことができなかった。加藤清正の井戸に香車があったのだが、加藤清正は賤ヶ岳の七本槍の一人であるので、7という数字を使ったという結末だった。納得である。戦国時代の話は個人的に好きである。

 

だが、太閤が秀吉を指している事実を知らなかった太閤名人が、なぜ賤ヶ岳の七本槍のことを知っているのかは謎である。このあたりの設定は杜撰である。

 

3は天下三名槍を表し、そのうちの一つである日本号を持っているのは福島正則である。

7と3の間を貫いている逆T字の文字は墓地の地図記号を表しているのである。

 

考察していくと、名探偵コナンはかなり深い知識を駆使して謎を考えていることが重要だといえる。

 

因縁の将棋対決での一言も伏線として回収されており、カフェで出会った人が警官で山梨県までの道のりを協力してくれたりと、色々ときれいに物語が進んだ回であった。

 

 

 

 

 

テーマ:離れていても信頼し合う者たち

 

作画は古くて雑な部分もあるが、内容は申し分なかった。毛利小五郎妃英理のカップリングが好きなので、とても楽しくみれた。夫婦の愛が見れたシーンもあったので良かった。

 

「本当の愛というものは犯罪をかばうことで紡ぐのではなく、本人に罪を償わせた上で、そこからの更生を助力するものだ」

 

そういった意味合いの言葉をコナンが小五郎を通して発言していた。その通りである。

親子関係でもそうである。息子や娘の失敗を前もって取り除くのではなく、「可愛い子には旅をさせよ」の精神で息子や娘に失敗という経験を積ませるのが本当の愛なのだといえる。そういった精神がないと毒親が増えてしまうといえるだろう。

 

検察のマドンナである九条と弁護士の妃の対決も良かった。直接言葉にはしないが、女同士の心に秘める闘志が見て取れた。

ラストシーンでは、良いライバル関係を築けた描写もあり良かった。

 

その後、頬を赤らめながら小五郎を食事に誘う妃英理だが、小五郎はそんなことには気づかず、他の美人を食事に誘う顛末である。お決まりのパターンである。

いつもこの二人はすれ違っているが、お互い愛し合ってはいると思う。ちなみに、2人は離婚をしてないらしい。早く同居して欲しい。あなた達のイチャイチャを見たいんだ。佐藤×高木や新一×蘭もいいが、毛利小五郎と妃英理のカップリングが一番好きである。

 

今回の話はかなりの名作回であった。

犯人の女将も何か行動を起こす際は、よく考えて感情的にならぬよう気をつけてもらいたいものだ。

 

 

 

 

それなりに面白かった。しかし、前田が庇ってナイトバロンに化けたのは予想できた。よって、犯人が前田のフィアンセだということも予測できた。

 

ミステリーにおいて犯人がバレるのは御法度だといえる。フーダニットという要素をもっと極めれば良い作品になりえるだろう。

 

また、犯人が捕まった後も「待ってるからな」と発言したところはなかなかの粋なシーンであるが、「おいおい。あんた、蘭をナンパしようとしていただろ。」と思った。キャラがぶれていると感じた。

 

テーマ:素直に思いを伝えることの大切さ

 

木村はマネージャーを愛していたが、マネージャーが整形していたため、元々のマネージャーの顔に戻って欲しかった。

だが、素直に思っていることを言わず木村はマネージャーに辛くあたっていた。

その態度をみて、マネージャーも木村につらく当たる。

 

素直に思っていることを言っていれば、勘違いが生んだ殺人事件は起きなかった。

 

悲しい事件である。

 

この事件をうけて、コナンが蘭に気持ちを素直に伝える展開がなんとも粋である。

クリスマスプレゼントまで用意している。

 

私も思っていることを素直にいえる心をもてるよう精進しようと思った。

 

ださくてもいい。気持ちを伝えよう。

 

 

 

テーマ:ほのぼの回

 

平和回は嫌いではありません。

 

事の真相としてパンの作り方を教えてもらうための尾行であったことが判明しました。

前にも見た気がする回でしたが、お兄さんもとても熱心に美味しいパンを作るよう頑張っているようなので好感がもてます。

 

安室が出ている回は基本好きです。安室はコナンからも「あんたは何者だ。」と思われるほどの完璧超人です。

超絶ハイスペック人間です。羨ましいです。

 

原本の哲学書はなかなか難しい本が多いです。しかし、本書を読むことにより、様々な哲学書の内容を簡単に把握することができます。

 

現実世界で起きている様々な事柄と結びつけて解説をしているので、非常に頭に入ってきやすい内容となっています。

 

例えば、承認欲求を満たすためにどうすればよいのかをジャック・ラカンが答えてくれています。

それは「大文字の他者」に認められると良いと主張しています。SNSでのいいねは小文字の他者による承認だといえます。大文字の他者とは、「私たちの想像上のものであるにもかかわらず、それでいて私たちの行為の基盤となる秩序」のことです。つまり、自分自身を承認してあげればよいということでしょうか?

 

思い出したくない過去をフラッシュバックすることに関してもコメントしています。

 

  • ディオニュソス的な生→喜びも苦しみもある、振れ幅の大きい、自分の背負った運命に翻弄される生きかた
  • アポロン的な生→賢く理性的な生き方

以上の2つの生があるらしいです。ニーチェはディオニュソス的な生を勧めています。正直なところ、アポロン的な生にあこがれてしまいます。しかし、よく考えてみると喜怒哀楽の全てが詰まった人生の方が「生きている」という感じがするかもしれません。

 

古典本をよく読んでいらっしゃるライフネット生命保険創業者の出口治明さんもこうおっしゃっています。

 

人生の豊かさは喜怒哀楽の総量で決まる」

 

すごく良い言葉だと思います。

 

不幸な体験も幸せな体験もすべて因縁でつながっているとニーチェは主張しています。これを「永劫回帰」というらしいです。良い考え方です。ポジティブになれる哲学だといえます。

 

このように、日々の悩みを哲学者がわかりやすく回答してくれるという形をとっています。

哲学の入門書としてはぴったりの本だといえます。

 

 

 

 

序盤は戸部が海老名に告白しようとするシーンがあります。告白直前に比企谷が割り込んで告白することによって、戸部が傷つかないようにしました。比企谷は優しすぎます。私なら戸部に告白させて戸部自身が傷ついた後にフォローする形をとります。比企谷の行動は過保護の親と非常によく似ていると思います。過保護の親も子供の失敗をあらかじめ取り除きます。

 

「可愛い子には旅をさせよ」

 

このことわざを比企谷に贈りたいです。戸部の傷をあらかじめ取り除くということは、戸部が成長する機会を失うことにほかならないからです。雪ノ下や由比ヶ浜も比企谷のやり方を否定します。

 

「これでまた明日からいつも通り変わらないで済むかもしれない。けどさ、人の気持ちもっと考えてよ。なんでいろんなことがわかるのにそれがわからないの…。」

 

由比ヶ浜のセリフです。人の心理を見破ることと人の気持ちを理解することは違います。私も割と比企谷と同じタイプなので気をつけたいです。ただ、人の気持ちを理解できなくても、人の気持ちを理解するふりはできると思います。それにより、人に寄り添うことは可能だと思います。しかし、そういった言動をするのは比企谷のいう「本物」ではないです。だから、比企谷はそういった言動はしないと思います。

 

「きみのやり方では本当に助けたい誰かに出会ったとき助けることはできないよ」

 

平塚先生が比企谷にいったセリフです。比企谷の助け方はわるくいうと「ごまかし」でしかないので、いつかがたがきます。

 

「問題の根っこはひとつなんだよ。心だ。分からないか?ならもっと考えろ。計算しかできないなら計算しつくせ。全部の答えを出して消去法で一つずつ潰せ。残ったものが君の答えだ」

 

8話で平塚先生と比企谷がドライブし車に降りて橋で話し合うシーンでのセリフです。心とは考えてもわかるものではありません。しかし、比企谷は人の気持ちを理解できないので、比企谷自身の長所を目一杯使うしかないのです。

 

ここで漫画『アイシールド21』のヒル魔の名言を紹介します。

 

ないものねだりしてるほどヒマじゃねえあるもんで最強の戦い方探ってくんだよ一生な」

 

こちらの名言と平塚先生のセリフは被るところがあると思います。比企谷の「あるもん」は、洞察力計算です。それをひらすら磨けばよいのです。

 

傷つけないことはできないんだ。人間存在するだけで無自覚に誰かを傷つけるものさ。生きていても…死んでいても…ずっと傷つける。かかわれば、傷つけるし、かかわらないようにしても、その事が傷つけるかもしれない。」

 

個人的に好きな名言です。人間は自分に近しい人間に接するときほど自己犠牲な行動をとりがちです。そして、我慢もしがちです。でも、それではいけないのです。

「傷つける覚悟をして関わる」

この言葉を胸に行動したいものです。

 

「この時間がすべてじゃない。でも、今しかできないこと、ここにしかないものもある、いまだよ比企谷、いまなんだ。考えて、もがき苦しみ、あがいて悩め、そうではなくては本物ではない…

 

  • 中学生のときにしかできないこと
  • 高校生のときにしかできないこと
  • 大学生のときにしかできないこと
  • 社会人のときにしかできないこと
  • 晩年のときにしかできないこと
5つともあると思います。に焦点を当てて、過去は振り返らない。そのぐらいがちょうどいいのかもしれません。
 
そして、作中屈指の名言。
 
「俺は本物がほしい…」
 
俺ガイル好きなら全員知っているセリフです。ここでいう本物とは、欺瞞や嘘がない本音で話し合う関係を指していると思います。この名言が出る以前も、比企谷は嫌味っぽく発言するシーンは多々ありますが、全て本音です。だから、「俺は本物がほしい…」と発言をすることに矛盾はありません。比企谷の気持ちは痛いほどわかります。かくゆう私も割と本音ベースで話す人間であり、嘘や欺瞞でうまく立ち回る人がすごく気持ち悪く見える時もありました。
 
「そんな会話して何が面白いのかわからない」
 
そうやって尖っていた時もありました。ただ、それではうまく社会で生きていくことができないのです。比企谷もそれをわかっている上で、発言をしているのはわかります。しかし、いつか諦めがくるでしょう。高校、大学、社会人とステップを踏む内に、本音ベースの対応が通用しなくなるのです。人生、難しいものです。
 
比企谷は理想主義者であり、かなり人間関係に苦しんでいるとは思います。しかし、比企谷が必死にもがいている姿というのはかなり勇気がもらえます
 
次は、雪ノ下のセリフです。
 
「比企谷くん、いつか私を助けてね。」
 
こちらも名シーンでのセリフです。雪ノ下は何でもできる完璧超人であり、自分の意志で行動できる人というイメージがありますが、実情は全く違います。このセリフからも分かる通り、基本受け身です。自分発信の行動がありません。家庭環境によって、そうなってしまっていると感じます。だから、雪ノ下は被害者です。
 
姉の陽乃はかなり性格が悪いです。嫌味っぽく人の心理を指摘します。そういった部分では比企谷と陽乃は共通しているといえます。しかし、決定的に違う部分があります。比企谷は他人優先であり、陽乃は自分の快楽が優先されます。だから、陽乃が関わると比企谷の周りの関係がおかしくなります。一言で表すと「破壊者」です。しかし、陽乃も被害者です。親のレールに敷かれた人生を送っており、ストレスが溜まっているのだと思います。
 
最終話では、比企谷自身が雪ノ下や由比ヶ浜に対しレッテルをはっていたことに気づきました。雪ノ下には「強い」、由比ヶ浜には「優しい」。でも、内情は違いました。そういう理想を押し付けていたのでした。それに比企谷自身が気づいたので、今後はより鋭い観察眼で社会を見据えることができるでしょう。
 
本作は人間関係を学ぶという意味ではうってつけの作品だと思います。
みなさんに何度でも見ていただきたい作品です。
 

 

原作:青山剛昌

脚本:大倉崇裕

制作会社:トムス・エンタテインメント

 

テーマ:トリックの聡明さ

キーワード:キッド、京極、宝石

 

一連の事件はレオンによる犯行だった。シェリリン・タンは事前に殺されており、レイチェルがなりすましてショッピングモールで死んだように見せかけていたのだ。


しかし、レオンにはアリバイがあった。


犯行動機に関しては、自分の都市計画の内容を馬鹿にされたので、街を破壊するという強硬手段に出たというのが真相だ。コナンでたまにある訳の分からない犯行動機が出たという感じだ。


苛つくのはわかるが、何も街を破壊することはないと見受けられる。レオンは感情のコントロールをしっかりしたほうがよいと見受けられる。

 

本作はコナンとキッドの共闘だったので良かった。普段敵同士だが、映画内では手を取り合う関係性はなかなかに良かった。


キッドはバッファを常に取っており、「いつでも最悪の状況を考えている」とのことであった。実生活にも活かせそうなセリフである。


水で溺死しそうになった際、銃で風穴を開け管から脱出した。


キッドは最終的に宝石をレオンに返したので、何をしたかったのかよくわからない。


キッドは他のセリフでも良いことを言っており、「手を握った中身はないのにあるように見せるのがマジシャンで、その中身を言い当てるのが探偵のしごとだろ。」といったきざなセリフを吐いている。


宝石自体にはあまり意味はなかった。

 

京極さんは相変わらず口下手だが、かっこいい。何かを守る男は強い。


レオンから渡されたミサンガも役に立ったようだ。

 

リシ・ラマナサンも父親を殺されなければ、逮捕されることはなかったので残念である。しかし、最後に鈴木財閥のご令嬢である園子を誘拐して身代金をぶんどろうと目論むあたり、かなりの悪党といえるだろう。