
マキャベリ (著), 夏川賀央 (翻訳)
※括弧書きの部分は本書の文を引用しています。
素晴らしい本でした。一般的なイメージとしてマキャベリは、悪逆非道な印象がついていると思いますが、そうではないことが本書でわかりました。タイトルが「君主論」となっており、「君主とはこうあるべき」というメッセージが含まれています。しかし、我々にも十分有用な知識が詰め込まれています。
「悪をもって行動するときは、恨まれないように一回だけ一気呵成に物事を成し遂げる」というメッセージがありました。確かに一回限りだと恨まれる確率は減るかもしれません。現実世界でも人間性が良いだけで物事を成し遂げることができるわけではありません。毒を以て毒を制すときがあります。そういったことをマキャベリは伝えたかったのではないかと思います。
そして、恩恵を与えるときは小刻みに長く与えるのが良いとしています。一気に恩を売ってしまうと、その後の恩を売れなくなってしまうのを危惧して小刻みに与えることを重要視しているのだと思います。現実世界に当てはめると、細かい気遣いだったり、配慮だったりを長く与えるのが良いと考えられるでしょう。そうすることで、その人は、自分は永遠に愛されるように感じるらしいです。かなり腹黒い考え方です。
「もし軽く傷つける程度で処したならば、彼らは復讐する力を残します。深い傷を負ったならば、そんなことはできなくなるでしょう。」
傷を負わせるならば、徹底的にやるべきだと一刀両断しています。身も蓋もない発言ですが、物事の芯をついている発言だと言えます。
「人が人に危害を加えるのは、その人を恐れてか、その人を憎んでかのどちらかです。」
現実世界でも、聞こえるように嫌味を言ったりしている人がいます。大体、その人を恐れているといえます。
「兵糧を蓄え、城塞の守りを固めなさい」
孫子の兵法でも、まず守りを固めることが重要だと説いています。孫武とマキャベリの意見が共通したととらえることができます。
「人間の浅はかな知恵は、最初に「こうしたほうがいい」と思いつくと、その発想に隠れている毒を無視し続けます。」
一貫性の法則を認識した上で、行動する必要がありそうです。
そして、君主は軍事に関する技術を極めないと行けないと主張しています。パン屋が軍事の技術を磨いても意味がありません。傭兵がパン焼きの技術を学ぶ意味は薄いです。自分が必要な知識を学び、それ以外は切り捨てるぐらいの感覚がいいのかもしれません。
思慮深く振る舞うことも重要だと主張しています。君主の場合、特に民衆と深く関わることがないので、一般人より第一印象がかなり重要であるといえます。
偉大な王はすべからくケチであることが示唆されています。豪快にお金を使う王は例外なく破滅の一途をたどるのは自明の理です。だからこそ、太っ腹な行為は愚の骨頂だと断言しています。
愛されるより恐れられる方が攻撃されないとも主張しています。同感です。ただし、憎まれてはいけないともいっています。人に対して協調の意志をもって接するが、なめられないように立ち振る舞う必要があるということでしょうか?
君主はライオンと狐の二面性を持つ必要があるとも主張されています。ライオンの獰猛さと敵の罠を見抜く狐の観察眼や狡猾さの双方をもつという意味らしいです。
善人である必要はないが、そう見せかけることが肝要だといっています。腹黒い性格を肯定している発言です。
人が最も憎まれやすいのは強欲であることとしています。哲学者のセネカも強欲の人間を軽蔑していました。無欲に穏やかに生きるのが一番だといえます。
「賢明でない君主は、他人の助言など受け入れられない」
私は他人の助言をスルーするタイプなので、気をつける必要がありそうです。つまらないプライドは折るのが一番です。
状況に応じて自分の行動を臨機応変に変えることが肝要だといっています。適応能力はいつの時代も重視されています。チャールズ・ダーウィンが書いた「種の起源」でもそう主張されています。
本書のラストメッセージでは、ペトラルカの詩を引用し、高潔さは暴虐を打ち破ることが示唆されています。
時には非道な行動も必要ですが、根底の部分では高潔さをもってものを成し遂げる必要があるといえます。