原作:青山剛昌

脚本:大倉崇裕

制作会社:トムス・エンタテインメント

 

テーマ:吊り橋効果

 

もっと和葉と平次のイチャイチャが見れるかと思いきや見れなかった。

和葉が平次と紅葉がくっつくのを阻止するため、かるたを一生懸命に練習する姿には惚れた。まっすぐな女の子はやはりかわいい。

紅葉は正直あまり好まない。なぜかいけ好かない。

 

事件の真相としては、皐月会の威信を守るため、阿知波が仕掛けた事件であった。正直動機が死ぬほどしょうもない。変なプライドと見栄さえはらなければこんな事件はおこらなかっただろう。名頃が可哀想である。初恋の相手に勝つために頑張ったのに、その初恋の相手に殺されるとは皮肉なものである。関根も巻き添えである。

 

本作から学んだことは、見栄をはる人間にはならないでおこうということだ。阿知波皐月が一番酷い。相手に負けて人を殺しているので狂っている。余程自分のアイデンティティーがかるたに偏っていたのであろう。その後、病死したのはバチが当たったのだろう。

 

犯人が判明するまでの証拠集めも雑だったので残念である。本作は主題が恋愛なので、動機も恋愛がらみにしたのだろう。

 

ラストシーンでは、コナンが蘭に告白ともいえるかるた札をメールで送って終了である。ベタなシーンである。

 

平均的な作品だと感じた。

 

 

 

 

原作:青山剛昌

脚本:櫻井武晴

制作会社:トムス・エンタテインメント

 

テーマ:安室透のスタイリッシュさ

 

期待した割には平々凡々な作品だった。悪くはないとは思う。黒の組織が関わっていないと迫力が小さく感じる部分はある。東京サミットの会場が爆破したり、IoTテロが起きたり、人工衛星が地球に墜落しそうになる。公安警察に恨みを持つ検察庁側の人間による犯行だった。犯罪の仕方はインテリジェンスな方法を用いていたので期待はしていたのだが、いまいちパッとしなかった。内容を把握するのに少し戸惑った部分はある。警察関係の立場上の知識については勉強になったので、プラスである。公安検察と公安警察では、後者の方が権力をもっていることを知った。

 

『名探偵コナン ベイカー街の亡霊』というメッセージ性がかなりある作品の次に見たので、見劣りした部分は否めない。

 

しかし、安室透は私も好きなキャラなので、活躍してくれて嬉しい。

終盤のシーンは男でも惚れる。

 

 

 

 

 

原作:青山剛昌

脚本:野沢尚

制作会社:トムス・エンタテインメント

 

テーマ:人間の可能性を信じた天才

 

諸星が銃を使ったことで4人消滅したことに対し、コナンに謝るシーンがある。しかし、コナンは「まぁ、済んだことは悔やんでも仕方ねぇよと言い放ち、灰原はあなたたちがそう思い始めただけでも一歩前進なんじゃない?」と子供らしくない大人な発言をする。なぜ周りの人間は、この二人がアポトキシンで体小さくなったことに気づかないのか不思議である。その後、蘭が「そう。これからどう行動するかよみんなのために頑張りましょと発言している。蘭は良い人である。色々言われているが、個人的に好きなキャラである。その後、諸星達の顔つきが変わる。まるで自分に言われているみたいな気分になった。そして、アイリーン・アドラーを助けて感謝されて、「人に感謝されたのって初めてだな……。」 「い、いいもんだね……。」と死に際に諸星グループの二人が言い放つ。悪ガキが更生する姿は何度見ても気持ちのいいものである。まるで昔の自分を見ているようである。

 

トマス・シンドラーが犯人である。動機としては、自分がジャック・ザ・リッパーの末裔であった事実に対して口封じをするというものだった。この動機に対し、工藤優作は「殺人者の血が何です!世間の目が何です!どうして戦おうとしなかったんです!!」と発言している。本当にそうである。劣等感を感じるのはわかるが、その事実は変わらないのだから、受け入れて生き抜くしかないのである。

 

蘭が身投げする際、工藤新一のセリフを思い出す。工藤新一にはシャーロック・ホームズの好きなセリフがあるようだ。

 

君を確実に破滅させることが出来るならば公共の利益の為に僕は喜んで死を受け入れよう

 

そのセリフとともに、蘭は身投げをして、ジャック・ザ・リッパーを道連れにする。

 

ゲームクリアは諸星とコナンに懸かっている。50人の命がかかっている。コナンは落胆する。いつも冷静沈着で頭も切れるが、蘭のこととなるとメンタルは激弱である。落ち込んでいるコナンに諸星は胸ぐらを掴みながら、熱いメッセージをおくる。諸星が好きになった。電車の連結部分を切り離すには蘭を含め三人の力があればできる計算だったが、蘭は死んだのでできない。コナンは諦める。そこにシャーロック・ホームズが現れて、こう言い放つ。

 

「人生という無色の糸の束には、殺人という緋色の糸が一本混じっている。ぼくらの仕事はその糸の束を解きほぐし、緋色の糸を引き抜いて、端から端までを明るみに出すことなんだ。」
 

そのセリフでコナンは一番後ろの車両に行き、樽を割りまくって、車両全体を赤ワインの液体だらけにする。その状態で追突直前に潜ることで衝撃を回避したのだ。機転の効いた子である。素晴らしい。

 

そして、諸星はヒロキ・サワダだった。衝撃である。私はかなりの映像作品を見てきているのに勘が悪い。ヒロキ・サワダはコナンたちを危険な目に合わせながら、子どもたちにゲームをクリアするよう期待していたのである。金持ちの子どもたちが親の力を借りずにゲームクリアすることで成長させてあげようとしていたのではないかという予測もできる。ヒロキは最後に「現実世界の人生はもっとむずかしい。」と発言し、ノアズ・アークごと葬り去った。ノアズ・アーク、お前のことは忘れない。金持ちの子どもたちに大事なことを教えてくれた。

 

最後に工藤親子による会話で終了する。「お前にしては遅かったな。」と素直に褒めない優作だが、逆にいうとそれだけ息子を信頼しているということだ。他の子供達の親たちは泣きそうになったりしていたが、工藤優作だけは表情一つ変えずにいた。工藤親子の関係性はとてもしびれる。ノアの方舟という伏線も回収された。ヒロキは友達と一度こういった楽しいイベントをしたかったらしい。悲しい。ヒロキ、あの世で幸せに生きてくれ。トマス・シンドラーは万死に値する。

 

なんかいいもの見た気分だ。

 

 

 

 

テーマ:ギャグ

 

ギャグ回である。『紅の修学旅行』とは大違いである。

 

スマイルの里の理事長夫婦が、お金持ちの入居者のお金を利用し、ドバイに新たなスマイルの里を作る計画を立てるというのが事の真相であった。それを盗み聞きしていた少年探偵団のコナンが結局サッカーボールでふっとばし、事件は解決する。用心棒のオンドに事情を説明して解決したので、何事も人に主張することが重要であることを学んだ。ギャグ回から学ぶことがあるとは思わなった。アニメもアウトプットとして感想を書くことは重要だと感じた。ただアニメを見るだけではここまでのことに気づけなかっただろう。

 

笑顔のふりしているのに、実は自分の利益しか考えていない理事長夫婦のような人たちは嫌いである。ただ理事長夫婦は立ち回りがうまいと思うので、非常に腹立たしい。しかしながら、ドバイにスマイルの里を立てたり、十二単を着たりとドーパミン的幸福しか追い求めていないので、理事長夫婦は本当の幸せというものを知らずに死ぬのだろうなと感じた。

 

 

 

 

メタスコア : 91

 

変なゲームだった。面白くないことはない。いまいち何が伝えたいのかよくわからないゲームだった。最後に、怪物の中に取り込まれるというラストは想像がつかなかった。タイトルの伏線回収もしっかりしている。

 

元々主人公は追われる身であった。人間たちが排除しにきたという解釈で合っているのだろうか。人造人間を作っている描写も多々あった。労働力の確保だろうか。本作の素晴らしいところは、怪物視点でキャラを動かす点である。つまり、人間ではない主人公が怪物にとりこまれ、その怪物を操作し、街を破壊する瞬間はかなり爽快感があった。怪獣の気持ちがわかった。

 

結局人間が一番恐ろしいというありきたりなメッセージを伝えたかったのだろうか?本作によって、人間に対して嫌悪感を抱いた。人間は自分たちの都合という尺度でしか物事を判断していないことがわかった。

 

隠しエンディングもした。十数個のキーが必要だったので、それなりに苦労した。主人公が実験動物であることを察した場面で終わった。

 

全体的に不思議な雰囲気でゲームは進んでいった。

 

 

 

 

24時間読書生活

 

ルール

  1. 食事と筋トレと睡眠とブログを書いている時間は読書をしなくてもよい
  2. スマホは使用しない
  3. 電子書籍は良しとする
  4. 1以外の時間は全て読書に時間を費やす
みなさん、昔流行った『いきなり!黄金伝説。』という番組をご存知でしょうか?
かくゆう私もよく見ていました。特に好きなのは、オードリー春日さんの1ヶ月1万円生活です。この生活をみて、私は興奮していました。それと同時にこう思いました。
 
過酷な環境下で楽しめる人は最強だ」
 
春日さんはその生活を苦痛と思わず、楽しんでやっていました。映画『バトル・ロワイアル』の桐山も自ら望んでバトル・ロワイアルに参加して、ゲーム中も楽しんでいました。桐山の場合はやり過ぎですが、私もこういったタイプの人間に憧れたので、今回は全時間読書に費やすよう画策しました。
 
唐突な告白になりますが、私は縛りプレイが好きです。SMプレイのことではありません。追い詰められるのが好きなので、今回の企画は自分に向いているのではないかとたかを括っていました。
 
現在午後20時52分なのですが、スマホのスクリーンタイムは6時間56分となってしまいました。全然ルールを守れてません。
 
読書に関しては、たまに電子書籍で本を開くのですが、30分ほどするとスマホをいじっている始末です。今回は7時間ほど寝てしまったので、21(夜0時~夜21時)ー7(スマホ)ー7(睡眠)ー1(食事)=6時間は読書していることになります。それでも頑張ったほうだと自分では思っています。
 
敗因としては、無理矢理読書している状態が続いたことにあるかもしれません。古典本を読んでいたのですが、全然文字が頭に入ってこず集中ができませんでした。まずは読書を楽しめるよう意識した方がよいのかもしれません。
 
今後もやっていきます。

 

桜井画門(著)

 

永井圭は冷酷でサイコパスな印象が強いです。しかし、自分が人体実験されている際、IBMを動かして医者たちを全員殺すことができたのにもかかわらず、それをしませんでした。なぜなら、ここで全員殺してしまうと、命をかけてくれた海斗に面目が立たないからです。このシーンから、永井圭にも情が深い部分が存在することがわかります。

 

中島啓介は永井圭が亜人だと発覚した後も、永井圭を心配していましたが、そのせいで彼女にふられたことを契機に、永井圭を心配するのをやめ、自分がおかしかったことに気づきました。自分の近しい人間を初め心配していましたが、時間がたつにつれて心配する気持ちが薄れていく展開が妙にリアルでした。

 

中村慎也事件は、断頭によるアイデンティティ崩壊と、フラッド現象の謎を提示するための材料です。しかし、断頭されても断頭以前の記憶は新しい脳に保持されているので、理論上は何も問題がないといえます。中村慎也の友達である裕介は、中村慎也がフラッド現象を起こすためのキーという役割でしかないと思います。

 

 

 

 

 

マキャベリ (著), 夏川賀央 (翻訳)

 

※括弧書きの部分は本書の文を引用しています。

 

素晴らしい本でした。一般的なイメージとしてマキャベリは、悪逆非道な印象がついていると思いますが、そうではないことが本書でわかりました。タイトルが「君主論」となっており、「君主とはこうあるべき」というメッセージが含まれています。しかし、我々にも十分有用な知識が詰め込まれています。

 

「悪をもって行動するときは、恨まれないように一回だけ一気呵成に物事を成し遂げる」というメッセージがありました。確かに一回限りだと恨まれる確率は減るかもしれません。現実世界でも人間性が良いだけで物事を成し遂げることができるわけではありません。毒を以て毒を制すときがあります。そういったことをマキャベリは伝えたかったのではないかと思います。

 

そして、恩恵を与えるときは小刻みに長く与えるのが良いとしています。一気に恩を売ってしまうと、その後の恩を売れなくなってしまうのを危惧して小刻みに与えることを重要視しているのだと思います。現実世界に当てはめると、細かい気遣いだったり、配慮だったりを長く与えるのが良いと考えられるでしょう。そうすることで、その人は、自分は永遠に愛されるように感じるらしいです。かなり腹黒い考え方です。

 

「もし軽く傷つける程度で処したならば、彼らは復讐する力を残します。深い傷を負ったならば、そんなことはできなくなるでしょう。」

 

傷を負わせるならば、徹底的にやるべきだと一刀両断しています。身も蓋もない発言ですが、物事の芯をついている発言だと言えます。

 

「人が人に危害を加えるのは、その人を恐れてか、その人を憎んでかのどちらかです。」

 

現実世界でも、聞こえるように嫌味を言ったりしている人がいます。大体、その人を恐れているといえます。

 

「兵糧を蓄え、城塞の守りを固めなさい」

 

孫子の兵法でも、まず守りを固めることが重要だと説いています。孫武とマキャベリの意見が共通したととらえることができます。

 

「人間の浅はかな知恵は、最初に「こうしたほうがいい」と思いつくと、その発想に隠れている毒を無視し続けます。」

 

一貫性の法則を認識した上で、行動する必要がありそうです。

 

そして、君主は軍事に関する技術を極めないと行けないと主張しています。パン屋が軍事の技術を磨いても意味がありません。傭兵がパン焼きの技術を学ぶ意味は薄いです。自分が必要な知識を学び、それ以外は切り捨てるぐらいの感覚がいいのかもしれません。

 

思慮深く振る舞うことも重要だと主張しています。君主の場合、特に民衆と深く関わることがないので、一般人より第一印象がかなり重要であるといえます。

 

偉大な王はすべからくケチであることが示唆されています。豪快にお金を使う王は例外なく破滅の一途をたどるのは自明の理です。だからこそ、太っ腹な行為は愚の骨頂だと断言しています。

 

愛されるより恐れられる方が攻撃されないとも主張しています。同感です。ただし、憎まれてはいけないともいっています。人に対して協調の意志をもって接するが、なめられないように立ち振る舞う必要があるということでしょうか?

 

君主はライオンと狐の二面性を持つ必要があるとも主張されています。ライオンの獰猛さと敵の罠を見抜く狐の観察眼や狡猾さの双方をもつという意味らしいです。

 

善人である必要はないが、そう見せかけることが肝要だといっています。腹黒い性格を肯定している発言です。

 

人が最も憎まれやすいのは強欲であることとしています。哲学者のセネカも強欲の人間を軽蔑していました。無欲に穏やかに生きるのが一番だといえます。

 

「賢明でない君主は、他人の助言など受け入れられない」

 

私は他人の助言をスルーするタイプなので、気をつける必要がありそうです。つまらないプライドは折るのが一番です。

 

状況に応じて自分の行動を臨機応変に変えることが肝要だといっています。適応能力はいつの時代も重視されています。チャールズ・ダーウィンが書いた「種の起源」でもそう主張されています。

 

本書のラストメッセージでは、ペトラルカの詩を引用し、高潔さは暴虐を打ち破ることが示唆されています。

 

時には非道な行動も必要ですが、根底の部分では高潔さをもってものを成し遂げる必要があるといえます。