ALECA 小濱白光の素敵な陽だまり -8ページ目

ALECA 小濱白光の素敵な陽だまり

依美澄卑親呼は宝物の名。小濱白光は進化した名。しかし、どちらにも許しと道があった。

それぞれの道と意味を、私はいま味わっています。

おはようございます。 松伏は今日も快晴。 


新春の清清(すがすが)しい冷たい空気は、私の気持ちを引き締めます。


広々とした青空の真ん中で、真っ白に輝く太陽は、私の行く末を暗示しています。


私がいつも、明るく強くあらねばならない事を、見せ付けてくれているのです。


私は松伏の空が好き。 広々として青い。



その昔、私は言った。

「もっと人々に近づくために、私は地上に降りた太陽になる」と。

誓うようにして言ったのに、

それに対してわが神は、なんと(易経で)答えたか。


「地上に降りてはいけない。それは夕日のようで、すぐに沈んで役にたたない。

 中天で輝く太陽でいなさい」と。




この答えのずっと前から、易経は私に 「雷火豊 初九。」を、言い続けた。

「雷火豊 六五。」も。  (らいかほう しょきゅう。 らいかほう りくご。と、読みます) 




私はその答えに、気が付かなかったのだ。 


何か人の役に立ちたいと、思い続けていた。


でも、そのやり方は、「地上に降りた太陽になる」やり方では、なかったのである。

それに気が付くのに、何年もかかってしまった。


人にはみな、その人のやり方が、ある、と言う事だ。


いくら自分が望んでも、許されないやり方が、ある、という事なのだ。


そして、山をひとつ越えるという事は、そんなにたやすい事ではない、という事なのである。



自分に対する真理を理解するのに、何年もかかる事などは、私にとってはいつもの事だった。


ですから、あなたが道を進むのに、四苦八苦する事は、


私にとっては、よく理解のできる苦しみなのです。



ですから、恥ずかしがる事も、悩みすぎる事も何もないのです。


あなたが進んでいれば、私には「幸い」と、感じられるのです。


あなたはよく自分の道を捜して、苦しみに耐えています。


そのことを私は尊重します。


幸福な日々が来て良かったね。


あなたと、あなたのお母様と、あなたの親族にとって、大きな「幸い」です。


(修行を)やめず、あきらめず、最後まで、幸福を追い求めていきましょう。



そのためのお役に立てるのなら、私は、本望です。


あなたがいくつもの山を越える姿を見られるのなら、私は幸いな者と、呼ばれるでしょう。


あなたの健康と、安全を、祈念していますよ。


世間はかまびすしい(やかましい)ものですが、


それに流されない強さを、あなたが見つける日を、いつまでも待っています。




               H21.1.26 (月)  pm12:07  記   光明心殿  小濱白光



追記


  豊卦(ほうか)とは、       (岩波文庫 ワイド版 易経 下 p154 参照)

    「豊(ほう)は、亨(とお)る。 王これに仮(いた)る。 憂うるなかれ。 日中に宜(よろ)し。

     豊は、大なり。 明にしてもって動く、ゆえに豊かなり。

     王これに仮(いた)るとは、大を尊ぶなり。

     憂うるなかれ、日中に宜しとは、宜しく天下を照らすべしとなり。


     豊は豊大なり。盛大の意。卦(か)徳の明にして動き、勢いの盛大なるに取る。

     盛大なれば亨通(きょうつう)するのは道理であり、王者はまさにここに至り得るものである。

 

     もちろん物事は盛大の極に至れば傾きやすいが、いたずらにこれを憂うる必要はない。

     つねに日の中天にかかって天下に照臨(しょうりん)するごとく、

     豊大の勢いを保持する事を心がければよろしい」 という内容です。


 「雷火豊 初九。」とは 、 (らいかほう、しょきゅう)

    「その配主に遭(あ)う。 旬(ひと)しといえども、咎(とが)なし。

     往(ゆ)けば尚(たっと)ばるることあり。

     旬しといえども咎なしとは、旬しを過ぎれば災いあるなり」 という内容です。


     等しいと思ってもいいが、思い上がって過ぎては、災いもあるのだぞ、気をつけよ。と。


 「雷火豊 六五。」とは、  (らいかほう、りくご)

    「章(しょう)を来(きた)せば、慶誉(けいよ)あり。 吉なり。

     六五の吉とは、慶(よろこ)びあるなり。


     自分一人では天下の政治をとりしきるほどの才徳は持たぬが、

     美しい章(あや、もよう)にもたとうべき道徳の持ち主である下位の賢臣を招きよせて

     その協力を求めれば、慶福と名誉を得られて、吉である。

     六五が吉であるというのは、慶びを得られるからである」 という内容です。



これらは私に、中天に輝く太陽と旬(ひと)しくても良ろしいという事を、許してくれた瞬間だった。


易経はこの他にも、多くのことを示唆してくれた。


私に、自分を見くびらない事と、人を見くびらない事を、教えた。


人は未知のものには不勉強なくせに、謙虚さが足りない事も、私に教えた。


 







(前向きにというコメント、読みました。 良かったねと思っています。非公開にしないでとも思いました)


私は、あなたの喜びを感じていると書きましたよ。



あなたがとても良くなったと思っていることは、私の経験からもよく分る事です。


また、返事がないのを不安がって、

いつでも、何度でも、あなたは素敵ですよと言ってもらいたいのも、

自分の経験からも、よく分る態度です。


私にもそういう時期があって、いつでも、何度でも、わが神にほめられたかった事を

思い出します。

でも、それは、弱い態度で、その弱さを、何度も手厳しく注意された事をも、

思い出すことが出来ます。

      

           

あなたはコメントに、私の返事がないのは、思い込みするなと言う事でしょうか、と書きましたが、

私がそんな風には考えない人間だと言う事は、思わなかったのですか。



返事がほしいのに、返事を書かなかった私が悪いです。

あなたは頭が良くカンが鋭いので、一概に思い込みだとは言いたくありません。


でも、時として、そのカンの鋭さが、自分を傷つけるのではないでしょうか。

しかもそのカンの鋭さは、本来持っているものですから、消す事もかなわない。

自分が自分を傷つけてしまう。

      

あなたの幸福と、不安感を感じていますよ。

でも、あなたの態度は、私に対するそれこそ思い込みで、人を勘ぐる態度です。


「もっと強くなれ」 

私は人を勘ぐるなとも書きました。

なぜなら人は、100パーセント理解する事など、出来ないからです。


だから「愛せよ」なのです。


80パーセント良かったら、100パーセントと思って丁度良い。

それぐらいの精度で丁度良いのです。

人間は、半分目をつぶる、ちょっと鈍(なまく)らなぐらいの刀(かたな)で、丁度良いのです。


(あなたがもし切れ味鋭い刀だったら、きっと人も殺すが、自分も傷つくでしょう。

 切れ味鋭い名刀は、鞘(さや)におさまって博物館の中にあるものです。

 名刀を抜き身でぶらさげて市中を歩いたら、危険です。銃刀法違反ですよね)


もし仏さまが、半分目を伏せておらず、あなたをじっと見据(す)えたら、

怖(こわ)く感じる時もあるでしょう。 なぜなら、それは、許しの態度ではないからです。


仏さまに詰問(きつもん)されて、耐えられる人がいるのでしょうか。

ですから半目(はんめ)にしているのです。

ずっと昔から、仏師たちは、知っていたのです。人間が弱いことを。


キリスト像を彫った人たちでさえ、詰問するような目線にはせず、

視線を落としているのです。


私達にはきっと、キリストへの責任を詰問されても、耐えられる人はいないからです。

ただ共に涙し、愛を誓うことしか、出来ないのです。


この世にはすでに叡智(えいち)がちりばめられている。

それを、よく学ぶのです。 


小さな自分にしないで、より広く、より大きく見極められる

澄んだ瞳を、持とうではありませんか。


澄んだ瞳と半目は、対立しません。

心に深く分っているからこそ、半目でいることだってあり得るのです。



ですから、自分の(小さな)思い込みに振り回されない態度は、立派な態度です。

恨(うら)むことも、憎(にく)むことも、立派な人のする態度ではありません。


ただただ現実を(澄んだ瞳で)直視し、なにが問題なのかを、しっかりと認識する事が出来れば

あなたのすぐ近くに、幸福は存在しているのです。


私はあなた (皆さんすべて)を大切な知人、親友だと思っています。

同じ時代を生きる、同志だと、思っています。


一翼をになうのです。 なんの? それはあなたが決める事です。

自分を構築するのです。 あなたの、好きと思うように。



                H21.1.24 (土)  am10:54 記   光明心殿  小濱白光



追伸   もし私が手厳しいと言うなら、それは当然ですよね。

      あなたを信じているからです。


      あなたの中にすでに存在している、尊いものを、揺り動かしたいのですから。


      あなたにはきっと使命がある。


      それを見つけるまでは、手を緩(ゆる)めませんから。


      その時ともに涙し、笑いあうためです。













      


      

 


こんにちは。 皆様はいかがお過ごしでしょうか。 心なしか春が近づいたような温暖なわが松伏町です。


(17歳7ヶ月で、特別枠でマスターズに出場決定、石川遼君。 おめでとうございます)




吉名のお嬢さんが一人誕生して、今日は気分がいいです。


今日は余裕と言うことばについて、考えてみたいと思いました。


余裕の余という字は、本字では16画で、裕という字は本字では13画。合計して29画となります。

鈴木一朗さん(イチロー選手)と同画になります。


地に栄える水の数で、何事も突破していく男の数字です。


(丁度これを書いているときに、埼玉新聞から広告の依頼がありました。

 松伏町 町制40周年のお祝いに、どうか協賛してくださいとの事。

 松伏町出身の石川遼君もマスターズに行きますし、そのお祝いもかねていかがでしょうか。と。

 私はそういうのに弱くて、断れないのです。 埼玉新聞1月28日版に掲載されるそうです。

 よろしかったら見てください)




「余 裕 綽 綽」 (よゆうしゃくしゃく)と書いて、57画。

 16 13 14 14

この57とは、前半は七転び八起きの人生で、晩年は万事思いのままになるという栄えの数字。

ですから、若い内から、余裕綽綽は無いのでしょうね。


「綽綽」の「綽」(しゃく)という字は、(大事典 №8897 参照)

  ユルヤカ、ユルシ、寛大ナリ、迫(せま)ラズ、シナヤカ  という意味だそうです。


本当は孟子の言葉で、「綽綽有  余裕 」(シャクシャクトシテ ヨユウアリ) 

                    二   一

(綽綽として事に臨(のぞ)みて 迫らざる事)と、ありました。



今の時代はなんでも「ねえねえ、どうしたの、何があるの、いったい何が起こったの」と、

頭を突っ込みたがる時代のようですが、そういった迫った感じは、ないのでしょうね。

金持ちケンカせずのように、悠々としているのかもしれません。


でもマスコミや人々の感じ方の変遷で、このような子供に対しての評価が低いのだとしたら、

日本は大事なものを、無くすのかも、知れません。


前半七転び八起きの時代に「早く出世できないのは能力が低いのだ」と断じて、恥じないのでしょうね。

晩年になり功なり名を遂(と)げた人を、「遅(おそ)い」と言うのでしょうか。



マスコミの功罪は大きく、 間違った読みも、携帯電話で変換できる時代のようですが、

そのうち「雰囲気 (ふんいき)」も、 フインキ で変換できる時代が来るのでしょうか。


広辞苑の6版には、フインキ で引くと、ふんいきの間違った読みだと、書いてあるとか。

それもいつのまにかに、フインキ が定着するのでしょうか。


仏教は一万年で末法になる。言葉も意味もすりきれたように掻(か)き消えて、

無くなってしまうだろうと危惧(きぐ)されたのは、遠い昔のことですが、


いえいえどうして、一万年も立たない内に、すでに末法になっているのですから、

言葉の変遷などいたし方ないのかもしれませんね。

大切なものを、みな無くしてしまうのだとしたら、なんて恐ろしく、残念な事でしょう。 



もちろん石川遼君は、あんなに若いのにとても立派で、余裕綽綽として見えます。

ご家族の薫陶(くんとう)よろしく、なんて素敵な青年なのでしょうか。


他にもきっと、隠れた立派な青年が、まだまだいっぱいいる事でしょう。

私は若者に期待しています。


それと引き換えに、年寄りの議員たちが行く手を邪魔しないようにと、心から願う者です。



                H21.1.23 (金) pm4:02 記   依美澄卑親呼  小濱白光















おはようございます。 昨日は、うれしいニュースと、悲しいニュースが、流れました。


磯谷利恵さんは、携帯電話の闇サイトで知り合った三人の男、面識もない男に殺されました。

その三人の名が凶悪だった事は、言うまでもありません。


でも、ではなぜ、あのようにかわいい美しい女性が、殺されねばならなかったのでしょうか。


きっと、闇サイトの凶悪さを知った神が、美しい犠牲者を、見つけたのかも知れません。

私は悲しく、涙を禁じえませんが、彼女の名は30歳代以降の時間が消えていました。


一切の保護と援助がありませんでした。 まるで、もう死んでもいいよといわんばかりに。


私は彼女のために悔しく、お気の毒で言葉もありませんが、

どうして、名に付された人生そのままに、人は生きてしまうのでしょうか。



  (いまはやりの新字で数えるか、本字で数えるかの論争の上でいけば、自明の理。

   新字では総画41となり、大出世する事(最大吉)になる。


   本字では総画43となり、大凶に変じ、30過ぎから運がガラガラと崩れる、

   不本意で失意の境涯となる、表面幸福、内実困苦の、悪宿命の大凶数となるのでした。


   もちろん名前は総画だけで出来ている訳でははありませんので、

   他の部分の関係性もよく見る必要がありますが、

   どちらの名にしても、彼女の晩年大凶の凶悪さには変わりがありませんでした。

   残念な事です)  



だから我慢しろというのではありません。 こんな事はいけない事です。  

犯人と犠牲者は生きるも地獄、死ぬも地獄。

殺人する人達はきっと、選ばれた不幸な人々なのです。

私たちはきっと、彼女達の犠牲の上に、多くを知り、学ぶ必要があるのでしょう。

すべてにおいて善処する事を学ぶためです。


磯谷さんのお母様の不幸は言うまでもありませんが、彼女は晩年まで生きる名。

彼女の強さによって、この国を変える力となすためでしょう。 ありがとう。

(彼女の思い通りには、幸福は描けなかったが、別の使命が、あったのでしょう)




それに引き換え、Michelle Obama (ミシェル・オバマ)大統領夫人。


この名の中には、女性にとって大吉の数と、心清らかで人から信用される水庫(すいこ)と、

天乙貴人(てんおつきじん)=貴人中で最高の貴人。一切の災いから守られる星。

が、二つ付いていた。

家族運と健康運を司る所には、強い女性を示す数が付いており、

男性社会の中でも立派に力を発揮できる、伍して戦える力を、持っていました。


また、暗禄(あんろく)といって、隠れた所から知らず知らずに加護や援助を受けられるという数が、

付いていました。


夫のオバマさんからは、ミシェルさんに向かって、金与禄(きんよろく)という星が与えられていました。

金与禄とは、女性は美人で、この星の人が来ると雰囲気が明るくなり、上司先輩からの引き立てを受け

男女共に良縁に恵まれる事を示す星です。 とくに女性は玉の輿に乗る人が多く、性質は温和。

夫婦仲が良く、互いに協力援助しあいます。


また別の星では、繊細な精神と孤独をも、暗示しています。

オバマさんが忙しく世界を飛び回った時にも、孤独でも、よく家庭を守ったのでしょうね。



「ミシェル」と書いて、松下幸之助さんも持っていた、素直でラッキーな数 11 がありました。


「利恵」さんには、19という、難しい数字、事故の数が、付いていました。

(でも、医者、医系に進む人が多いのも事実です)




これらから私達がしなければならない事、学ばなければならない事は、

大いなる力に対しての謙虚な祈りと、悪から救ってくださるようにとの祈りと、


大いなる力に向けて全身全霊で正しく生きる事への誓いが、求められているのでしょうね。

または招(まね)きとも、言うものでしょう。

とにかくあなたは、今は生きているのですから。


それはあなたのためであり、あなたの愛する子孫のためでも、あります。

謙虚に深く考え、善処する生き方を、学び取るためでしょう。



私はあなたがたの、真実で善良なもう一つの魂を、知っています。

私は、それを揺り動かし、共に歩いていきたいと、思っている者です。

そして、あなた方の中から、日本を立派に背負ってくれる、

正しい者が生まれたら、それで本望です。



上記のお二人とも、神の子です。ありがとう、ありがとう、ありがとう。

そして、健やかに。



       H21.1.22 (木)  pm12:12 記     依美澄卑親呼  小濱白光







 










皆様おはようございます。 真夜中 就任演説を聴いていました。


今朝も、新大統領の演説に全世界が感動する映像を、流し続けていました。

オバマさんの誠実と、米国民の期待が、痛い程にわかるようで、胸苦しいほどでした。



アメリカのいつもの手法は、軍隊を使って、爆弾を使って、相手国を言いなりにしてきた歴史が

ある事だと思っています。

これがそのまま映画スターウォーズの、「帝国軍対反逆軍の戦い」に、

進展しなければいいがと思ったほどでした。


一国の回復と、世界の窮乏。


ある経済学者が言いました。「アメリカが回復すれば、日本も回復する」と。

どこにその保証が、あるのでしょうか。


同盟国の名の下に、多額の金銭を壊され食われるのが、日本の回復でしょうか。


今も、銃規制法は通ることがなく、相手に銃口を向けて、自分の意思を見せるのが

自由国家の象徴かのように、考えたいアメリカ。


オバマさん一人の誠実は、通るのでしょうか。


現実にはけっして軍隊を縮小しようなどと、するはずが無いのです。


世界の警察を標榜してきたアメリカですが、相手国の赤ん坊の頭上に白リン弾を投下する国を

応援してきた事実は、隠せない事です。 誤爆など、信用できるはずがない。


イスラエルに永遠の平和が来ないように、アメリカにも、世界へのツケを、支払う時が

来たのだろうと、思います。


それなのに、弁舌さわやかに、アメリカ国家を尊重すれば、

世界に平和が訪れると考えるのは、いかにもB型。 やり逃げトンボ。


アメリカは道路も、架橋も、高圧電線も、修理しなければいけないものが山のようにある。

貧富の差と、出来ない銃規制と、セックスドラッグの乱れ、暴力、利己主義、戦争屋。


いったい彼に、何がし遂げられるか、注視しなければならないと思いました。 

浮かれてはいられないと、思いました。



世界には叡智が充満している。 その知恵を結集して、世界の回復を図ってもらいたい。

しかし、世界はまだまだ、国と国の利害の上を、右往左往している。


オバマさんがいかに「チェンジ」と、連呼しても、

ロシアは冷戦時代を復活したいが如くに、うさんくさい行動が気に入らない。


世界の利害関係者は、チェンジなど、したくないのかもしれないのです。



「現実」と書いて、26画の、反乱失意、裏切りの加害者被害者の最大凶が出てくるように、


「Real (リアル 現実の)」と書いて、12画の、正体不明、犯罪の加害者被害者の最大凶が

出てくるように、


世界は、決して、夢のように安泰になる、などと考えてはいけないのです。

私がニヒリストだからではありません。

つねに100パーセントが無いように、夢のように良い事ばかりが降ってくるなどと、

考えない方が良いのです。


アメリカ国民は、オバマさんの緊縮、耐乏、努力政策に、いつまで耐えられるのでしょうか。


ある経済学者が言っていました。「四年後の再選時に、戦争を始めるのじゃないか」と。


そうならないように願うばかりですが、

もしそうなったら、やはり西洋文明のやり方の限界、衰退が表面化した、と言う事でしょうか。


日本は浮かれすぎないで、東洋の繁栄の時代を勝ち得てほしいと、思います。

日本のやり方の優しさや誠実を、もっともっと表面化する時代が来たのでしょう。


飲める水を作り、地雷を爆破し、太陽光、温暖化対策、砂漠の緑化事業等は日本のお家芸でしょう。

世界で一番木を植えた男 宮脇先生。(大好きです。心から尊敬しています)

「自然植性の自然林は1000年自分の力だけで生き続ける」といい続け、森を作り続けている先生です。


世界は派手な方にばかり目を向けたがる。


本当の素晴らしい地球にするべく、世界が力を合わせてほしいと、より一層感じた私でした。




      H21.1.21 (水)  pm12:27 記   光明心殿  小濱白光




皆様こんにちは。 いかがお過ごしですか。 今日はとても暖かい日です。

お正月に実家のお嫁さんからいただいたピンクのシクラメンが、とても美しいです。

ピンクは大好き。 私はピンクの色鉛筆を欠かした事がありません。



人の運命はいろいろ。 このたび誕生するオバマ新大統領。 世界にとって良い事かどうかは

これからの彼の運動にかかわってくるでしょう。


アメリカはいい気なもので、世界同時大不況を産んだ事実は、もう他人事なのでしょうね。

いかにもB型。 尻切れトンボ。 後始末は全世界に負わせて、恥じないのでしょうね。


大きな声で旗を振って先頭を行けば、みなが着いてくる。 やり逃げ、いい逃げ、尻切れトンボ。



私はオバマさんが嫌いな訳ではないが、日本をいい加減に扱うのなら、大嫌いになります。

今まで日本からせしめた大金を、返さない算段だけは、しているのでしょうから。


自国のための大統領で、全世界を救う救世主のように扱うのは、いかがなものでしょうか。


それにも増して、世界にお金をばら撒きたいが如きの麻生総理大臣は、見るのがつらい。

お金を国民に返せ。役人公務員のボーナスカット、賃金カット、人員削減を、さっさとやりましょう。

多大な給料をもらっておきながら、税金は上げるなど、どこのアホが考え付くものでしょうか。

世界から甘く見られるのも当然でしょう。



それにしても、8月4日生まれ。 弁舌がうまいはずです。

それに、日が持っている強い宿命は、大統領になってもおかしくない事を、示しています。


責任を負う事でより力を発揮するタイプで、リーダーそのもの。


ただし、今までお話したように、その傾向はあるかもしれませんが、

すべての8月4日生まれが、そうなれるのではありませんよね。


バラク・フセイン・オバマは、非凡を表しています。 頭脳明晰さと、勘のよさを持っています。


短所は人見知りする事。 日本を嫌いにならないで。


あまりに運の良い人生だから、頭の悪い人は嫌いです。


それに、麻生さんが耐えられるのでしょうか。 あやしいところです。


厳格で、実利主義のオバマさん。 日本の風土はお嫌いかも。

その点、なまけ癖もある彼である。 もっと日本を勉強してほしい、と、思うのですが。


いずれにしても誕生してしまう新大統領。

良きも悪しきも、もう始まってしまうのですね。


日本人は日本人の良さを、もっともっとアッピールする必要があると、思います。


負けるな日本、がんばれ日本です。 日本大好きな私です。




             H21.1.19 (月)  pm1:07 記   依美澄卑親呼  小濱白光








こんにちは。 皆様お元気ですか。  昨日は書けなくてごめんなさい。


今日大腸がんの検査があるから、どうしてもアポイントを入れてほしいと言われた方が居られたので

そちらを優先しました。


前日に私の所に来て悪い結果だった人はいないので、その方もそうなればいいな、と、思っています。


でも、その方の息子さんが去年家を建てたそうです。

3F建ての家の図面を、私の所に持ってこられたとの事でした。


その後2F建てに変更されたのだそうですが、3F建ての図面で「これでよい」と言われたので

深く考えもせずに2F建てに変更して、奥さんと工務店の人とで新たな図面をさくせいし、

完成させたのだと、言う事でした。


その後から若夫婦はケンカが絶えず、その方は出血するようになり、

自分にあてがわれた部屋は、入るのがいやな気持ちがするのだそうです。


「母さんがそんなに心配なら、この図面を持って行けば」と、息子さんが

3mmも厚さのある、表紙も立派に作られた正式図面を出してくれたんだ、と言って

持参されました。


図面を見てびっくり。 「この家はお嫁さんの家ですね。ご主人のものじゃやないですね」

と私が言ったら、「息子が全部お金をだした家なんですが」と。


でも、そうじゃなくて、「ご主人の喜ぶようにはできていません」と、申し上げたら

「そうなんです。どうせ、俺の家じゃないもんな、と言って、夜遊びするようになったんです」とか。


ご主人が2Fの一部屋を、ふてくされるように自分の部屋だと言って取ってしまった部屋は、

桃花(とうか)といって、遊び心を誘発する部屋だったから、女性問題が起こってしまった。




人間は環境と情況に、なんて素直なのでしょうと思いました。


「やっぱり、2F建てに変更した時に、もう一度相談すればよかった」と、言っておられましたが、

建ててしまった物は、すぐには作りかえられませんよね。


それで、部屋割りを考え、助言しました。

でも、後の改善は彼らの問題です。


若奥様の気持ちは、痛いように分る。 せっかく作るのです。

希望を注ぎ込んだら、自分の家になってしまった。



私はよく言っていますが、人には東西があって、必然的に吉凶の部屋が決まると。

ですから、自分と相性の悪い部屋ですと、居心地が悪いのです。

ご主人様にとっても、せっかくお金を出したのです。

家はお金を出した戸主のものです。

せめて、ご主人様に相性の良い玄関を、考えねばいけませんでしたね。


またその方のように、相性の悪い部屋に入ってしまったばかりに、

「もともと持っておられるご自分のウィークポイント」の位置の、病気を、誘発されてしまった(?)。


ご主人様にとって居間はとても相性が良いので、いつも居間にいるそうです。

そして、夜1時、2時まで居たり、そのまま朝まで寝てしまうこともあるそうです。

なんて正直なのでしょうか。

(居間で寝るなと女房は言うなかれ。人は自分を知っているのです)


人間とは、真実、微妙なものなのです。

良い家は人を良くします。 その逆に悪い家は、人の人生を狂わせます。


名前と同じように、家も、その人に大きくかかわる、一大事なのですが、

多くは「そんなもの」と、いいます。


ロケットが、いい加減な計算で飛ばないように、

人生にも、緻密で、合理的な計算が、必要な事は、私の勉学が証明しています。


そして運の良い人は、自然にスルーしていくものなのです。

運の悪い人がそれを真似れば、死ぬ事だってあるのです。

人はみな、平等ではないし、同じ条件でもない事を、もっと考えなければならないのに

運の悪い人ほど、考えないのです。


正しい意見を聞くこともなく、死ぬ人が多いのは、まことに残念な事ですが、

それも仕方のない事なのでしょうか。


この世には叡智が充満しています。せめて、もっと謙虚に学ぶ姿勢があったら、

ちょっぴり違った人生も、あるかもしれないと、思うのですが。


思い込みだけは避けたい私です。




           H21.1.17 (土) pm12:37 記    依美澄卑親呼   小濱白光



  追伸  Uさん。いつもコメントをありがとう。 あなたの幸福を感じています。

       どんな事も遠慮しないで、いつでも会話しましょう。


       人生に遠慮はいりません。 あなたの希望を生きましょう。

       あなたも思い込みをすることなく

       人を勘ぐらず、

       愛し愛される人として、人生を構築していってください。


       そのために起こってくる苦労は長く感じるでしょうが、

       あなたの足跡に花が咲けばそれでいい。

       それには勇気と叡智が必要なのです。


       緻密な計算と、実効性のある行動が、必要なのです。

       またいつでもお電話ください。

       






    





皆様こんにちは。 関東は今日も快晴。 冷たい風が吹いています。


いつも読んでくださって、感謝しています。 皆様の、何かお役に立っていますでしょうか。



先日、「姓名判断といっても、言葉にも数字を乗せて、真理を追求したいと思っているのだから、

姓名判断だけをしている訳ではないのだから、数命学とでも言ったらいいかしら」と、

パソコンで引いてみたら、いっぱいいっぱいあって、そちらの方にびっくりしました。


先生同士のブログや、そこに参加した崇拝者達の意見のぶつけ合いに、二度びっくり。


まあ、わたしとしては、どちらでもいいような内容だと、思いましたが、

あれが「炎上」なのか、と、思いました。


いずれにしても、物事がちゃんと解決しないのなら、何の意味もない事ですし、

意見によっては賛成できないものもありました。


多くの先生は数命学といいつつ、姓名判断だけだったり、もしくは判断の根拠が不正確で

因果関係の解明には役立たないのではと思うものもありました。


我田引水するのではありません。


私はケンカするより、精度をましてほしいと思う者です。



それに、基本的には、縁の無い者は縁の無い所には行かない(行けない?)ので、

ケンカする意味はありません。


運の無い人は運の無い先生の所に行くのです。 だから救われない。

これが道理です。


神はそんなに甘くない。 救ってはいけない者まで、救う因果は、無いと言えるのです。


これはちょっと考えるときつ過ぎると思われるかもしれませんが、

では、なぜ、誠実でいい先生だったはずの、中央大学教授が殺されるのでしょか。



人は “良い人” だけでは、因果は成就しないのです。

その悪い因果を、回復できる先生が、いい先生なのです。


それでも、先生の範疇(はんちゅう)にない人は会えないので、

「誰でもいつでも救ってやりたい」と考えるのは、僭越(せんえつ)なのです。


それに、本人自身が救われていない者が、どうして人を救えるのでしょうか。

誰でもちょっと勉強すれば、「占い師ぐらいにはなれる」と思ったら、大間違いです。


まずあなたから救われる修行をしなければならないのに、

ただ勉学だけで、ちょっと手を合わせれば救ってもらえると、思い込んでしまうのは

いかにも無知なのです。



私の神は、私に言った。 「間違った者には、間違った答えばかりを出す」と。

そうされたら、答えに到達できないでしょう。

でも、こんな事は、枚挙にいとまがないほど現実に起こっている相違なのです。

根拠が狂っていたら、救うことなど、どんな科学者だって、出来るものではありません。


(「お前は私に尋ねなさい。お前に隠された、お前の知らないものを、私はお前に教える」と言った。)


ですから、あなたがまず神に愛される人間でなければならないのです。

すべてはそこから始まり、楽園に帰着するのです。


楽園の 「楽」 の意味も知らないものが、語りきれる世界ではないのです。

ですからケンカは無意味なのです。


神はやりたいだけ論争をさせて、放っておくに違いないのです。彼らが分かるまで。

神はけっして先に答えを教えたりしません。

苦しみぬいて真理をわが手に入れたものだけが、通れる道があるのです。


私は、私が何であっても、いっこうにかまわない。


私にできる事があればそれでいい。 


私は誓願を生きる。 それだけで十分です。


阿弥陀様のように四十八誓願も立てられないが、私には十誓願ある。 それで十分だ。


それをやり遂(おお)せれば十分だ。


昔神が約束したように、「お前につながる者を不幸にはしない。幸福にしてやろう」

その言葉の通りに、皆が幸福なら、私に文句はない。 それで十分です。



ですから、先生がた。 ケンカをしないで。

あなたが救えるはずの者を救えれば、それで役目は成就するのですから。

そのためにいっぱいいっぱい勉強して、精度をあげてくださいと、言いたい。


たとえ占い師でなくとも同じでしょう。

あなたが救える者を救えれば、皆さんにとっても十分なはずではないでしょうか。




       H21.1.15 (木)  pm12:18 記   依美澄卑親呼    小濱白光












皆様こんにちは。 昨日のニュース、胸が痛みました。 


複雑になった世の中です。 隣人を信じるにも知恵がいるのでしょうか。



警察は、監視カメラを見ていたのでしょうから、もっと慎重に捜査する事を

考えるべきだったのかもしれませんね。


しかしいずれにしても、殺そうと思った男が悪いのです。


自分のためなら、殺さない方が罪が軽かったでしょうに、

自分を憐れみ罪を恐れるあまりに、他人に対してより悲惨な結末を招いてしまったのです。


誰が殺され、切りさいなまれ、トイレに捨てられたいものでしょうか。


考えればすぐに分かることが、分らなくなっているのは

自分の事ばかりを考えるからです。

要するに、他人に対する哀れみの情の欠如です。 それが一番の罪なのです。

 

成人式をめちゃくちゃにする人たちと同じです。 

ガザに白リン弾を打ち込んだイスラエルと同じです。

あれは、太平洋戦争の時に日本各地を焼き尽くした焼夷弾(しょういだん)と同じ発想でしょう。

罪深い事です。

その弾はアメリカが売ったのでしょう。 罪深い国です。 衰退して当然です。

イスラエルの愚か。 2000年も戦争している。 あの国が救われる事はない。

 

理屈も弁護もありましょうが、人一人死なせた罪は、死刑廃止論で人間は許しても、

神は許さないかも。


なぜなら、大体が種の断絶が起こってくるからです。

その男の DNA の死滅です。 もう二度と、彼の遺伝子は継続されないからです。

(女性の犯罪者でも同じ。 ミトコンドリアDNA の死滅です)

たとえ継続されたとしても、罪を負った子を、一人世に誕生させるだけです。


罪深く、哀れで、悲しい事です。



しかし、実は、こうも言える。


犯罪者の男と、被害者になった23歳の女性は、

表に約 2 ポイント、と、裏に約 3 ポイントの相性(そうしょう、あいしょう)を、持っていた。


大阪教育大付属池田小の8人の被害児童と同じく、犯罪者とポイントが多すぎるのです。

東京秋葉原の殺人事件でも同じ。 (ほとんどの人が2~3ポイント持っていた)

いずれも、犯罪する側と、される側は、色濃く相性を持っている、と言う事です。


(表に1.5ポイントあれば結婚するというほど、その影響は強いのです)


だから犯罪者は、縁の無いものを殺しているわけではない。

どうしてその人にしてしまうか、本人にも気付かないような因縁が、

実は存在しているのです。


こう書くと、被害者の事を貶(おとし)めているように思われる方も、いるかもしれませんが、

私はそうではありません。

事実を申し上げているだけです。 そして、被害者をお気の毒だと、思っています。

どうして、とも思います。 悲しく、哀れで、痛ましく、言葉もありません。



この世の裁判は人が裁くが、神の裁判は、ハッキリしている。

まるでコンピュータの1と0のように、やったか、やらなかったか、だけです。


どうせするなら、良い事をしましょう。

悪因縁は悪因縁を引き寄せ、人をどうせ幸福にしないのですから、

幸福になりたかったら、今日から悪はやめることです。


犯罪者の彼はもう遅いのです。 殺人は大罪。 大罪は許されません。

人間が許しても、神は許しません。


ですから、まだ大きな犯罪を起こしていないなら、先祖に感謝して、

今日から一切の悪はやめるのです。


この点に関して、幸福は自分の手で紡(つむ)いでいけるものだ、とも、いえるのですね。

皆様のご多幸を、お祈りしています。




     H21.1.14 (水)  pm 12:30 記      依美澄卑親呼   小濱白光




   追伸     Uさん、地震雲のことをコメントくださって、ありがとう。

           お元気ですか。 

           お電話をご遠慮くださっている由。 ありがとうございます。

           あなたのご幸福を、松伏の空から祈っていますよ。 

        



おはようございます。 祝 成人。 三連休、皆様はいかがお過ごしでしたでしょうか。


今朝アメーバブログを開いたら、地震雲のニュースが書いてありました。


本当ですか。 見た人はいつ見たのですか。 


方位はどちらからどちらに流れていたのですか。




私は、神戸の震災のとき、いやな思い出があります。


ちょうど、地震雲が発生したかと思われるときの事です。


それは我が家の上を通過し、(方位は正確ではないが)東から西方位に流れたように見えた。


その直後のような記憶がありますが、我が家のビデオデッキと、炊飯器と、


床暖房ジュウタンが、全部一辺に壊れたのです。


ビデオデッキなどは、その時見ていた「ニューヨークの幻」をかんだまま止まってしまい、


取り出せませんでした。


(修理屋さんに持っていくとき、「変なビデオじゃなくて、よかったな」と、本当に思いました)


床暖房ジュウタンも、炊飯器も、買い換えるハメになりました。



地震は我が家では起こらなかった。遠い関西で起きました。


ですから、今回も、実はどこで起きるかは、分らないのではないでしょうか。


でも、地震は起きるかもしれません。 


しかし、電磁波の異常とか、電気製品が一つも壊れなかったとしたら?


それは違うものかもしれませんよね。



なにはともあれ、用心に越した事はありません。


いつも危険予知能力を磨きつつ、生きたいものです。




それとは別の話しですが、国家にも、会社や事業にも、生成発展の周期があると、


私は思っています。


三井も、財閥と言われるまでに250年ぐらいかかり、


その余波で80年ほど維持ましたが、結局は解体されてしまった。


それはアメリカの政策(策略?)でしたが、つぶれたのは同じ。


今は戦争が終わって64年目。 それら合計が約400年間です。


人の大吉運気も、40年が最長の人がほとんどですから、400年とはその約10倍ですが、


いま、生き方を考えなければ、これで終わりになる事だってあるのはないでしょうか。



今の不景気が象徴しているものも、地球の胎動と同じようなもので、


歴史や社会の教科書に載っているような年表と同じなのではないでしょうか。


昔のエジプトもローマも消えた。 しかし、今のエジプトとローマは残っている。


どう生き残るかです。



何を手に入れて、何を捨てるかです。


それに、人にはそれぞれ属する何かがいろいろあって、その長の門下に入るか、


入らないかは、大きな宿命や関連性があるともいえて、


すべてがはっきりと分るためには、相当の修行が必要だとも、言えるのです。


今のようにまんがチックで、何事も軽く考えるのが通例になると、


歴史の証明など、関係ないかのようですが、そうは問屋が卸(おろ)さないと言う事でしょう。



人はいつも自分を生きてくものです。


また、他人は、基本的に邪魔をしてはいけないものですが、


今の不景気には、論理の破綻が発生しているので、それをちゃんと正すのもまた


人の仕事なのでしょう。


新しいシステムと、新しい日本に成るチャンスなのかも、しれません。



ローマは一日にして成らず、と言いますが、衰退しました。


日本も新しい風を入れるときが、来たのでしょう。


犯罪を抑制し、能力を開発し、人のチャンスをつぶさないシステムが、必要なのです。


新しい政治家の活躍する時代が、来たのです。


老人ばかりの自民党など、今の風潮にあいませんよね。


人の税金を、勝手に使い放題の時代は、終わろうとしています。


定額給付金など、80パーセントの人が反対しているものを


ごり押ししたい麻生さんは、やっぱり、頭が悪いのかしら。


残念な事です。 皆はもっと納得したいのに。 変わるものなら、早く変わってほしいです。


若い人に、チャンスをあげて。



新しい日本が胎動し始める。それが楽しみな私です。



    H21・1・13 (火)  am11:00 記   依美澄卑親呼  小濱白光




追伸   四柱推命のように、人間を一本の柱としたら四面(春夏秋冬)ありますが、

      私の本名と、

      小濱え美須(高嶋泉妙先生にいただいた初期の仕事名)、

      依美澄卑親呼、

      小濱白光を、全部足すと、16画の、最高無比の最大吉になる事を発見しました。


      (もちろん依美澄卑親呼、小濱白光を足しても16画になるのでしたが・・)

      (これらの数字は全部足した総数から81の倍数を引いて求めます)


      人間とは不思議。 良く進歩する事は、可能なのです。


      そして、人は良くなったとき、とても楽なのです。

      自分らしいと言うか、もとにもどったというか、

      じつに清清(すがすが)しいものなのです。

      これは、体験した者しか、分らないものです。


      ですから、ひるがえって、悪名を持っている人が

      いかにつらいか、想像する事は、簡単な事なのです。