恋愛小説家 -83ページ目

昨日見た夢

昨日見た夢の話を書きましょう。

 


 
憧れの人と、
私はエレベーターに乗っていた。
腰に回された腕に、自然と寄り添いながら
しあわせだなぁと思っていたら
あっけなく1階についてしまった。
 
洋画のお別れのシーンみたいに自然な動きで
その人は、私に口づけて去って行った。
 
次の約束もないし、ずっと会えないかもしれないのに
「また連絡するね」という言葉だけを信じた。
 
私には根拠のない落ち着きがあって
どうでも良いというか、
大丈夫というか、とにかく、平気だった。
 
悲しくなかった。
 
いつも一緒にいる必要なんて、私達にはない。
毎日となりで眠れるほど近くにいてしまったら
きっとこんな風に焦がれなくなるのかもしれない。
 
いつ来るとも知れない「また」になれば
どんなに会いたかったかなんて
ただ一度視線を交わすだけで伝わる。
 
若さに任せた情熱で燃え尽きるよりも
ゆっくりと流れる溶岩のように
いつまでもくすぶる熱が冷めない。
 
それが、私達の恋なのだと思った。
 

 
という、夢。
やたらリアルで、驚きました。

きれいなひと

アイスティーの氷に開いた穴をストローで突きながら

ちょっと訳ありの、彼女は言った。
 

  

やっぱり、
幾つになってもきれいでいたいな。

 
どうしてかというとね、
これは、また if の話になってしまうんだけど
  
いつか、いつかね、
私があの人と一緒にいられるようになって
ふたりで、並んで歩ける日がきたとして
誰かに会ったとするでしょう。
そうしたら、その人に、
「きれいな人とご一緒ですね」と
言ってもらいたいな、と思って。
  
きれいな私と、一緒にいることで
あの人が、わずかでも優越のような幸せを
(もちろん自己満足だけどね、) 
感じてくれたなら・・・

きれいでいる意味があるって思えるでしょう?
  

  
難しい恋をしている。
それでも、彼女はきれいだと思う。

  
わたしも、「きれいでいたい」と思う。
外見も、心の中も、指先のしぐさ一つまで。

 

「まぐろ天丼」食べに行きません?

いつだったか。
 
岬にある漁場併設の、きれいかといえば微妙な商店で、すっかり黄ばんでほつれた畳に向きあい、あなたは「ミックスさしみ丼」、私は「まぐろ天丼」をたのんだ。
 
ロケット型の割り箸入れも超レトロ。
赤と黄色、天然色のフラワー柄は、かつては最新デザインだったのに、何十年かして、意図せずレトロ&ポップな代物になってしまっていた。
 
窓の外には灰色の海。
風に乗って、鳶が凧みたいに空をただよっていた。
  
「まぐろ丼に、いや、まぐろ天丼にしようかな・・・」
 
優柔不断な私は、いつも3回ぐらいは同じ事を言う。ここに来て、刺身じゃないまぐろを食べるってのも変な気がして。
するとあなたが
 
「おいしいものを、あえて天ぷらで食べるのもいいんじゃない?」
鶴の一声で、結局まぐろ天丼に決定した私は単純だ。
 
テーブル・・・もとい、卓袱台に並んだ2つのどんぶりは、明らかに私の方が、ボリュームもエネルギーも多すぎだった。ところがこのまぐろ天丼が絶品で、
胃もたれも気にせず、黙々と食べきってしまったから、あなたは「よく食べれたね!?」と驚いていた。
 
 
何てことない、いつかの休日。
やさしい笑顔がだんだん思い出になりかけている。
  
あの「まぐろ天丼」をもう一度食べたいという、
それだけの理由で
また誘ってもいいでしょうか。
 
 
  

FAQ

お互いの想いを知っていて、暇さえあれば一緒にいて、

毎週末デートして、家に泊まっていく彼女に、

「私たちって何。付き合ってるの?」と訊かれたことに

彼は心底、ウンザリしている様子だった。

 

主張はこんな感じ。

 

「わざわざ『付き合う』とか言う必要なんてあるのかね?」  

 ・・・まあ、ないといえばないし、あるといえば、あるような?

 

「相手が一番なら、定義づけること自体ナンセンスだろ。」

 ・・・ほら、女って『付き合ってる』という

   約束や保証がほしいところがあるっていうか。

 

「そんな、付き合いに永久保証なんて、ありえないでしょ」

 ・・・まあ、それはそうだね。

 

「始まれば、いつか終わりが来るし」

 ・・・うん、かなりの確立で終わるよね、世のカップルなんて。

 

「そういうこと言うなよ」

 ・・・ゴメン、でも本当のことじゃない?

 

ただ、面倒くさいんだけど

好きだとか、愛してるとか、口に出してほしい女は多いよ。

自分ばっかり一生懸命になっていると勘違いしてたり

解りやすく愛情表現してくれないと不安とか、

愛されてない、物足りない・・・って悩んだり。

 

「あなたの気持ちが解らない」とか、言われたら

愛情不足と決め込んで欲求不満になってるのかも。

求めてくるばかりの相手といると疲れちゃうけど

大事な人なら、他の人に心が向かないように

早いところ、手を打っておいたら?

 

付き合うとか、定義なんて関係なく

相手を喜ばせてあげることに、手間隙かける。

ときには演出家になった気分で出し惜しまない。

言葉は悪いけど、ある程度のサービス心は

男女関係無く、持っていたほうがいいんじゃない?

 

本気で好きな人になら

無条件で体が動いちゃうはずだから、

多少クサくても、逆に格好いいと思うけどな。

  

遠距離恋愛というスパイス

逢えない時間に募らせた想いが
逢える時間の密度を変える
 
どうでもよさそうな小さい出来事までドラマチックに感じ
夕立に降られたことも大事な報告になり
つまらない映画のラブストーリーに涙がでて
ファミレスの食べ物がおいしく
やさしさが身に染みて
  
好みじゃなかった歌手のファンになり
ハグの意味が特別になり
ふたりの世界は3割増ぐらい美化される

短いメールを暗記するほど読み返し
鏡を見ると、たまに自分でもドキッとするほど
恋の真最中という女の顔をしている
  
もっともっと好きになる
切ない いい顔をしている
  

6.クミコさんの恋

<バックナンバー>

1.皆既日食の日にやってきたミラクル

2.セイコトマサキリコン

3.扉の裏で笑う人

4.しづ心なく桜ちるらむ

5.アフタースクール



毎年夏になるとゼミの合宿があって、箱根なり伊豆なり、半分旅行気分で出かけるのを楽しみにしていた。カメラに花火にお菓子、それから新しい水着・・・自分たちが「女の子」である幸福がたくさん詰まって、バッグはパンパンに膨らんでいる。その中身は、勉強道具とは程遠いものばかり。

 

伊豆のペンションを借りた年、夕食前の長い休憩時間に、近くの海へ出かけた。少しずつ潮が満ちて、傾きかけた太陽の光が遠くでぎらぎらと反射していた。

 

「どっからきたの?」

 

波打ち際を歩いていたら、いきなり誰かの声がした。振り返ると、大学生風の男たちが3人。サーフボードを立てかけた横に座り込んでいた。

 

「よこはま。」クミコさんが気ままに答えると、

「暑そうな格好してんねー?」と、真ん中の男が言った。

「そう?コレいいでしょ。」意に介さず、けろりと笑う。

(そういえば、当時彼女は人前に足をほどんど見せなかった。)

 

真ん中にいた彼の名前はシムラ君といった。シムラ君は、どこに泊まっている、いつ帰る、そんな質問をやたらしてくる遠慮のない奴で、私は早くペンションに帰りたかった。軽口をたたくシムラ君が、クミコさんに興味を示しているのが気に障ったのだ。

 

クミコさんの恋は、いつも未知数だった。片思いしている人は、バイト先のカラオケ屋にいる、坊主頭の痩せたコバヤシ君。ときどきバイクの後ろに乗せてもらったとか、一緒に遊んだとかいう出来事を嬉しそうに報告してくるのに、二人が付き合うことはなかった。

 

クミコさんには誰とでも仲良しになれる才能がある。でも、恋愛感情をはぐくむ前に、初対面のうちから相手との距離をつめすぎてしまうらしい。フランクな間柄になってしまった相手と、急にロマンチックな会話なんてできないと、あえて恋人同士にならないまま、友人として近くにいることを選んでいるようにも思えた。仲が良い二人が、そこから先に進まないのは、見ていてとてももどかしい。

 

そのうちに、コバヤシ君には彼女ができ、クミコさんは一人取り残されてしまった。傷ついているはずなのに、いつにも増して明るすぎるぐらいで、たまに寂しい顔をする。彼女に惹かれる人は少なくないのに、タイミングがいつもずれていた。シムラ君が同じようにクミコさんを傷つけるんじゃないかと、おせっかいな友人としては、気が気でなかった。

  

 
駅弁を買って特急に乗り、私たちは向き合って座った。帰りの日までに、シムラ君は何度かクミコさんに会いにきた。二人の間には、やっぱり友情めいた繋がりが生まれていて、横浜に戻ったら遊ぶ約束をしたと、電車の音にまぎれて耳にしたような気がする。


「だんだん東京に近づくと、駅弁を広げているのも気恥ずかしくなるよね・・・」窓から見える景色にビルが増える。横浜に置き去りにしていた日常に、引き戻されていく瞬間が嫌いだった。

 

(私も、クミコさんに恋をしている一人だわ。)

 

「今年も夏が終わるね」と、日焼けした肩をすくめた。

  

第六感

ふと、口とはすごい器官だな・・・と思った。

誰かと話すこと、食べること、呼吸することはもちろん、

想いを語り合い、微笑み、口づけたり、沈黙でさえ物を言う。

 

でも、よく考えたら目もいろいろ働いている。

見る・観察することが、メッセージを読みとり、感情を伝え、

希望を映し、誰かを熱心に見つめ、ときには涙する。

 

耳だって、やっぱり大切だ。

言葉を聞き、音楽に呼応し、空気のゆれを察知して、

恋していれば、耳元でささやく声に全身が震えるほど。

 

地味なようで、鼻も功労者。

香りを愉しみ、臭いに警戒や安堵をし、

大好きだった懐かしい匂いを深く記憶してしまう。

 

肌は、温度や湿度を学びとり、やはり呼吸をしている。

必要なだけ汗を流し、太陽を浴び

やさしく撫でる幸せな感触に酔いしれる。

  

愛するひとのためだけに、全身の持てる力を総動員。

五感のメーターはいつも振り切れるほど最大にしていたい。

感性のままに愛していたら、

次の第六感まで、少しずつ磨かれていくような気がするから。

夜中のひとりごと

「かくしごと」と入力したら、「隠し事」と変換。

もとい、「書く仕事」のお話です。

 

「書く」ことを、

人はいったい、一日にどのぐらいできるのでしょう。

仕事なり、小説なり、日記なり、メモなりと・・・。

確かに、ちょっと大きな波がやってきていて、

書き上げるための時間が不足がちなここ数日。

 

何事も、もてる力のキャパを越えてしまうと、

一粒ごとのクオリティは

かけられる時間に反比例してわかりやすく落ちて行きますが

こうして無理してなんとなくの形にしてみても、

まだ出来損ないのままで「試作品」を提出するようなもの・・・

そんな状態でお見せするなんて、恥ずかしいことこの上なしです。

 

だから

そうならないように、自分から「努力を惜しまない」ということも

仕事を請ける者として欠かせない、

せめて「プロ」を名乗るなら、最低限の要素だと思っています。


ね、随分長い前置きでしたが。

明日(もう今日ですけど)の打ち合わせに備えて

DVDを観ていたのです。

その内容は、リラクゼーション&ヒーリングの世界。

安らかな眠りを誘うコンテンツと、やさしい音楽。

事前学習のはずが途中で寝てしまい、先ほどお目覚め。

結論、リラックス効果バツグンです(笑)


洗濯機回しっぱなし・・・と、夜中に丸まった服を干しつつ

たぶん、これからもっと大きな波がやってきそうなときに

イメージしてみた、山登り。

「これまでで最高の頂」を目指して、山々に挑み

試練を前にしても、ワクワクする気持ちで

てっぺんを見据えて武者震いする、登山家のような心境でいます。

 

さあ、頑張ろう。

目の前にそびえたっている山に向かって

前進あるのみです。

  

4分の1時間

待ち合わせに遅れるのは

一生懸命 自分を飾っているからで

ほんとうに悪気はないの

 

でもあとほんの15分早く起きたら

間に合ったかも

ごめん

 

もうとっくに、下り線の一番前のドアのところで

彼が待っている時間なのに

私はやっと自転車に乗ったところ

 

いつだって彼は遅刻しないから

たぶん余計に待たせてる

風になって全力ダッシュ

こんなに漕いだら 髪型も台無し

 

はやくはやく行かなくちゃ

どうして私はいつも遅れるんだか

 

携帯なんて持っていない時代

駅のホームの端っこで

あからさまに不機嫌だった彼は

「15分も遅刻って、4分の1時間だぜ?」と言った

 

おっしゃるとおりでございます

 

そう考えたら一緒に居られるひと時を

浪費したことが悔やまれます

許してくれるって過信してたことも謝るよ

 

でもでも

とても会いたかったし

きれいにしたかったし

最速でペダルを踏んで

 

あーもう、上手く言えないけど

 

ごめんなさい怒らないで

  

5.アフタースクール

<バックナンバー>

1.皆既日食の日にやってきたミラクル

2.セイコトマサキリコン

3.扉の裏で笑う人

4.しづ心なく桜ちるらむ

 

 

あのころ、何をするにも可笑しくて、いつも仲間と群れていた。

もうじき私たちは、中身はどうであれ成人して「大人」になっていく。その水際で、将来の夢や恋愛などの悩みに“それなりに”もがいていた時代だった。

 

学生時代のどの友人も、通学に横浜を経由していたこともあり、寄り道はいつだって横浜だった。東口なら地下街かそごうの婦人服売り場、西口ならばビブレやハンズ。出没エリアは数種類しかないのに、目的もないぶらぶら歩きを繰り返していた。一通り歩いたら、〆にそごうや高島屋の地下に降りてジェラートを食べるのだ。

「思えば、学生時代の方がよっぽどお金持ちだったかも」

ぼんやり言った台詞に、クミコさんは「ホント。」と頷いた。実家に暮らして、アルバイトに明け暮れ、好きなブランドで買い物できるぐらいの自由に使える小金と、若さを抱えて気ままに生きていたような気もするし、自分自身は精一杯だった気もする。当時の意味もないエピソードを一人で味わうには気恥ずかしくても、二人で笑い飛ばせば、途端に意味のある思い出の山になった。


「バーゲンで買った福袋から気に入らないのを全部リサイクルに売って元を取った話」とか、「ヤンマガ同好会(『稲中卓球部』が読みたくて週代わりにヤングマガジンを買う当番)」とか、「遅刻寸前でタクシーに相乗りしたら、運転手に『学生のくせにタクシーか!』とお叱りを受けた話」とか。

  

実にくだらない。だから余計に忘れられない。



「横浜には、良く通ったね」

「クミコさんには、今でも思い出すことがあるよ」


その日も私たちはジェラートを食べて、仲間たちとは路線別に流れ解散になった。二人になったクミコさんと私は、デパートの中にあったアジア雑貨店のお香くさい店内で、小物を見ていた。ラスタカラーのゴムぞうりを試着したり、シルバーアクセサリーのケースを覗いたり、木彫りのゾウを手に取ったり・・・。帰り際、店から離れながら何気なくクミコさんが「連れてきちゃった!」と言った。にこやかに握っていた手を開くと、そこには未会計の小さなカメが一匹。黒ずんだ金属製のカメは、そのままするりとポケットに落ちていった。


その時のクミコさんといったら。


(そりゃ万引きだよ!!)と思ったけれど、黙っていた。誰とも友達になれる魅力を持って、家族にも恵まれて、いい子のクミコさん。それなのに、鼻歌をうたうような無邪気さで、ほがらかにカメを連れてきてしまうのだ。そのアンバランスさが不思議でならなかった。


「何にも困っていなさそうなのに、何でカメ?しかも300円のカメを持ってきちゃうのか・・・理解不能だと思ったよ!」大人になった私は、少し物をハッキリ言うようになり、大人になったクミコさんは、「ホントだよね。」と笑った。笑いすぎて、ちょっと泣いていた。

 

二十歳になったときに私たちは大人になったのか、それとも今だにあのころのままなのか。それから私たちは、それぞれの人生にいささか忙しくなっていったから、確かめることもないまま、なんとなく「大人」になっていたんだろう。