旅のおとも
なんて…実は知人の結婚式なのです。
早朝、羽田に向かう首都高で見たのは
朝日を浴びて眩しい港の煙突群。殺風景なようで、どこかときめくのは
なじみの街だからでしょうか。
去年の秋、自分の誕生日にと買ったカメラさん。
気に入って愛用しております。
ところが肝心の入れ物が「帯に短し、襷に長し」の大きさで。
いつもバッグの中で居心地悪そうにしていました。
半年かかりましたが、
最近やっと外出に適した装備を手に入れ、上機嫌です。
アドバイスくださった先輩に感謝。
大切に酷使します(笑)
旅のおともと、そんなこんなの週末です。
残念なわたし
「人の気質は、顔を見ればほとんどわかります。」
集中する視線を意に介することもなく、
講堂の中をぐるっと見やり、教授は毒っぽく言い放った。
「まぁざっと見て、この中の2人は確実にヒステリーなタイプだね。」
出席と成績に寛容な、心理学。
その日はわたしが「代返」の当番だった。
段々畑のような一番大きな講堂で半信半疑で聞いていた話。
「占いも学問も、言ってみれば統計学だよ。
パターン化して分析すれば、大概は当てはまる、
事実、集団があればその中には必ず、一定数「病気」の人がいるもんだ。」
具体的に説明のつかない、今の「気分」も
病気だったらいいのにと思った。
週末に、彼の本棚の隅に見つけたアルバム。
「開いちゃだめだよ」という警笛を無視したのは自分なのに
思いきり打ちのめされてしまった。
何年か前にとても好きだった人がいたって話は聞いていた。
本当に、本当に、「大好き」だったんだね。
受身だった彼を、いつもわたしが追いかけていた。
まんざらでもなさそうに付き合ってくれていたし
愛情表現が苦手だとか、不器用なところがある人なんだと思っていた。
だけど違っていたみたい。
演奏会で花束を抱えて微笑む、美しいひとの横で
遠慮がちに、少し離れて立っている、めがねが違う彼。
いい顔して笑うんだ。
彼が自分から進んで恋していた事実が、焼きついた写真。
なんだかもう、わからなくて
何も食べたくない、何もしたくない、何も考えたくないけど
逆立ちしたって敵いそうもない劣等感と敗北感で
悲しいような、悔しいような、涙も出ない、残念なわたし。
打たれ強いと思っていたけれど、傷ついているのかもしれない。
けっこう、深いところまで。
世界で一番おいしいカレー
お店で食べるごちそうよりも、母の手料理が好きでした。
ご飯と味噌汁、おかずと小鉢。
夕餉の準備がととのったら台所から居間へ運び、
「いただきます」の挨拶をして、みんな揃って食卓を囲みます。
今日学校で先生がね…、ひまわりの芽が出てね…、
おいしいなぁ、おいしいねぇ、ありがとう。
それらはいつも飾り気なく、つましく繰り返される日常でした。
とっておきの好物から、嫌いなおかずまで。何が並んでいても
(きゅうりとわかめの酢の物は苦手でしたが)
残さず食べて「ごちそうさま」と手を合わせ、
食器を洗い、片付けるまでが、私にとって「食べること」でした。
どのシーンを切り取ってみても、特別ではありません。
ただ、目には見えない豊かさと、味覚だけでは味わえないおいしさがあって
何一つ疑いなく、毎日が幸福だと思っていたころがありました。
5月某日
<世界で一番おいしいカレーについて>
この間、ついに「噂のカレー」をごちそうになりました。
そのことをどうにか記録しておきたいのですが
どういうわけか、何日か経った今でも上手くいかず
何度も書いたり消したりを繰り返しているところです。
まあいいか…
日記なんて気ままに綴るもので、人に読まれるわけでもなし。
とにかく、書いてみます。
あの日、私は一日中浮かされていました。
「遠足の前の日」から続く興奮がちっとも冷めずに
待ち合わせから別れ際まで、下がりっぱなしだった目と口元を
帰りの電車で、戻すのに苦労したほどです。
初めて訪れる、彼の部屋で
私たちはキッチンに立っていました。
「いつか自慢のカレーを作ってよ」という話が
ふたりで買い物をして、料理するまでに成熟し
目の前のフライパンの中で煮えていました。
レストランの厨房さながらのいい匂いを放っているそれは
誰が見たってカレーに違いないのですが、
その日の雰囲気や、ふたりの気持ちや、楽しい気配も一緒になって
コトコト煮込まれて、キッチンをしあわせで満たしているのでした。
料理をする男性とは縁がなかったことも、今となってはご都合主義な解釈で
「彼とカレーを作るために、これまでがあったのかも…」などと
笑い飛ばすことができそうです。
と、そんな状況に真顔でいられるはずもなく、
右ナナメ上を見上げれば、私の思いを知ってか知らずか
同じように「嬉しいねぇ」と笑う彼がいるのです。
私たちはコンロの前で、料理の仕上がりを気にしつつ
洗い物を片付け、おしゃべりをし、たまに抱きあいキスをしたりして
まだかな、そろそろいいかな?と待っていました。
じわじわ押し寄せてくる幸福感に、ため息ばかりついていました。
ルーを使わないカレーの作り方は、思っていたよりも簡単で
バターとオイルで香味野菜を炒めたら、お肉と、トマトをどっさり入れて
スパイスやココナッツミルクを加えて、適度に煮込むだけ。
だけ、と言ったら失礼だけど
具を入れるタイミングひとつでも、味が違ってくるのでしょうし
行き当たりばったりのようで、最後には帳尻が合ってしまうところも
レシピのない料理の面白さなのです。
開店したばかりのスーパーマーケットに駆け込みました。
材料を品定めして、足りないスパイスをカゴにいれ、
レジに並び、買ったものを袋につめる作業も、
一段違いのエスカレーターに乗ることさえも、
目に映るすべてが、映画のワンシーンさながらに
胸が苦しいぐらい楽しかったこと。いつまでも忘れないようにしよう。
とにかく、何をするにも新鮮で、些細なことが嬉しくて。
それを「当たり前のこと」だと思うなら、罰があたりそうです。
キッチンでアシスタントになった私は
手際の悪さにがっかりされるんじゃないかと、緊張していました。
買ってきたばかりの生姜やタマネギの皮を剥き、
ちまちまとトマトを切ったりしていましたが
彼はちっとも急かさず「いつも通り」待っていてくれ、
まな板が一枚しかないとか、食器が少ないとかいう不便さも
笑えてしまう居心地のよさも「いつも通り」なのでした。
カレーの要である、スパイスの詰まった袋たちについて
どれが、どこで手に入れた何なのかを説明する彼の横顔と
黄色やオレンジの粉末が、小皿に山盛りになっていく様子を
(媚薬の調合ではなかろうね?)と、興味津々に眺めていました。
袋に書かれた文字を「見かけによらずかわいいなぁ」と思ったり
インド風になった部屋の空気にときめいたり
束の間、互いの温度を確かめるように寄りそったりして。
いよいよ、味見をしようというときになって
フライパンに鼻を近づけ、その香りに思わず顔を見合わせました。
「スバラシイね!」「お店のより、いいんじゃない!?」
手をつないで小さな輪をつくり、喜び小躍りする私たちは
馬鹿みたいに無邪気な大人です。
ささやかな乾杯と、「いただきます」をして食べました。
スパイスだらけのカレーは火傷しそうに熱かったけれど
私がこれまで食べた、どんな有名店の一皿よりも
とびきりおいしい、抜群の味がしました。
しあわせな記憶と、どこか懐かしい感情が込み上げてきて
スプーンに乗った一口ごとに涙がでそうになるのです。
もしも、これ以上に素晴らしいカレーがあるとすれば、
彼とキッチンに立ち、もう一度作ってみるしかないでしょう。
世界で一番おいしいカレーは
隣りにいつも彼がいる世界でしか、叶わない味なのです。
どのシーンを切り取ってみても、特別ではありません。
ただ、目には見えない豊かさと、味覚だけでは味わえないおいしさがあって
何一つ疑いなく、今日が幸福だと思えたことに感謝しました。
おいしいなぁ、おいしいねぇ、ありがとう。
「ごちそうさまでした」
風が変わった
まだ喉が本調子ではなく、ときどき咳込んでしまいますが
街中で耳にした、槇原敬之の「No.1」を
一緒に口ずさめるぐらいに回復しました。
♪世界で一番 素敵な恋をしようよ♪
お昼に、野菜中心の健康的なランチをいただき
すっきりしない身体と、心に栄養を補給。
仕事に向かう気合を注入、やはり「健康は財産」なのです。
(このたびはご迷惑をおかけし・・・!)
友人から聞いた名言。
目の前のことを考え込むよりも
それをクリアした先の、楽しい自分をイメージする!
そうだ、それが一番。
午後になり、強くなってきた風が
夕方には雲をちぎるように、美しい空を描いていました。
どこからこの空を見ればよいのやら。
時を同じく体調不良だという方に
お見舞いがてら電話をかけようかどうか逡巡していたら
向こうからかかってきてビックリ、ああ驚いた。
日が沈んだら、風が止み
歩きの人や、二輪車の人にも
やさしい夜が訪れますように。
Imitation of Life
アルバムを整理していたら、でてきました。
父のカメラをぶら下げ、ボーダーのサマーセーターを着て
ぼんやり海へ出かけたのです。
季節はたぶん、今ごろでしょうか
みんな、しあわせそうに見えました。
一人きり、10代の私も
しあわせそうに見えたのでしょうか?
この写真で思い出したのが、R.E.M. の「Imitation of Life 」。
とても意味難解な歌詞なのです。
でも、ところどころに光る何かが埋もれている感じ。
You want the greatest thing.
The greatest thing since bread came sliced.
You've got it all, You've got it sized.
スライスされたパンみたいに
決められた大きさが「すべて」かい?
This sugarcane, this lemonade.
This hurricane, I'm not afraid.
C'mon, c'mon.
No-one can see me cry.
だいじょうぶ。
僕らが嘆いてたって、
誰も気づきやしないんだから。
★
「砂浜の中から宝石を一粒、見つけられる?」
30代の私ならばこんな風に答えます。
大勢の中から「あなた」とめぐり逢えたように
本当に必要なものならば、見つかるだろうと思います。
足跡
初めて逢ってから、今日まで
何回デートしたかな?という話になって
書き出して見ることにした
手帳、携帯、日記にメール、あちこち開いて
カレンダーを行ったり来たりしながら
記録を綴っていると
いつ、どこで、何をして
どんな風に感じて
どんな風に思って
どんな風に好きになったのか
分かりすぎるほど分かった
路線図を指でたどり
白地図を塗りつぶすように
めぐりめぐるふたりの旅
そんな楽しい作業で
あっという間にすぎた午後
ふたりがずっと仲良しで
一緒にいられてよかった
これまで歩いた距離を全部つないだら
東京からどこまで行けるかな
ありがとう
どうかこれからも
よろしくおねがいします
私のポルシェ
世田谷の落ち着いた住宅街を散歩していたら
通りすがりの月極駐車場に、ポルシェがたくさん停まっていました。
※余談ですが「顔が(ポルシェに)似てる!」と言われた場合は
人として、また女性として、どう反応すればよいのやら。
それにしても偶然ですね。 私の愛車も、ポルシェなのですよ。
「真っ赤なポルシェ」ならぬ「黄色い Porsche Carrera 4」です。
WIKING(ヴィーキング) 社の、1:87 スケールのミニカー。
小さいくせして精巧な創りと、かわいさに感動して
嬉々として手に入れたのは90年代のこと。
私は高校時代の終わりに免許を取ったのですが
初めての愛車(↑)を手に入れたのも、その時期でした。
確か、1,000円か1,200円ほどだったと思います。
当時のアルバイトの時給よりもはるかに高いその金額は、
果たして安いのか高いのか。
しかしこうして何年も箱入りのまま大切にしてきたことを考えると
このポルシェには、金額とは関係ない価値があったのだと思います。
たとえばこれを、知らない人に「倍の値段でいいから、譲って」と言われても
それは無理な相談なのかもしれません。
ところが、自分がどうしてもプレゼントしたい!と思える人になら、
「嫁入りしなさい」と、いともたやすく手放してしまうことでしょう。
久しぶりに箱から出してみました。
よく見ると、豆みたいなハンドルと、シートもついています。
「良い仕事してますね~」と言いたくなります。
可動するのは、タイヤとリアスポイラーのみで
材質は薄いプラスチックなのですが、かなり滑らかに走ります。
なるほど、「顔が似てる」って、カエルみたいってことか!(笑)
このように
愛着はありますが、執着はしません。
こんな私のことを分かってくれる人が現れたなら
いつか、年代ものの黄色いポルシェを贈りたいと思います。







