How Far We've Come
CDの掃除をしていたら
アマチュアバンドの自費制作と思われるアルバムが出てきました。
(アマチュアといっても相当洗練されたバンドだったのですが)
無名なアーティストの一枚を
長いこと捨てずにとってあったのは
そのCDのブックレットに、私が撮った写真が使われていたからです。
彼らのライブに遊びに行ったときに納められた
「偶然の産物」ともいえる、自称、味のあるシーンたち。
相手は動いている上、暗いしブレブレでノイズだらけ。
決してすばらしい出来ではありませんでしたが
でも、フィルム1本の中に数枚の「絵になる写真」があって
それを使いたい、と申し出ていただいたのです。
あの懐かしくもウキウキと嬉しかった気持ちを思い出した瞬間。
胸が熱くなって、やっぱりもとの場所にしまっておきました。
車の中で一人ライブハウス。
タテノリの曲や疾走感のある音楽を聴いて
元気になることもあります。
Let's see how far we've come
Let's see how far we've come
Matchbox 20 「How Far We've Come 」
「こんな世界の果てまで来ちまったよ。」
タテノリです。ベタです。
それなのになぜか泣けちゃう歌詞も映像も好きです。
「If You're Gone」や「Unwell」の頃よりも
ロブ・トーマス、もしかして太ってます?(オジサン化?)
いいのです、男前で素敵です。
対
ルームウェアにしてしまった、ハーフパンツ。
去年か一昨年に無印で買ったものです。
綿と麻の混紡がサラサラしていて、気持ちよく
黒×白のチェックが気に入りました。
思ったのですが、この柄は
バリのあちこちで神様(石像や祭壇など)に巻かれている布と同じです。
「この格子柄には意味があるのですか?」と聞いたのに
理由ははっきりと思い出せない。
確か。
白と黒にはそれぞれ意味があって
魔よけの格子模様・・・だったように記憶しています。
(あのハーフパンツは、バリでは着ない方が無難と思われ。)
とは別に、バリで不思議だと思ったのは
21世紀において白魔術や黒魔術が、本当にあるらしい文化。
「善と悪」をそれぞれ司る、異なる神様や精霊がいて
光と影、誕生と死など、片方があればもう片方も必ず存在するし
それらの「対」が世界の均衡を保っているらしい。
私は気まぐれに、いろいろな色柄の服を着ます。
そんな服に合わせて化けるのも楽しい。
黒や濃紺の「社会人風」の服装も好きですが
今日は少し明るい服を着てみようと思います。
上手くいえませんが、きっと自分の中にも
「対」のバランスがあるのです。
幼なじみ
学校の帰り道、
何軒か隣りに住んでいた男の子と一緒になった。
一緒に帰るというわけでもなく
一緒に歩くというわけでもなく
追い越すでも、追い越されるでもなく
言葉も交わさないし
ほとんど同じ間隔を保ったまま。
でも、互いがどこに向かっているかは知っているし
同じ角で曲がらなかったら「どうして?」と思うし
学校から家までの道をてくてくと
原っぱを横切り、公園を通り過ぎ
黙ったままだけど、一人じゃない気がして
不思議な安心感があった。
その子の家は、うちよりも手前にあったから
最後の最後で、いよいよ道が分かれる。
そうしたら玄関で立ち止まり
「バイバイ」と手を振ってくれた。
何だか可笑しくなって、うふふと思った。
一緒じゃなかったけど、
やっぱり「一緒」だったんだ。
そらもよう
こういう天気はなんていうんだろ?
さっきまで雨が降っていて、
でも向こうの空は少しだけ切れてて
ちらっと青空が覗いていたりもする。
全体的には曇っているけど
所により雨だったり晴れだったりするし
もしかしたら虹がかかるかもしれない
「曇りときどき雨または晴れ」
ということにしておこう。
えんがわ
もう、風邪じゃないのかもしれません、この咳。
熟睡するまでとまらないし、気管支炎に近づいている?
腹筋、鍛えられるかも・・・なんて思ったり。
夏休みの宿題に写生した緑萌える庭
視力が弱かったわたしに
「緑は目にいいから毎日木を見なさい」と繰り返す母
えんがわで15分ばかり
めんどうだなぁと思いながら庭を見ていた
鳥が飛び、蝉が鳴き、猫が横切る
光に祝福された平和なえんがわ
私のえんがわがなくなったときに
わたしを良く知っている友達が
おセンチな跡地めぐりに付き合ってくれた
せまい、せまい、袋小路で
「あら、ひさしぶり!?」と
誰に会わないとも限らないから
変に緊張して足が止まると
友達は私の手をとり、ギュッとした
「だいじょうぶ」と心で聴いた
裏庭のブランコと柿の木、カラーの群生
プロパンガスと灯油臭い物置
倒れかけの物干し、勝手に咲くチューリップ
変なきのこが生えている水道場
庭と家とアパート
は
バルコニーに揺れる色とりどりの洗濯物
プランターの寄せ植え
昭和の匂いなんてどこ吹く風
切り分けたケーキのように3つ並んで
知らない誰かのおうちになっていた
見届けたら笑って泣けた
それでいいんだ、よかったんだ
しあわせに満ち満ちた祝福されたえんがわで
ピンクを着ていなかったら
おとこのこみたいだったわたしを
こうして今も憶えたまま
大人になった私がいるのだから
随想 100525
もうすぐ5月が終わる。
そうしたら6月がやってくるのです、当たり前ですが。
3、4年前の夏、帯状疱疹にかかりました。
不定愁訴にやられ、抵抗力がめっきり落ちていたのです。
そのとき出来た水疱(水疱瘡のようなもの)は
今やすっかり肌色に戻ってはいるものの、
目を凝らしてよく見るとクレーターのように、丸い痕を残しています。
それが、まれにピリピリと痛むことがあります。
ときどき何事かを思い出させるように、痛むのかもしれません。
「みやのかみさまは、みや自身の中にいるんだよ」
と、かつて人生の先輩に言われました。
気持ちが沈むような出来事が続いて、落ち込んだ時期に、
「かみさまなんて、いるのかな?」と弱音を吐いたのです。
若かりし私と、少し歳を取った今の私。
一緒に歩く人がいる、愛情を知っている
やりたいことがあるなら、守りたいものがあるなら
前を向いていること、足を踏み出すこと
出ないと分かっている答えを誰かに求めて、依存しません。
私には何もない、もうそんな風に思いません。
鳥が囀っている。朝が来ました。
For Whom the Bell Tolls
I don't know how to kiss or I would kiss you.
Where do the noses go?
Always I've wondered where the noses would go.
「キスするとき、鼻はじゃまにならないの?」
誓いのキスを見ていたら
「誰がために鐘は鳴る」の名シーンを
ふと思い出しました。
新郎は、新婦の額にキスをしました。
彼がベールを持ち上げるあたりから、
幸せのあまり、口元が緩んでいる横顔といったら!
こちらまで釣られて、思わずにやにやしてしまいました。
日本人はシャイだからでしょうか?
過去に列席した結婚式でも
マウス・トゥ・マウスのキスは見かけたことがありません。
けれども個人的には
鼻と鼻がぶつかる、欧米人みたいな熱い誓いのキスも
悪くないかな?と思います。




