50番、中吉。
月曜日、帰り道。
傘を忘れた私は職場の置き忘れと思しきビニール傘を借り
半透明のビニールの下から、傘の上に積もる大粒の雪を見上げていました。
今朝は、いつもより早起きをして、きちんと朝食を食べて
さらに少し時間があったから、途中でコーヒーを1杯飲んでから
混んだ電車に乗りました。なんだかしあわせな気分で。
かわいい手提げ袋を持った女の子は、バレンタインに愛の告白?いいなぁ。
月曜の晩は、たいていルーチンの仕事を一つ。
途中で眠くなり、気を失っていましたが・・・。
着ているフリースのパジャマ(室内着?)がいい匂いで
ついつい眠たくなったのかもしれません。
給水部分が故障して焦った洗濯機に、風呂水ポンプを使い始めて数日。
なんだか気まぐれに、壊れた部分が復活していました。
不便な中でもエコライフを謳歌するぞ!なんて思っていたのになぁ。
まあいいか、これを機に、使う水を半々ぐらいにしてみよう。
最近、パワースポット?と言われる神社で引いたおみくじに
「自然を大切にすべし」というようなお告げがあったので。
教会に行く母はよく、「神社でお祈りをしない」と言っていましたが
こだわりのない私は、どの神様の前でも、たいてい同じことをします。
思えば物心ついた昔から、お祈りというのが苦手でした。
「お祈りしなさい」と言われても、何を、誰のために、
どんな風に祈るべきか分からず、頭が真っ白けになるのです。
かといって願いごとは多少あるのですが
その些細な願いの、俗っぽさや自分本位さに我ながら呆れるし
神様に願うほどのことではないと、気恥ずかしく思うのです。
でも、本当に神様がいるならば
そんな困った私の頭の中から、本当の気持ちを汲み取って
分かってくれるはずだと信じていました。
だから、神様の前ではお祈りやお願いではなく
「こんにちは、会いに来ました。」と、挨拶をして
何も考えずに、目を閉じます。
おみくじは、50番、中吉。
25円(二重にご縁があるように)、お賽銭を投げました。
随想 110211
朝から雪が降っています。
ぱさぱさと乾いた雪を固めて投げ合っても
手袋の中までびしょ濡れになることはなかったけれど
この湿った雪は、戦い向きではありません。
だからこそ、愉快だった経験は消えることなく
あの日あの時がどんなに楽しかったかと
後からあとから、思い出されてくるものなのでしょう。
それこそ、北海道の端っこや富士山のてっぺんからすら
すべての雪が解けてなくなってしまったとしても
何度だって、思い出すのです。
★
掃除をしました。
Stevie WonderをBGMに、パートタイム・オソウジ。
掃除というのは大きく分けて、二つのことの繰り返しです。
<物を捨てるか、物をもとの場所に戻すだけ。>
何て、簡単なことなのでしょう。
If given a chance to live again
I'd change not a single thing
Cause that little chance could sadly mean
That you to me faith wouldn't bring
Share it with all the world and see each heart
もし生まれ変わっても、何一つ変わらぬままでいたいと願う
だって君と出逢う運命までも、変わらないでほしいから。
Stevie Wonder「Kiss Lonely Good-bye」
7センチ
秋になるなり買ったくせして、しばらく玄関に鎮座していたのは
その素材や形やヒールの高さが
どこか自分の雰囲気じゃないと気後れしていたから。
服や靴にこちらが着られるようではダメだと逡巡し、
結局ペタンコの靴を履いてしまう朝を繰り返していた訳で。
ところが、ある日あなたがやってきて
「格好いいじゃん」と、並んだブーツを見て言った一言で
よし、履き熟してやろう!なんてスイッチが入った。
ホントにそう思う?
私にとって、あなたからの褒め言葉は
有名な評論家のアドバイスよりもありがたいし、
最先端のファッション誌よりも影響力がある。
たった一人に気に入られたい願望は、至極単純。
恋なんて、そんな勝手なことばかり。
そんなこんなで、ついに日の目を見たブーツ。
冬が終わろうとしていても、夕方に脚がむくんでいても
今日は7センチ高い世界を歩いているし、
心なしか背筋まで伸びている。
失恋気分
「別れよっか」なんて
まるで真実味のない言葉だったから冗談にできた。
そんな言葉をやすやすと口にしたこともあったのに
いつしか「そうね」と真顔で答えられるのが怖くて仕方なくなって
言ったら最後、二人は本当に終わってしまうような気がして
無口になっていったんだ。
少し前までの私はひとつ大きな思い違いをしていた。
終わったって、つながっていられると疑わずにいられた。
だけどもし、もしもこの恋が消えてしまったとしたら
パックリ開いた切り口をどうしようもできず
私は腐ったり細くなったり髪が白くなったりするのかもね。
嫌いになれたらいいのに、簡単には忘れられないほど
日々は愛おしく、好きになりすぎてしまった。
だからこそ想像以上に打ちのめされてしまうことも分かっている。
馬鹿な話に背中を叩きあうこともできないし
その壁を乗り越えるまではしばらく逢えなくなるだろうし
死にそうな気持ちに、なるんだろう。
辛くて仕方ないときは心をぱたんと閉じて凌いだ。
感情はとても淡々としており、ほのかに悲しいような「気がした」。
まるで他人事のように、静かな気持ちだった。
でも油断すると勝手に涙が落ちてくる。
どうしようもないボロボロの一線を越えたら笑えるものだけど
離れることを、ほんの少し想像しただけでこんなにも胸が痛い。
だから、もう言わない。
homesickness
一番古い親友と、デイト。
元川崎市民(彼女は今も市民です)には、おなじみの町、ノクチ。
駅前のノクティというビル名が、とってもナウいです。
(※溝の口→ミゾノクチ→ノクチ→ノクティ)
かつて私はそのお隣の、武蔵新城という町に住んでいましたので
その名残で、南武線の武蔵溝ノ口駅の改札で待ち合わせしました。
ちなみに、目と鼻の先にある田園都市線は、溝の口駅です。
4人掛けの席だというのに、ソファに横並びに座る、変な私たち。
悲喜こもごも、いろいろお話しました。
食後にイチゴが無性に食べたくて、イチゴタルトを頼んだら
残念、売り切れていて、結局チョコケーキになってしまいました。
ママン(親友のお母さんの、ニックネームのようなものです)から、
お土産にと、CLOVERのお菓子が入った手提げ袋を渡されました。
今度は、かならず泊りにおいで!だなんて。
どうして世のお母さんたちはみんな、やさしいんだろう。
小学生だった私を、憶えているんだろうなぁ。
昔から素敵だったママンに、親孝行したい気持ちになります。
楽しい時間と、美味しいものを味わったはずなのに、
帰り道はどうしても何かが足りないような味気なさを感じました。
なんだか、とても人恋しくて切なくて。
誰かにとっては価値も意味もないことかもしれないけれど
報告したいこと、たくさんある気がするのです。
ホームシックは、「家」でなくても起こるのですね。
きっと、心が帰る場所が、私の家だからだと思います。
そうだ。夜は温泉の素を入れよう。
CLOVERの袋に、ビールもぶら下げて帰ろうと思いました。
随想 110203
私は、実は彼女がけっこうな苦労家だと知っていたから
人は勝手なことを言うわと、いつも肩を竦めていたものです。
しかし、その時々に出来ることをただ遂行し
ぎりぎりライフを笑って、暮らしていたのだから
お見事としか言いようがありません。
よく倒れなかったよね。と、子どもたち。
ほんとよねぇ。と、母上。
倒れられないからね。と、神様。
かくいう私も元気でやっています。
数日前に、同窓会の計画を、マメな人から聞きました。
私は行方不明者リストに載っているようです。
一昔前の知人と、ワイワイした飲み放題もまたよいか。
とはいえ春の宴に誘われたいのは気心知れた仲間たちで。
結論、マメな人には事後報告を頼んでおきました。
メールを下さった方々に返信しなくてごめんなさい。
久しぶりに連絡をくれた人にも、この場を借りて御礼をば。
そして今朝のこと、一番古い親友から連絡がきました。
何かあったとき、思い出してもられてうれしい。
私も話したいことたくさんあるんだ。
この絶妙すぎるタイミング。
引き合うように、歯車が廻っているのだと思わずにはいられません。
毎朝、乗換駅の階段は3フロア分の高さです。
流れにもまれつつ、一段ごとに、大切な人の名を呼んでみる。
すると呪文が効いて息切れもせず上りきれました。
はち切れる寸前の水風船か、
今にも滴りそうな蛇口の雫。
そんなイメージを振り払う、清々した冬空に
お腹が空けば旺盛に食べ、楽しいことには笑おうと顔を上げました。
February
寝つきの良い方だと自負していますが
ごくまれに、闇に包まれても眠れない夜があります。
そういうときは、眠れないことを焦らず
横たわった身体だけは、ゆったりと休ませて
頭には「必要な時間」なのだと、目を閉じて考えます。
幼かった頃、沈黙にも音があると気付きました。
シーンという、耳に染みる音色を感じる、静けさを。
もしかしたらこれは私の体内を駆け巡る血流の音ではないかと、
首すじに指先をあてて聴きました。
羊を数えるように脈をとり、意識が岸を離れる瞬間を待つあいだ
鼓動は一定であるようでいて、決してそうではなく
深く息を吸えば早く打ち、長く息を吐けば緩まることに気付きます。
平らな胸にてのひらをあてて
誰かのことを考えるのもまた、何かの儀式のようで
ふと、一拍飛んだ気がする、わずかに踊るリズムは恋心なのかと
心と身体がつながっていることを不思議に思いながら、眠るのです。
2月になりました。
Ain't No Mountain High Enough
伸び放題でうねった私の長い髪を梳いて
まっすぐつやつやに整えてくれた
甲斐甲斐しい手つきと
きれいになった!と満足げに喜んでいた笑顔は
汚れて凍えた迷い猫を拾って来て
お風呂に入れて乾かして
すっかりきれいになった、よかったねと
嬉しそうににこにこしている
優しくてあったかい飼い主みたいだった
とてもしあわせな記憶がまたひとつ
ありがとうと思った
★
Listen baby
Ain't no mountain high
Ain't no valley low
Ain't no river wide enough, baby
If you need me, call me
No matter where you are
No matter how far
Don't worry baby
Just call my name
I'll be there in a hurry
You don't have to worry
'Cause baby,
There ain't no mountain high enough
Ain't no valley low enough
Ain't no river wide enough
To keep me from getting to you, babe
「Ain't No Mountain High Enough /MARVIN GAYE and TAMMI TERRELL」
アリストテレス
サーキュレーターは扇風機と違うんだねぇ・・・と、しみじみ。
エアコンの温風が天井付近に滞留していることが気になっていて
暖房効率が悪い、暖まらない部屋にやきもきして
まずは加湿器を出しました。が、足りない。
洗濯物を部屋干しすれば、下半分の乾きが悪いのです。
そこで、とうとう秋から封印されていたサーキュレーターを出しました。
サーキュレーターは冷房の一種なんじゃないの?という
固定観念を打ち破るのに、何か月かかかりました。
スイッチオン。
渡り鳥のモービルが揺れまくっていますが、
その違いは歴然たるもの。
洗濯物から放たれた湿気を適度に帯びた
しっとり快適な空気が広く巡っています。
さっきまでの思い込みに近かった考えから、一転。
でも、こういう風に肩の力を抜いて試してみたら
違ってくることっていっぱいあるんだろう。
地動説と天動説が逆転した瞬間のように。
It is the mark of an educated mind to be able to entertain
a thought without accepting it.



