お詫び

 

本日、午前7時に公開予約で発表しました

下記の記事につきまして、

修正前のものを誤発信してしまいました。

 

Basis of The SHOW BUY -商品で勝負しよう!ver1.0

 第4章-24~25

 

 

ここにお詫び申し上げます。

 

今回、誤発信の記事に、

 

いいね!を下さった皆様には、

大変ご迷惑をおかけしました。

 

また、誤った記事をご覧になった皆様にも

大変ご迷惑をおかけしました。

 

 

商品の絶対基準を掲げながら、

誠に恥ずかしい限りです。

 

 

皆様、本当に、ごめんなさい。

 

 

改訂版として改めて、

発信しますことをお許しください。

 

最初にいいね!を

たまわりました6人の皆様

には、

深くお詫び申し上げます。

 

A!エテルナム

『Aeternvm's Basis of The SHOW BUY ー商品で勝負しようー』、商品がお店を選別する、絶対基準「X」を知ろう、「X」を知ると、商売の好循環が生まれる。Copyright©2018 by Aeternvm 

『Aeternvm's Basis of The SHOW BUY ー商品で勝負しようー』、商品がお店を選別する、絶対基準「X」を知ろう、「X」を知ると、商売の好循環が生まれる。

Copyright©2018 by Aeternvm

 
第8回になります。いよいよ最終コーナーにさしかかりました。ここまでご覧になり続けられたみなさん。本当にありがとうございます。前回、商品の絶対基準「X」の正体、「まごころ」の第4章からが試行錯誤の連続で、書いては消し、書いては消しの繰り返しで、途中で放り投げてしまおうかと思ったくらいでした。でも、放り投げようと思っても、頭はそれを許してくれません。しばらくすると、なんとなく、ふと思いつくのです。アッこれだと、少しずつ前進ていくのです。勾配が急になった坂を上っていく感覚です。
 

「まごころ」をいかに商品の絶対基準になりえるものかという証明する仕方に四苦八苦したわけです。こうして書き上げた今でも、ここは甘いのではないか、ここの表現は巧く伝わり切らないのではないか、誤解が生じてしまうのではないかという思いはぬぐい切れません。とはいえ、完璧主義は貫くと、身動きが取れなくなってしまいます。それでは坂を登りきることができません。それが分ってから、心持ちが楽になりました。すると、勾配がきつくても、頑張りとおすことができました。そして、第4章という坂を登りきることができました。どうしても登らなければならないという理由もありました。結果として、「まごころ」は今では自信と確信に変わりました。

なぜなら、この急勾配の坂を登りきる過程で、絶対基準「X」つまり「まごころ」を知ることで、「商売の好循環が生まれる」ことと、「商品がお店を選別する」ことを証明することもできたからです。もちろん、わたしの文章が、みなさんが納得できる価値のある内容であることが前提となります。価値があるや否やかは、みなさんの判断にゆだねらことになります。どのような受け止められ方になるのかとても楽しみでもあります。
 

ところで第2章で繰り返し登場した「あの言葉」、本日のあとがきで違った形で登場します。わたしが話したことが何と可愛らしいものかと言えるくらい、衝撃的な表現に出会うことになります。だからって、いきなり本日のあとがきにワープしないでください。でも、こんなこと言ったら、ふつうワープしてしまいますね。
 
 
では、衝撃に備えてください。3・2・1・0!?
 
 
それではさっそくスタートしましょう。

 

 

 

第8回のメニュー
・第4章 「共鳴と共感」(つづき)
 ・22.「〇〇」は商売の好循環を生む
 ・23.「〇〇」がお店を選んでくれる
 
 

第4章

「共鳴と共感」

(つづき)

 

22.「〇〇」は商売の

        好循環を生む

 

 

”O・MO・TE・NA・SHI”は「一方通行」です。”O・MO・TE・NA・SHI”は敷居が高く、ちょっと近寄りがたさ、他人行儀です。なぜ一方通行かと言いますと、”O・MO・TE・NA・SHI”には、とりわけ商売、ビジネスの場合、「下心」という欲望があるからです。接待が最もいい例です。料亭での接待、ゴルフ場などでの接待です。”O・MO・TE・NA・SHI”するのだから、当然「見返りが必要」「見返りが望み」です。また、販売での場面でも、”O・MO・TE・NA・SHI”するのだから、当然「見返りとしてお客様は商品を購入する」が求められます。ここが一方通行の弱いところです。

 

共鳴し、共感しないので「担保」が必要になってしまうのです。それが見返りです。だから、こんな会話がでてしまいませんか。「あれだけもてなしてやったのに、何もなしかよ」(第2章の本日のあとがきでの営業の方々の会話の体験談の一コマです)。あるいは、「あれだけ接客したのに、買ってくれないのかよ」となります。お客様、そっちのけで商売の売上という欲望が前面に出て「マイナスのエネルギー」が生まれます。売る~テクニックも根っこは同じです。売れないというマイナスのエネルギーから出たものです。そのマイナスのエネルギーをプラスに変換しようとするものです。ですから、うまくいかないと愚痴が出ます。



他方、「まごころ」はインタラクティブつまり「双方向」です。ぬくもりがあります。敷居がありません。遠慮が必要ありません。だから親近感があります。まごころは「見返りを求めません」。ここが肝です。商売に見返りはつきものと考えがちですが、まごころは「共鳴と共感」するので、その必要がないのです。裏表がないのです。

 

例えば、「まごころ込めて、プレゼントしたのにお返しなしかよ」という発想はあるでしょうか。というのがわたしの答えです。大抵の場合、贈るほうも贈られるほうも、喜びがあります。感謝と喜びの双方向性があるのです。もっとも、いろいろな意味で迷惑な贈り物も存在することは承知しています。

 

商売ではどうなの?という質問があると思います。基本、「まごころ」は商品そのものの中にあります。「まごころを込めた商品を販売します」。相手のことを思いやるので、売上に結びつかなくても、お客様と商品にご縁がなかったということになります。販売員がまごころを込めて接客したのに、売り上げられなかったという場合でも、このお客様と商品はご縁がなかったということになります。これも相手のことを思いやるから、不満とならないないわけです。もちろん、人間ですので感情として、複雑な思いが出る場合もあることは承知しています。

 

それでは商売にならないではないか、という質問も出ると思います。短期的な視点では売上が出ないと思います。しかし、販売方法が”O・MO・TE・NA・SHI”と「まごごろ」は真逆です。”O・MO・TE・NA・SHI”による商売は「短期撤退戦」です。主役は「商売人」です。「まごころ」による商売は「長期浸透戦」です。主役は「お客様」です。

 

具体的には”O・MO・TE・NA・SHI”、あるいは「いかに売るか」というテクニックで商売をする場合では、商売人はお客様を「説得」して、商品を売ります。一方、「まごころ」で商売する場合では、お客様は「納得」して、商品を買います。

 

この違い分かりますでしょうか。「説得」「納得」「売る」「買う」違いです。この4つの単語がキーワードです。

 

前者では、商売人が主役で、その都合(売上)を優先して、「商売人は商品を説得して売る(売りつける)」ということになります。

 

後者では、お客様が主役で、商品の価値を優先して、「お客様は商品を納得して(欲して買う」という表現になります。

 

”O・MO・TE・NA・SHI”あるいは「いかに売るか」というテクニックで商品を説得して売った場合「まごころ」で商品を納得して買った場合、さて、どちらの場合がお客様は喜ばれるでしょうか。そして、その結果、お客様はお店に「また来よう」になるでしょうか。

 

前者の場合、お客様の立場は受け身です。商売人からお客様は説得されて商品を売られるわけです。

 

後者の場合は、お客様の立場は能動的です。お客様は自ら納得あるいは欲して商品を買うわけです。

 

言い換えると、”O・MO・TE・NA・SHI”あるいは「いかに売るか」というテクニックで商品を説得して売った場合は、商品を買う姿勢が消極的です。この場合、後で納得できないことが生じる可能性があります。「こんなはずじゃなかった」「もっと考えればよかった」という後悔が生じます。

 

ひるがえって、「まごころ」で商品を納得して欲して買った場合は、商品を買う姿勢が積極的です。この場合、「望んでいたとおりのことができる」「よく考えてよかった」と満足することが多いです。

 

 

結論として、「まごころ」で商品を納得して(欲して)買った場合のほうがお客様は喜ばれます。お客様は商品の価値を知って買っているからです。納得する、欲する過程で、あるいは来店する前に商品の価値というものを理解していらっしゃるからです。

 

一方、説得して売られた場合、お客様は商品の説明を受けているだけで、商品そのもの価値を理解しきれていません。そして、お客様は売られて、使ってみて初めて価値に気づき、説明と価値の間に齟齬(ギャップ)が生じ、結果として後悔の念が生じ、不満が出るのです。

 

 

では、さきほど”O・MO・TE・NA・SHI”、あるいは「いかに売るか」というテクニックによる商売は、「短期撤退戦」と言った意味を説明します。商売人のテクニック、前回お話したマジックで、お客様は説得させらて、まあいいか、仕方ないかという消極的姿勢で商品を購入します。商売人のテクニックを使われると、お客様はついつい押し切られて買ってしまう人が多いのも確かです。「つい押し切られ買い」です。商売としては、短期的に売上は急上昇します。ところが、お客様は後で後悔することになるので、そのお店に対して「二度と来るもんか」になります。そして、1年か2年くらいすると、店仕舞いすることになります。モール街でよく見かける光景です。

 

 

一方、「まごころ」による商売は、「長期浸透戦」と言った意味を説明します。主役は「お客様」です。お客様が「納得」して「欲しい」という意志がない限り、商品を購入することはありません。そもそも論として「まごころ」による商売ではお客様に思いをはせて商売を考えるので、お客様の欲しいを形にした商品を販売します。

 

まごころは相手を思いやることです。ですから、お客様に思いをはせて商売を考えます。ですから、無理強いすることはあり得ないのです、押し売りはしないということです。押し切った売り方はしないのです。

 

ですから、即決買いにならないことが多々あります。それは、お客様が商品の価値納得することが販売の前提になっているからです。欲しいという場合でも、お客様の要望と商品の価値が一致しているか、確認することが必要になります。お客様を思いやることは、商品を買ったことを後悔してもらいたくないことも含まれるのです。

 

こうした理由で、売上緩やかな上昇になります。しかし、まごころで商品を購入したお客様は商品の価値を納得してるので満足されます。そして、購入したお店に「また来よう(また行こう)」となるわけです。いわゆるリピーターとなるわけです。ストアロイヤリティ(お店への贔屓)が生まれるわけです。口コミでも噂は広まります。徐々に売上が上昇していきます。じわっとお客様に浸透していくわけです。商売の根本・基本、商品の絶対基準を持ち続ける限り、上昇は続きます。最初は小さいですが、前回もお話したとおり成長が始まると、雪だるま式に成長し、それが長期に続きます。

 

 

お店の「まごころ」のこもった商品、つまり、お客様を思いやることからお客様の欲しいが形になった商品、それはお客様にとって価値ある商品となります。商品の価値を納得し、理解され、欲しくなったお客様がその商品を買います。そのお店に「また来よう」となります。そして、商品を使い改めて商品の価値に満足されます。あのお店に「また行こう」となります。口コミでもその評判は広まり、あのお店に「行ってみよう」となり、「また来よう」、「また行こう」になります。

 

つまり、商品の絶対基準「X」である「まごころ」によって、商売の好循環が生まれるわけです。

 

 

「まごころは商売の好循環を生む」ということです。

 

 

「まごころ」は相手を思いやることなので、何が何でも売り上げるという欲望がないのです。打てば響く、お客様と商品が共鳴と共感で、結びつき、結果として売上になります。納得と満足の「プラスのエネルギー」が「相乗効果」を生み、さらに商売のエネルギーを高めます。

 

 

 

 

23.「○○」が

お店を選んでくれる

 

-「まごころ」が成功しているケース-

 

 

ここで、「商売の根本・基本」について確認のため振り返っておきます。まず、「商売の根本」とは、自分のしている商売が好きであること、誇れること、その商売に対する鍛錬をいとわないことです。

 

次に、「商売の基本」とは、商品を企画あるいは仕入もしくは製造、そして販売するということになります(もちろん、事務作業、商品管理、配達、清掃などの日常の運営業務があることも承知しています。細分化すると見えづらくなるので、ここではあえて当たり前のこととして割愛させてください)。

 

商品の絶対基準「安心」「安全」「品質」、そして、自分たちがどれだけ商品に愛情を注ぎ、お客様のために真剣に取り組み、常日頃からの鍛錬を込めたもの、 つまり、「まごころ」が入るとことで、商品は単なるモノではなくなります。商品に「ハート」が入る、つまり人的要素が入るわけです。すると、売る側と買う側の双方の共鳴と共感する「結節点」が生まれます。

 

これにはプラスα基準が必要ありません。つまり、 ”O・MO・TE・NA・SHI”や「売れる~」 テクニックの要素は必要がないのです。その代りに「まごころ」を込める「真剣さ」「鍛錬」が極めて重要になるわけです。商品が自ら価値を発信します。お客様店を選びます。

 

 

「商品お店を選んでくれる」ということです。

 

 

これは商売の基本に忠実であれば、必然的なことなので当たり前のことをするだけです。むしろ、現在はプラスα基準、「売る~」テクニックや”O・MO・TE・NA・SHI”効果で、商売の根本・基本や商品の絶対基準がないがしろにされているのではないかと思ってしまいます。

 

 

商売の原点回帰が必要だと考えます。

 


しかし、そんなことで商売が成り立つわけがないと思われ向きもあるかもしれませんが、ここで一つ思い出してもらいたい好事例とほか2つの好事例があります。この事例から分かることがあります。商売が成り立つということがわかるとともに、商品がお店(企業)を選別するということです。

 

 

意外かもしれませんが、第3章の13で取り上げた「お店の勝手でしょサービス」、頑固おやじ、頑固女将の頑固商売、「気に入らないなら出ていけサービス」。これが実は、「まごころ」だと言えます。頑固おやじ、頑固女将の商品に対する姿勢は、商品の絶対基準に100% 合致するからです。

 

提供する商品に対して「まごころ」を込めて作っています。だから「気に入らないなら出ていけサービス」でもお客様はついてくるのです。「まごころ」の入った商品が頑固おやじ、頑固女将とお客様とで共鳴し、共感しているからです。そして、お客様はその商品の価値を理解し、欲しい商品なのです。商品が店を選別したわけです

 

頑固おやじ、頑固女将はお客様に一切媚びへつらいません。その代り、商品に対しては一切妥協しないわけです。商品に対して絶対的な自信と信念があり、まごころが込められているのです。 つまり、頑固おやじ、頑固女将は商品に対して、愛情を注ぎ、お客様のために妥協することなく真剣に取り組み、常日頃からの鍛錬を怠りません。

並の商品を作ってこれをやったら、すぐにお店は潰れます。

 

実に興味深いとは思いませんか。なぜなら、頑固おやじ、頑固女将は商品の絶対基準だけで勝負しているからです。商売の根本・基本だけで勝負しているのです。

 

そこには商品のプラスα基準など存在しません。頑固おやじ、頑固女将には必要がないのです。それこそ、プラスα基準の話をしたら、「バカヤロー、出ていけ」です。もちろん、あらゆる商売で頑固おやじ、頑固女将ばかりでは、気の小さいわたしは困ってしまいますが、ともかく「まごころ」が商売として成り立つという証明にはなります。

 

今あげた例は極端なものですが、逆に言えば、一般ならなおさら、繁盛するのではないでしょうか。わたしでも、怒鳴られないで済むならそちらを選びたいですから、もっと間口が広がります。

 

 

では、自ら商品を開発・製造していない場合はどうでしょう。商品の絶対基準を満たす商品を探すのです。

 

今、廃棄物処理について、環境問題の解決策の一つとなる商品が存在します。これは個人で買える商品ではありませんが、廃棄物処理事業者にとってはとても魅力のある商品です。

「あらゆる可燃性廃棄物を熱分解し、セラミック状の灰に変え」、「面倒な前処理(廃棄物の分別処理)がほとんど不要」、「水分を含んだ廃棄物までも直接処理」、「セラミック状の灰は後処理なしにリサイクルできる」、「環境汚染物質の排出が少ない」、「設備、運転、保守費用も低廉」という装置です。

まさに廃棄物処理業者にとって価値ある装置です。価値があるとは、求められる商品、欲しくなる商品です。お客様の欲しいを形にした商品です。この商品は、「安全」「安心」「品質」「まごころ」の商品の絶対基準を満たしています。この商品〔製品)が世に出るまでは相当なご苦労があったと、開発された会社のHPにはあります。

そしてこの価値ある商品を見出した販売店が現れます。まさに、商品が価値を発信した結果です。商品の価値に共鳴と共感をもった販売店が出会い、この廃棄物処理装置を仕入れることになります。販売代理店となりました。まさに、商品が企業を選別したわけです。

 

 

では、サービスという商品を提供している場合はどうでしょう。企画と実行する人の双方とそれにかかわる施設や用具にに商品の絶対基準を満たせばいいわけです。

 

今回は自動車教習所の例をあげます。大抵の場合、自動車教習所では教習を受ける際、教官を選択するなんてことはまずないと思います。だから、教官のほうはかなり横柄な方が数多く存在するということも事実です。なぜなら、教官はお客様である生徒から評価されることがないからです。つまり、今までの教習所では生徒がお客様であるという感覚はなかったわけです。

 

ですから、自動車教習所で楽しい思いをしたということよりも、不愉快な思いをしたことのほうが多いのではないでしょうか。教官の態度でわたしは随分嫌な思いをさせられました。

 

そこで、とある自動車教習所で、ある試みがなされました。今までの常識を覆す方法です。これこそ、商品の絶対基準「まごころ」のあるサービスという商品です。お客様を主役として、お客様がまさに求めていた価値ある商品です。一体何だと思われます。これこそ、逆転の発想です。

 

「生徒が教官を指名できる」というものです。教習所のいろいろなコース選択の一つとして登場させたのです。もちろん、価格設定は通常より高めです。しかし、そこにはさらに、生徒が指名した教官を気に入れば、仮免、卒検を除いて、すべてその教官に教えてもらえるというものです。もちろん、途中で気に入らなくなれば、違う教官を選ぶこともできます。加えて、教習日程の予約は、自由に決められるのです。

 

どうでしょう、この商品は大当たりしました。だれもが求めていた商品だからです。これは生徒の側にメリットが大きいと思えますが、教習所としてもメリットが大きいのです。なぜなら、教官の質が指名制度を導入することで、教官の側も評価されるようになったからです。

 

これでは教官が生徒におもねることになって、交通安全が脅かされるのではと憂慮されるかもしれません。しかし、先ほど話した通り、チェック機能が存在するわけです。仮免と卒検は別の教官が行います。ということは、指名された教官の質はそこでチェックされるわけです。教えていた生徒が仮免落ち、卒検落ちすれば、当然、指名された教官の評価は下がります。したがって、教官の質も担保されるわけです。教官指名制度は、教官の教え方の技術の質のレベル向上をはかることができるわけです。

 

教習所とお客様が共鳴し、共感する商品です。教官指名商品が教習所を選別します。ここにも売る~テクニックは不要です。商品の価値を納得して欲するお客様で、大変な評判となりました。もちろん、当時、そんな商品は存在しなかったので話題性からパブリシティ効果を得ることにもなりました。価格設定を高めにしたことで最初、不安がありましたが、教官指名コースの卒業生が増えるごとに、商品の売上が上昇していきました。まさに雪だるま式です。

 

 

こうした事例は、実は当たり前のようにあります。ただ、わたしがいう商品の絶対基準とか、商売の根本・基本と言っていないだけです。

 

いわゆるブランド商品もそれに当てはまります。ブランド商品と言っても、欧州の高級ブランド商品のことを言っているわけではありません。日本のご当地ブランドのことです。大間まぐろ、夕張メロン、関あじ関さば、松坂牛、でんすけすいか、宇治茶、江戸切子、木曽漆器、輪島塗などなど、枚挙にいとまありません。

 

 

わたしがいう商品の絶対基準そのものはプライスレスです。一切お金がかかりません。商品の絶対基準「安全」「安心」「品質」「まごころ」の4つを面白いと感じるか、共感するか、試してみようか、当たり前と感じるか、発想の転換、違ったアイデアの材料となるのか、とても興味深いです。もちろん、そんなのあほらしいというのもありです。いずれにしても、商売の基本や商品の絶対基準が最優先で、プラスα基準が最優先とならない方向にいけばと願っているだけです。

To be continued.

 

第8回のあとがき

 

今回は前半が、かなり抽象的な話で分かりづらかったかもしれません。自分がお店で何らかの商品を買うシチュエーションを想像してみると分かりやすいと思います。説得されて売られたことや、納得のいく買い物ができた経験があると思います。後半の成功しているケースは、もっと多くの具体事例を挙げたほうがよかった思いますが敢えて絞り込みました。でも、今回の記事はいろいろな意味で実験的な試みとも言えます。

 

今日はとある反対語を調べていたら、思わぬ発見をしました。ネット上での話です。本のタイトルです。わたしが現在の主流となっていることに異を唱えるよりも1年も前に、もっと過激なことをおっしゃっている方がいらしたのです。これはさすがに驚きました。現在の主流に真っ向から挑戦されている方がいらっしゃり、商業ベースの書籍として販売されているとは思いませんでした。
 
冒頭でも話題にした「あの言葉」です。また、それですかと言われるのを承知で敢えて出します。本のタイトルが衝撃的というか過激です。ではいきます。
 
『「おもてなし」という残酷社会~過剰・感情労働とどう向き合うか』
榎本博明著、平凡社新書2017/3/15出版
 
いかがですが、ここまで言いますかというタイトルです。著者は東京大学教育学部心理学科を卒業して、東芝の市場調査部門に勤務された後、大学院へ行かれ、大学の教授をされたという異色の経歴の心理学者です。学者一筋ではなく、サラリーマンしかも、市場調査のプロフェッショナルを経験されて、学者になったところが興味深いです。学者にありがちな机上の空論ではないような気がします。
 
わたしは商売の手法として現在の主流に異を唱えていたのですが、心理学の側面からとらえると、こういう表現にまで行きついてしまうのかと思いました。前回もお話したように、前提やバックグラウンドが異なると同じものを見ても、答えが異なるというこれも一例だと思います。でも、このタイトルから推察するに前回、お話したような面白いとは言えない一例であることだけは確かです。
 
ブックレビューしか読んでいないのでコメントは差し控えますが、わたしもこの本を読んでいずれレビューしようと思います。感情労働というのがどうもキーワードのようです。
 
いや、最後は結構ハードで重めな話になってしまいました。
 
次回、第9回は「商品で勝負」することがいかに大切なことかを説明していきます。 モノが売れないといわれて久しいです。一瞬、まやかしの賃上げがありましたが、結局は単年度で終わり、今もって、モノが売れない時代です。モノが売れないのは、景気の実感がないのがホントの原因でしょうか。そのあたりを探ります。

 

 

 

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 

各回の記事は、下線付きの数字

クリックしてご覧ください

 

 

10 11 12 13 14 15

15未完です。

『Aeternvm’s Basis of The SHOW BUY-商品で勝負しよう-』

(島田智史の「商売の基本」)

商品がお店を選別する、絶対基準「X」を知ろう、「X」を知ると、商売の好循環が生まれる。

Copyright©島田智史, All Rights Reserved.

 

 

 

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Q.あなたが好きなスナック菓子は?

A.ギンビスの「しみチョココーン」

5年くらい前までは星型のしみチョコの中に、

ハート型のしみチョコが入っていることがあって、

ウインクそれがラッキーしみチョコでしたウインク

 

ところが、

ガーンこのしみチョコをパクった商品が登場しガーン

しかも、嫌がらせにパクリの商品はすべてハート型

しかも味が不味い。

ムキーパクリは何であろうとダメダメですムキー

 

おかけで、

本家のギンビスのしみチョコから

えーんハート型が消えてしまたえーん

残念。

でもギンビスの

ラブ「しみチョココーン」は今でも大好きラブ

 

もぐもぐギンビスのオリジナル商品はもぐもぐ

ラブやっぱり美味しく、もぐもぐ食べるのが大好きです。ラブ

 
 

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『Aeternvm's Basis of The SHOW BUY ー商品で勝負しようー』、商品がお店を選別する、絶対基準「X」を知ろう、「X」を知ると、商売の好循環が生まれる。Copyright©2018 by 島田智史

『Aeternvm's Basis of The SHOW BUY -商品で勝負しよう-』、商品がお店を選別する、絶対基準「X」を知ろう、「X」を知ると、商売の好循環が生まれる。

Copyright©2018 by 島田智史

 
 
第7回になります。いよいよ、満を持してというか、延ばしに延ばしたとでも申しましょうか。今回、絶対基準」が姿を現します。随分お待たせしました。みなさんも「X」の答えを一緒に考えてくださりましたでしょうか。
 
わたしの答えとみなさんの答えが一致していれば嬉しい限りです。たとえ違っていたとしても、その答えのほうがもっと素晴らしいものかもしれません。もし、よろしければその答えを教えていただければ幸いです。わたしの答えは、みなさんをきっと拍子抜けさせることでしょう。身近な言葉だけれど、それビジネスで使う?という言葉ですから。
 
みなさんのリアクションの表情をうかがい知ることができれば、もっと楽しいのですが、できないのが残念です。
 
それではさっそくスタートしましょう。
 
第7回のメニュー
・第4章 「共鳴と共感」
 ・20.仕事の苦い経験
 ・21.「また来よう」

 

 

 

第4章

「共鳴と共感」

 

 


20.仕事の苦い経験

 

 

わたしが以前、イベントの仕事に携わっていたというお話をブログでしたことがあると思います。その時の経験です。イベントという商品ははっきりとした形があるわけではありません。直接手に触れることもできません。なかなか評価のしづらい商品です。

集客率、イベントの参加人数、施設全体における売上貢献度などが評価の対象ということになるでしょうか。ほかの部署の人から見れば、ときとして遊んでいるようにも見えてしまいます。以前登場した営業の方々からは楽しそうでいいなどと、冷やかされることもありました。

 

華やかそうに見える仕事ほど、現実の仕事は地味なもので、泥臭いです。いずれの仕事に当てはまることでしょうが、とりわけ納期は絶対で延ばすことができません。デスクワークから肉体労働まで、徹夜なんて当たり前、からだ大丈夫ですかの世界です。そのハードさとの引き換えに、達成感は今まで経験した仕事の中で一番だと思います。

 


ここではあまり難しい話、基本構想、企画段階などは端折ります。運営実施段階、初日になれば、会場運営者からはイベント用の機材がどうのこうのスタッフがどうのと、質問やクレームなどが入ります。休憩中で慌てて駆けつけて、機材の設置の指示や運営者への謝罪などアクシデントも多々起きます。屋外イベントとなると、天候にも注意を払わなければなりません。雨が降れば中止になるようなこともあります。そうした判断もしなければなりません。

 

無線機片手にいろいろな指示もださなければなりません。安全面にも配慮したり、もう書けばきりがないくらい。いろいろなことが同時進行で起こり、瞬時、瞬時の判断が求められます。

イベントという商品に限っては、実際に運営してみて明らかになるバグが付いて回ります。突発事態に対処するには、いかに真剣にイベントを作り上げてきたか、常にイベントという仕事にどう向き合っているかという姿勢がまさに問われるわけです。臨機応変さと、誠実さ、日頃から鍛錬が必要になります。これがわたしのいう「商売の根本」についての原点になっています。

 


わたしは、次のイベントに生かすためにアンケートをとることを常にしています。好意的な意見がある一方で、もちろん、辛口の意見もあります。でも、わたしは辛口の意見がとても大事だと、いつも思っています。好意的な意見よりこちらを優先して読みます。ここから今回のイベントで何が足りなかったのか、どこが面白くなかったのかなどのいろいろな貴重な情報をいただくことができるからです。それを参考にして、次回にはもっといいものを作り上げることができます。

 


また、スタッフからもいろいろな意見がでます。制作過程から運営過程の段階で、異論反論タイムです。これがまた、わたしにとっては有意義な時間です。「ここが面白くない」、「この人数では運営なんてできない」などネガティブワードがでてきます。どこが面白くないの、ではどうしたら面白くなるかな、この人数でできないなら、何か工夫する方法ないかな、お客様にとって一番ベストな形にしようよと話をもっていきます。かといって、スタッフにご無体な難題をおしつけることは致しません。その理由はのちに触れます。

 

お客様が主役という認識がしっかり共有できれば、答えはおのずと収斂していきます。わたしたちのレベルはその程度なの、みんなのレベルはもっと高いのではという姿勢を問います。できない思考ではなくて、できるようになる思考へと導きます。

 

そして、結果を出します。成功体験をさせます。お客様が喜ぶ姿を直接、体験します。もちろん、結果がでないときもあります。その時はしっかりと検証します。検証して、修正して、鍛錬して、再びチャレンジします。この繰り返しを行うと、必ず結果が出てきます。あまり褒められる話ではないですが、ときには失敗を経験することも大事です。成功することよりも意義があることもあるのです。アーサー・フェリルという古代史学者がローマ軍の強さを「訓練」と「規律」の2つである」と説明していました。

 

わたしたちのイベントの強さは「鍛錬」と「チームワーク」の2つだと言えます。


ところで、先に話したような対等な立場で議論することがふつうはないそうなのですが、わたしはそんなふつうとは関係ありません。お客様に楽しんでもらえるの一点につきるわけですから、全員参加です。上司部下はこのときは関係ないのです。ディレクターだの、アシスタントディレクターだの、という肩書は「最高のイベントという商品」(絶対基準)の前では関係がないわけです。

 

もちろん、最終的にどういう形にするかはわたしが決めるわけですが、全員参加で作り上げたという意識の共有がとても重要なわけです。全員で決めたことだから、当然責任感もトップダウンと異なり、全員が持つことになります。「意識の共有」と「責任感の共有」、これも商品の絶対基準「X」にとっては重要なキーワードとなります。もちろん、できあがったものに最終責任を負うのは、わたしの役目です。

 

 

それと、これも大事なことですが、スタッフが「楽しい」と感じることです。このスタッフが「楽しんで」仕事をしているかは、お客様と接するすべてとは言いませんが、仕事ではとても大事なことです。ツアー、ホテル、遊園地などで、スタッフがつまらなそうな表情で仕事をしていたら、お客様であるみなさんはどう感じますか、というのがわたしの答えです。いずれもサービスが商品です。ということはそこで働く人も商品の一部となるわけです。

 

ここで「楽しい」「楽しんで」という言葉に誤解が生じないように補足します。遊んでいるとは全く別物です。「楽しい」「楽しんで」には前提があります。「鍛錬」の上に、自分たちで作り上げたという充実感と今、行っている仕事に対して喜び、誇り、責任感、向上心を持っているということです。結果として、毎日、仕事に行くことが楽しみだということになります。「楽しい」の前にはその何倍もの「苦しい」があります。しかし、結果として「楽しい」が何倍も上回ることになるのです。

 

 

では、ファッション、スーパーマーケット、家電量販店となると商品そのものですから、販売員がつまらなそうな顔をしていてもよいのか、という質問が出そうです。わたしは以前、商品が目的であって、リップサービスや”O・MO・TE・NA・SHI”は無用であると言いました。しかし、商売の基本・根本においては「その仕事が好きであり、誇りを持ち、その仕事に対しての鍛錬をいとわないこと」と書きました。ということは、会社やお店の姿勢として仕事が好き、誇りをもっている、鍛錬をいとわないとなれば、当然ながら、従業員がつまらなそうに仕事をしていることはあり得ない、というのがわたしの答えです。とはいえ、現実はそうでないことのほうが多いということも承知しています。この解決法についても機会を改めて書きたいと思います。


話がまた少しそれました。ところで、かくいうわたしは、最初はこんな優等生とも言える考え方とは真逆でした。この話は、最初にわたしが経験したイベントでの苦い経験があったからこそ、思いついたのです。以前ブログでお話したことがありますが、もう一度、その経緯を説明します。わたしはもともとイベントとは縁もゆかりもない部署で仕事をしていました。それが突然、イベントの部署への異動となったわけです。周囲が驚いていましたが、一番驚いたのは本人です。

そして、異動先の上司に挨拶をして、イベントのイロハを学ばせてもらえると思い込んでいました。ふつうはOJTなどがあるものなのですが、やはり、この部署は普通ではなかったのです。ここのみなさんは根っからのイベント屋さん(イベントのプロ)なのです。イベント業界からの転職組で構成されていました。みなさん、最初から仕事はできて当たり前という感覚なのです。

イベントの上司からいきなり「このイベントの担当をお願いします。あなたの今までの人生で経験したやり方でやってください」と言われて、ファイルを渡されました。その後の経緯は端折りますが、前の部署の部下がわたしにイベントのイロハを教えてあげてと、根回しをしていてくれて、わたしを鍛えてくれたアシスタントがいたのです。おかげて、イベントの実施計画から運営までを学び、実施することができました。でも、わたしはそのとき、完成したイベントを観て、達成感というものをまるで感じなかったのです。モヤモヤとしたものを感じました。

その原因は、わたしのイベントという仕事に対する姿勢にありました。やらされ感で作った感覚と、どこか面白くない感覚がありました。好きでもなければ、誇りも持たない仕事をしていたのです。これは致命的です。このときは商品の絶対基準や商売の基本・根本など考えも及んでないときです。参加者は楽しんでいました。観覧者はまばらでした。そして、運営する側は今一つの雰囲気でした。つまり、商品として粗悪品だったわけです。それが何もわかっていなかったときのわたしには、違和感とモヤモヤ感になっていたわけです。その答えを探しながら時は過ぎていきました。

 

 


21.「また来よう」

 

 

これ、誰の言葉だと思います。もちろん、お客様の言葉です。これこそが最上の褒め言葉だと思います。この言葉はどういうシチュエーションで発せられるのでしょうか。

この言葉はわたしが経験したことです。イベントの仕事に対する姿勢が変わり、イベントの仕事が好きで、誇りを持ち、仕事に対する鍛錬をいとわなくなってからのことです。確か、そう丁度、5月の青い空がさえわたる連休のラストでした。

 

3月にイースターのイベント、そして5月のGWとクリスマスから5月まではこれでもかと、イベントが連続します。今のわたしのようにこうして机に向かい黙々と書類の山と戦っていました。もちろん、机にしがみついているだけではありません。肉体労働もあります。毎日が戦場にいるような(戦争に行ったことがないのにこの表現は適切ではないのですが)、真剣勝負が続いていました。

 

 

そんなあるときチーム内で、イベントという商品はという話になりました。本当、無形文化財だよねなんて冗談交じりに話していました。わたしがふと、TDLのことを思い出して、安全、礼儀正しさ、演出、効率、というのがあったという話をしました。

 

 

すると、確かに「安全第一」、だれでも楽しく遊べる「安心」、そして何よりお客様に楽しんでもらえる「クオリティ(品質)」、という話になってきました。でも、何かもう一つ足りません。あと一つ、何かないかなあ。みんなならではの何か。いつも、イベントを作りながらお客様のことを思い浮かべるとき、運営して、お客様と接するとき。ハート、こころかな、あっ近い、近い、あと少し、う~ん。そうだ「まごごろ」はどう。一同、「それ、それ、それいい」。

 

みなさんからみれば、なんと場当たり的な発想だと感じることと思います。しかも、冗談から話は始まっています。冗談から駒です。でも、真剣に考えているときや、真剣にさがしているときほど、答えや探し物が出てこない経験、結構あるのではないでしょうか。

 

 

思いもよらないときにアイデアが浮かぶことを「リンゴが木から落ちた瞬間」というそうです。アイデアは突然、所かまわず生まれます。ニュートンの万有引力が生まれたことと同じです。

 

ニュートンとの比較は大げさですが、わたしの商品への絶対基準が誕生した瞬間です。お客様の「安全」、「安心」、「品質」、そして何より大事なお客様への「まごころ」、これこそが自信をもってお勧めできる商品の基準になりました。「まごころ」は「魂」、「ソウル」、「愛」とも言えます。まだ、このときは「商品の絶対基準」という表現ではなく、「イベントという商品の基準」と呼んでいました。

 

人間の脳は疑問の解答を求め続けていると、ある日、突然何かの拍子に答えがでてくるそうです。ですから、今何か疑問に抱いていて、答えがすぐ出なくても、諦めずに考え続けてください。いつの日か、ある瞬間、必ず答えが所かまわず生まれます。ちなみに、この作品もまさに、いつも疑問に思っていて、GW中に生まれたものです。
 

 

「まごころ」は日本文化の魂ではないでしょうか。だれもが共通してもっているものです。しかも、敷居がとても低い、汎用性の高い言葉です。相手のことを思いやることがこの言葉の特徴です。

 

「まごころ」を込めて贈ります。誰が、わたしが、わたしたちが、会社が、誰のためにお客様、目的はお客様に喜んでもらうために、ハッピーになってもらうために。どうですか、だれもがハッピーになる言葉なのです。

「まごころ」は「共鳴」し「共感」を呼びます。「ハート・ツー・ハート」です。打てば響くのです。まごころには小手先のテクニックは必要ありません。自分たちがどれだけその商品に愛情を注いだか、お客様のためにどれだけ真剣に取り組んだか、その思いや常日頃からの鍛錬が込められています。

 


5月GWのイベントの最後の日、タブレット端末を使ったイベントで、ある場所でいろいろなクエストをクリアすると、認定証がもらえるといった見た目はごくごくシンプルなイベントです。

 

でも、これをつくるまでには、シナリオやどんなクエスト出そうか、どういうふうにすればお客様に楽しんでもらえるか、加えて場所、場所での部門間の調整やら、シンプル(これが大事)だけれど、完成まで四苦八苦しました。出来上がってテストしてみたら、うまく画面表示されない、思ったような映像になっていない、ナレーションが動画とずれるなど、イベントにつきものトラブルがありつつも、本当にぎりぎりで完成にこぎつけたものでした。

 

 

いよいよ、イベントがスタートし、期間中、多少のトラブルはありつつも、お客様にかなりの好評を得ました。

 

 

 

ところで、不思議なことですが、人が10人集まると大抵、人間関係で好き嫌いがでたり、そりが合わなかったりで、反目しあうことがあります。これを「十人十色の法則」とわたしは呼びます。わたしはなぜか、そういうことにうまく折り合いをつけさせることができます。いつも、「因果応報の法則」の話をします。そして、全員参加で話した「まごごろ」の話を思い出させます。いがみあったり、反目しあうことがイベントという商品にどんな影響を与えるかを考えさせるのです。スタッフたちはプロですから、その意味することを十分に理解しています。

 

 

これはいずれ、人間関係について話題にしたいと思います。わたしは高校時代、かなり複雑な、ものすごく個性的な仲間と一緒に過ごしてきました。それゆえ、大抵の人と折り合いをつけることができます。さらに大学時代には考え方がまるで違う仲間たちとも、折り合いをつけることができました。折り合いという言葉より、尊重という方が適切だと思います。聴く耳をもつ、お互いを尊重するということができました。もちろん、神様ではないので、どうしようもない場合もあります。大抵、信念のない人や媚びへつらう人とは馬があいませんでした。

 

 

わたしの採用を強く推してくれた方はわたしのことを当時、「お前は猛獣使いだなあ」なんて言わていました。顔出ししていないので、想像できないとは思ますが、サーカス団のライオン使いとは程遠いというか、正反対です。確かにイベントに携わる方々は一癖も二癖もあり、個性もかなりあります。イベント屋さんではなかった分、イベントの常識にとらわれない仕組みを作ったことがよかったと考えています。

 

 

先ほどの人間関係の話に加えると、暇があると、人間関係のトラブルが発生しがちです。適度に忙しくさせる工夫も必要です。閑散期には、わたしはある手法を使って、スタッフたちに技術レベルの向上を勤しませることで、未然防止という消極的発想ではなく、生産的なコミュニケーションとポジティブ・ビヘイビア(行動)を形成する環境を作りました。これが今までのイベントの常識を覆すものに大化けすることになりました。ある手法やこの大化けは、いずれ別の機会でお話しできたらと思います。

 

 

 

「まごころ」という基準が明確になってから、また不思議なことに、イベントという運営の場面、お客様と接する場面になると、そのとき反目しあっている者同士がお客様の前だけは一致協力して、最善を尽くすのです。これは彼ら彼女らの日頃からのイベントという仕事に対する姿勢の現れなのです。つまり、プロフェッショナルなわけです。なによりイベントという商品への「まごごろ」をもっています。結果がうまくいくと、ぎくしゃくしていた人間関係も完全とはいかないまでも、かなり緩和されます。あれ昨日まで喧嘩してたんじゃないの、「うるさい」とわたしが一喝され、ハッ、ハッと笑いになります。

 

「まごころ」はまず内部からプラスの方向に拡散していきました。そして、後ほどお話する外部へと拡がっていきます。

 


現場の動きではスタッフたちには、わたしも敵いません。彼ら彼女らは一瞬の変化に気づき、目と目で会話し、あっという間に、トラブルや問題が起きる前に見事にことを処理することができるのです。これは以前、お話したことのある高コンテクスト文化の好例です。わたしが気づくのは彼ら彼女たちがもう動いた後です。

 

GWイベントも最終日になり、最後の回に、あるファミリーが戻ってきました。予定の時刻を過ぎてそろそろ迎えを送ろうかなと、思っていたところでした。スタッフがファミリーのお子さんに認定書を渡しているとき、わたしは少し離れた場所で見守っていました。

 

そして、そのファミリーがラストだったので、さて撤収だとスタッフのところに行くとき、そのファミリーとすれ違いました。

 

 

そのとき、お子さんが「また来よう」と言っているのを耳にしました。

 

 

わたしは思わず「ありがとう、でもこのイベント今日で終わりなんだ、ごめんね。」と言いました。

 

 

すると、「でも、また来るよ」と元気に答えてくれました。

 

 

この光景を見ていたスタッフがふと一言いいました。「これって、まごころ効果?」。わたしはハッとしました。そうか共鳴し、共感したのだと思うと、物凄く嬉しい気持ちになりました。そして、確信しましたイベントという商品の基準は「安全」「安心」「品質」「まごごろ」だと。

 

エンターテインメントにある娯楽性はどこにあるの?という質問が出ると思います。それは品質とまごころに含まれています。品質にはお客様を喜ばせるしかけが入っています。まごごろには、お客様が共鳴し、共感してもらえるハートや私たちの日ごろの鍛錬が入っています。

 

「まごころ」は一度、プラスの方向に転がりだすと、プラスがプラスを生み、雪だるまのように急成長します。「まごころ」を最初に、転がすときがとても重要です。これは転がす人の要素がとても大切です。下手をするとソリティアゲーム(一人遊び)になってしまう可能性もあります。この辺りの話もまた別の機会を設けたいと思います。

 

To be continued.

第7回のあとがき

 

ついに、引き延ばしに、引き延ばした絶対基準「X」の正体=「まごごろ」が姿をあらわしました。わたしが最初にこのお話をしたとおり、とても身近で近頃、忘れ去られているものではなかったのではないでしょうか。あるいは、なんだ、そんなの当たり前でしたかでしょうか。

 

「X」に「信頼」と答えを想定された方もいらっしゃったのではないでしょうか。なぜか、わたしの話の中では「信頼」という言葉は今まで一言も登場しません。一般的に商売の話では「信頼」という単語がよく登場すると思います。セミナーやハウ・ツー本の類では頻繁に登場するかと思います。

 

なぜ、わたしはその単語を使わないのか。それは「信頼」は商売をする者が判断する言葉ではないからです。商売する者が決める言葉ではないからです。

 

では、誰が判断し、決める言葉なのか、「お客様」です。商売をする者がいくら「信頼のある商品」ですと言っても、お客様がそう思わなければ意味がないわけです。だから、わたしはこれまで信頼という単語を一切使わなかったわけです。唯一一か所だけ使う場面があります。それは商売の話ではなく、情報の話です。

 

テクニックとして「信頼してもらうにはどうしたらよいか」「お客様と信頼関係を築くにはどうすればいいか」などがセミナーやハウ・ツー本の類などでテーマになると思います。

 

もし、そのセミナーをお客様が聞いたとしたらと、想像してみてください。お客様にとって、とても楽しい話でしょうか。納得のいく話でしょうか。近頃巷間ではやりのWIN-WINの関係を築けるでしょうか。それなら信頼しようとお客様が思うでしょうか。

 

それがわたしの答えです。テクニックをマジックに置き換えるとわかりやすかもしれません。マジック・ショーのセミナーにお客様が参加したら、種やしかけが明かされて、さぞがっかりされるでしょう。きっとそのマジックを見せられても、楽しくも何ともないはずです。テクニックも同じことです。手の内を明かされれば、かえって騙されたと思うでしょう。信頼どころか、「二度と来るもんか」になってしまいます。

 

信頼は「作るものではない」のです。信頼は「得るもの」なのです。「商売の結果」として「お客様から得るもの」なのです。

 

 

商談の場面でわたしは次の言葉を聞いたら、絶対に相手の人を信用しません。その言葉、よく聞くと思います。ここは、じらさず正解を言います。「ここは、私を信じてください」です。

 

この言葉を聞いたら、わたしは絶対にその人とは取引をしません。なぜなら、その言葉以上に相手を納得させる材料がないと言っているのに等しいからです。「信じてください」と言われても、それ以外に何もないのです。その人の何を知っているかといえば、商談の場面でのことだけです。

 

信じるのは第三者であって、本人が言っても意味がないのです。先ほどの信頼と同じです。

 

 

わたしの感覚が悪いのか、先ほど話しました「WIN-WIN」という単語も実はとても違和感のある単語の一つです。ベンチャー企業の経営者がよく好んで使う単語です。これも商人同士の話ならある程度納得いくのですが、お客様との関係となると話は違ってきます。

 

これも、信頼と同じです。商売をする者が決める話ではないのです。やはりお客様から得るものです。商人あるいは支配人もしくは使用人がお客様と「WIN-WIN」の関係を築くというのは、きわめて傲慢であり、自己満足でしかないとわたしは思います。

 

「WIN-WIN」は、お客様が発する単語です。商売をする者が発するとすれば、自分にとって都合の良い商売だったということを言っているのと同じです。「WIN-WIN」は誰にとってのものか、誰のためのものかよく考えてみる必要があります。

 

わたしは商人たちや講師たちが「WIN-WIN」という言葉を聞くたびに、「WIN-WIN」「WIN-WIN」鳴くな(わたしはこの単語がセミの鳴き声に語感から聞こえます。地に出て、短き命を燃やすあの鳴き声、WIN-WINも同床異夢と切なき、悲しき叫びかな)と、心の中で叫んでいます。そもそも、商売人同士はゼロサムゲームの世界です。勝者と敗者が存在し、そこから挑戦者が現れ、勝者と敗者が生まれるの繰り返しで、ビジネスは発展していくというのが資本主義です。「WIN-WIN」という単語は耳障りはいいのかもしれませんが、単語には常に表裏があります。そのあたりも考えてみると、とても面白いと思います。「WIN-WIN」と言っていたら、いつの間に片方が「EN-EN」とよく泣いていたりします。最初は作り笑顔でニコニコと「WIN-WIN」さんはやってきますから。

 

 

「WIN-WIN」もわたしがいうとろの「新しい情報」のカテゴリーに入るので、一言、なんでそこまで否定的かという、一つの例を、追加します。Stephen R. Covey著 ”The 7 (Seven) Habits of Highly Effective People" 邦訳「7つの習慣」で「WIN-WIN」という言葉は広まりました。

 

著者によれば、わたしのような考え方を「欠乏マインド」と呼ぶそうです。「幸福量は決まっていて、誰かが幸福を得れば、自分の幸福は減る」と発想していると、著者は述べています。ここで重要なキーワードは「幸福」です。

 

わたしと著者では発想が根本から異なっているという点です。わたしは「経済」、貨幣で考えているのですが、著者は幸福という「哲学」で考えているわけです。以前お話した。正解は一つではないの話になります。つまり、前提やバックグラウンドが異なるわけです。これが異なれば当然、答えも違ってくることになります。わたしも誰もが幸福になるのが一番だと思います。この点について異論はありません。

 

わたしは商売、ビジネスの話をしています。哲学の話ではありません。そこで、「Win-Win」の具体例を挙げたいと思います。マイクロソフト社とアップル社の話です。両者はライバル関係で、敵対していると考えている向きが多いと思います。ところが、創業初期においては、Stephen R. Coveyの著書にある「Win-Win」の関係にあったわけです。Bill GatesとSteve Jobsの両者は協力して事業を推進していた時期があったのです。詳細はググルと分かります。

 

ところが、あることをきっかけに両者は決裂します。マイクロソフトがWindowsを開発し、発売したのが原因です。Jobsは猛烈に怒ります。マッキントッシュのパクリだと、Gatesはそれを意に介しません。マッキントッシュこそ、ゼロックスのパクリだと。こうして両者は決裂し、敵対するようになったわけです。「Win-Win」の結果として、哲学的にマイクソフト社には幸福が訪れ、アップル社には不幸が訪れたわけです。経済の結果として、マイクロソフト社がOSで市場と利益を独占することになります。一方のアップル社はOSで敗退することになります。著者の言うところの幸福では説明できないのです。当然と言えば、当然の話です。商売、ビジネスの話だからです。

 

「Win-Win」はスタートの段階でよく語られるのではありませんか、これからは「両社」で「Win-Win」の関係を築きましょうと。でも、終わりの段階の話はされません。なぜでしょう。それはマイクロソフト社とアップル社の結末を見れば明らかです。ハッピー・エンドにならないからです。

 

 

だからこそ、わたしは「まごごろ」を提唱しているわけです。

 

 

わたしの考えは「まごころマインド」です。

 

 

前提やバックグラウンドが異なると、同じものを見ても、答えが異なるというとても面白い一例です。わたしは、こういう違いが大好きです。モノごとを多角的にみると、また、違ったアイデアが浮かぶからです。Stephen R. Covey氏は人間関係や生き方についていろいろなヒントを与えてくれます。意見は違えども、学ぶことはたくさんあると思います。わたしはこの多様性をとても愛しています。

 

 

Winny(ウイニー)のほうがよほど美味しいです(日ハムのウィンナーソーセージのこと、怪しいソフトウェアのほうではありません)。 Winnie the Pooh (クマのプーさん)は世界中でとっても愛されています。

 

またも、挑戦的な言葉を発してしまいました。でも、本音ですから、はっきり言いましょう。と思う、今日この頃です。

 

本文並みに長い話をしてしまいました。

 

今回が今までの中で一番長文でした。大変、お疲れさまでした。

 

今回は別の機会や機会を改めての連発でした。本作品の趣旨とは別枠の内容でしたので、ご理解を下さればと存じます。

 


今回は「まごころ」の導入編です。第8回は「まごごろ」の具体事例=成功事例まごころが入ると〇〇が生まれるという話をします。それからアイデアは〇〇すると生まれるという話をします。

 

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 

各回の記事は、下線付きの数字

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10 11 12 13 14 15

15未完です。

『Aeternvm’s Basis of The SHOW BUY-商品で勝負しよう-』

(島田智史の「商売の基本」)

商品がお店を選別する、絶対基準「X」を知ろう、「X」を知ると、商売の好循環が生まれる。

Copyright©島田智史, All Rights Reserved.

 

Q.どんな和菓子が好き?

A.鹿児島県の伊集院まんじゅう

昔(一体いつじゃ)は日持ちしない和菓子で

すぐくされるので、鹿児島へ行った帰りに

よく買ってきました。

今では代替わりされて洋菓子屋さんに変身

今じゃ通販されているそうで…

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