『Aeternvm's Basis of The SHOW BUY ー商品で勝負しようー』、商品がお店を選別する、絶対基準「X」を知ろう、「X」を知ると、商売の好循環が生まれる。
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・第3章 商売の基本(続き)
・18.語られないこと、「…」
・19.商売の〇〇が明確になる場面とは
第3章 続き
商売の基本
「二度と〇〇〇〇か」
「まさか、こんなはずじゃなかったのに、どうして、どうして」ときっと、彼らは嘆くことでしょう。どうして、の答えが彼らには見えなくなていったのです。新入社員のころ、起業したときのころ、きっとそのときには答えを持っていたはずです。
しかし、ときは経ち、テクニックというものを覚え、それを巧みに使いこなし、売上トップに登りつめ、成功したと錯覚したときに、「まさか」という坂が突然、目の前に現れるのです。
「まさか」という坂は、テクニックで売り上げてきた方々にとって、些細なこと、つまらないこと、どうでもいいことと、最初は目に映ります。坂には見えないのです。そこで、我に返って、初心に戻ることができれば、坂があることに気が付きます。しかし、大抵は気づきません。テクニックという魔法の絨毯で、売上を伸ばしてきたので坂が見えません。
しかし、些細なことが一度ならばいいのですが、最初のまさかに気づかないと、また「まさか」がおこります。そして、「まさか」を繰り返すたびに、「まさか」という坂は勾配を増していきます。
最後に、テクニックの魔法の絨毯に乗っていた企業やお店は、崖のように高くそびえる「まさか」を越えることができず。絨毯から振り落とされます。魔法の絨毯はそこにはありません。経営者やオーナーは何が起きたのか分からず途方に暮れるのです。
そして、冒頭の「まさか、こんなはずじゃなかったのに、どうして、どうして」と嘆くのです。ほんの、ささいな100円から話は始まるのです。ほんのささいな「まさか」です。
ところで、簿記を見ると、「売上」という仕訳の逆仕訳が存在します。
(「売上」↓の仕訳)
「売上戻り」↓という仕訳です。
これは何でしょう。言葉通り、売り上げが戻ってしまう。売り上げがリセットされてしまう。つまり、「返品」です。
返品なんて当たり前だよと思いますか。簿記はあくまでも数字の世界ですから、そこに出てこないものがあります。なんだと思われますか。店長、店主さんはよく数字と格闘していらっしゃいます。たった、100円の返品と思いますか。ああ、損しちゃったといって、終わりにしますか。
数字には感情は出てこないのです。その返品された過程、いきさつ、お客様の感情、お店の対応、そういったことはいくら数字を見ても現れません。
そもそも、売上に貢献しなかったのですから余計に面白くないはずです。なかったことにしたい、見なかったことにしたとなるでしょう。
この「返品」について、あまり語られることはないと思います。当然ながら、”O・MO・TE・NA・SHI”や「売れる~」などのセミナーで、「売上トップ」「営業トップ」のポジティブと考えるテクニックを伝授されますが、「返品」などのネガティブと考えるテクニックをほとんど教えてくれません。
先にも言った通り売上に貢献しないからです。「返品」に対して、最高の笑顔で、”O・MO・TE・NA・SHI”ブランドの最高のサービスを致しますか?答えは「致しません」だと思いますが、いかがでしょうか。
販売という一連の過程の中に括られるはずなのですが、どうしてこんな差が出るのでしょうか?嫌がらせとか、法律に反する返品の話は除外します。あくまでも、正当な返品の場合の話です。
なぜでしょうか。”O・MO・TE・NA・SHI”の話を思い出してみましょう。わたしが今までお話した”O・MO・TE・NA・SHI”は誰のためのものでしたでしょうか?そして、マニュアルは誰のためのものでしたでしょうか?
とどのつまり、”O・MO・TE・NA・SHI”やマニュアルの目的はなんでしたか。今一度、確認しましょう。誰のためは、「会社」や「商店」のためです。目的は、会社や商店が「恥をかかない」ためです。
つまり、「返品」は会社や商店にとっては恥ずべきことなのです。あってはならないことなのです。”O・MO・TE・NA・SHI”ブランドに傷がつきます。この恥をなんとか、なきものにしたいと必死になります。
勢いあろうことかお客様を疑います。でも、”O・MO・TE・NA・SHI”にとってはお客様のことは眼中にありません。だから、お客様ではなく、盗人に見えてしまうわけです。
お客様は「返品」の場面ではたいてい不愉快な思いをします。そして、お客様は帰り際にこう言うでしょう、
「二度と来るもんか」
明確になる場面とは
これで本当にいいのでしょうか。100円程度の客なんかほっとけ。「ネガティブ」な客はほっておけ。適当にあしらっとけ、こんなふうにもし考えていたら、間違いなく会社やお店はいずれ潰れます。これだけは自信をもって言えます。
なぜなら、わたしが「お客様」として経験したからです。ひとつは自動車教習所、もうひとつは百貨店、最後は銀行です。そのそれぞれにネガティブな局面において、企業側に対応の不手際がありました。売上に貢献しないことです。この3つのいずれにおいても帰り際、心の中で「二度と来るもんか」と叫んでいました。声に出すほど勇気はないので、心の中です。
わたしが前回、「商売の姿勢が明確になる場面」とは、まさにこの「売上戻り」の場面、あるいは「売上に貢献しない」場面です。
「売上」はテクニックが通用しますが、「売上戻り」はテクニックは通用しません。まず、そういう場面に遭遇することが少ないからです。多発するようでは、とっくに店仕舞いです。まさに一回限りの大一番です。この場面は感情がもつれているので、解決するにはテクニックではなく、心構えや日頃の鍛錬が必要になります。
こういときのためのクレーム対応マニュアルなどを備えているところもあるでしょう。でも、以前、申しましたようにこのマニュアルの目的は会社が恥をかかないためにあるわけです。お客様は眼中にないのです。
とにかく被害を最小限度にとどめ体裁を取り繕うことが至上命題になります。大企業ほど失敗する確率大です。ですから、先に述べた自動車教習所も、百貨店も、銀行もそれが直接でないにせよ。企業としての基本姿勢つまり商売の基本と根本をないがしろにした結果、倒産したわけです。
テクニックという魔法の絨毯の上ににあぐらをかいて、日頃の鍛錬、仕事への姿勢を忘れてしまった結果、そびえる「まさか」を越えることができずに地に落ちたわけです。魔法の絨毯から振り落とされても、どうして、という疑問を経営者やオーナーは永久に気づくことがないかもしれません。
くれぐれも断っておきますが、わたしが倒産させたわけではありません。私にそんな力はありません。私はか弱い小市民です。塵も積もれば山となり、自滅したというわけです。これを「因果応報の法則」と、わたしは呼んでいます。
では、どうすればよかったのか。これは常識、当たり前のこと、普通の人ならだれでもできることです。
しかし、企業の規模が大きくなるほど、あるいは売れる~テクニックの魔法の絨毯に乗っている企業ほど、またもテクニックの魔法を使おうとします。テクニック依存症という企業の病です。リスク~というセミナーやコンサルティングに今度は依存します。そして、大枚はたいてリスクマ・ネジメントとか、リスク・コンサルティングを受けます。
わたしからみれば、そのようなリスク~を受けている時点で、その企業はアウトです。なぜなら、最初から大枚をはたいてお金で解決しようとしているからです。
普通の人はそんなことしません。簡単なことなのです。間違っていれば、迅速に誤りを素直に認める。ごめんなさいと誠意を込めて言えるかということです。もちろん、企業やお店のほうが正しい場合も当然あります。そのときは毅然とした態度で臨めばよいのです。
相手が揺すりたかり、モンスタークレーマーの類なら、警察を呼びましょう。でも、お客様も普通の人なら刑事・民事訴訟レベルの話ならば別ですが、一般的な問題であれば解決するはずです。
To be continued.
第6回のあとがき
巷間騒がせていることと、ある部分において実に一致していると思えませんでしたでしょうか。テクニックでは通用しない部分、商売、そのものの自分自身の姿勢が問われるわけです。これは商売だけではなくて、当該職業に携わっているそれぞれの姿勢が問われるときも同じです。
「まさか」という誤りは人間のすることですから、当然、起こります。要はその起きたとき、どうするかです。そういう突発的な出来事にどう対処できるか、それがその人の携わっている仕事に対する姿勢が現れるわけです。常日頃、その仕事に対してどう向き合っているのか、真剣なのか、いい加減なのか、適当なのか、それが非常事態で判明するわけです。
これをリスクというなら、リスクはマネジメントするものではないのです。「リスク」は「姿勢」なのです。仕事への向き合い方です。マネジメントしようというのは、それこそ傲慢極まりないことだと思います。だからマネジメントしようとすると、想定外が起きるわけです。そして、それを言い訳にします。実にあさましい話です。
常日頃から姿勢が真剣であれば、自然と突発事態に対応できます。常識の範疇でできます。この対応がしっかりとできたのが緊急増刊号で紹介したアメリカのスターバックスコーヒーです。そして、反対にまったくもってお粗末な対応したのが日本の某最高学府やガバメントのエリート集団です。皮肉というか、ジョークにもなりません。古き良き伝統文化と称して ”O・MO・TE・NA・SHI” や「サムライ~」を標榜する日本では真摯な対応ができず信用を失い、それを標榜していないアメリカでは潔い、見事な対応で称賛を得ました。
これは商品の絶対基準のまだあかされていない「X」に通じる話でもあります。その「X」があれば、常識のある対応ができます。アメリカのスターバックスコーヒーには、わたしのいうところの商品の絶対基準「X」がありました。しかし、日本の某最高学府やガバメントのエリート集団にはそれがありませんでした。そして、いよいよ、次回、第4章で、商品の絶対基準「X」の答え合わせとなります。
ところで、わたしは将棋に詳しくはないのですが、棋士の姿勢には感銘を覚えます。彼らは自分の職業が好きであり、誇りを持ち、鍛錬をいといません。そして、わたしがいうところの商売の基本、商品の絶対基準を持っています。これを棋士の方にあてはめることが大変な失礼をお許しください。
棋士の方の何に感銘を受けるかです。勝つか負けるかの最終局面です。勝負事は最後の最後まで分からない、最後まで諦めるなが常識のように思います。しかし、棋士の方は勝負の行方を見通しています。そして、誰がみても、どうにもこうにもならないような状況になるずっと以前に、しかも自ら「負けました」と宣言するのです。なんと潔い姿勢でしょう。本人は物凄くつらい決断でしょう。でも、冷静に見つめて、冷静な判断が最終局面でくだせるのです。
さらに、勝負が終わった後、それで終わりではなく、勝者と敗者が感想戦をすることです。そして、お互いどの局面が勝負の分かれ目だったのかを検証するわけです。勝者も敗者もそこから学び、頭の中はその先にある勝負に目が向いているのです。成功と失敗からそれぞれが学び、次へいかすことを考えています。棋士の姿勢がそこに見事に現れています。
将棋というすばらしい日本の文化、ここで日々鍛錬をいとわない棋士の方々、勝敗を決す時の棋士の方々の姿勢、わたしたちはそこから学ぶことが多くあると思います。現在、日本は待ったなしの状況です。待ったならまだましで、巨大な「ネツ象」さんまでいるから大変です。ガバメントや大企業で大暴れしています。そして、ネツ象さんという怪物を作った当事者がネツ象さんに踏みつぶされていっています。大企業はネツ象さんに踏みつぶされても自業自得ですけれど、ガバメントのネツ象さんはわたしたちも踏みつぶすことになるから厄介です。
将棋はインドが発祥の地だと言われています。それが中国を経て、日本に入ってきました。大将棋という駒数がとても多いもので駒の動かし方を覚え、駒を並べるのも大変だったそうです。それを日本流にアレンジ、改善されて現在のだれでも遊べる形になりました。日本人の合理的な改善という英知、現在、それが新しい~がもてはやされ、生かされていないことが残念でなりません。
次回、第7回は満を持して、絶対基準「Ⅹ」が姿を現します。 「Ⅹ」とは一体、何なのかが判明します。
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15は未完です。
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(島田智史の「商売の基本」)
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