ザスタのクマさん -19ページ目

ザスタのクマさん

あらゆるアート、デザイン、 特に写真が大好きなクマこと熊谷の作品集。

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菜種梅雨のちょっとした長雨で、都心では「葉桜」が目立ってきました。

散る桜  残る桜も  散る桜。良寛

春の光、桜にこそ、この句には「哀しみ」ではなく
「静かな諦観」が宿っている。

泣き叫ぶのではなく、襟を正して死と向き合う。
その姿勢が、ひりつくほど「カッコイイ」のです。

この名言を元にフォトエッセーで表現してみました。

🌸 散る桜のことば

ひとひらごとに命の期限を悟りながら、
それでも咲くことを選んだ花の、静かな諦念がある。






頭上を白光のようにかけ抜ける桜吹雪は、
祝祭のざわめきよりも、むしろ葬列の紙吹雪に近い。
見上げる者は思わず笑みをこぼしながら、
胸の底では、自分もまた風にさらわれる順番待ちだと知っている。

👘 高みからのまなざし

高台の展望から、花の雲を見下ろす舞妓の後ろ姿は、
華やぎのただ中に立ちながら、ひどくこの世と隔たっている。






結い上げた髪に挿された花は、
眼下の桜と同じ色をしながら、決して散ることを許されない。
散ることを許された花と、
散ることを許されない花とのあいだに、
人が「生」と呼ぶ中途半端な時間が横たわっている。

💧 水面に沈むことば

川面には、散り敷いた花弁が、
ことばを失った詩集のように浮かんでいる。








流れに身を任せる花びらは、
自分がどの枝から来たのか、すでに覚えていない。
上流も下流も知らぬまま、
ただ水に運ばれるという一点だけで、
人と花は、あまりに似すぎている。

考えてみれば、桜はいつも、
われわれの人生に対して、無用なくらい親切である。

咲くたびに「いずれ散る」と教え、
散るたびに「それでも咲け」と突き放す。
この理不尽な親切に比べれば、
人間同士の慰めなど、どれも少しばかり芝居がかって見える。

それでも、散る桜を見上げるとき、
人はつい隣の誰かを思い出してしまう。
生きているあいだだけ許された、
つかの間の連帯という名の錯覚を、もう一度だけ信じてみたくなるのだ。


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近所、菜種梅雨のせいで、青山霊園の桜並木はほとんど散ってしまい、
新緑が目立つようになってきました。

それではその坂の春夏秋冬です〜音譜

🌸 春の桜並木
春の勢いはすごくて、これまではモノクロにくすんでいた桜並木に一瞬で色がつく!

春の午後のことだ。青山霊園は墓地であることを、わざと忘れようとしている
ような桜並木の坂をのぼりつめるころには、都心の騒音は、まるで遠い浜辺の
波の音のように、かすかなざわめきに変わっている。

桜は、まだどこかあどけない薄紅色の花を、これでもかと枝いっぱいに
咲かせているが、それは歓喜というより、むしろ沈黙の過剰のように見える。

それは、一年のうちで最も美しく散るためだけに咲き誇ってる。

風が吹くたび、花びらがゆっくりと落ちてくる。
それは雪というにはあたたかく、雨というにはあまりに軽い。

道の上にも、石畳にも、灰色の面影のうえにも、花片が音もなく降り積もると、
ここに眠る幾千の時間が、ふと同じ春を見上げたのではないだろうか!?








☀ 初夏の緑陰

梅雨入り前の、ひときわ澄んだ青空の日。日差しにみずみずしい初夏のにおいがする
桜並木は、もうすっかり花の記憶を脱ぎ捨てて、いぶし銀のような幹から、緑の葉を
繁らせている。その葉の一枚一枚が、太陽の光をこまかく刻み、地面には刃物で
切り抜いたような木漏れ日が散らばっている。

その影の中を、自転車が音もなくすべり、犬が短い息をくり返しながら駆けてゆく。
彼らはここが墓地であることを、ほとんど忘れている。いや、知らないのか!?
そして、蝉の出番には、まだいくらか間がある。

代わりに、小さな鳥たちが、枝の間をせわしなく飛び交い、ときおり、
遠くの工事現場の金属音が、湖面に落ちる石のように、この静寂を波立たせる。

並木道を吹きぬける風は、どこか都会らしい埃っぽさを含みながらも、
緑の匂いをわずかにまじえて、ひとの頬をかすめていく。

葉の陰のところどころに、磨り減った年月の角が、ひっそりと並んでいる。
けれども、初夏の光は、それらを敢えて照らし出そうとはしない。

ただ、その輪郭の上を、暖色がかった眩しさが滑っていき、ここが生の都市と、
死の静寂とのあいだの、きわめて細い境界線であることだけを、ほのめかしている。








🍂 秋の黄昏前

秋も深まると、青山の桜並木は、ほんのりと錆びたような色合いを帯びてくる。
赤とも黄ともつかぬくすんだ葉が、枝先から少しずつほどけて、気まぐれな風に
あおられながら、くるりくるりと回転して落ちていく。

それは、日記帳からちぎりとられた古びた一頁が、誰にも読まれぬまま
捨てられていく光景に、どこか似ていなくもない。

陽が落ち始めると、肩に淡い秋の木漏れ日を感じる。並木道は長い影と短い影とを、
複雑に交差させ、落葉を踏む足音が、乾いた紙を折るような音を立てて、
あたりの静けさを、いっそう際立たせている。時々、風に押し上げられた落葉が、
ひらりと石の上に舞い上がり、すぐにまた、諦めたように地面へ戻ってくる。

秋の空は高く澄んでいるが、その澄明さは、むしろ残酷と言うべきかもしれない。
人は、空の青さの底に、自分の時間の短さをうすうす感じとりながらも、
なお、明日の用事を数えあげることをやめない。

木々だけが葉を落とし続けながら、静かに、淡々と、すべての色彩を
冬の余白に明け渡す準備を少しづつしている。









❄ 冬、雪の降りしきる日

雪の日の青山霊園は別世界である。白さと冷たさのせいで目頭が痛い。
桜並木は、葉をすべて手放した細い指のような枝を、寒空に向けて差し伸ばし、
その一本一本に、白い重みを静かに受けとめている。

雪は、最初のうちは、ためらいがちに空から降りてくるが、やがて覚悟を
決めたように、音さえ呑み込んで、ただひたすらに降りしきる。

足跡のない道を歩くと、雪を踏む靴音は、ふしぎなほど大きく聞こえる。
この世に残された数少ない証拠品のように、一歩ごとに音をたてては消えていく。
振り返れば、足跡だけが、白紙の上の黒い文節にならんでいる。

それは、まだ書き終えていない一篇の小説のようでもあり、
すでに結末だけが決まっている人生のようでもある。

裸の桜の枝に積もる雪は、不思議なことに、花の季節より、一層華やかに見える。
しかしその華やかさは命の盛りではなく、むしろその不在からこぼれた光彩である。

白い息を吐きながら並木の下を歩いていると、人の一生というものもまた、
この雪と同じく、静かに降りつもり、いつか、何事もなかったかのように
跡形もなく溶けていくだろうという、冷たい悟りに近い思いが、ふと胸をよぎった。











こうして四季を巡っても、墓石そのものは視界の端にひっそりと立ち続けている。
花にも、木にも、雪にも、主役の座をゆずりながら景色の奥行きを支えている。

青山霊園の桜並木は、その奥行きの、もっとも柔らかな表皮にすぎない。
春の花びらも、夏の木漏れ日も、秋の落ち葉も、冬の雪明かりも、
みな、そこに眠るものたちの沈黙から、かすかな利子のように生まれている。

生きている私たちは、その利子だけを受け取り、本体を見ないまま、
さっさと通りすぎてしまうのである。四つの季節でくぐり抜けてきた者に
残されるのは、結局、ひとつの素朴な悟りだけかもしれない。

すなわち、生きているあいだ、私たちは、誰かの記憶のなかの
「名もなき風景」にすぎないということです。

やがては同じように思い出せなくなる。その忘れられてゆく運命を真っ先に
引き受けているのが、ここで静かに季節をくり返す桜並木なのかもしれません。

だからこそ、通りすぎるたび、私はほんの一瞬、背筋を伸ばして歩くのです。

名前というほどのものも残せないまま去ってゆくとしても、
せめてこの短いあいだだけは、自分もまた、この風景の一部として
まっすぐ立っていたかったのだと、いつか誰かに思い出してもらえるように・・・


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4月10日は「女性の日」、我が国で女性が初めて参政権を行使した日です。

1946年(昭和21年)のこの日、戦後初の総選挙が実施され、
初めて投票した女性は約1,380万人。39名の女性国会議員が誕生しています。

1949年(昭和24年)に労働省(現在の厚生労働省)が「婦人の日」として制定。
その後、1998年(平成10年)に「女性の日」と改称されました。

また、4月10日を起点とした1週間を「女性週間」としており、女性の地位向上を目的
とした活動をするための週間として提唱しています。

🌸 四月十日の朝

四月十日の朝である。町の上を流れる風は、昨日までとほとんど変わらない。
けれど路地の角を曲がる女たちの歩みだけが、どこかきゅっと結ばれていた。

彼女らは新しい靴をはいているわけでもない。子どもの手を引き、
買い物かごをぶらさげ、ふだん通りの顔つきで家を出てくる。

ただ、その足もとには、これまで許されなかった方向へ延びていく
一本の細い道が、まだ見えない線のように敷かれていた。

きょう、女ははじめて一票を持つ。新聞はそれを「歴史的一日」とよび、
役場は早くから旗を出した。だが、列の中ほどに立つ一人の女は、
旗よりも、紙よりも、もっと長い時間のことを考えていた。

その女の名を、市川房枝という。


大正時代から男女の平等、平和、婦人参政権を訴えた市川房枝さん
戦後は国会議員となり、女性の地位向上や汚職追及にも力を注ぎました。



🕊 長い坂道のこと

房枝が坂をのぼりはじめたのは、ずっと前、大正のころであった。
女は家の中にいてよい、と言われていた時代に、彼女は家の外に出て、
会をつくり、ビラを配り、演説を聞かせた。平塚らいてうらとともに、
新婦人協会をおこし、まずは集会に出る自由を、と声をあげた。

請願は何度も退けられ、冬の国会坂を、何度も登りおりした。
それでも房枝は、婦人参政権は鍵であると言い続けた。鍵がなければ、
戸口の前でいくら叫んでも、部屋の中の決まり事は変わらないからである。






⚖ 鶴の一声という噂

戦争が終わり、占領軍の司令官マッカーサーが五つの改革を
日本政府に求めたとき、その中に「婦人の参政権」がまじっていた。
だから女の一票は、あの将軍の鶴の一声で降ってきたのだ、と人は言いたがる。

だが房枝から見れば、それは突然の贈り物というより、長年たたいた戸口が、
ようやく外からも内からも同時に開いた、という出来事であったろう。







戦前から積み重ねた運動の石段の上へ、占領政策という風が吹きこみ、
重い扉を押したにすぎない。鍵穴を見つけ、鍵の形をこつこつ削っていたのは、
やはり国内の女たちだったのである。

📮 投票箱の口

やがて列が進み、房枝もまた小さな紙を受け取る。
鉛筆の先で文字を書く手つきは、若い頃にビラを書いたときとそう変わらない。
ただ違うのは、その紙が今度こそ、まっすぐ政治へ届くという確かさであった。

選挙の日、投票所の前には、晴れ着とも普段着ともつかない
装いの女がならんでいた。戸籍にしか居場所を持たなかった妻も、
工場の油にまみれた娘も、戦地から便りの途絶えた母も、その日だけは
ひとつの同じ名で呼ばれた。有権者、という名である。

投票箱に落ちる一枚の紙は、ことばにすれば頼りない。だが、
その紙を握る手のうち側には、台所の湯気や、工場の煤や、
長い沈黙の年々が、しわのように重なっていた。







「これで、すべてが変わるわけではありませんよ」
市川は、どこかの集会で静かにそう言ったという。
「けれど、変えられるということだけは、はっきりした。」

四月十日の風は、やはりふつうの風である。洗濯物をゆらし、
商店街ののぼりを鳴らし、子どもの帽子を飛ばしていく。
ただ、その風の中を歩く女たちの影だけが、
ほんの少しだけ長く、遠くまで伸びていた。




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4月9日 大仏の日。

752年4月9日に、奈良・東大寺の大仏(通称「奈良の大仏」)が
完成しました。 その際に行われた開眼供養会日と考えられています。


🌸 桜と大仏

奈良の春は、どこか硝子細工のように脆く澄んでいて、桜が咲きみちた。
東大寺の甍のうえに、淡い花びらの影が、朝の光といっしょに散ってゆく。

天平四年四月九日という年月日は、歴史の教科書では一行で片づけられてしまう。

しかし、その一行の裏には、幾千という手と、幾万という祈りと、
そして数えきれない欲と諦めとが、まるで金箔の下に塗りこめられた
漆のように折り重なっているに違いない。

大仏殿の前に立つと、まず風が先にこちらを一瞥します。杉と土のにおいを連れて、
八世紀の埃をほんの少しだけ混ぜながら。人々はその風に気づかないふりをして、
スマートフォンの画面ばかりを見つめています。







🛕 眼をひらくもの

開眼供養のとき、僧の読経は、さぞ騒がしいものであったろう。
だが、その騒がしさも、今となっては、ただ「目を開けよ」というひとつの命令。
人は仏の目を開かせたつもりでいるが、実のところ、あの日から
目を離せなくなったのは、むしろ人間の側なのかもしれない。

今、花びらは肩におち、膝におち、やがて大仏の掌にもおちて、
そこで時間を忘れたように静まる。

大仏の表情は、どこか退屈そうである。滅びるものにも、祈るものにも、
等しく頓着しないような、あの半眼のまなざし。そこには慈悲というより、
世界そのものへの静かな倦怠が宿っている。それは悠長な無関心に近く、
私たちの一代の悲喜など、畳の埃ほどにも思ってはいないだろう。

結局のところ、大仏のあの途方もないスケールの沈黙に、
そっと結びつけて、人々はなぜか安堵を覚えてる。







堂を出ると、阿形と吽形の像が、門の左右に立ちはだかってます。
一方は口を開け、一方は口を閉じているだけの話ですが、
人はその単純さに、宇宙の入口と出口を見出そうとする。

最も、現代の子どもたちは、その前でアイスクリームを落としたり、
写真にピースサインを添えたりすることに忙しいのですが、
門前の阿形と吽形は、相も変わらず無口である。

片方は口を開き、片方は口を結んで、千二百余年間、行きかう人々を見送ってきた。
阿ははじめの息であり、吽はおわりの息だと、だれかが説明していたが、
そのどちらの息も、春の風にまぎれて、今日はさほど区別がつかない。







🌤 きょうという一日

七五二年の四月九日も、きっとこんな風に少しばかり晴れて、人々が遠くから
埃を上げて集まってきた。祈りと権力と迷信と、わずかな信仰心とが
ないまぜになって、巨大な仏の前を波のように往復したに違いありません。

そのざわめきは、今では誰の耳にも残っていませんが、石段の角や、
阿形と吽形のひびの中で、まだ小さく反響しているようにも思われる。

観光客のカメラが光るたび、阿吽像の胸のあたりで、
見えない微笑がかすかに揺れる。

今日が何の日かを知る人も、知らない人も、同じ石段を登り、同じ桜の下を。
ただ、大仏の瞳だけが、七五二年の朝から今日まで、一つ瞬きをしたかどうか、
自分でもはっきり覚えていないらしい。

そして眼を開いたのは、果たして大仏なのか、それとも人間のほうなのか。
阿と吽とのあいだから吹きこんで来る、わずかな春の気配だけが、
その問いに曖昧な相槌を打っていると・・・

そんな気がしてならないのである。



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忠犬ハチ公の日.

春の陽ざしの、いささか気取った斜め加減が、渋谷の広場に人を吸い寄せる。
ハチ公の命日が三月八日であるという事実は、暦の上では確かに動かしがたいが、

誰もが黒っぽいダウンの襟を立てていた頃の寒さは、いつしか記憶の底へ沈み、
代わりに四月八日の駅前広場のしだれ桜が、犬の名と結びついて満開である。





映画【ハチ公物語】仲代達矢氏とハチ公



待ち合わせに遅れた恋人たちも、終電を逃した酔漢も、就職活動中の青年も、
ハチ公の前に立つときだけは、ひとしく「待つ側」の物語に引き入れられるのだ。

電車は刻々と出入りし、渋谷は半年来ないと迷ってしまうくらい再開発が進んだ。
そのビル街足もとの、石畳一点にだけ、一匹の犬の時間が、
錆びついた針のように刺さったまま動かない。

その日、銅像の足もとには、花束やらペットボトルやら、少々場違いな土産物の
紙袋までが、無遠慮に押し合いへし合いしている。献花というには雑然としすぎて、
しかし散乱というにはどこか控えめな秩序があって、そこに立つ者は、
いつのまにやら自分の生活のほころびを、この犬の沈黙に縫い合わせて貰う。

慰霊祭の祈りは、読経とカメラのシャッター音と、
外国語まじりのざわめきを、ごちゃまぜに飲み込みながら進んでゆく。

線香の匂いは、排気ガスとフライドポテトの油と折り合いをつけねばならず、
その折衷案として、春風が少しばかり強く吹く。





東大・ハチ公と上野英三郎博士像


かつて上野博士を待ち続けた犬は、もはや博士だけでなく、スマートフォンの画面に
目を落としたまま立ち尽くす幾万の人間を、まとめて待っているふうである。

十一年のあいだ渋谷駅を通い続けた一匹の犬は、
今日もまた遅れて来る主人を銅像となって待ち続けている。





渋谷駅前のハチ公像




三月八日の死は、新聞の一面に一度だけ印刷されて終わってしまうけれど、
四月八日の慰霊祭は、毎年のように写真となってネットの海に流されていく。
こうして命日は歴史の頁へ沈み、慰霊の日だけが春の光を浴びて更新され続ける。

人というものは、忘れたくないものを忘れないために、わざわざ別の日付を
こしらえねばならぬ、いささか不器用な生き物なのでしょう。



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健康のために断ったことは?


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世界保健デーとは WHO憲章がはじめて設定された4月7日を記念して、1950年以来、
毎年4月7日が世界保健デー(World Health Day)として定められました。


世界保健デーの朝は、どこか病院の待合室の匂いがする。
病院の白い廊下を歩きながら、あるいは都会の雑踏の中で立ち止まりながら、
せめて一年に一度くらいは、健康という名の、不安定で、しかも失ってからしか
ありがたみの分からない贅沢品について思い出してみようというのである。

そのころ世界のどこかでは、まだ井戸水の濁りに目を凝らしている子供がいたし、
咳をこらえ満員電車に揺られている事務員もいたに違い無い。

彼らは自分たちの暮らしの上に、
国際機関という抽象の影が差している事も知らない。

けれどもニューヨークやジュネーブの会議室では、「すべての人間は、
最高水準の健康を享受する権利を持つ」という一文が書きつけられてゆく。








健康が権利であると宣言されたところで、夜勤明けの看護婦が眠気をこらえて
病棟を歩き回る事実も、紛争地で麻酔の足りない手術を続ける医師の疲労も、
にわかに軽くなるわけではないし、貧民街の子どもの咳が止むわけではない、
爆撃が一日だけ休暇を取るわけでもない。

世界のどこかでベルが鳴るたびに、別のどこかでは救急車のサイレンが鳴っている。

世界保健機関の前文は、いわば人間の弱さと不平等を、ゆっくりとした声で
朗読するための台本のようなもので、読むほどに、舞台裏の暗がりが濃くなる。




ガザの人道危機、子どもの死者爆増・ユニセフより




はるかな国の流行病が、数か月のうちに駅前のドラッグストアの棚を空にするし、
中東の戦争がガソリンスタンドのガソリンを無くしてしまう。

世界と個人のあいだには境界線が引かれているようでいて、
実のところ、それは非常に頼りない鉛筆書きにすぎないのだ。

それゆえ、四月七日という日付は、単なる記念日というよりも、人間が自分の身体を
世界に預けているという、薄気味悪い事実をそっと教えてくれる目印かもしれない。

世界保健デーという名は、戦争と飢餓と伝染病のただ中で、人間の体を政治や経済と
同じくらい重大な問題として扱おうとした、ある種の倦怠と決心の産物なのである。



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京の粋なお干菓子で、春のうららかな里山を表現してみました。

白アクリル透過光の上に、京の粋というものが、ひそかに息をひそめていた。
春の霞を忘れたかのように、あまりにも無邪気で、無遠慮なまでに透明である。
だが、その冷淡な白さに、干菓子たちは、まるで山里の家並のように身を寄せ合い、
各々の色を、かすかな抵抗として浮かび上がらせていた。

どれもこれも、舌より先に、まなざしに融けることを選んだらしい。
光はそれを透かしながら、しかし決して味わおうとはせず、
ただ無感動に輪郭を拾い上げている。

もしここが本当の里山であったなら、風がひとつ吹いて、黄色い蝶は揺れ
砂糖の葉はささやき、枝の影は少しばかり場所を変えただろう。

だがこの白い平原では、風の代わりにレンズが動き、日差しの代わりにストロボが
瞬くばかりである。お干菓子たちは、いずれ誰かの口に消えることを知りながら、
今だけは、光によって食べられることを甘んじて受けているように見える。










春のうららかさとは、要するに、このような無音のあきらめと、
ひそやかな期待との折り合いなのかもしれない。白アクリルの上で、
京の菓子は山里のふりをし、山里はまた、誰かの記憶の上で、
ひとつの干菓子に似てゆくのだろうか。

撮影を終えて、白い板の上には、まだかすかな色の余韻が残ってる。
透過光を失った干菓子たちは、ただの小さな菓子として、
また元の「食べられる運命」に帰っていく。

私は最後にひとつ口に運びながら、このうららかな里山のどこかに、
さきほど切り捨てた春が、今もひそやかに残っているのではないかと、

少しばかり良心の痛みに似た甘さを、舌の上に感じていた。


ちなみに、お干菓子には色々なものがあります。
和三盆・落雁・有平糖・干錦玉・生砂糖などなど、皆様も季節に応じ、お茶に合わせ、

あなたの組合せで、京のお干菓子、ほのかに甘い春を楽しんではいかがでしょうか~音譜


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撮影  文  熊谷

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桜の花が爛漫と咲き誇る頃、
新入学『ピッカピッカの1年生』の季節が巡ってきました。

青い空の下、桜並木には真新しい色取り取りのランドセルを背負い、
小さな背中を揺らしながら歩む子供たちの姿のが多く見受けられでしょう。







彼らの後ろ姿には、新しい世界への希望と、
ほんの少しの不安が入り混じっているように見えます。

ある者は、友達と手を取り合いながら、
楽しそうにおしゃべりをしているかもしれません。

また、ある者は、道の傍らに咲く菜の花に目を奪われ、
ふと立ち止まることもあるでしょう。










中には、遠い空を見上げ、
これから始まる学校生活に思いを馳せる子供もいるかもしれません。

まるで人生の門出を祝うかのように、桜は優しく彼らを見守ります。
その小さな後ろ姿が、やがて大きく成長し、

この桜並木を再び歩む日が来ることを、
春の陽光がそっと教えてくれるようです。

新生活への一歩を踏み出す彼らに幸多かれと、
心から願わずにはいられません。


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カット中は美容師さんと話す?


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1872(明治5)年の今日、東京府が女子の断髪禁止令を公布しました。
 これに反対した女性たちが、この日をヘアカットの日にしました。

明治五年四月五日、東京府が「女子断髪禁止令」などという、
いささか物々しい名の布告を引っぱり出してくる。

前年には「散髪脱刀令」などという、いかにも文明開化風の布令が出たばかりで、
ちょんまげを落とした男たちが、どこか気恥ずかしそうに、それでも新式の姿を
誇らしげに見せて歩いていた頃である。

思うに、当時の娘たちは、髪を切ることで、
ただ涼しさや便利さを求めた訳ではない。
長く垂れる黒髪は、親や夫や世間が「女らしさ」と呼んで
大事にしろと言い張る、目に見える鎖でもあった。
その鎖を自分の手で断ち切ることは、たとえわずか数寸であれ、
古い日本と新しい日本とのあいだにハサミを差し入れる、
小さな反逆であったろう。

東京府の役人たちが眉をひそめたのも、娘たちの首筋が寒そうだったからではなく、
その反逆の気配を嗅ぎ取ったからに違いない。





『シザーハンズ』のポスター、1990年のアメリカ映画。
純真無垢な心を持つ人造人間と少女の交流を描いたファンタジー映画。

ジョニーデップ、デビュー頃の大ヒット作です。




髪を変えるのは、ただ姿形を変えることではなく、自分がどの時代に、どんな風に
生きていこうとするのか、そのささやかな選択の自由が選ぶことである。

そして、明治の風は、そんなお触れなど意に介さないところがあった。
洋服を着れば、長い髪はとたんに時代おくれの装飾品になる。

西洋じみた短い髪を好む娘たちは、ガス灯のように新しい光をまとっていたが、
その眩しさを疎ましく思った誰かが、急ごしらえのランプシェードで
覆いをしたのだとも言える。薄紙一枚をかぶせて「これは国家の風紀である」と
言い張るのは、いささか滑稽でもあり、どこか哀れでもある。

だからこそ、禁じられた断髪は、よけいに甘い果実のような匂いを帯びた。
人は手を伸ばしてはならぬ林檎ほど、いっそう赤く見えるものである。

はさみの金属音が一つ鳴るたびに、歴史のページが一枚、
そっと差し替えられていく。髪の匂いを含んだその新しい頁は、
明治の役人がどれほど眉をひそめても、もはや閉じることのできない
物語として、静かにめくられていくのである。

ちなみに、反対した女性たちの代表的なものが「日本婦人束髪会」の活動です。
日本髪は不便でしたし、手間がかかっていたので、
束髪は爆発的に広まったそうです。

このため、髪結いが失業したり、髪飾り業者も売り上げが激減したりと
色々問題もありました。とはいえ、物事は一直線には進みません。
日本髪は日清戦争の頃から再度奨励され始めます。

残念な歴史、いわゆるナショナリズムの高揚です。


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今日が良い日となり、

明日がさらに素晴らしい日となりますように晴れ。
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撮影  文  熊谷

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あんぱんの日とは、明治8年4月4日に老舗パン屋「木村屋總本店」が明治天皇・皇后両陛下にあんぱんを献上したことを記念して作られた日です。平成13年4月4日、正式に4月4日があんぱんの日と定められました。

両陛下に献上されたあんぱんは、八重桜の塩漬けがトッピングされた「桜あんぱん」で、
現在も木村屋總本店の看板商品です。

両陛下が水戸藩へお花見に行かれた際、お茶菓子としてお出しするうえで
春らしさを出すために桜の塩漬けをのせるアイデアが生まれました。

献上した桜あんぱんが好評だったこともあり、木村屋總本店は宮内庁御用達となります。

明治八年四月四日。
花の盛りにはすこし早い銀座通りを、あいにくの春雨がしめやかに濡らしていた。
行き交う人影もまばらなその朝、木村屋の店先だけが、なにかひそやかな
胸の高鳴りを抱いていたのである。

西洋から来たパンは、本来、油絵のキャンバスのように白く、無口である。
そこへ、江戸以来の餡の舌ざわりが滑り込み、こともなげに居座った。
異国の粉と日本の豆とが、舌のうえでためらいがちに出会い、
しかしほどなく、どちらともつかぬ一つの調和になってゆく。

こうして日本人は、米と味噌だけではなく、小麦と餡という、
もう一つの「昼餉(ひるげ)」の夢を持つことになった。










御料馬車にゆられ、やがて手元へ届けられるであろう幾つかのあんぱんは、
もちろん声を持たない。しかし、もしもその丸い身に舌があったなら、
自らの行く末をいささか誇らしく語ったかもしれぬ。

自分は単なる菓子ではなく、東西の味の間に橋をかける最初の一つなのだと。

もしその日、あんこを包んだ小麦の塊が、明治の両陛下の御前で、
そっぽを向かれていたなら、銀座の町並みから、
甘い香りはひとつ分だけ減っていたかもしれない。

だが、歴史は時に、菓子職人の掌を借り、静かに微笑んだのである。


そして現代、付け加え、

あんぱんは桜の花弁、けしの実やごま(黒・白)など
表面のトッピングで中身は変わります。






あんこには十分な糖分が含まれているため細菌の繁殖が難しく、
保存料を使わなくても日持ちしますので、保存料を減らしたい
子どものおやつにもお勧めです。



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