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1872(明治5)年の今日、東京府が女子の断髪禁止令を公布しました。
これに反対した女性たちが、この日をヘアカットの日にしました。
明治五年四月五日、東京府が「女子断髪禁止令」などという、
いささか物々しい名の布告を引っぱり出してくる。
前年には「散髪脱刀令」などという、いかにも文明開化風の布令が出たばかりで、
ちょんまげを落とした男たちが、どこか気恥ずかしそうに、それでも新式の姿を
誇らしげに見せて歩いていた頃である。
思うに、当時の娘たちは、髪を切ることで、
ただ涼しさや便利さを求めた訳ではない。
長く垂れる黒髪は、親や夫や世間が「女らしさ」と呼んで
大事にしろと言い張る、目に見える鎖でもあった。
その鎖を自分の手で断ち切ることは、たとえわずか数寸であれ、
古い日本と新しい日本とのあいだにハサミを差し入れる、
小さな反逆であったろう。
東京府の役人たちが眉をひそめたのも、娘たちの首筋が寒そうだったからではなく、
その反逆の気配を嗅ぎ取ったからに違いない。
『シザーハンズ』のポスター、1990年のアメリカ映画。
純真無垢な心を持つ人造人間と少女の交流を描いたファンタジー映画。

ジョニーデップ、デビュー頃の大ヒット作です。
髪を変えるのは、ただ姿形を変えることではなく、自分がどの時代に、どんな風に
生きていこうとするのか、そのささやかな選択の自由が選ぶことである。
そして、明治の風は、そんなお触れなど意に介さないところがあった。
洋服を着れば、長い髪はとたんに時代おくれの装飾品になる。
西洋じみた短い髪を好む娘たちは、ガス灯のように新しい光をまとっていたが、
その眩しさを疎ましく思った誰かが、急ごしらえのランプシェードで
覆いをしたのだとも言える。薄紙一枚をかぶせて「これは国家の風紀である」と
言い張るのは、いささか滑稽でもあり、どこか哀れでもある。
だからこそ、禁じられた断髪は、よけいに甘い果実のような匂いを帯びた。
人は手を伸ばしてはならぬ林檎ほど、いっそう赤く見えるものである。
はさみの金属音が一つ鳴るたびに、歴史のページが一枚、
そっと差し替えられていく。髪の匂いを含んだその新しい頁は、
明治の役人がどれほど眉をひそめても、もはや閉じることのできない
物語として、静かにめくられていくのである。
ちなみに、反対した女性たちの代表的なものが「日本婦人束髪会」の活動です。
日本髪は不便でしたし、手間がかかっていたので、
束髪は爆発的に広まったそうです。
このため、髪結いが失業したり、髪飾り業者も売り上げが激減したりと
色々問題もありました。とはいえ、物事は一直線には進みません。
日本髪は日清戦争の頃から再度奨励され始めます。
残念な歴史、いわゆるナショナリズムの高揚です。
最後までご覧頂きありがとう。
今日が良い日となり、
明日がさらに素晴らしい日となりますように
。
インスタフォロー宜しくお願いします↓↓↓
https://www.instagram.com/naoo_kumagai/
撮影 文 熊谷
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カット中は美容師さんと話す?
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1872(明治5)年の今日、東京府が女子の断髪禁止令を公布しました。
これに反対した女性たちが、この日をヘアカットの日にしました。
明治五年四月五日、東京府が「女子断髪禁止令」などという、
いささか物々しい名の布告を引っぱり出してくる。
前年には「散髪脱刀令」などという、いかにも文明開化風の布令が出たばかりで、
ちょんまげを落とした男たちが、どこか気恥ずかしそうに、それでも新式の姿を
誇らしげに見せて歩いていた頃である。
思うに、当時の娘たちは、髪を切ることで、
ただ涼しさや便利さを求めた訳ではない。
長く垂れる黒髪は、親や夫や世間が「女らしさ」と呼んで
大事にしろと言い張る、目に見える鎖でもあった。
その鎖を自分の手で断ち切ることは、たとえわずか数寸であれ、
古い日本と新しい日本とのあいだにハサミを差し入れる、
小さな反逆であったろう。
東京府の役人たちが眉をひそめたのも、娘たちの首筋が寒そうだったからではなく、
その反逆の気配を嗅ぎ取ったからに違いない。
『シザーハンズ』のポスター、1990年のアメリカ映画。
純真無垢な心を持つ人造人間と少女の交流を描いたファンタジー映画。

ジョニーデップ、デビュー頃の大ヒット作です。
髪を変えるのは、ただ姿形を変えることではなく、自分がどの時代に、どんな風に
生きていこうとするのか、そのささやかな選択の自由が選ぶことである。
そして、明治の風は、そんなお触れなど意に介さないところがあった。
洋服を着れば、長い髪はとたんに時代おくれの装飾品になる。
西洋じみた短い髪を好む娘たちは、ガス灯のように新しい光をまとっていたが、
その眩しさを疎ましく思った誰かが、急ごしらえのランプシェードで
覆いをしたのだとも言える。薄紙一枚をかぶせて「これは国家の風紀である」と
言い張るのは、いささか滑稽でもあり、どこか哀れでもある。
だからこそ、禁じられた断髪は、よけいに甘い果実のような匂いを帯びた。
人は手を伸ばしてはならぬ林檎ほど、いっそう赤く見えるものである。
はさみの金属音が一つ鳴るたびに、歴史のページが一枚、
そっと差し替えられていく。髪の匂いを含んだその新しい頁は、
明治の役人がどれほど眉をひそめても、もはや閉じることのできない
物語として、静かにめくられていくのである。
ちなみに、反対した女性たちの代表的なものが「日本婦人束髪会」の活動です。
日本髪は不便でしたし、手間がかかっていたので、
束髪は爆発的に広まったそうです。
このため、髪結いが失業したり、髪飾り業者も売り上げが激減したりと
色々問題もありました。とはいえ、物事は一直線には進みません。
日本髪は日清戦争の頃から再度奨励され始めます。
残念な歴史、いわゆるナショナリズムの高揚です。
最後までご覧頂きありがとう。
今日が良い日となり、
明日がさらに素晴らしい日となりますように
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撮影 文 熊谷
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