のご指導を頂いている 苞(中山)先生の主催で行われる 璞友会展という作品展へ向け、精進中です。

 

曹全碑の臨書 練習中

 

 ずっと練習してきた‟慕史~”を書き始めたところ、二文字で筆が止まり 今まで書いてきた箇所とは違う文面を あろうことか三文字目から続けて書いてしまいました。

 

そうしたら、新鮮さに筆も走ります。

 

 それを見ていた苞先生、後漢の時代の漢文がスラスラ解けるほど知識もない私に「こちらの方がいいですね、文章の内容もこちらの方がいいですよ」と。もっと早く言ってほしかった「えっ、作品展まで何日だっけ?」と頭をよぎりながら、口では「そうですね~、頑張ります!」と言ってしまってました。 精進 精進。

 

 

 

令和2年11月10日(火)~11月15日(日)

佐賀大学美術館ギャラリー1(入場無料)にて。

 

 

 先日こんなプレゼントをいただきました。

 

 

 実は、今月初めに保育園でのイベント‟虫の音を聞く会”で ギターのおじさんとして呼んでもらった時の アルバムです。

 二年前に設計させて頂いたすこやか保育園、自身で設計した建物でギターを弾きながら子供たちと楽しく歌えるなんて それだけでも「還暦を迎えるいい記念になったね」と家内と話していたところ 保育園から心のこもったプレゼントが届きました。

 

 ありがとうございます。 素敵な記念品まで出来ました。

 

『最後まで読んでくださり ありがとうございます。アラカンの私ですが、いいねやフォローたいへん励みになっております。これからもどうぞよろしくお願いします』

 星野村、古民家改装計画 ファーストプレゼン

 

 所在地は星野村、元々農業をされてた民家なので 半農の住宅にするのに大きく変える必要はなく 母屋の隣にはしっかり農作業専用の小屋もついています、もちろん前の持ち主が所有していた畑も一緒。存分に農業も楽しめそうです

 

 オーナーとの打合せでは、当初は週末農業の予定だそうで 週末セカンドハウス的なかたちからのスタートとなりそう、その後の計画もすでにお持ちみたいですが・・・。

 

いつものアナログ全開な計画スケッチ

 

 使い勝手の変更による動線の見直しで、玄関の位置を変えたり 農作業からの流れを考え土間を広くしたり リビングでの過ごし方を聞き、薪ストーブの設置や吹抜け空間の新設などオーナーからのご要望を取り入れながら まとめたスケッチです。

 

 さすが星野村!という茶畑だんだん畑の景色を窓から望め、夜になれば 都会で見るよりずっと近くに感じる星空を眺めながら・・・楽しめるウッドデッキを計画しました。

 

 またまた楽しみが一つ増えました。 ありがとうございます。

 

『最後まで読んでくださり ありがとうございます。アラカンの私ですが、いいねやフォローたいへん励みになっております。これからもどうぞよろしくお願いします』

 カウントが20を数えたので『どうして半農半Xなのか?』の二回目。

 

 前回(No.10)慣行農業は継げない 農業するなら無農薬・無肥料でと書きました。

 

 私の親のもう一つ前の世代までは、しっかりと泥の中に足をいれ 土とひとつになって米作り、野菜作りをしていたような記憶がわずかに残っています。農薬・化学肥料なんてなかったので とにかく筑後平野のこの土を肥沃のまま保とうと頑張っていたような気がします。

 

 米の収穫後ので、縄やムシロ(藁で編んだ敷物)などの作業用具を作り、畝の上に広げ土の防寒や防草に使い 最後はしっかり土に戻してました。 もみ殻だって燻し焼いて‟燻炭”にして土に混ぜたりは、普通にどの農家でもやってたような気がします

 土に育ててもらったものは、食すところ以外は 灰や炭にしたり、発酵させたりして土に戻し、足りなくなった土の養分(微生物たちのちから)を補って作物をつくり続けていたように思います。人が手を加えても なるべく自然の循環を守ろうとしていたのでしょう。

 

 しかしこのひと昔前の農業、なんせ手間がかかり人手を必要とします。三世代同居は当たり前、忙しい時は親戚一同寄ってきては 一丸となって農作業にあたってた時代とは 圧倒的に人手が違います。今の時代、農業を生業とするためには この人手不足を補うための機械化と農薬と化学肥料という事になるのでしょう。

 この農薬と化学肥料を一般的に使う、慣行農業になったのも まだ二世代もしくは三世代前、戦後の食糧不足のころからでしょうから わずか70年ほど前という事になります。

 それ以前の自然の循環を守ってきた自然農の何千年を考えると‟慣行”という意味では むしろ自然農の方が慣行農業ではないでしょうか。

 話はそれましたが、現在の慣行農業はどうしてもやりたくない!となると 農業を生業にするには難しい。(私個人の今の考えです。いろんなアイデアで自然農を生業にしている方もたくさんいらっしゃいます。尊敬

 

 だから、生業は別に立て 安心して美味しく食すため自給農の畑を耕すことにしました。

 

 次回(たぶんNo.30)へ続く。

 

今日は大根の種を鞘ごと播いてきました

 

『最後まで読んでくださり ありがとうございます。アラカンの私ですが、いいねやフォローたいへん励みになっております。これからもどうぞよろしくお願いします』  

 朝夕、過しやすくなってきました

昼間でも、風のある日は 畑仕事が楽しくさえ思えてきます。「えっ、いつもは楽しくないの!」と隣から声が聞こえてきそうですが あの夏の炎天下の中では流石に…ねぇ。

 

 そんな夫婦の会話も(私はほとんど喋らないので、会話と言っていいのか疑問です)もう33年が過ぎ、一昨日の記念日から34年目に入りました。記念日を楽しんでた若い頃は その日になる瞬間が大事だったりしたのですが、今では前日からゆっくり温泉に行って、

 

 

 当日は家内が福岡に出掛けたついでに野菜寿司と泡の濁り酒を買い込んできたので ゆる~りと杯を合わたのでした。

 

 このところ、設計の仕事の依頼や 種蒔きシーズンとも重なり半農半Xともいそがしくしていたので いい骨休めになりました。

 そして、家内は何を慌ててたのか柱の角に足の指をぶつけたらしく 青痣になった足指の骨をほんとに休めてました。

 

『最後まで読んでくださり ありがとうございます。アラカンの私ですが、いいねやフォローたいへん励みになっております。これからもどうぞよろしくお願いします』 

 ちょっとだけ畝への直播きは始まってましたが、本格的な秋冬野菜モードにスイッチが切り替わりました。

 

畝の整え

 左がビフォー、右がアフター

「えっ、あまり変わってないし?」と言いたげなお方がいることは、承知しております。種でも苗でも 植えるところだけ土が表れてきたらOKという事で お許しください

 ちらっと見える黒マルチの中は、直接畝の上で雑草たい肥を作ってみたりしております。

 

パレットへの種蒔き

 種蒔き初日は じっくり給水してもらいます。

 

そして、種を播いて二日後

 早いものは、双葉が揃ってきました。

 

 

  何事もを播かないと始まらない

 

 仕事も、人間関係も いつ どこで どんな種を播くかで 結果が変わってくる。育つ環境にもその結果は随分と左右されるが、それでも 始まりはやっぱり

 

 ‟半農半X”の種がつながり 自給農を実践する人が増え 食べ物や環境に対する意識が 健やかな方に向いてくれる人が ひとりでも多くなればと願ってます。 

 

『最後まで読んでくださり ありがとうございます。アラカンの私ですが、いいねやフォローたいへん励みになっております。これからもどうぞよろしくお願いします』