[近年、報告件数が増加、1月がピーク]
(あなたの健康百科 2012年12月11日)
カイロなどによる低温やけどは、数年前から報告件数が増加している。
経済産業省などに報告された事故情報では、2006年度までは報告件数が
1ケタだったが、2007年度には10件を突破。
2008年度には30件に上り、うち16件が重大製品事故との結果が示されて
いる。
報告の収集・分析を行っている製品評価技術基盤機構(経産省所轄の独立行政
法人)によると、低温やけど増加の背景には湯たんぽの人気に伴う出荷個数の
増加があり、原因別内訳でもトップ。
電気あんかや使い捨てカイロがそれに続いているという。
低温やけどの発生件数は11~3月に多く、1月にピークを迎えるとも分析
されている。
44~50度程度の比較的低い温度に長時間、同じ場所の皮膚が触れることで
局所の皮下組織が壊死して起こり、発症までの時間は一般的に44度で
3~4時間以上、46度で30分~1時間、50度では2~3分程度と考えられて
いる。
<睡眠薬服用などの熟睡による若年層での報告も>
低温やけどは血流を圧迫する熱源の使い方や、知覚障害、糖尿病などの
神経障害のほか、体が不自由あるいは泥酔などを伴う状態で熟睡中に起こり
やすいとの指摘もある。
今回、国民生活センターは背中にカイロを貼り、ホットカーペットの上に寝て
いた90歳代男性の事例などを示している。
製品評価技術基盤機構には20~40歳代の事例も報告されており、中には
湯たんぽを付属の袋などで二重にくるんでも低温やけどを負った事例や、
睡眠薬を服用して熟睡したため起床時に重度の低温やけどを負ったケースも
見られる。
ほとんどの事例で、使っていた製品の取扱説明書には低温やけどに関する
注意事項が記されていた。
低温やけどに関する情報が、消費者に浸透していないことが一因になって
いるのだろう。
今年1月に東京都が発表した「カイロポケット付きインナーウェアの安全性に
関する調査」では、消費者への注意喚起の内容について、販売者側の分かり
やすく伝える努力を認めつつ、「低温やけどの何が危険なのか、どういう
ときに重症に至るのかは消費者になかなか伝わっていない」との分析も
示されている。
低温熱傷は皮膚表面の変化や痛みが弱いものの、皮膚深層の傷害が重度な
場合、時に皮膚の移植も必要になることから、製品評価技術基盤機構は疑いが
あれば早めに皮膚科や形成外科などの専門医を受診するよう呼び掛けている。
http://kenko100.jp/news/2012/12/11/02
[ピロリ菌で幹細胞に逆戻り]
(産経新聞 2012年11月19日)
胃がんの原因とされるピロリ菌には、胃の細胞を幹細胞のような未分化な細胞に戻す能力があるとする研究成果を、東京大の畠山昌則教授(病因・病理学)
らがまとめ、米科学アカデミー紀要電子版に発表した。
胃がんの予防法開発につながる可能性があるという。
畠山教授によると、ピロリ菌が作るタンパク質が胃の細胞に侵入すると、
遺伝子「CDX1」が働いて別の2種類の遺伝子を活発化。
胃の細胞が、消化管のさまざまな細胞に成長する幹細胞のような状態に変化
することが分かった。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/121119/bdy12111908050002-n1.htm
(産経新聞 2012年11月19日)
胃がんの原因とされるピロリ菌には、胃の細胞を幹細胞のような未分化な細胞に戻す能力があるとする研究成果を、東京大の畠山昌則教授(病因・病理学)
らがまとめ、米科学アカデミー紀要電子版に発表した。
胃がんの予防法開発につながる可能性があるという。
畠山教授によると、ピロリ菌が作るタンパク質が胃の細胞に侵入すると、
遺伝子「CDX1」が働いて別の2種類の遺伝子を活発化。
胃の細胞が、消化管のさまざまな細胞に成長する幹細胞のような状態に変化
することが分かった。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/121119/bdy12111908050002-n1.htm
[ビタミンEに肝臓がん予防効果の可能性 中国研究]
(あなたの健康百科 2012年11月16日)
中国・上海交通大学医学部のWei Zhang氏らは、上海に住む人々を対象に
行われた研究データを検討し、食事やサプリメント(栄養補助食品)から
ビタミンEを取ることで、肝臓がんになるリスクが低下する可能性が示された
と、米医学誌「Journal of the National Cancer Institute」(2012; 104:
1173-1181)に発表した。
<リスクが48%低下>
肝臓がんはがんによる死亡原因として世界で3番目に多く、がん種別の罹患率
でも男性で5番目、女性で7番目に位置付けられている。
肝臓がんの約85%は発展途上国で発生しており、中国だけで54%を占めて
いるという。
Zhang氏らは、上海女性健康研究(参加者の登録1997~2000年)と上海男性
健康研究(同2002~2006年)の参加者13万2,837人のデータを使い、
ビタミンEの摂取と肝臓がんリスクとの関係を検討。
食品の摂取頻度に関するアンケート用紙を使った対面調査を行い、参加者の
食習慣に関するデータを収集した。
試験開始後2年間を除いた追跡期間中(女性研究は10.9年、男性研究は
5.5年)に肝臓がんと診断された267人(女性118人、男性149人)だった。
解析の結果、食事またはサプリメントからのビタミンE摂取は肝臓がん
リスクの低下と関連していた(48%のリスク低下)。
この関連は、自己報告による肝臓病の既往歴や肝臓がんの家族歴に関係なく
認められたという。
Zhang氏らは「ビタミンEの摂取と肝臓がんリスクとの間に、明らかな関連が
認められた」と結論。
男性と女性ではリスク推定値に若干の差があった点については「男性研究の
追跡期間が短いことが考えられる」と指摘している。
http://kenko100.jp/news/2012/11/16/02
(あなたの健康百科 2012年11月16日)
中国・上海交通大学医学部のWei Zhang氏らは、上海に住む人々を対象に
行われた研究データを検討し、食事やサプリメント(栄養補助食品)から
ビタミンEを取ることで、肝臓がんになるリスクが低下する可能性が示された
と、米医学誌「Journal of the National Cancer Institute」(2012; 104:
1173-1181)に発表した。
<リスクが48%低下>
肝臓がんはがんによる死亡原因として世界で3番目に多く、がん種別の罹患率
でも男性で5番目、女性で7番目に位置付けられている。
肝臓がんの約85%は発展途上国で発生しており、中国だけで54%を占めて
いるという。
Zhang氏らは、上海女性健康研究(参加者の登録1997~2000年)と上海男性
健康研究(同2002~2006年)の参加者13万2,837人のデータを使い、
ビタミンEの摂取と肝臓がんリスクとの関係を検討。
食品の摂取頻度に関するアンケート用紙を使った対面調査を行い、参加者の
食習慣に関するデータを収集した。
試験開始後2年間を除いた追跡期間中(女性研究は10.9年、男性研究は
5.5年)に肝臓がんと診断された267人(女性118人、男性149人)だった。
解析の結果、食事またはサプリメントからのビタミンE摂取は肝臓がん
リスクの低下と関連していた(48%のリスク低下)。
この関連は、自己報告による肝臓病の既往歴や肝臓がんの家族歴に関係なく
認められたという。
Zhang氏らは「ビタミンEの摂取と肝臓がんリスクとの間に、明らかな関連が
認められた」と結論。
男性と女性ではリスク推定値に若干の差があった点については「男性研究の
追跡期間が短いことが考えられる」と指摘している。
http://kenko100.jp/news/2012/11/16/02
[「大きくしたい」と男性器にオリーブ油注入、切断する羽目に タイ]
(AFPBB News 2012年11月17日)
発信地:バンコク/タイ
【11月16日 AFP】
タイの首都バンコクで、男性器を大きくしようとオリーブ油を注入した男性
(50)が重度の感染症を起こし、病院に運び込まれた。
タイ王国国家警察病院が16日、AFPに明らかにしたところによると、この
男性は男性器が小さいことを気にして数年間にわたってオリーブ油を注入して
いたという。
結局、男性はがんと診断され、手術で男性器を切断する羽目になって
しまった。
タイでは男性器を大きくする方法としてシリコンや蝋、蜜蝋のほか、オリーブ
油を注入する手法が知られている。
効果のほどが不明なうえ危険な方法だが、タイ男性の間ではまことしやかに
信じられており、バンコクのある病院にはこの方法を試した後で体調に異変を
訴える男性が月平均40人も搬送されてくるという。
そうした中でも、今回の男性の手術は深刻なものだったと警察病院の広報
担当者は述べ、男性器にオリーブ油を注入する方法は「悪い結果を招くだけで
効果はない」と警告。
「女性は男性器の大きさで男性を愛するわけではない」と付け加えた。
http://www.afpbb.com/article/life-culture/health/2912264/9851633
(AFPBB News 2012年11月17日)
発信地:バンコク/タイ
【11月16日 AFP】
タイの首都バンコクで、男性器を大きくしようとオリーブ油を注入した男性
(50)が重度の感染症を起こし、病院に運び込まれた。
タイ王国国家警察病院が16日、AFPに明らかにしたところによると、この
男性は男性器が小さいことを気にして数年間にわたってオリーブ油を注入して
いたという。
結局、男性はがんと診断され、手術で男性器を切断する羽目になって
しまった。
タイでは男性器を大きくする方法としてシリコンや蝋、蜜蝋のほか、オリーブ
油を注入する手法が知られている。
効果のほどが不明なうえ危険な方法だが、タイ男性の間ではまことしやかに
信じられており、バンコクのある病院にはこの方法を試した後で体調に異変を
訴える男性が月平均40人も搬送されてくるという。
そうした中でも、今回の男性の手術は深刻なものだったと警察病院の広報
担当者は述べ、男性器にオリーブ油を注入する方法は「悪い結果を招くだけで
効果はない」と警告。
「女性は男性器の大きさで男性を愛するわけではない」と付け加えた。
http://www.afpbb.com/article/life-culture/health/2912264/9851633
最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学
「本当は怖いアゴの音~踏み込んだ迷宮~」
M・Kさん(女性)/25歳(当時) OL
経理部で働くM・Kさん(25歳・女性)は、几帳面な性格で仕事もきっちり
こなすタイプ。
決算に向けて任される仕事も多く、連日残業続きでしたが、ある日、食事を
しようと口を大きく開けたとき、アゴがカクッと音を立てるのを感じました。
その後もアゴは時々鳴るものの慣れてしまい、特に気にとめていません
でしたが、奇妙な異変が続きます。
<症状>
(1)アゴが鳴る
(2)肩こり
(3)頭痛
(4)背中の痛み
<病名>顎関節症からうつ病
<なぜ、アゴの音から顎関節症からうつ病に?>
「顎関節症」とは、アゴを支えている関節部分と周りの筋肉が異常をきたし、
痛みや口が開かないなどの症状が現れる病。
やわらかい物中心の食生活でアゴの筋肉が弱っていることに加え、噛み合わせ
の悪さなどが重なり発症すると考えられています。
潜在的な患者を入れると、その数はなんと2人に1人と言われ、特に多いのが
20代から30代の女性なのです。
M・Kさんを最初に襲った、あのアゴの音。
あの音は、上アゴと下アゴの間でクッションの役目を果たす部分がずれた
ために鳴ったものだったのです。
その後に続いた、肩こりや頭痛、背中の痛みといった症状。
これらの症状は、アゴの関節のずれと周りの筋肉の緊張状態が続き、
起こったと考えられます。
さらに、彼女の場合、その症状に拍車をかけたのが、うつ病でした。
「うつ病」とは、ストレスや脳内物質の異常など様々な原因からなる心の病。
10人に1人は罹るとも言われ、最近患者が増え続けている病気です。
M・Kさんの場合、しつこく続く症状の原因が、複数の病院で診てもらった
にも関わらず、全く分からなかったことに対する苛立ちが強いストレスと
なり、精神的に追い込まれていきました。
こうして、ついにうつ病を発症してしまったのです。
肩こりや頭痛はうつ病によっても起こるため、こうなると、どこまでが
顎関節症による症状か判別するのは極めて困難です。
そして最近、M・Kさんのように、「顎関節症」と「うつ病などの精神的な
問題」を併発する人が増え、全体の3割を占めると言われているのです。
現在、M・Kさんはアゴと精神面の両方の治療を行って、徐々に元気を取り
戻しつつあります。
顎関節症は必ずしもうつ病を併発する訳ではありません。
しかしM・Kさんのように、痛みや病に対する不安といったストレスが、
さらに病を悪化させてしまうケースもあるのです。
「顎関節症にならないためには?」
(1)「歯を食いしばる」、「片側だけで噛む」、「頬杖をつく」、
「うつ伏せで寝る」など、 アゴに負担をかける生活習慣を避ける
ことが大切。
(2)必ずしもうつ病を併発するとは限りませんが、 様々な症状が大きな
ストレスとなりうる事も事実。
(3)もし生活に支障が出るようなら、歯科や口腔外科で相談されることを
おすすめします。
http://asahi.co.jp/hospital/
「本当は怖いアゴの音~踏み込んだ迷宮~」
M・Kさん(女性)/25歳(当時) OL
経理部で働くM・Kさん(25歳・女性)は、几帳面な性格で仕事もきっちり
こなすタイプ。
決算に向けて任される仕事も多く、連日残業続きでしたが、ある日、食事を
しようと口を大きく開けたとき、アゴがカクッと音を立てるのを感じました。
その後もアゴは時々鳴るものの慣れてしまい、特に気にとめていません
でしたが、奇妙な異変が続きます。
<症状>
(1)アゴが鳴る
(2)肩こり
(3)頭痛
(4)背中の痛み
<病名>顎関節症からうつ病
<なぜ、アゴの音から顎関節症からうつ病に?>
「顎関節症」とは、アゴを支えている関節部分と周りの筋肉が異常をきたし、
痛みや口が開かないなどの症状が現れる病。
やわらかい物中心の食生活でアゴの筋肉が弱っていることに加え、噛み合わせ
の悪さなどが重なり発症すると考えられています。
潜在的な患者を入れると、その数はなんと2人に1人と言われ、特に多いのが
20代から30代の女性なのです。
M・Kさんを最初に襲った、あのアゴの音。
あの音は、上アゴと下アゴの間でクッションの役目を果たす部分がずれた
ために鳴ったものだったのです。
その後に続いた、肩こりや頭痛、背中の痛みといった症状。
これらの症状は、アゴの関節のずれと周りの筋肉の緊張状態が続き、
起こったと考えられます。
さらに、彼女の場合、その症状に拍車をかけたのが、うつ病でした。
「うつ病」とは、ストレスや脳内物質の異常など様々な原因からなる心の病。
10人に1人は罹るとも言われ、最近患者が増え続けている病気です。
M・Kさんの場合、しつこく続く症状の原因が、複数の病院で診てもらった
にも関わらず、全く分からなかったことに対する苛立ちが強いストレスと
なり、精神的に追い込まれていきました。
こうして、ついにうつ病を発症してしまったのです。
肩こりや頭痛はうつ病によっても起こるため、こうなると、どこまでが
顎関節症による症状か判別するのは極めて困難です。
そして最近、M・Kさんのように、「顎関節症」と「うつ病などの精神的な
問題」を併発する人が増え、全体の3割を占めると言われているのです。
現在、M・Kさんはアゴと精神面の両方の治療を行って、徐々に元気を取り
戻しつつあります。
顎関節症は必ずしもうつ病を併発する訳ではありません。
しかしM・Kさんのように、痛みや病に対する不安といったストレスが、
さらに病を悪化させてしまうケースもあるのです。
「顎関節症にならないためには?」
(1)「歯を食いしばる」、「片側だけで噛む」、「頬杖をつく」、
「うつ伏せで寝る」など、 アゴに負担をかける生活習慣を避ける
ことが大切。
(2)必ずしもうつ病を併発するとは限りませんが、 様々な症状が大きな
ストレスとなりうる事も事実。
(3)もし生活に支障が出るようなら、歯科や口腔外科で相談されることを
おすすめします。
http://asahi.co.jp/hospital/
[時代を駆ける:村上智彦/5止 北海道から地域医療モデル、発信したい]
(毎日新聞 2009年12月29日)
<生まれたのは北海道北部にある歌登村(現枝幸町)。
2006年に合併し、歌登は市町村名としては消えた。
典型的な医療過疎の町で、母親は村上さんを自宅の長いすで産んだ>
僕は子どものころ、へき地のみじめさを味わった。
それでも当時の住民にはモラルがあったように思うんだ。
だけど、今は違うね。
住民や自治体は医者を使い捨てにし、国も医師を増やそうとしないのに、
「命にかかわることだから」と過労死するレベルまで平気で時間外勤務を
強いる。
地域医療を立て直すには、まず医師を疲弊から救うことが必要だよ。
そのために、僕は夕張の住民に、かかりつけ医を持つように言っている。
いつ病気になるか分からないから、定期検診を受けてもらい、異常が
見つかれば治療する。
そうすれば、診療所へ慌てて飛び込んでくることもない。
病状が悪化してしまった場合には専門医を紹介するし、専門医も同業者に
言われれば「責任を持って診なければ」という気になるものだ。
「どこの病院にかかろうが、患者の自由」というのは間違いなんだよ。
もう1つ、119番とは別の電話相談窓口を確保できないか考えている。
病状が心配な時に電話をかけてもらい、アドバイスを受けてもらう。
一方、救急車は本当に必要な人のためだけに使おうよ。
そうすれば医師の負担は軽くなる。
<夕張市に来て4度目の冬を迎えた。村上さんは新たに「支える医療」を
提唱し、高齢化社会におけるあるべき医療の姿を模索する>
「支える医療」は、地域の高齢者だけでなく、福祉事業などを含めて医療が
支えるという意味で名付けたんだ。
やっていることは地域医療と同じだけど、地域医療という言葉だと、都会
からは「田舎の特殊な医療」とみられる傾向がある。
都市部の医師でも受け入れやすいように違う言葉で表現した。
今、日本全体で高齢化が進んでいる。
高齢者医療が必要なのは都市部も同じ。
どこでも通用する仕組みを作り、夕張から発信したいと思っている。
具体的には、市立診療所では歯科医師が自宅に出向いている。
高齢者に食事の喜びを味わってもらえるようにね。
また、高齢になると家で何が起きるか分からないから、自宅で倒れた場合に
備え、緊急医療に必要な情報をまとめた「命のバトン」の設置を進めている。
その人の基礎疾患や薬などの情報を書いた紙をリレーのバトン形の容器に
収めたもので、(戸棚などではなく)自宅の冷蔵庫に入れておくと決めて
おく。
そうすれば、救急搬送が必要になった時、救急隊員は冷蔵庫を開ければいい。
そして搬送先の医師に活用してもらう。
こうしたやり方は、都会でもできるはずだ。
<患者はみんな自宅で老衰で死んでほしい>
母方のじいちゃんは戦争で片足を失い、戦後を障害者として生きた。
でも不自由な体で僕を競馬に連れていったり、鉄道に乗って駅弁を食べさせ
たりしてくれた。
僕は「障害があっても、その人らしく生きていける」っていうことを学んだ。
じいちゃんは80歳近くまで生き、最後は認知症と胃がんを患って病院で
亡くなった。
大学受験のさなかだった僕は死に目に会えなかったけど、今なら家で死なせて
あげられたのに、と残念に思っている。
高齢者には死ぬまで尊厳を失ってほしくない。
だから患者には「若い人に迷惑かけてもいい。死ぬまで生きて」と言って
いる。
僕の患者はみんな老衰で死んでほしいんだ。
<北海道が好きでたまらない“北海道バカ”を自称する。
夢は「日本一長生きな北海道」をつくること>
北海道の自治体は補助金依存が強いし、住民は健康意識が低い。
でも本州に出たら北海道の良さが分かった。
この豊かな自然を伸ばせば北海道のアイデンティティーになるし、医療に
生かせば日本一長生きになれると思ってね。
「北海道は老後を過ごすにはいい場所だ」って言われるのはうれしいじゃ
ない。
地域医療を充実させ、都市で疲れた高齢者が来て老後を過ごすモデルができる
なら、そこにお金をつぎ込む価値はあると思う。
<地域医療はまちづくり>
地域医療の面から見て、良いまちのシンボルは「国保黒字で病院赤字」。
自治体が運営する国民健康保険は、住民が健康意識を高めて病気予防に励むと
医療費を安く抑えられるから黒字になる。
健康な住民は医者にかからないから、そのまちの病院は収入が減る。
それでいい。
都会の医師が「住民の健康意識が高く、働いてみたい」と思えるような地方を
つくりたい。
僕が理想とする地域医療は、まちづくりと似ている。
医師と行政が連携し、限られた社会資源を上手に使うシステム作り。
瀬棚町でやったようにね。
だから、お金はかからない。
社会保障がしっかりすると、住民は将来への不安がなくなる。
すると貯金をしないでお金を使うから、まちが元気になる。
長生きできるようになれば、孫の面倒をみられるから少子化対策にもなる。
それはまちづくりと同じでしょう?
究極の地域医療とは、自分が骨をうずめたいと思える地域をつくることじゃ
ないかな。
僕にとってそれは夕張じゃない。
将来は生まれ故郷の歌登かその周辺に戻りたい。
いずれ、そこの住民たちと地域を愛する気持ちを共有できたら幸せだな。
=村上さんの項おわり
(聞き手・久野華代)
http://mainichi.jp/select/opinion/kakeru/news/20091229ddm004070177000c.html
(毎日新聞 2009年12月29日)
<生まれたのは北海道北部にある歌登村(現枝幸町)。
2006年に合併し、歌登は市町村名としては消えた。
典型的な医療過疎の町で、母親は村上さんを自宅の長いすで産んだ>
僕は子どものころ、へき地のみじめさを味わった。
それでも当時の住民にはモラルがあったように思うんだ。
だけど、今は違うね。
住民や自治体は医者を使い捨てにし、国も医師を増やそうとしないのに、
「命にかかわることだから」と過労死するレベルまで平気で時間外勤務を
強いる。
地域医療を立て直すには、まず医師を疲弊から救うことが必要だよ。
そのために、僕は夕張の住民に、かかりつけ医を持つように言っている。
いつ病気になるか分からないから、定期検診を受けてもらい、異常が
見つかれば治療する。
そうすれば、診療所へ慌てて飛び込んでくることもない。
病状が悪化してしまった場合には専門医を紹介するし、専門医も同業者に
言われれば「責任を持って診なければ」という気になるものだ。
「どこの病院にかかろうが、患者の自由」というのは間違いなんだよ。
もう1つ、119番とは別の電話相談窓口を確保できないか考えている。
病状が心配な時に電話をかけてもらい、アドバイスを受けてもらう。
一方、救急車は本当に必要な人のためだけに使おうよ。
そうすれば医師の負担は軽くなる。
<夕張市に来て4度目の冬を迎えた。村上さんは新たに「支える医療」を
提唱し、高齢化社会におけるあるべき医療の姿を模索する>
「支える医療」は、地域の高齢者だけでなく、福祉事業などを含めて医療が
支えるという意味で名付けたんだ。
やっていることは地域医療と同じだけど、地域医療という言葉だと、都会
からは「田舎の特殊な医療」とみられる傾向がある。
都市部の医師でも受け入れやすいように違う言葉で表現した。
今、日本全体で高齢化が進んでいる。
高齢者医療が必要なのは都市部も同じ。
どこでも通用する仕組みを作り、夕張から発信したいと思っている。
具体的には、市立診療所では歯科医師が自宅に出向いている。
高齢者に食事の喜びを味わってもらえるようにね。
また、高齢になると家で何が起きるか分からないから、自宅で倒れた場合に
備え、緊急医療に必要な情報をまとめた「命のバトン」の設置を進めている。
その人の基礎疾患や薬などの情報を書いた紙をリレーのバトン形の容器に
収めたもので、(戸棚などではなく)自宅の冷蔵庫に入れておくと決めて
おく。
そうすれば、救急搬送が必要になった時、救急隊員は冷蔵庫を開ければいい。
そして搬送先の医師に活用してもらう。
こうしたやり方は、都会でもできるはずだ。
<患者はみんな自宅で老衰で死んでほしい>
母方のじいちゃんは戦争で片足を失い、戦後を障害者として生きた。
でも不自由な体で僕を競馬に連れていったり、鉄道に乗って駅弁を食べさせ
たりしてくれた。
僕は「障害があっても、その人らしく生きていける」っていうことを学んだ。
じいちゃんは80歳近くまで生き、最後は認知症と胃がんを患って病院で
亡くなった。
大学受験のさなかだった僕は死に目に会えなかったけど、今なら家で死なせて
あげられたのに、と残念に思っている。
高齢者には死ぬまで尊厳を失ってほしくない。
だから患者には「若い人に迷惑かけてもいい。死ぬまで生きて」と言って
いる。
僕の患者はみんな老衰で死んでほしいんだ。
<北海道が好きでたまらない“北海道バカ”を自称する。
夢は「日本一長生きな北海道」をつくること>
北海道の自治体は補助金依存が強いし、住民は健康意識が低い。
でも本州に出たら北海道の良さが分かった。
この豊かな自然を伸ばせば北海道のアイデンティティーになるし、医療に
生かせば日本一長生きになれると思ってね。
「北海道は老後を過ごすにはいい場所だ」って言われるのはうれしいじゃ
ない。
地域医療を充実させ、都市で疲れた高齢者が来て老後を過ごすモデルができる
なら、そこにお金をつぎ込む価値はあると思う。
<地域医療はまちづくり>
地域医療の面から見て、良いまちのシンボルは「国保黒字で病院赤字」。
自治体が運営する国民健康保険は、住民が健康意識を高めて病気予防に励むと
医療費を安く抑えられるから黒字になる。
健康な住民は医者にかからないから、そのまちの病院は収入が減る。
それでいい。
都会の医師が「住民の健康意識が高く、働いてみたい」と思えるような地方を
つくりたい。
僕が理想とする地域医療は、まちづくりと似ている。
医師と行政が連携し、限られた社会資源を上手に使うシステム作り。
瀬棚町でやったようにね。
だから、お金はかからない。
社会保障がしっかりすると、住民は将来への不安がなくなる。
すると貯金をしないでお金を使うから、まちが元気になる。
長生きできるようになれば、孫の面倒をみられるから少子化対策にもなる。
それはまちづくりと同じでしょう?
究極の地域医療とは、自分が骨をうずめたいと思える地域をつくることじゃ
ないかな。
僕にとってそれは夕張じゃない。
将来は生まれ故郷の歌登かその周辺に戻りたい。
いずれ、そこの住民たちと地域を愛する気持ちを共有できたら幸せだな。
=村上さんの項おわり
(聞き手・久野華代)
http://mainichi.jp/select/opinion/kakeru/news/20091229ddm004070177000c.html
[「コンビニ受診」は自治体破綻のバロメーター]
(毎日新聞 2009年12月22日)
「時代を駆ける:村上智彦/2 「コンビニ受診」をしかった」
夕張市立診療所は財政破綻した市から、ほとんど支援を得られない。
だが、それ以上に村上さんが苦労したのは、行政に甘えきった住民の意識
改革。
不要不急の「コンビニ受診」が絶えなかった。
普段は札幌や岩見沢など周辺自治体の大きな病院に通っている市民が、
ちょっと悪くなっただけで、時間外なのに突然、やって来るんだ。
僕は彼らの症状や、普段飲んでいる薬は何も知らない。
どんな治療が最善なのか分からない。
その都度、「通っている病院へ行ってくれ」と言ったけど、夕張に来たころは
そんな患者がひっきりなしだった。
彼らは「医師は住民の命を預かっているのだから、24時間の診療は当たり前」
と言うんだ。
実際は命にかかわるような症状ではないのにね。
「薬局で買うと高いから」と言って、診療を受けずに「湿布だけくれ」と言う
患者も来た。
そういえば、水虫で救急車に乗ってきた人もいたな。
「あんたたちがいるから夕張が破綻したんだよ!」って怒鳴ったけどね。
夕張に限らないけど、最近は自分の言い分ばかりを主張する患者が増え、
医療への要求が「ニーズ」(必要)じゃなくて、過剰に求める「ウオンツ」
(欲望)になってきた。
国の医療費がパンク寸前なのも、最大の要因はこれだね。
<医者も人間だ>
みんな勘違いしているけど、医療とはいつ何時でも患者の希望をかなえること
じゃない。
徹夜したパイロットにフライトは任せられないでしょ。
医者だって本来、徹夜明けの勤務をしてはいけないんだ。
警察や消防と同じで、住民の安全保障。
命を救うための、いざという時の備えなんだよ。
地域医療に従事している医者はもともと意識の高い人が多い。
でも、住民から「税金でやってるんだから、いつでも診るのが当たり前」と
言われたら心が折れてしまう。
志ある医師は去り、その地域の医療崩壊につながっていく。
実際、そういう例を僕は知っている。
だから不要不急の外来は避け、夜間外来にかかった時は「遅い時間に
ありがとう」と声をかけてくれれば僕らは救われる。
「夜間外来を安易に使わないように」
「予防が大事だからね」
寺に住民を集めて健康講話も開く。
優しい言葉で受診の心構えを説き、「住民が変わらなければ、夕張が消えて
しまう」と地道に訴え続けてきた。
うちの患者で、漬物が大好きでやめられない77歳のおばあさんがいる。
「塩分を取り過ぎると、血圧上がって脳卒中になりやすいって知ってる
でしょ。だから食事時はいいから、おやつの漬物だけはやめてくれないか。
おれに免じてお願いだ」って頭を下げる。
ちゃんとできたら「よくやったね」って褒めてあげる。
普段から自分の健康に気を使ってほしい。
そのために、患者1人1人に手の届く高さの目標を立てて階段を上がらせ、
生活習慣を変えていくんだ。
時間はかかる。
だけど、夕張の現実を見て、住民の意識を変えないと先に進めないと思った。
僕は厳しいことも言う。
それは「あなたは自分の古里に、どのくらい思い入れがあるのですか」と
問うているつもりなんだ。
結局、地域の将来を支えるのは住民自身なんだから。
<村上さんの教えは徐々に理解されてきた>
市営住宅で昨年10月、夫を亡くし、1人暮らしをしている70代のおばあさん
が、「お世話になったから、夫が自分の葬式代にためていたお金を使って
ください」と、300万円を寄付してくれた。
往診で札束を渡されたのは初めてだった。
彼女は言うの。
「夕張が悪くなったのは住民のせい。首長が悪いと言われるけれど、それを
選んだ私たちが悪い」って。
彼女は今、同じ市営住宅に住む高齢者の面倒をみていて、様子がおかしい人が
いたらすぐ連絡をくれる。
なぜ夕張が破綻したのか、そして今、何をすべきなのかを考えたのだろう。
こういう人たちを見ると頑張らなくてはと思うんだ。
(聞き手・久野華代)
http://mainichi.jp/select/opinion/kakeru/news/20091222ddm004070153000c.html
(毎日新聞 2009年12月22日)
「時代を駆ける:村上智彦/2 「コンビニ受診」をしかった」
夕張市立診療所は財政破綻した市から、ほとんど支援を得られない。
だが、それ以上に村上さんが苦労したのは、行政に甘えきった住民の意識
改革。
不要不急の「コンビニ受診」が絶えなかった。
普段は札幌や岩見沢など周辺自治体の大きな病院に通っている市民が、
ちょっと悪くなっただけで、時間外なのに突然、やって来るんだ。
僕は彼らの症状や、普段飲んでいる薬は何も知らない。
どんな治療が最善なのか分からない。
その都度、「通っている病院へ行ってくれ」と言ったけど、夕張に来たころは
そんな患者がひっきりなしだった。
彼らは「医師は住民の命を預かっているのだから、24時間の診療は当たり前」
と言うんだ。
実際は命にかかわるような症状ではないのにね。
「薬局で買うと高いから」と言って、診療を受けずに「湿布だけくれ」と言う
患者も来た。
そういえば、水虫で救急車に乗ってきた人もいたな。
「あんたたちがいるから夕張が破綻したんだよ!」って怒鳴ったけどね。
夕張に限らないけど、最近は自分の言い分ばかりを主張する患者が増え、
医療への要求が「ニーズ」(必要)じゃなくて、過剰に求める「ウオンツ」
(欲望)になってきた。
国の医療費がパンク寸前なのも、最大の要因はこれだね。
<医者も人間だ>
みんな勘違いしているけど、医療とはいつ何時でも患者の希望をかなえること
じゃない。
徹夜したパイロットにフライトは任せられないでしょ。
医者だって本来、徹夜明けの勤務をしてはいけないんだ。
警察や消防と同じで、住民の安全保障。
命を救うための、いざという時の備えなんだよ。
地域医療に従事している医者はもともと意識の高い人が多い。
でも、住民から「税金でやってるんだから、いつでも診るのが当たり前」と
言われたら心が折れてしまう。
志ある医師は去り、その地域の医療崩壊につながっていく。
実際、そういう例を僕は知っている。
だから不要不急の外来は避け、夜間外来にかかった時は「遅い時間に
ありがとう」と声をかけてくれれば僕らは救われる。
「夜間外来を安易に使わないように」
「予防が大事だからね」
寺に住民を集めて健康講話も開く。
優しい言葉で受診の心構えを説き、「住民が変わらなければ、夕張が消えて
しまう」と地道に訴え続けてきた。
うちの患者で、漬物が大好きでやめられない77歳のおばあさんがいる。
「塩分を取り過ぎると、血圧上がって脳卒中になりやすいって知ってる
でしょ。だから食事時はいいから、おやつの漬物だけはやめてくれないか。
おれに免じてお願いだ」って頭を下げる。
ちゃんとできたら「よくやったね」って褒めてあげる。
普段から自分の健康に気を使ってほしい。
そのために、患者1人1人に手の届く高さの目標を立てて階段を上がらせ、
生活習慣を変えていくんだ。
時間はかかる。
だけど、夕張の現実を見て、住民の意識を変えないと先に進めないと思った。
僕は厳しいことも言う。
それは「あなたは自分の古里に、どのくらい思い入れがあるのですか」と
問うているつもりなんだ。
結局、地域の将来を支えるのは住民自身なんだから。
<村上さんの教えは徐々に理解されてきた>
市営住宅で昨年10月、夫を亡くし、1人暮らしをしている70代のおばあさん
が、「お世話になったから、夫が自分の葬式代にためていたお金を使って
ください」と、300万円を寄付してくれた。
往診で札束を渡されたのは初めてだった。
彼女は言うの。
「夕張が悪くなったのは住民のせい。首長が悪いと言われるけれど、それを
選んだ私たちが悪い」って。
彼女は今、同じ市営住宅に住む高齢者の面倒をみていて、様子がおかしい人が
いたらすぐ連絡をくれる。
なぜ夕張が破綻したのか、そして今、何をすべきなのかを考えたのだろう。
こういう人たちを見ると頑張らなくてはと思うんだ。
(聞き手・久野華代)
http://mainichi.jp/select/opinion/kakeru/news/20091222ddm004070153000c.html
[秋田県上小阿仁村の国保診療所における医師退職問題]
(Wikipedia)
昨今、村唯一の医療機関である上小阿仁村国保診療所に医師が定着せず、
物議を醸した。
<経緯>
2008年(平成20年)3月、僻地医療に20年も従事していた医師が「この
村が、医師として最後の勤務地。人への愛情、興味が尽きない限り、診療を
続けたい」と2008年(平成20年)2月に着任したものの、村人からの苛烈な
嫌がらせにより、わずか4か月で辞意表示・着任から6か月で退職した。
その後2009年(平成21年)1月に、離島やタイで医療に従事した経歴を持つ
医師が新たに着任したが、同医師も翌2010年(平成22年)3月に辞意を
表明、「後任が見つかるように」との理由から2011年(平成23年)3月を
もって離職すると発表した。
この辞意表明の直後、数多くの村民からの慰留、村当局による改善策の申し
入れにより、辞意は撤回された。
しかし、同医師は2010年(平成22年)9月に再び退職願を提出し、2011年
(平成23年)2月下旬受理された。
さらに村の公募に応じて北海道北見市から2011年(平成23年)6月に赴任
した医師も、2012年5月に村に辞意を伝えた。
これにより、3人連続して赴任後1年以内に辞意を示すこととなった。
上小阿仁村は2012年(平成24年)10月1日、5月に辞意を伝えた上記の
医師が10月12日に退職し、同日付で北海道帯広市の西村勇医師が診療所の
新所長に就任すると発表した。
しかし、西村医師も着任から1ヶ月足らずの11月6日までに村に辞意を伝えて
いる。
理由は体調不良としている。
<背景>
僻地医療のベテランを含む3人の医師が相次いで短期間に辞職している背景
には、激務によるものだけでなく、モンスターペイシェントによる嫌がらせ
などの問題行動、およびそれに真摯に対応しなかった村役場の姿勢にあると
されている。
例えば、下記のような患者の問題行動が報道されたが、これに対して村当局が
どのような対応をしたかは報道されていない。
・昼食をとる時間がなく診療所内で食事をしようとパンを買ったときに
「患者を待たせておいて買い物か」と住人に責められる。
・年間休日18日。
土日や祝日も村内回り、お盆期間も診療を続けた。
しかし盆明けの8月17日を休診にすると「平日なのに休むとは
一体何を考えているんだ」と批判した住人がいた。
・診療所向かいの自宅に「急患にすぐに対応できるように」と、
センサー式照明を設置費用・電力費用を自費で設置したが、
「税金の無駄使いをしている」と苦情を言った住人がいた。
・自宅に嫌がらせのビラがまかれた。
・辞めていった医師の中には、村の広報紙に村人の医師への対応について
苦言を呈した者もいたが、何も改善されなかった。
<村当局の対応>
診療所の小嶋有逸事務長補佐(2010年(平成22年)3月報道時60歳)は
「こんなに身を粉にして働く医師は過去に例が無く無医村になったら村民が
困る。自分で自分の首を絞めている」と語った。
当時の村の責任者であった小林村長は「お会いして、いろいろとお話を聞き
慰留に努めました結果、結局は辞任の意思は不変の様であります。上小阿仁村
ではこれ以上診療を続けられないとのお話の原因について、ここで詳細に
論ずることは控えますが・・・」「一部の不心得者のために人格も腕も一流の
医師を失うのは不本意。医師不足は深刻で、無医村になる公算は限りなく
大きい」と語った。
2人目の医師の辞意表示のあと、村当局は急きょ改善策を申し入れるが
いったん固辞される。
また同村の広報誌『広報かみこあに』2010年(平成22年)3月号では、
重要事項として「有能で献身的な医者を安定的に確保すること」を挙げた。
2人目の医師は一度辞意を撤回し、上小阿仁村の無医村化は回避されたが[、
最終的に退職願は受理された。
しかし、村民の医師に対する接し方及び村当局の対応は改善することもなく、
2012年(平成24年)5月には3人目の医師も辞意を表明している。
その際村の広報誌にて医師は「村執行部の医師に対する見方、接し方、処遇の
仕方の中に医師の頑張る意欲をなくさせるものがあった」「次の医師が
見つかっても、その人も同じような挫折をすることになりかねない」との
コメントを残している。
(Wikipedia)
昨今、村唯一の医療機関である上小阿仁村国保診療所に医師が定着せず、
物議を醸した。
<経緯>
2008年(平成20年)3月、僻地医療に20年も従事していた医師が「この
村が、医師として最後の勤務地。人への愛情、興味が尽きない限り、診療を
続けたい」と2008年(平成20年)2月に着任したものの、村人からの苛烈な
嫌がらせにより、わずか4か月で辞意表示・着任から6か月で退職した。
その後2009年(平成21年)1月に、離島やタイで医療に従事した経歴を持つ
医師が新たに着任したが、同医師も翌2010年(平成22年)3月に辞意を
表明、「後任が見つかるように」との理由から2011年(平成23年)3月を
もって離職すると発表した。
この辞意表明の直後、数多くの村民からの慰留、村当局による改善策の申し
入れにより、辞意は撤回された。
しかし、同医師は2010年(平成22年)9月に再び退職願を提出し、2011年
(平成23年)2月下旬受理された。
さらに村の公募に応じて北海道北見市から2011年(平成23年)6月に赴任
した医師も、2012年5月に村に辞意を伝えた。
これにより、3人連続して赴任後1年以内に辞意を示すこととなった。
上小阿仁村は2012年(平成24年)10月1日、5月に辞意を伝えた上記の
医師が10月12日に退職し、同日付で北海道帯広市の西村勇医師が診療所の
新所長に就任すると発表した。
しかし、西村医師も着任から1ヶ月足らずの11月6日までに村に辞意を伝えて
いる。
理由は体調不良としている。
<背景>
僻地医療のベテランを含む3人の医師が相次いで短期間に辞職している背景
には、激務によるものだけでなく、モンスターペイシェントによる嫌がらせ
などの問題行動、およびそれに真摯に対応しなかった村役場の姿勢にあると
されている。
例えば、下記のような患者の問題行動が報道されたが、これに対して村当局が
どのような対応をしたかは報道されていない。
・昼食をとる時間がなく診療所内で食事をしようとパンを買ったときに
「患者を待たせておいて買い物か」と住人に責められる。
・年間休日18日。
土日や祝日も村内回り、お盆期間も診療を続けた。
しかし盆明けの8月17日を休診にすると「平日なのに休むとは
一体何を考えているんだ」と批判した住人がいた。
・診療所向かいの自宅に「急患にすぐに対応できるように」と、
センサー式照明を設置費用・電力費用を自費で設置したが、
「税金の無駄使いをしている」と苦情を言った住人がいた。
・自宅に嫌がらせのビラがまかれた。
・辞めていった医師の中には、村の広報紙に村人の医師への対応について
苦言を呈した者もいたが、何も改善されなかった。
<村当局の対応>
診療所の小嶋有逸事務長補佐(2010年(平成22年)3月報道時60歳)は
「こんなに身を粉にして働く医師は過去に例が無く無医村になったら村民が
困る。自分で自分の首を絞めている」と語った。
当時の村の責任者であった小林村長は「お会いして、いろいろとお話を聞き
慰留に努めました結果、結局は辞任の意思は不変の様であります。上小阿仁村
ではこれ以上診療を続けられないとのお話の原因について、ここで詳細に
論ずることは控えますが・・・」「一部の不心得者のために人格も腕も一流の
医師を失うのは不本意。医師不足は深刻で、無医村になる公算は限りなく
大きい」と語った。
2人目の医師の辞意表示のあと、村当局は急きょ改善策を申し入れるが
いったん固辞される。
また同村の広報誌『広報かみこあに』2010年(平成22年)3月号では、
重要事項として「有能で献身的な医者を安定的に確保すること」を挙げた。
2人目の医師は一度辞意を撤回し、上小阿仁村の無医村化は回避されたが[、
最終的に退職願は受理された。
しかし、村民の医師に対する接し方及び村当局の対応は改善することもなく、
2012年(平成24年)5月には3人目の医師も辞意を表明している。
その際村の広報誌にて医師は「村執行部の医師に対する見方、接し方、処遇の
仕方の中に医師の頑張る意欲をなくさせるものがあった」「次の医師が
見つかっても、その人も同じような挫折をすることになりかねない」との
コメントを残している。
[上小阿仁村の公募医師が辞意 3人連続1年で]
(秋田魁新報 2012年7月14日)
上小阿仁村の村立上小阿仁国保診療所長を務める男性医師(49)が、村に
辞意を伝えていたことが13日分かった。
退職日は未定。
村は慰留を諦め、無医村を避けるため後任探しを始めた。
村では連続して3人が就任から1年ほどで辞意を示したことになる。
村によると、医師はことし5月、診療所事務長を通じて村に辞意を伝えた。
中田吉穂村長が直接慰留に努めたが、意思は変わらなかった。
村は後任が決まるまで診療の継続を期待している。
医師は昨年6月、村の公募に応じて北海道北見市から赴任した。
退職理由について、取材に「内地の気候が合わないからで、後は特にない」と
話した。
前任の女性医師は京都府福知山市から2009年1月に就任したが、一部住民
との不和が原因で、2010年2月に辞意を示した。
多くの村民の慰留で一度は辞意を撤回したが、後任が見つかったのを機に
昨年5月末に退職した。
この女性医師の前の男性医師は、公募で採用された初めての医師。
2007年11月に栃木県日光市から赴任し、翌年末で退職したが、辞表提出後、
村の広報誌に「村執行部の医師に対する見方、接し方、処遇の仕方の中に
医師の頑張る意欲をなくさせるものがあった」「次の医師が見つかっても、
その人も同じような挫折をすることになりかねない」などとする意見を掲載、
波紋を広げた。
http://www.47news.jp/localnews/akita/2012/07/post_20120714113015.html
(秋田魁新報 2012年7月14日)
上小阿仁村の村立上小阿仁国保診療所長を務める男性医師(49)が、村に
辞意を伝えていたことが13日分かった。
退職日は未定。
村は慰留を諦め、無医村を避けるため後任探しを始めた。
村では連続して3人が就任から1年ほどで辞意を示したことになる。
村によると、医師はことし5月、診療所事務長を通じて村に辞意を伝えた。
中田吉穂村長が直接慰留に努めたが、意思は変わらなかった。
村は後任が決まるまで診療の継続を期待している。
医師は昨年6月、村の公募に応じて北海道北見市から赴任した。
退職理由について、取材に「内地の気候が合わないからで、後は特にない」と
話した。
前任の女性医師は京都府福知山市から2009年1月に就任したが、一部住民
との不和が原因で、2010年2月に辞意を示した。
多くの村民の慰留で一度は辞意を撤回したが、後任が見つかったのを機に
昨年5月末に退職した。
この女性医師の前の男性医師は、公募で採用された初めての医師。
2007年11月に栃木県日光市から赴任し、翌年末で退職したが、辞表提出後、
村の広報誌に「村執行部の医師に対する見方、接し方、処遇の仕方の中に
医師の頑張る意欲をなくさせるものがあった」「次の医師が見つかっても、
その人も同じような挫折をすることになりかねない」などとする意見を掲載、
波紋を広げた。
http://www.47news.jp/localnews/akita/2012/07/post_20120714113015.html
[またも常勤医が辞意、上小阿仁村 着任1カ月足らず]
(秋田魁新報 2012年11月7日)
先月12日に上小阿仁村国保診療所長として着任したばかりの西村勇医師
(71)が、「体調が思わしくないので、後任を探してほしい」と村に辞意を
伝えていたことが6日分かった。
村内唯一の医療機関である同診療所はただ1人の常勤医の所長が定着せず、
前任を含む3人は連続していずれも1年ほどで辞意を示し、今回は1カ月
足らずでの辞意となった。
中田吉穂村長は秋田魁新報社の取材に「健康面を心配したが、本人が健康に
自信があると言っていたし自己管理できていると思っていた。突然で驚いた」
と話した。
西村医師は取材を拒否し、病名などを明らかにしていない。
http://www.sakigake.jp/p/akita/news.jsp?kc=20121107c
(秋田魁新報 2012年11月7日)
先月12日に上小阿仁村国保診療所長として着任したばかりの西村勇医師
(71)が、「体調が思わしくないので、後任を探してほしい」と村に辞意を
伝えていたことが6日分かった。
村内唯一の医療機関である同診療所はただ1人の常勤医の所長が定着せず、
前任を含む3人は連続していずれも1年ほどで辞意を示し、今回は1カ月
足らずでの辞意となった。
中田吉穂村長は秋田魁新報社の取材に「健康面を心配したが、本人が健康に
自信があると言っていたし自己管理できていると思っていた。突然で驚いた」
と話した。
西村医師は取材を拒否し、病名などを明らかにしていない。
http://www.sakigake.jp/p/akita/news.jsp?kc=20121107c