「どこの病院にかかろうが、患者の自由」というのは間違いなんだよ | アクティブエイジング アンチエイジング
[時代を駆ける:村上智彦/5止 北海道から地域医療モデル、発信したい]

(毎日新聞 2009年12月29日)



<生まれたのは北海道北部にある歌登村(現枝幸町)。
  2006年に合併し、歌登は市町村名としては消えた。
    典型的な医療過疎の町で、母親は村上さんを自宅の長いすで産んだ>


僕は子どものころ、へき地のみじめさを味わった。
それでも当時の住民にはモラルがあったように思うんだ。


だけど、今は違うね。
住民や自治体は医者を使い捨てにし、国も医師を増やそうとしないのに、
「命にかかわることだから」と過労死するレベルまで平気で時間外勤務を
強いる。
地域医療を立て直すには、まず医師を疲弊から救うことが必要だよ。


そのために、僕は夕張の住民に、かかりつけ医を持つように言っている。
いつ病気になるか分からないから、定期検診を受けてもらい、異常が
見つかれば治療する。
そうすれば、診療所へ慌てて飛び込んでくることもない。
病状が悪化してしまった場合には専門医を紹介するし、専門医も同業者に
言われれば「責任を持って診なければ」という気になるものだ。
「どこの病院にかかろうが、患者の自由」というのは間違いなんだよ。

もう1つ、119番とは別の電話相談窓口を確保できないか考えている。
病状が心配な時に電話をかけてもらい、アドバイスを受けてもらう。
一方、救急車は本当に必要な人のためだけに使おうよ。
そうすれば医師の負担は軽くなる。



<夕張市に来て4度目の冬を迎えた。村上さんは新たに「支える医療」を
       提唱し、高齢化社会におけるあるべき医療の姿を模索する>

「支える医療」は、地域の高齢者だけでなく、福祉事業などを含めて医療が
支えるという意味で名付けたんだ。
やっていることは地域医療と同じだけど、地域医療という言葉だと、都会
からは「田舎の特殊な医療」とみられる傾向がある。
都市部の医師でも受け入れやすいように違う言葉で表現した。

今、日本全体で高齢化が進んでいる。
高齢者医療が必要なのは都市部も同じ。
どこでも通用する仕組みを作り、夕張から発信したいと思っている。

具体的には、市立診療所では歯科医師が自宅に出向いている。
高齢者に食事の喜びを味わってもらえるようにね。

また、高齢になると家で何が起きるか分からないから、自宅で倒れた場合に
備え、緊急医療に必要な情報をまとめた「命のバトン」の設置を進めている。
その人の基礎疾患や薬などの情報を書いた紙をリレーのバトン形の容器に
収めたもので、(戸棚などではなく)自宅の冷蔵庫に入れておくと決めて
おく。
そうすれば、救急搬送が必要になった時、救急隊員は冷蔵庫を開ければいい。
そして搬送先の医師に活用してもらう。
こうしたやり方は、都会でもできるはずだ。



<患者はみんな自宅で老衰で死んでほしい>

母方のじいちゃんは戦争で片足を失い、戦後を障害者として生きた。
でも不自由な体で僕を競馬に連れていったり、鉄道に乗って駅弁を食べさせ
たりしてくれた。
僕は「障害があっても、その人らしく生きていける」っていうことを学んだ。
じいちゃんは80歳近くまで生き、最後は認知症と胃がんを患って病院で
亡くなった。
大学受験のさなかだった僕は死に目に会えなかったけど、今なら家で死なせて
あげられたのに、と残念に思っている。

高齢者には死ぬまで尊厳を失ってほしくない。
だから患者には「若い人に迷惑かけてもいい。死ぬまで生きて」と言って
いる。
僕の患者はみんな老衰で死んでほしいんだ。



<北海道が好きでたまらない“北海道バカ”を自称する。
             夢は「日本一長生きな北海道」をつくること>

北海道の自治体は補助金依存が強いし、住民は健康意識が低い。
でも本州に出たら北海道の良さが分かった。
この豊かな自然を伸ばせば北海道のアイデンティティーになるし、医療に
生かせば日本一長生きになれると思ってね。
「北海道は老後を過ごすにはいい場所だ」って言われるのはうれしいじゃ
ない。
地域医療を充実させ、都市で疲れた高齢者が来て老後を過ごすモデルができる
なら、そこにお金をつぎ込む価値はあると思う。



<地域医療はまちづくり>

地域医療の面から見て、良いまちのシンボルは「国保黒字で病院赤字」。
自治体が運営する国民健康保険は、住民が健康意識を高めて病気予防に励むと
医療費を安く抑えられるから黒字になる。
健康な住民は医者にかからないから、そのまちの病院は収入が減る。
それでいい。
都会の医師が「住民の健康意識が高く、働いてみたい」と思えるような地方を
つくりたい。

僕が理想とする地域医療は、まちづくりと似ている。
医師と行政が連携し、限られた社会資源を上手に使うシステム作り。
瀬棚町でやったようにね。
だから、お金はかからない。
社会保障がしっかりすると、住民は将来への不安がなくなる。
すると貯金をしないでお金を使うから、まちが元気になる。
長生きできるようになれば、孫の面倒をみられるから少子化対策にもなる。
それはまちづくりと同じでしょう?

究極の地域医療とは、自分が骨をうずめたいと思える地域をつくることじゃ
ないかな。
僕にとってそれは夕張じゃない。
将来は生まれ故郷の歌登かその周辺に戻りたい。
いずれ、そこの住民たちと地域を愛する気持ちを共有できたら幸せだな。

=村上さんの項おわり


(聞き手・久野華代)



http://mainichi.jp/select/opinion/kakeru/news/20091229ddm004070177000c.html