『ヤクザプリンセス』は日本描写"は"笑えて面白い映画【酷評】
今回は日本とブラジルの合作であるにも関わらず、エピソード0のような話の割りには脚本上、話が飲み込みづらく、肝心なアクションシーンに限ってアクションの見せ方、撮り方は上手くなく、駄作じゃないけど、諸手を挙げて「最高に面白い!」とは言い辛い笑える日本描写があるブラジル映画をご紹介します。ヤクザプリンセス主演︰MASUMI出演︰伊原剛志/ジョナサン・リス・マイヤーズ/尾崎英二郎/ケニー・ルー/マリコ・タカイ/ルーカス・オランミラン/ユーリ・サライバ/アンドレ・ハミロ/リカルド・ジェッリ/井村秀敏 ・あらすじ亡くなったヤクザ一族トップの末娘である孤児のアケミ(MASUMI)は、自分がヤクザの血を引いているなどとは知らず、一人寂しく暮らしていた。しかし、ある日からヤクザの一員、タケシ(伊原剛志)に命を狙われ始める。救ってくれたのは、アケミの祖父が大事にしていた妖刀ムラマサを持った記憶喪失の男(ジョナサン・リース=マイヤーズ)。この出会いでアケミはすべてを悟った。そして心に決めた。自分を裏切り、家族を殺した奴らを一人残らず抹殺すると。(から抜粋)ーーーーーー感想この映画は『汚れた心』『リオ,アイ・ラブ・ユー』などのヴィセンテ・アモリン監督による家族を殺されたブラジル在住の日本人女性の復讐の始まりを描いた日本の大阪とブラジルのサンパウロを舞台にしたアクション映画。グラフィックノベル作家のダニーロ・ベイルースさん著作の『SAMURAI SHIRO』を基に実写映像化したもので、『未体験ゾーンの映画たち2022』で1月7日に公開されている作品です。特集上映『未体験ゾーンの映画たち』は毎年1月〜3月に開催されている劇場発信型のイベントで、日本では劇場公開が見送られてDVDストレート(劇場未公開)になった作品を限定上映していて、人気俳優出演のB級アクション映画から海外の映画祭では高い評価を得ている映画ファン必見のスリラー映画などが上映されています。2022年、今年の『未体験ゾーンの映画たち2022』はヒューマントラストシネマ渋谷では1月7日〜2月24日、シネ・リーブル梅田だと2月11日〜3月24日に開催され、「2021年公開映画で見せたブルース・ウィリスの最低演技賞」としてラジー賞候補作品に入っているブルース・ウィリス出演最新作、『クライモリ』6作目監督×ダニー・トレホによるSF珍作映画、『第9地区』のニール・ブロムカンプ監督のSFホラー映画など、全27作が上映されているなか、ラジオ番組『アフター6ジャンクション』の1月5日放送のカルチャートークで映画ライターの多田遠志さんが紹介している『ヤクザプリンセス』を観賞してみました。これを今年の未体験ゾーンの上映作品の中で最初のトップバッターに観るのはどうかなと思ったし、『未体験ゾーンの映画たち』で日本描写がある作品はこれまで数本観てきたけど、必ずしも当たり映画とは限らないと観る前は邪推してしまったのですが、結論から申し上げると、いい意味でも、悪い意味でも、期待を裏切られた気持ちになるハズレ映画だったんじゃないかな…と思いました。本作、『ヤクザプリンセス』(原題︰『Yakuza Princess』)はブラジルのサンパウロが物語の舞台となっていて、日系人が最も暮らしていて、世界で最大規模を誇るサンパウロ市の日本人街で生活している21歳の日本人女性、アケミが主人公となっているんだけど、日本人キャストのほとんどは同じ日本人の役者が演じている相手の前では共通言語である日本語を部分部分で使いつつも、全世界に通用できるよう英語で会話している様子が描かれていました。その反面、ジョナサン・リス・マイヤーズさんらアメリカ人、ブラジル人キャストは実は意外にも母国語の言葉しか使ってなくて、覚えたての日本語を慣れない感じで発声するようないわゆる「カタコト日本語」というのは一切出てきてない。敢えて言えば、ジョナサン・リス・マイヤーズさん演じる記憶喪失の刀傷の男性が物語の後半で「悪魔のように…」と強く印象的にカタコトに日本語を喋るぐらいで、それ以外、記憶喪失の刀傷の男性は僅かな英語の台詞と丁寧な心理描写でキャラが描写されている。だから、作中で出てくる日本語の台詞は割りとはっきりと聞き取りやすいように工夫されている。で、物語のメインとなるのは日本人女性アケミの家族を殺されたことへの復讐、或いは、家族の秘密を探るアケミと彼女の命を狙うヤクザ組織によるブラジルでの攻防戦が描かれていて、もっと言えば、割りと定番的な女性アクション映画に外国人から見た日本文化、おかしな日本描写を取り入れているわけなんだけど、物語上、主人公であるアケミ、タケシ、そして、記憶喪失になっている刀傷の男性、3人の視点が交互に描かれていって、その3人が中盤で合流するようになっていき、彼女らの共通点、関係性が明確に浮かび上がっていく物語構成で、基本、シリアスで暗いトーンを漂わせながらミステリー的な語り口でアケミの家族の秘密や彼らの共通項が明かされる作りになっていく。ただ、アケミ、タケシ、記憶喪失の男性の各々の関係は勘が良い人によっては序盤で割りと早い段階で読めるし、少なくとも序盤、アケミが繁華街にあるタトゥーショップでヤクザ組織の瀧川会の家紋を彫って貰った時の彫り師とのやり取りで記憶喪失の男性が祖父の大島レン(蓮)を殺した実行犯で、なおかつケンイチに雇われている外国人の殺し屋だということが分かっちゃうんですよね。しかも、序盤のハイライトであるアケミの自宅アパートでのアクションシーンでアケミが妖刀"村正"を持った時になぜか過去の記憶が断片的にフラッシュバックする演出が入るため、アケミがヤクザ組織、瀧川会の事件で生き残った唯一の娘であることが読めることにはなってるんですよ。だから、物語の謎、伏線のような要素が物語の推進力として働いていて、それが1本の映画としてほぼほぼ回収されていれば、アクションが少なくても、ドラマ部分ではいい作品として成立できるんだけど、プログラムピクチャー的に続編の製作を前提に映画を作っているのか、物語内にある謎というのは全体的には7割程度しか回収されてない。そういう意味では、アケミの家族を殺された復讐の物語としてはまだまだ序章に過ぎなくて、実質的なエピソード0のような位置付けになっていると言えます。まずは冒頭、最初のファーストショットで「OSAKA,JAPAN 20 YEARS AGO」と白い文字が黒画面をバックに表示されていって、それが映し出されたあと、京都の金閣寺と思われる風景のショットとその場所の前で母親とされる女性に抱っことされている幼い女の子のあどけない顔を皮切りに、瀧川家が境内で家族写真の撮影を受けているのが描写されるんですよね。まず、この冒頭のシーン、初見の時は完全に日本の京都府京都市にある金閣寺の境内でロケーションされているんだろうと思っていたんだけど、実はブラジルのサンパウロ州イタペセリカ・ダ・セーラにある"ブラジル金閣寺"という実際のサンパウロにある観光スポットで撮影されているらしく、ぱっと見、"ブラジル金閣寺"という観光スポットがあることを知らなければ、本当に日本でロケーションをやっているんじゃないかと誤解を招くほど再現度が高い。しかも、この家族が瀧川家という暴力団組織の一家であることが中盤でアケミが墓地で自分の出生を知るくだりで判明されるんだけど、そのシーンに出てくる新聞の記事をよく見ると、この一家とその場にいた組員が殺された現場というのが京都でも大阪でもなく、どういうわけか、奈良県奈良市の別荘地と書かれているっぽく、冒頭のテロップに非常に違和感を覚えてしまうんだけど、関西人にとっては物語の舞台設定のひとつに大阪と奈良が設定されているだけでも、凄くワクワクさせられるんですよね。また、この冒頭のシーン、緑がかった映像で金閣寺と思われる場所の前で瀧川家と瀧川会の組員が家族写真の撮影をしている絵面だけでニヤニヤが止まらないんだけど、事件当時殺されることになる一家の長男とされる少年がその境内に置かれていた甲冑と妖刀"村正"に触れる描写があるわけなんだけど、そこにいた大人の男性が「こらっ!触ったらあかんでぇ!」とドスの利いた声で注意されていて、いかにもデフォルメされたような感じが伝わって、ちょっと笑えるディテールにはなっている。ちなみに、この冒頭の20年前に出てくる妖刀"村正"は作中で重要なアイテムとして生かされているんだけど、この甲冑(鎧兜)はラストシーンで意味あり"げ"に映し出されるぐらいでそこまでひとつの物語内部では深く関わってこない。続編に繋げるためのある種のクリフハンガーとして配置されていると言ってもいい。加えて、冒頭の日本描写自体は良くも悪くも矛盾点、疑問点を観客に与えている描写になってしまっているんだけど、作り手がその中で描写している日本描写、正確に言えば、日本文化が取り入れられている物語内でのディテールは観ていて楽しいし、作品の出来、不出来は置いといても、原作のグラフィックノベルを元にしているだけあって、日本人の観客、視聴者にとってはかなりワクワクさせられるディテールに作られているという風に思います。例えば、冒頭、アケミの視点で語られている最初のシーン、サンパウロ市の日本人街でひとりで生活している21歳の女性、アケミが自分の祖父、大島レン(大島蓮)の親しい友人とされる人物、チバの剣道場で稽古を受けている場面、アケミとチバが稽古を始める最初のショットで「剣道」と書かれた垂れ幕とか、左側の壁に飾られた日の丸の旗とか、ブラジル映画とは思えないほど、日本の文化が正確に取り入れられていて、バッチリ決まっているし、アケミの一人称視点を交えた彼女と竹嶋利仁さん演じる稽古シーンは非常に迫力を持ったアクションシーンに仕上がっていると思いました。正直、アクションシーンは全体的にアクションの見せ方、撮り方には言いたいこともなくはないんだけど、ここのアクションシーンに関しては効果的な演出だから、観ていてノイズにはならない程度かなと思いましたね。ちなみに、この冒頭の剣道場でのくだり、ここで語られていることはサンパウロでチバが親代わりの存在として瀧川家の生き残りの末っ子、アケミを大島レンに託されたことを機に大事に育ててきたという話が明かされ、アケミ自身の心の弱さ、未熟さというのが露呈されているんだけど、後のクライマックスのアケミとコジローの1対1の殺陣シーンを入れたことによって、彼女の精神的な成長と変化、つまりは冒頭の剣道場のくだりとクライマックスの見せ場が対比になっているという風に推測できます。或いは、序盤、本作の主人公、アケミがカラオケバーでブラジルの友人、サマーラに誕生日を祝ってもらうシーンがあるんだけど、サンパウロの日本人街のシーンのほとんどで見せられているサイバーパンク的、SF的な照明の色彩演出は非常に好ましいんだけど、それ以上に色彩演出によって現実離れした絵面とは裏腹に、カラオケ・バーの店内の壇上で70年代のポップソングと思われる曲を歌唱している40代ぐらいの日本人のサラリーマンのおじさんが映し出されていて、どことなく物語で描かれている日本人街が私たちのいる現実世界と地続きなんじゃないかと思わせてくれるバランスで、非常にリアリティがある半面、そこに日本人のサラリーマンがいることへの歪さが同居していて、観ていて凄く新鮮で笑えるんですよね。あと、新鮮味があると言えば、その直後、MASUMIさん演じるアケミが壇上に立って華々しく歌唱するシーンがあるんだけど、MASUMIさんは実際にアメリカのロサンゼルスで音楽活動をしていて、なんなら、Youtubeではオリジナル曲、カバー曲を歌った弾き語りの動画が観れるわけなんだけど、そこで歌われている『Run,Baby,Run』、この楽曲はMASUMIさん本人が作詞作曲したオリジナル楽曲で、カラオケシーンでは彼女の名刺代わりの楽曲として使われていて、ソングライターとしての顔を持つ彼女を売り出すという意味では、非常に気が効いているシーンだと思いました。あと、物語の後半部分、瀧川会の残党、トシロウとアケミらが潜伏している隠れ家のシーン、ここではアケミがトシロウから話を聞いて、その間にジョナサン・リス・マイヤーズさん演じる記憶喪失の刀傷の男性が隠れ家にあるリビングで道着姿の老人サイトウら2人と一緒に待機することになるわけなんだけど、作品全体の雰囲気がシリアスな雰囲気なのに対し、そのサイトウともうひとりの老人ゲンジュウロウが記憶喪失の男性の顔面の刀傷を見て、2人がタトゥーが彫られ、刀傷が刻まれていた身体を見せつけるんですよね。ここのサイトウを演じた金子賢さんとゲンジュウロウを演じた日本人俳優の人間臭さ、泥臭さが演技で表現されていて、滅茶苦茶笑いが込み上げてくる描写になっている。また、それに輪をかけて、その後のシーン、記憶喪失の男性、サイトウ、ゲンジュウロウがアナログのブラウン管テレビでハラキリの映像を見ていて、サイトウが切腹する行為の意義とか、妖刀"村正"がどういう刀なのかを語っていく一幕があるんだけど、意外にもこのハラキリの映像は日本映画ではなく、1928年のドイツの無声映画『スピオーネ』で実際にあった日本描写なんだけど、サイトウが「武士の時代には、名誉が全てだった。今とは違う。命を懸けて斬り合った。」と言い、「有権な時代だった。英雄たちがいた。」「おめぇの、君の持ってる刀は本物の"村正"だ。」と言いながら杖を刀のように振り回す様子はユーモアたっぷりに表現されていて、物語の中では屈指の爆笑シーンになっていたんじゃないかなと思います。おまけに、ここは意図的に真面目なシーンとして撮られているのか、コメディっぽい面白味も含ませているのか、"村正"の話を聞いた記憶喪失の男性が「悪魔のように…」とカタコト日本語で話すシーンは意外性が高くて、ニヤリとさせられる描写になっている。あと、物語の中で出てくる「切腹」、ここのサイトウの語りによれば、「一族はみんな滅ぼされた。名誉を守るためにはああするしかなかった。」とハラキリの行為はいわば、瀧川会という一族の名誉、その名誉の死を遂げるための行為だと語られているんだけど、この『スピオーネ』の作中映像とサイトウの語りは伏線として効いていて、クライマックスではそれに呼応するかのように伊原剛志さん演じるタケシが自らコジローによって腹部に突き刺さった刀でハラキリをする辺りは妙にバカバカしいんだけど、アケミをよく知る人物であるタケシが名誉の死を遂げるカタルシスはしっかりあるんじゃないかな…と思いましたね。あと、本作の最大の見所であるアクションシーン、アクション演出が上手くなかったシーンは後程触れるんだけど、全部が全部、素晴らしいとは言えないんだけど、冒頭の剣道場での稽古シーンのように心にグッと来るシーンは幾つかありましたね。特に前半の終わり頃、追手のタケシから逃げることになったアケミが記憶喪失の男性と共にアパートの屋上で逃走を図って、次の進路に進もうとそこに建てられた柱から柱へと渡って歩くんだけど、映像を見る限りではここをなんと命綱無しで歩いていて、渡り歩く2人を遠くに映した引きのショットは観てて、ヒヤヒヤさせられるし、ジョナサン・リス・マイヤーズさんとMASUMIさんの頑張りには拍手を送りたくなる好ましいアクション見せ場になっていたと思います。そして、クライマックス、MASUMIさん演じるアケミと尾崎英二郎さん演じるコジローによるビルの屋上での殺陣アクション、ここは少々カットが割られてはいるんだけど、画的な格好良さ、手に汗握る緊張感、緊迫感があって時代劇さながらのアクションシーンで本当に素晴らしかったです。更に言えば、時代劇でよく見る基本的、定番的な殺陣のアクションをクライマックスの見せ場にしていて、意外とあっさりした決着になってはいるんだけど、アケミがコジローをスパッと斬首する時の残酷描写はちょっと目を背けたくなるけど、非常に爽快感を感じられるシーンに仕上がりにはなっているんですよね。ただ、こればかりは原作と改変されている部分は少しだけあるんだろうけど、原作があったとしても、製作陣のオリジナル脚本だったにせよ、面白い部分、楽しい部分はあるのに、ストーリー、または脚本があまりにも良くないんじゃないかな…という風に思いましたね。まず、例えば、この作品、実質的なエピソード0として位置付けできる話なので、本編の時間が111分の中でじっくり時間をかけて描こうとしているのは分かるんだけど、ミステリー的なのに平板な展開が連続して続いているあまり、お話そのものに盛り上がれる展開があまりにも少ないように感じられるんですよね。例えば、序盤、ジョナサン・リス・マイヤーズさん演じる記憶喪失の刀傷の男性が伝説の妖刀"村正"を持って歩き、記憶を取り戻すためにサンパウロの繁華街にある骨董店の店主に"村正"がどういう妖刀なのか説明するよう求めるシーンがあるんだけど、そこでブラジル人の骨董品の店主が一旦刀に刻まれた"村正"という日本語の文字を見て、「これはごく一般的な日本刀だ。」と言葉を濁して説明するわけなんだけど、この骨董品の店主が男性がいくら説明を求めても、もったいぶった態度をして本当のことを話してくれないから、非常にテンポが緩くなっているんですよね。更に言えば、さっき触れた物語の後半部分、瀧川会の残党がいる隠れ家でサイトウが記憶喪失の男性に妖刀"村正"がどういう刀なのかを語るくだりがあるんだけど、脚本上、明らかに妖刀"村正"の説明が2回あるわけなんですよね。だから、厳しく言えば、序盤で記憶喪失の男性が骨董店の店主に妖刀"村正"がどんな刀なのか聞くくだり自体は編集担当のスタッフがバッサリカットしてもなんら問題無い。或いは、中盤、アケミと彼女についてきた記憶喪失の刀傷の男性がユキコら瀧川会残党が潜伏する隠れ家を訪れるくだりがあるんだけど、ここは物語的にはサイトウとユキコの存在、アケミが知らない自分自身の出自、血筋をクリフハンガーとして機能させていて、それを物語の推進力に働かせているから割りと映像に引き込まれるように作られてはいるんだけど、リーダー格の黒服の老人トシロウが登場してから2人が隠れ家で1泊休むまでの一連の流れは良く言えば、後者の謎を暗い雰囲気で観客を引き込もうとしているものの、悪く言えば、ここも妖刀"村正"の謎と同等で、その謎をもったいぶってくどくどと引っ張っているようにしか感じられないんですよね。だから、トシロウの初登場シーンでサイトウ「わしだけでは全ての疑問に答えられん。」と告げるんだけど、それならそれで、ここは最初からユキコがアケミと記憶喪失の男性を墓地に案内したほうが話運びがスマートかつコンパクトになったんじゃないのかなと思っちゃうんですよね。ただ、敢えて言えば、アケミと記憶喪失の男性が隠れ家にいるくだりで待機させられている記憶喪失の男性が道着姿の老人サイトウたちと仲良くなって、テレビのハラキリの映像を観ているシーンは笑いどころとしては結構必要なので、ここは編集でカットしなくても大丈夫なシーンではありました。要するに、アケミの出生の謎、妖刀"村正"の秘密、記憶喪失の刀傷の男性の正体もそこに加えておくしても、次第に物語の謎が明らかになっていく語り口の割りには事実を知りたいアケミと記憶喪失の男性をたらい回しにしていく展開が終盤辺りまで続いていて、物語の本筋であるアケミが育ての親、大島レンを殺されたことによる復讐の物語が始まるのが遅過ぎる。はっきり言って、サクサク話のテンポが良いとは言えないんですよね。ことごと左様に、物語の全体像が中盤でほぼほぼ読めちゃう分、中盤以降になってからは脚本の不備から来る話の飲み込みづらさが出ているように感じられるんですよね。例えば、物語の後半部分、さっきのアケミと記憶喪失の刀傷の男性が隠れ家を訪れるくだり、その中でリーダー格の黒服の老人、トシロウがアケミと話したあと、隠れ家の外にあった固定電話で何者かの電話番号を入力する描写があるわけなんだけど、ここは恐らく推察するにあたって、トシロウは瀧川会幹部のコジローに密かに連絡を取り、偶然アケミと共に訪ねてきた記憶喪失の刀傷の男性をコジローに引き渡すために取引をしていて、大島レンを殺されたことへの恨みは内心あったと思われるんだけど、その後の展開でコジローらがトシロウを連行した時にそういう明確な説明が無い分、単に説明不足になっていて、トシロウが斬首される理由が分からないんですよね。更に言えば、ここが話の大きな謎だから指摘するんだけど、序盤、記憶喪失の男性が骨董品店を訪れた翌日、妖刀"村正"が大島レンだということが判明して、アケミが仕事に行っている間、自宅のアパートに忍び込んで、アケミの部屋に居座っているわけなんだけど、そもそも記憶喪失の男性が大島レンの住所を聞いてそのまま野宿したのかといささか疑問にはなるんだけど、その後、記憶喪失の男性がこの親子の部屋を物色して大島レンの人となりを調べる描写が一切ないんですよね。だから、その後、アケミと記憶喪失の男性が剣道場に避難するくだりで記憶喪失の男性が大島レンの話をアケミに聞いても、この男性はアケミの部屋(大島レンの自宅のアパート)で今までずっと何もしないで待機してたのかと思ってならないんですよね。で、同じく序盤、アケミが街のタトゥーショップで瀧川会の紋章のタトゥーを彫って貰うシーン、そこで彫り師とのやり取りの中ではだいぶ前に大島レンが強盗によって射殺されて殺されたことが明かされていたんだけど、これが仮にジョナサン・リス・マイヤーズさん演じる記憶喪失の刀傷の男性が大島レンの事件とは関係なくて、別の事件の犯人だったらまだ納得できるんだけど、後半、アケミとタケシが車で隠れ家から立ち去るシーンでタケシが記憶喪失の男性が大島レンを殺した実行犯だと明されている以上、記憶喪失の男性は大島レンを殺した実行犯なのか、そうじゃないのか、辻褄が合わないことになっているんですよね。これは瀧川会のケンイチやコジローらがサンパウロの警察組織とグルで、汚職している警察組織が手を回していて、情報操作されていたことが仄めかし程度で観客に提示されていれば、まだ分かるんだけど、ケンイチやコジローの背後に警察組織の影があるという具体的な描写とか、それを示唆する説明台詞がないから、観ている人によってはただ単に矛盾が生じているようにしか受け取れないんじゃないかなと思うんですよね。あと、この主人公のアケミ、彼女がタケシやユキコといった様々な人物から自分の出生の秘密を知っていく過程は丁寧に描かれてはいくんだけど、話の終盤の手前、タケシが大島レンが密かにサンパウロで「アキ」を「アケミ」として育てていて、記憶喪失の刀傷の男性がレンを殺害したことが明かされるが物語の大きな起伏となるように工夫されてはいるんだけど、彼女が「私は「アキ」じゃない。」「私を「アケミ」です。」と自分をよく知る人物に一定の距離を置くような台詞が印象的に出てくるにも関わらず、自分の出自やアイデンティティと向き合ってくれようとしない。つまり、家族の秘密を知ったとしても、まともに受け入れようと明確に意志を示してくれないんですよね。しかも、物語の序盤、アケミがカラオケバーでブラジルの友人サマーラに「ここに残る理由はない。ブラジルの店員で終わるのはイヤ。」と日本に行きたい意志を伝えている割りにはタケシから「君の居場所はここじゃない。日本なんだ。」と言われている時に隙を見て逃げちゃうから、あんまり彼女に感情移入しにくいことにはなっている。あと、本作の大事な肝となっているアクションシーン、特にクライマックス直前、アケミとタケシがコジローたちの罠に嵌められ、アケミが倉庫にいた全身黄色いジャージ姿の男女、タケシがコニー・ルーさん演じる自分を裏切った部下の運転手と戦闘を繰り広げているのを同時に並行して見せているんだけど、このシーンだと、ビル内の倉庫という限定的な空間を最大限に生かして、カットを極力割らずに、役者陣のキレキレのアクションを上手く見せ切ったほうがいいはずなのに、細かくカットを割り過ぎてて、なんだかよく分からないことになってるし、緩急付けずに唐突にアクションシーンが開始されるからか、空間的な面白味も無ければ、対戦相手の魅力もそんなに無くて、とにかくアクションの見せ方が上手くないとしか言いようがないんですよね。個人的にはそのアクションシーンの途中で挟まれるビルの外から見たアケミと全身黄色ジャージ姿の男女が戦う姿を捉えたカットなんかはどういう意図があったんだろうとただただ疑問でしかないんですよね。あと、撮影スケジュールの都合なのか、原作か脚本の問題なのか、アケミとタケシが倉庫でそれぞれ相手を倒したあと、倉庫の外でヤクザとみられる男性たちがことに気づくんだけど、"村正"に怖気付いて何もできないのか、アケミが倒されるのが怖いからかかってこないのか、男性たちがアケミとタケシに立ち向かおうする素振りを見せてくれないから盛り上がろうにも盛り上がれないという風に思いました。要するに、数少ないアクションシーンは肝心な見せ場に限って、せわしない編集と不要なショット、細かいカット割りのせいでスタントコーディネーターの手腕とMASUMIさん、ジョナサン・リス・マイヤーズさん、伊原剛志さんの頑張りが台無しになりかねない映像になってしまっているという風に思いました。あと、これが最大の問題点なんだけど、これを指摘すると、身も蓋もないことなんだけど、ジョナサン・リス・マイヤーズさん演じる記憶喪失の刀傷の男性、後にラストでアケミから"シロ"と名付けられるわけなんだけど、彼が大島レンを殺害してから記憶を失ってしまって経緯そのものはアケミが自分の出生を知って家族を殺された復讐を決意する話と有機的に絡んでこない分、そもそもこの記憶喪失の刀傷の男性が記憶喪失である必要性は少なくとも感じられなかったんですよね。彼が最初から最後まで一貫して記憶を取り戻さないままにしたかったのであれば、ここはこの男性を悪側の中ボスクラスにあたる敵キャラに設定させて、クライマックス手前の剣道場のくだりで彼が記憶を取り戻して覚醒させた状態で本格的なアクション見せ場を与えておくようにするか、もしくは、クライマックスでこの男性が記憶喪失になる前の人格とは違う優しくて親しい性格で、アケミにとって頼りになる人であるということを示せるようにアケミの助っ人のような存在としてコジローの部下たちと戦うアクションシーンを1分強の尺で見せておくか、どちらかは記憶喪失の刀傷の男性を扱うにあたって非常に必要だったんじゃないかなと思いました。で、本編は最終的には物語では悪側のラスボスクラスにあたるキャラで、アケミが仇を討つべき本当の復讐相手、瀧川ケンイチが通話する姿と冒頭にも映されていた甲冑が見せられていくわけなんだけど、物語上、彼女が実行犯である男性"シロ"を味方に付けてヘリで日本に向かおうとしてから幕を閉じてしまうと、映画的には盛り上がり不足、見せ場不足で消化不良させているし、これが続編を匂わせるラストだとしても、続編がどのような話になるのか、妄想を膨らませてにくいラストになっていて非常に残念な着地だという風に感じました。ということで、『未体験ゾーンの映画たち2022』の中では日伯(日本とブラジル)合作、日本人キャスト出演、オモシロ日本描写があるという意味では、結構注目されていた作品なんですが、原作がグラフィックノベルなだけあって、プロットからして、女性アクションの王道的な話を日本文化が織り込まれている一風変わった面白そうな映画になっていたはずなのに、これが強い女性主人公が戦うアクション映画としても、いわゆるシリーズ第1作目としても、諸手を挙げて「最高に面白い!」とは言い難く、新鮮味こそあるのにいまひとつ盛り上がりに欠けているアクション映画になっているんじゃないかと思いました。これが実質的なエピソード0、前日譚的な話だとすれば、監督はヴィセンテ・アモリン監督に続投させないで、違う監督でアケミと記憶喪失の男性が大阪で復讐するエピソードが製作される可能性はきっとある。なんだったら、どこかの国でリメイク・リブート化され、この素材を調理してより美味しい物に変えられる可能性だって全然あるという風に考えられる。なので、はっきり言って、1本の映画としてはテレビ東京の「午後のロードショー」、テレビ大阪の「シネマクラブ」でたまたま流れている作品だと割り切れば、割りと楽しめることができる作品なんじゃないかなと思いました。『未体験ゾーンの映画たち2022』、当たり屋感覚で観る分には全27作品のうち、何作品が当たり映画なのか、どの映画が今年ワースト級の映画なのか。今後は出来るだけ、追いかけていきたいです。あまりオススメしにくいですが、是非ともレンタルや配信で観賞してみてください。