『日本人にどうしても伝えたい 教養としての国際政治』豊島晋作著 読了 | 52歳で実践アーリーリタイア

52歳で実践アーリーリタイア

52歳で早期退職し、自分の興味あることについて、過去に考えたことを現代に振り返って検証し、今思ったことを未来で検証するため、ここに書き留めています。

 

 

<概要>

感情にできるだけ流されず、国際政治の現実を客観的に事実把握したうえで、日本独自のあるべきナラティブ(物語)を世界発信して日本の安全保障含めた外交力を強化すべきと提言したテレビ東京キャスターの著作。

<コメント>

YouTubeでも人気のテレビキャスター、豊島晋作の最新作。そのYouTubeでの国際政治の解説を、そのまま文章にしてまとめた内容で国際政治を整理しつつ、豊島自身が日本が国際政治においてなすべきこと、を提言。

 

 

結論的には、日本はもっとインテリジェンスを強化しつつ、日本の国益に直結するナラティブを全世界に発信し主張することで、日本の安全保障を強化すべき、との言。

▪️経済だけで語れるビジネスは終わった

個人的に本書で一番インパクトがあったのは、冒頭の著者のコメント。

最近、番組で日々のニュースを伝えていて感じるのは、世界のビジネスや企業の活動において、もはや「経済」こそが最も重要だった時代は終わったということです。

本書「はじめに」

戦後日本は、アメリカの庇護下にあって今も安全保障についてはアメリカの属国といってもいい状況ですが、逆にこの屈辱的立場によって、私たち日本人は、経済だけに没頭することができたとも言えます。

 

そして1989年(平成元年)のベルリン崩壊後、日本は失われた30年を歩みますが、この間も世界経済は東側世界の崩壊によってグローバル化し中国をはじめとした巨大な世界市場が生まれることで、まさに経済だけに邁進することで、日本はなんとか経済規模を維持し続けたとも言えます。

 

そして今、私たちは経済の前には「国際政治」という大きな壁が生まれたのです。私たちの生活を支えている日本経済は、国際政治抜きには語れない時代に入ったということです。

企業や投資家にとっては、製品やサービスの需要と供給よりも、政治の動きが重要になっているのです。もはや経済的な合理性ではなく、国家や政治家、さらには武器を持った集団がどう判断するかの問題になっており、戦争や政治対立などの「地政学リスク」を考慮する必要に迫られているのです。

同上

アーリーリタイアした私からみれば「常にカントリーリスクを意識しつつ投資しよう」と言うことになります。

 

個人的には、かつて中国株にも投資していましたが、中国共産党が2017年に「国家情報法」を制定して以降「これはやばいな」と思って中国株は全て売却しました(ただし世界株インデックスとしては保有)。

 

私が経営者だったら中国投資はこの時点で相当慎重になるか、あるいは即撤退でしょう。中国で企業活動する場合、会社の情報はどんな情報であっても中国政府の要請があれば全て差し出さなければいけない可能性が高いわけですから。

▪️国際政治には何よりも事実の把握が重要

私たちは、こと国際政治になると「どの国が悪い、どの国が良い」というように道徳で判断しがちで、これはこれで一つの見方として大切なことです。「正義がどっちにあるか」で私たちは敵か味方か、誰を仲間にするか、を判断するわけで、まさにこれこそが著者の言う「ナラティブの力」です。

 

「ナラティブの力」が国際政治を味方につける重要な戦略的要素であるのは間違いありません。

 

しかしその一方で、ナラティブを語る前にまずは、エビデンス(=正しい情報)に基づく科学的な分析による事実の把握が重要です。

国際政治の分析枠組みは、善悪や道徳”平和主義”などの主義主張と言った個人の説得力に依存するものを主題に据えることはしません。あくまで、各国が戦争を起こす能力と意図、そして過去の戦争や外交の事実関係を記述し、分析し、再現されたパターンや将来のリスクを冷静に考える試みが重要だと考えられています。

同上

特に重要なのは、各国の経済的能力であり、軍事力の正確な把握。なぜなら「そこに戦争を引き起こす”能力”があれば、戦争の脅威が存在すると考える」から。

▪️私たち日本人は西側社会のナラティブに洗脳?

著者自身は「洗脳」と言うような強い表現はしませんが、本書全体に流れるその冷徹な内容の一つとして私たち日本人は「西側のナラティブに騙されるな」と言うことです。

 

私たち日本人は、西側世界に生きているので、どうしても西側のナラティブに完全に洗脳されてしまっています。この要因はマスメディアの影響が大きいのでは、と思っていて、マスメディアの一員たるテレビ東京のキャスターが本書のような著作を出すのは、その意味で大いに意義があるのでは、と思います。

 

以下あえて、西側諸国のご都合主義を取り上げることで、西側諸国だけが正義ではないことを確認します。これは中国目線・イスラーム目線・インド目線・アフリカ目線で欧米諸国を見ると、私たち日本人とは違った景色がみられるからです。

⑴国際法を無視する国家アメリカ

日本人はどうしても「アメリカは味方」的な視点で物事をみてしまいますし、私自身もアメリカには親近感を感じていますが、実際にはアメリカは相当に野蛮な国です。

 

戦後始まった国際法のルールに基けば、もっとも国際法違反を犯す国の一つと言ってもおかしくない危険極まりない国家です。

 

特に最近では、

*国際法違反国家イスラエルを支援

*国際法違反としてのイラク戦争を先導

 

するなど、自分の都合で平気で国際違反を無視するか、違反します。ところがマスメディアにはこの野蛮な国家の実態は、報道はするものの、例えばウクライナに対するロシアと同等に批判することはありません。

 

実際ロシアのウクライナ侵攻とアメリカのイラク戦争やイスラエルによるパレスチナへの過剰な攻撃や入植は、明らかな国際法違反にもかかわらず、アメリカがロシアと同じような批判的論調で報道されないのは、私たちが西側のナラティブに洗脳されているから、と言っても過言ではありません。

 

この辺り、インド外相のジャイシャンカル曰く

「ロシアはウクライナで人権を侵害しているという点では、ヨーロッパやワシントンの主張は正しいかもしれない。だが、欧米諸国も、ベトナムからイラクに至るまで、同様に暴力的で不当、非民主的な介入を実施してきた。したがってニューデリーは、ロシアを孤立させることを呼びかける欧米の求めには応じない」

本書第8章

このようにインド視点やアラブ視点で見れば、ウクライナ侵攻に関してもまったく違うナラティブが語られているのです。

⑵中共が唯一の政治権力だと認めている西側社会

私たちは、忘れがちですが、日本やアメリカはもちろん多くの西側諸国は「中国は一つの中国」原則を認めており、その中国は中華人民共和国のみ、という見解。なので、日本含め西側諸国は台湾とは正式な外交関係にはありません(なので西側諸国の大使館は台湾には存在しない)。参考までに以下日中共同声明(1972年)の内容。

二 日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。

 

三 中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。

日中共同声明より

つまり、日本は台湾は中華人民共和国の一部であることを賛成かどうかは表明しないものの、尊重し理解しているわけだから、中国共産党政権が台湾を武力をもって台湾の政治権力を排除したとしても、日本がどうこうするようなものでもないはずです。

 

「一つの中国」原則はアメリカはじめ欧米社会も認めており、事実上その中国を代表する政府は中華人民強共和国。

 

個人的には台湾は台湾に住む人々の多くが望んでいる「現状維持」であってほしいのですが、この辺りは中国共産党政府の言い分の方が説得力があります。

 

仮に中国が台湾を武力制圧するとして日本は、国際法上も国内法上も、実質的な行動が取れるとはとても思えません。静観するしかないのではないと思うのですが、国会では正式な答弁は曖昧になっています。

 

 

▪️核抑止とは「1%の核戦争のリスクを引き受けることで99%の平和を享受するということ

「第7章:世界の終末を阻止した人々」は、核抑止の本質をついた内容となっています。第7章を読めば、核兵器なき社会はドリームであるということを改めて認識せざるをえません。

 

本書で言及している通り、日本への原爆投下以降、%の核戦争のリスクは、幸運にもこの80年近く発生していませんが、キューバ危機はじめ何度もその恐怖は現実寸前でストップされていましたし、独裁のプーチンや習近平(中国は先制使用しない宣言している)はもちろん、アメリカ大統領でさえ、その気になれば誰の許可を得ずとも核ミサイルのボタンを押すことできると言います。

戦闘機のパイロットなどを含め、アメリカ軍の関係者には精神的・身体的な健康状態について厳しい審査が義務付けられていますが、軍の最高司令官であるアメリカ大統領にはそうした義務はありません。

本書第7章

彼ら彼女らが、とある妄想や精神的なパニックになって、本当に押してしまう、というリスクもあるわけで、その時の影響度はいかほどのものか、は想像だにできません。

 

一方でそのような破滅的なリスクがあるからこそ、99%の平和が維持されているという逆説が成り立っているわけです。

▪️反ユダヤ主義のナラティブで身動きが取れない西側諸国

この1年間「ユダヤの風土」について勉強してきましたが、常に被害者たる立場のユダヤ人に強者の論理は存在しない、ということが本書を読んでも再認識。

 

ルサンチマンを思想(ユダヤ教)の核にもつユダヤ人は、常に被害者たる自分達の立場に則り、民族が撲滅しないよう「誰かが殺しに来たら、立ち向かい、相手よりも先に殺せ」というスローガンに基づいてハマスに攻撃されたら、徹底的に相手を殲滅させるべく行動します。

 

これに対して、西側諸国、とくに西欧諸国は、中東問題は自分達の戦後政策の失敗の結果なので、容易に口を出さない。イスラーム世界と異なり、中世からユダヤ人を毛嫌いしてきたキリスト教社会たる西欧社会では、ホロコーストという大惨事を引き起こした当事者たるドイツはもちろん、ユダヤ人差別=反ユダヤ主義、というナラティブから逃れることは極めて難しい。したがって国際法違反者たるイスラエルに対しても、反イスラエル的行動は取りにくいのです。

 

しかしながら、おおよそパレスチナ問題の解決法はほぼ答えが出ていて、

双方が妥協し、イスラエルがパレスチナに占領地を返還し、パレスチナ国家を樹立する「二国家解決」で決着させるしかないのが国際社会の基本的な了解事項

本書第4章

とのこと。

 

個人的にはイスラエルが既存の入植地(=占領地)を放棄することは難しいでしょうから現状からさらに拡大させないことをイスラエルに約束させた上で、双方が国家として共存するしかないでしょう。

▪️世界に通用する日本のナラティブは「平和外交」

著者は、米国議会での岸田演説を例に出して「普遍的価値」を日本のナラティブとして取り上げましたが、それ以上に日本固有のナラティブとなりうるのは「平和外交」ではないか、と思われます。

理想的には、その前提として日米安保を基盤とした米国からの準属国状態からは解放されるべきだとは思いますが、次期大統領がトランプ大統領になれば、もしかしたら日本の時の政権が真剣に取り組めば、その可能性は現実的になるかもしれません(その分防衛費負担は増大)。

 

日本は第二次世界大戦における加害国にして敗戦国の立場なので、中国や北朝鮮・韓国からの信頼は難しそうですが、その他の地域からの信頼に関しては日本の戦後からの平和・ODA外交で、圧倒的な成果が出ています。

 

 

上の日経記事によれば、インドネシアのユスロン元駐日大使は「日本はODAを通じて約束を守るイメージを植え付けた」とのことで、日本の戦後70年の平和外交によって日本人の誠実性が世界各国にちゃんと浸透しているのです。

 

 

下の図をみれば、ASEAN諸国以外にも、アフリカや南米など全世界で、日本という国への信頼感は圧倒的です。

 

私が今年1月に訪問した西アフリカのコートジボワールでも、日本の誠実な外交は、その援助規模は小さいもののヨーロッパや中国などと比較しても抜群。

 

ちなみに中国は援助国に提供するのは資金(借金)と有形固定資産資産(インフラ)だけで、無形固定資産(知的財産たるノウハウや人材育成)は提供しません。

 

西ヨーロッパについては、全世界規模で奴隷貿易や植民地支配で500年近く加害国であり続けたわけで、例えばコートジボワールの場合、宗主国がフランスで、今でも実質フランスの属国状態。例えば通貨のセーファーフランはユーロ(かつてはフランスフラン)とペッグされ、外貨の半分はフランスの国庫に保管すべし、というルールがあるなど、フランスなしには経済や政治が成り立たない状況です(だから中国やロシアが付け入る隙があるとも言える)。

 

その一方で、日本はむしろ無形固定資産=つまり知的財産の提供や人材育成に努力を惜しみません。そして援助で最も大切な援助国の自立がその援助のコンセプトになっているのです。

 

要するに自国の利益だけを追求しがちなヨーロッパや中国と違って日本は他国と比較して相対的に圧倒的に「誠実」なんですね。ズルくないのです。もちろん日本企業を優先的に使うなどの自国利益の一部誘導はあるものの「約束は守る」「ちゃんと相手にも相応の利益を享受してもらう」「最終的には自立支援してもらう」などの姿勢が明確にあって、各国は日本を信頼してくれています。

 

したがって日本のナラティブは、西側諸国の「普遍的価値」というナラティブは基盤にしつつも、それだけに流されず、日本独自のナラティブ、すなわち「平和外交」をもっと宣伝して活用して、より深く各国への信頼度を上げていけば良いのではないでしょうか。