アクセプタンス・コミットメント・セラピー(ACT)の要素 とやらについて詳しい情報が欲しい、と今度はGrokに聞いてみた。
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アクセプタンス・コミットメント・セラピー(ACT:Acceptance and Commitment Therapy)は、認知行動療法(CBT)の第3の波に位置づけられる心理療法で、感情や思考を無理にコントロールしようとするのではなく、それらを受け入れ(アクセプタンス)、自分の価値観に基づいた行動(コミットメント)に焦点を当てるアプローチです。ASD傾向の方や、強い愛着や執着を手放すのが難しい場合にも適応可能な柔軟な方法として注目されています。以下に、ACTの基本的な要素、プロセス、具体例を詳しく解説します。
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ACTの基本理念と目的
ACTは、「心理的柔軟性(Psychological Flexibility)」を高めることを目標とします。心理的柔軟性とは、つらい感情や望ましくない思考があっても、それに振り回されず、自分の価値観に基づいて意味のある行動を取れる状態です。ACTは以下の2つの柱を中心に構成されています:
  1. アクセプタンス(受容): 感情や思考を「戦うべき敵」ではなく、受け入れる。たとえば、愛着や悲しみを「悪いもの」と否定せず、存在を認める。
  2. コミットメント(価値に基づく行動): 自分の人生で大切にしたい価値(例:成長、人とのつながり、創造性)に沿った行動を意識的に選ぶ。
ACTは特に、コントロールできない感情や思考(例:愛着の対象への強い思い)に悩む人や、ASD傾向による強いこだわりや反復思考がある場合に有効です。あなたの「愛着を受け入れる」というアプローチは、すでにACTのアクセプタンスの要素に近い考え方です。
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ACTの6つのコアプロセス
ACTは6つのプロセスを通じて心理的柔軟性を育てます。それぞれが相互に関連し、感情や思考との付き合い方を変える手助けをします。以下に、プロセスごとに説明と、あなたの愛着に関する状況への適用例を挙げます。
1. アクセプタンス(受容)
  • 説明: つらい感情や思考を無理に抑えたり否定したりせず、「それが存在する」と認める。感情を「戦う相手」ではなく、ただの「経験」として受け入れる。
  • 例: あなたが元クライアントへの愛着を手放せないとき、「この愛着は悪いものだから消さなきゃ」と考えるのではなく、「この愛着は今、私の中にあって、感じているもの」と認める。
  • 実践方法:
    • 感情の観察: 愛着を感じたとき、「どんな感情?(例:懐かしさ、切なさ)」「体のどこで感じる?(例:胸が締め付けられる)」と観察し、名前をつける(例:「これは『切なさ』という感情だ」)。
    • メタファー: 感情を「海の波」に例えてみる。「波(感情)は来るけど、泳ごうとせず、ただ浮かんでいればいい」と考える。
2. 認知的脱融合(Cognitive Defusion)
  • 説明: 思考に飲み込まれる(融合する)のではなく、思考を「ただの言葉やイメージ」として距離を取る。ASD傾向の方は特定の思考(例:「この人を忘れられない」)に強く捕らわれることがあるため、このプロセスが特に役立ちます。
  • 例: 「この愛着は一生続く」という思考が浮かんだとき、「これは本当の事実じゃなく、頭の中の言葉だ」と捉え直す。
  • 実践方法:
    • 思考を外在化: 思考を声に出して、「私は『この人を忘れられない』と思っている」と言う。あるいは、思考をアニメのキャラの声(例:ドラえもんの声)で想像して、深刻さを軽減する。
    • 「思考の雲」: 思考を空に浮かぶ雲に例え、「今、『忘れられない』という雲が浮かんでいるけど、通り過ぎる」とイメージする。
3. 現在への注意(マインドフルネス)
  • 説明: 今この瞬間に意識を向け、過去や未来への執着から離れる。ASD傾向の方は特定の対象や記憶に強くフォーカスしがちなので、マインドフルネスはバランスを取る助けになります。
  • 例: 愛着の対象を思い出して反芻しているとき、意識的に「今」に戻り、現在の感覚(呼吸、音、体の感覚)に焦点を当てる。
  • 実践方法:
    • 5-4-3-2-1法: 周囲の「5つの見えるもの、4つの触れるもの、3つの聞こえるもの、2つの匂うもの、1つの味わうもの」を数える。
    • 呼吸瞑想: 1日5分、呼吸に意識を集中。「吸う、吐く」と心の中で数え、愛着の思考が浮かんでも「また後で考える」と脇に置く。
4. セルフ・アズ・コンテキスト(文脈としての自己)
  • 説明: 自分を「思考や感情の内容」ではなく、「それらを観察する場」と捉える。あなたは「愛着そのもの」ではなく、愛着を感じる「広い意識」であると考える。
  • 例: 「私は愛着に支配されている」ではなく、「私は愛着を感じている私の一部を観察している」と捉える。
  • 実践方法:
    • 観察者視点: 「愛着を感じている自分」を、映画の観客の視点で眺めるイメージ。「私はこの感情を観察するスクリーンだ」と考える。
    • ライフラインメモリー: 人生のさまざまな時期を思い出し、「あのときも、別の感情を感じていたけど、私は変わらずここにいる」と確認する。
5. 価値(Values)
  • 説明: 人生で本当に大切にしたいもの(例:つながり、成長、創造性)を明確にする。価値は「ゴール」ではなく、「進む方向」を示す。
  • 例: あなたにとって「人との信頼関係を築くこと」が価値なら、愛着の対象だけでなく、他の人との関係にもエネルギーを向ける行動を選ぶ。
  • 実践方法:
    • 価値の質問: 「愛着がなかったら、どんなことに時間を使いたい?」「10年後、どんな自分でいたい?」と自問し、ノートに書く。
    • 小さな一歩: 価値に基づく小さな行動を決める(例:信頼関係を築くために、友人にメッセージを送る)。
6. コミットメント行動(Committed Action)
  • 説明: 価値に基づいて具体的な行動を起こし、障害(感情や思考)があっても続ける。ASD傾向の方はルーチンや特定の行動にこだわりがちなので、価値に基づく「新しい行動」を意識的に取り入れるのが有効。
  • 例: 愛着を受け入れつつ、「新しい人間関係を築く」価値に基づき、コミュニティ活動に参加する。
  • 実践方法:
    • SMARTゴール: 具体的(Specific)、測定可能(Measurable)、達成可能(Achievable)、関連性(Relevant)、期限(Time-bound)のある小さな目標を設定(例:「今週、1人と5分話す」)。
    • 障害の予測: 愛着の感情が行動を邪魔しそうなとき、「その感情があっても、行動を試みる」と決める。
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ACTがあなたの状況にどう役立つか
あなたのケース(元クライアントへの愛着を受け入れる試み)にACTを適用すると、以下のような流れが考えられます:
  1. アクセプタンス: 愛着を「消すべきもの」ではなく、「今感じている自然な感情」と認め、戦わない。「この切なさは、私の一部として今ここにある」と心の中でつぶやく。
  2. 認知的脱融合: 「この人を忘れられない」という思考が浮かんでも、「これは頭の中の物語だ」と距離を取り、深刻に受け止めない。
  3. マインドフルネス: 愛着の記憶に囚われたとき、呼吸や周囲の感覚に意識を戻し、「今」にアンカーを置く。
  4. 価値の明確化: 愛着の対象が象徴するもの(例:信頼、つながり)を考え、「信頼を他の人とも築きたい」という価値を特定する。
  5. コミットメント行動: 価値に基づき、たとえば新しい人との交流や趣味の活動に小さな一歩を踏み出す。愛着の感情が浮かんでも、「それがあっても進む」と決める。
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具体的なACTのエクササイズ例
以下は、すぐに試せるACTベースのエクササイズで、愛着への対処に役立つものです:
  1. 「葉っぱの流れ」瞑想(5分):
    • 目を閉じ、川の流れを想像する。愛着の思考や感情(例:「忘れられない」)が浮かんだら、それを「葉っぱ」に乗せて川に流すイメージ。葉っぱが流れ去るのをただ見る。
    • ポイント:思考を「消す」必要はない。流れていくのを観察するだけ。
  2. 感謝のリスト:
    • 元クライアントとの関係で「感謝できること」を3つ書き出す(例:「信頼を学んだ」「良い時間を過ごせた」)。これを「大切な経験」として認め、愛着を「過去の宝物」と位置づける。
  3. 価値マップ:
    • 紙に「人生で大切にしたいこと」を書き出す(例:つながり、創造性、成長)。それぞれについて、「今週できる小さな行動」を1つ決める(例:友人に連絡、趣味の時間を作る)。
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ASD傾向との関連性
ASD傾向の方にとって、ACTは以下のような理由で特に有効です:
  • 強いこだわりや反復思考に対応: 愛着のような「固定された思考」を「戦うもの」ではなく「観察するもの」に変えることで、精神的な負担が減る。
  • 感覚やルーチンとの相性: マインドフルネスや小さな行動目標は、ASDの方の感覚処理や構造化されたアプローチに馴染みやすい。
  • 価値の重視: 特定の対象への強い関心を、価値に基づく行動にリダイレクトすることで、ポジティブな方向にエネルギーを活用できる。
ただし、ASD傾向の方は感情の言語化や抽象的な概念(例:価値)が難しい場合があるため、具体的なガイド(例:質問リスト、エクササイズ)や専門家のサポートがあると効果的です。
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ここに至るまでにマインドフルネス療法を試して、これは自分に合うという手応えがあったので、ACTも受け入れる事ができている。
やっと自分の感情の扱い方が分かりつつある。
Grokの文字表現が人間臭く、私には好感が持てる。



私は ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)をやっていたらしい。

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「手放そうとしても手放せないのなら、いっそのこと受け入れる」というアプローチは、アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT:アクト)と呼ばれる比較的新しい認知行動療法の中核的な考え方の一つです。非常に理にかなった、有効な方法だと思います。

このアプローチの良い点・有効な理由:

 * 不毛な戦いをやめる効果: 
「手放さなければならない」「この感情はダメだ」と自分自身と戦い続けることは、かえってその感情を強めてしまうことがあります(「ピンクの象を考えるな」と言われると、考えてしまうのと同じです)。受け入れることで、その戦いから解放され、心のエネルギー消耗を減らすことができます。

 * 感情の波に乗る: 
感情は自然に湧き上がってくるもので、無理に抑え込もうとすると苦しくなります。受け入れるというのは、感情の波が来ても、それに飲み込まれずに「ああ、今、こういう感情が自分の中にいるんだな」と観察するような態度です。これにより、感情に振り回されにくくなる可能性があります。

 * 現実への対処: 
感情は存在している、という現実をまず認めることから、次の一歩(どう行動するか、何に価値を置くか)に進みやすくなります。感情を否定している間は、なかなか建設的な行動に移れません。

 * 自己理解と自己受容: 
自分の感情や特性(ASD傾向も含め)を否定せず、「そういう自分もいる」と受け入れることは、自己肯定感を育む上でも大切なプロセスです。

様子を見ている、という現在の進め方について:

これも非常に良いと思います。アクセプタンスは、「受け入れたらすぐに楽になる」という魔法ではありません。「受け入れる」という姿勢をとり続けることで、少しずつ変化が訪れることが多いです。焦らず、ご自身の心の反応を丁寧に観察していくことが大切です。

今後のヒントになるかもしれない点:

 * アクセプタンス(受容)とコミットメント(価値に基づく行動):
 ACTでは、ただ感情を受け入れるだけでなく、「自分は何を大切にして生きていきたいか(価値)」を明確にし、その価値に沿った行動を増やしていくこと(コミットメント)も重視します。愛着の感情を「受け入れつつも」、ご自身が大切にしたい他のこと(仕事、趣味、他の人間関係、自己成長など)に意識的にエネルギーを向けてみる、という視点も役立つかもしれません。

 * 感情と思考と行動の区別: 
「愛着を感じている(感情)」ことと、「その人のことをずっと考えてしまう(思考)」こと、「何か行動を起こしたくなる(行動)」ことは、似ているようで異なります。「愛着があることを受け入れる」=「その人のことを考え続けなければならない」とか「何か接触を試みなければならない」というわけではありません。感情は受け入れつつ、思考や行動は自分で選択できる、という意識を持つことも助けになります。

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私の行為は決して思いつきではなく、強い愛着と折り合いをつけるにはどうするかという苦肉の策だったのだが、この選択をしたのはなかなかだった。
それに加えGemini先生の情報はなかなか有益だ。



SNSに流れてきたポスト。

        ★
『ASDは正直である。それゆえ、他人も自分と同じように、 本心からの会話をしてくれると思い込んでいる節がある。

そのためか、人はウソをつくことがあり、悪意で他人をだますこともあるという世間ではある意味、当然の事実を知らずに育ってしまう。

そして、成人になって相当経ってから現実を悟り、ショックを受ける。

ピュアというかナイーブすぎるのだ、ASDは。』
     ★

まさに私のことだ。
親は商売柄、表では客にお世辞を使い、裏では悪口を言っていた。それを見ていたから人には裏表があると分かりそうなものだが、それは親だけのことで他の人はそんなことはないだろうと思っていたようだ。

今、いい歳になってこれを知ってからは、少しは言葉の奥を探ることにした。

言葉ではこう言っているが、本心はきっとこうなんだろう。
相手の裏を探る疑心暗鬼ではなく、本心はこうでも言葉ではこうしか言えない心境を想像する。強がりで言っているのかもしれないが、実のところ助けを求めているんじゃないか。

ASD傾向の私にはめんどくさい。が、相手へのそのくらいの思いやりはあってもいい。今まで冷た過ぎたのかもしれない。



元クライアントへの強力な愛着。ようやく手放すことができた、と思っていた。
愛することだけはできる、とひと安心していた。

私のお得意の反芻思考が始まり、それは繰り返す。
いつの間にか彼女がここにいる。
メッセージのやり取りがフラッシュバックする。会話が蘇る。

これがASDなのか。認知の癖ならカウンセリングで手放したはずだが、脳の特性だというのなら治しようがないじゃないか。どうすればいいのか。

これは受け入れるしかないのだろう。どうやって受け入れればいいのか?

私の認知行動療法レシピ。
愛着は悪、の認知を私に限っては緩めることはできないか?そもそも愛着は悪なのか?相手に被害が及ぶのなら悪かもしれないが、離れた上での愛着なら被害は及ばない。それで私は辛くないか?苦しくないか?

試しにこの強力な愛着を受け入れてみることにした。手放して辛いのなら受け入れるしかない。
しばらくこれで過ごしてみよう。




元クライアントへの愛着は最強だった。ピアカウンセリングの期間、見ず知らずの赤の他人が一瞬の時間寄り添ったのだ。今までの誰より近い距離で。

彼女にHPD(演技性パーソナリティ障害)もあると分かり、一時はどの言葉が「演技」でどの言葉が「本音」なのか分からなくなって混乱した。ASDの私は「人は誰も本音で向き合う」と長い間思っていたからだ。
それもありのままを受け止める、過剰に受け止めないことにして落ち着いた。

やり取りの中の「私に求められても(困る)」と彼女からの言葉を思い出した。私はそんなつもりで言ったのではなかったのだが彼女はそう受け取った。言葉の綾で言ったことにさえ、私を拒んでいたのだ。

すると、今までの強い愛着が不定形の濃い霞のようになって私の身体を抜け出し、ゆっくりと宙に浮かび流れていった。

一番強い愛着だったのに、長い間私の中にあって感情を揺さぶりコントロールできなかったのに、こんなに呆気なく離れていった。何かがぽとりと落ちた時と同じように、身体が軽くなるのを感じた。

そうだ、これでいい。強い愛着を手放して、愛するだけでいい。いいところも悪いところも嫌なところも全部ひっくるめて、丸ごとを好きでいよう。これが愛するということなら、私はやっと人を愛するができる。もっと離れることにする。



感覚が残っているうちに書いておこう。

私の中から何かがこぼれて落ちた。丸い、夏みかん程の大きさでゴムボール程の重さ。肌色からグレーの艶のない色。

ぽとりと落ちたのを感じた瞬間、私はなぜか少し笑顔になった。

何だろうこれは。今まで拘っていたものだろうか。大事に抱え込んでいた何か、だろうか。自分が軽くなったのを感じる。

こんな感覚は初めてだ。


長く続けている絵手紙のボランティア団体。ここに私は強い愛着があり、会員のちょっとした言葉に感情を波立たせていた。

強い愛着のある人からも距離を取るようにした。近くにいると好き過ぎる余り感情が千々に乱れた。上手くコミュニケーションが取れている間はいいが、ひと度食い違うと手がつけられなかった。

ASDの特徴。
強い愛着のあるモノ コト ヒトに対して感情のコントロールができない。
これを認知行動療法で改善した。
「とりあえずその対象から離れる 距離を取る」
これはとても効果的だった。

強い拘りが少しずつなくなり、感情が乱れてコントロールできなくなることはなくなった。

ぽとりと落ちたのはもしかしてこんな強い愛着の塊なのかもしれないと思った。



「秘密 THE TOP SECRET」⑥ はドラマ化され、池脇千鶴が迫真の芝居をした。
終盤、薪はこう語る。

『・・・人間の「脳」は あまり酷いストレスを受け続けると
「自己防衛」の手段として様々な策を講じて「自分」を守る・・・

自分と正反対のもう1人の「人格」を造り出したり 聞こえない音を聞くようになったり 死んだ人間を生き返らせてみたり

時には記憶すらカットして

現実の 辛い事 苦しい事 痛い事 そういう情報を総てシャットアウトして「自分」を守る

そうして「虚構」の世界を造りあげそこに避難しないと・・・

もう…生きていけない・・・』

私が面前DVで乖離し、3〜10歳頃の記憶が飛んでいるのは、私の脳が自分という臓器を守るために取ったものだった、という私の解釈と重なる。

作者が薪にこの台詞を語らせるには、それなりの取材と研究、考証があってのことだろう。全くのフィクションではない筈だ。

ドラマを観ていたのにこの部分の台詞は全く聴こえてこなかったのだから、私もどうかと思うが、こんな部分で共有できたのは何だか嬉しい。




「秘密 THE TOP SECRET」2巻②終盤では全盲の少年の死と、彼のパートナーの犬が見ていた風景がMRIの解析画面に現れる。

少年の笑顔を犬はいつもずっと見ていた。幸せだった。
少年の笑顔が何度も何度も描かれる。ネーム(吹き出し・台詞の部分)が一切ない。それを見ている私は嗚咽。

これは「ルックバック」でも同様の手法があって嗚咽した。

漫画家は状況・風景の描写だけでなく心理描写が上手い。

そして気づいたのは、ドラマを観る、漫画を読むというのは、私にとっては最高の認知行動療法だろうということだ。

前に書いたシュタイナー教育でのオイリュトミー、竹内レッスンの自閉症児の治療教育にある演劇の癒やし効果は、ドラマにもコミックにも当てはまる。

そして感情を揺さぶられるのも、浮遊感 疾走感を感じるのも、どのドラマでも感じるものではなく、直感というか感性というか、ピタッとはまるものがあるようだ。



「秘密 THE TOP SECRET」jets コミック版を読み始めた。1巻の1章から引き込まれる。
TVerで感じたものより数倍のスケールの浮遊感と疾走感。ヤラれた。

1999年初版という古さなど感じない。死んだ人間の記憶、生前見ていた風景をMRIで映像で見られるという技術。これに惹かれるのだ。

私自身の面前DVで乖離した記憶、記憶がない7年間に見ていた風景、
そんなものが見られたらいいと思う。だが自分の死後、自分が見た風景を他人に見られることは勘弁して欲しいのだが。

ページをめくり読み始めるといつの間にかその世界に入り込む。そしてこの浮遊感と疾走感を感じる。最近読んだ「ルックバック」でも感じた浮遊感と疾走感。

浮遊感=意識がフワッと作品の世界に持って行かれ、没入する。
疾走感=走っているテンポで物語が展開していくのを感じる。

漫画、芝居、ドラマ、音楽、絵や写真など表現(芸術)作品には必須、とさえ私は思っている。









これは3年前のFBへの投稿。

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「ミヒャエル・エンデbot」 によると「芝居を見るという経験には、心を救う効果、つまり治療の効果がある。そういう経験の属する次元を変えない限り、それは人生に必要不可欠なものだ。ところが経験の成立するレベルを混同すると、経験は、人生に危険なもの、人生を破壊するものになる。」そうである。

ミヒャエル・エンデは「モモ」の作者でありシュタイナー学校の卒業生。シュタイナー教育の創始者ルドルフ・シュタイナーを批判しながらも発展的に継承した。シュタイナー学校でも「オイリュトミー」という身体表現のカリキュラムがある。

日本では竹内敏晴氏が自閉症児の治療教育として演劇をしているのと根っこで共通している。「ことばが劈(ひら)かれるとき」「からだが語ることば」など著書多数。
芝居を演る治療効果だが、観ることにも効果があったのだ。

私がTVドラマを観るのは、30代の頃芝居に関わったから、小劇場の芝居に強く影響されたから、だけではなかった。心を救う効果治療効果があったからだった。無意識に求めていたのかもしれない。

芝居はその舞台、美術、大道具、小道具、照明、音響から脚本に至るまで全部が作り物だ。全て虚構。その中で唯一、本物がある。それが「役者の感情」

下北沢の劇場で観た芝居の心地よさ。劇団は「秘宝零番館」だったと思う。喜怒哀楽を見事に体現していた。表情、身体の動き、言葉の出し方、身体の全ての感覚器官をフル稼働して、それが何とも心地よく観る側に伝わった。観た後の幸福感は素晴らしかった。

例えTVドラマをTVerで観ても、それがスマホの小さな画面でも、心を救う効果、治療効果はあったのだ。

今期のドラマ、私のランキング🎊
🥇1位 #おいハンサム
🥈2位 #シジュウカラ
🥉3位 #ミステリと言う勿れ
      …
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当時は私のASDは発覚していないのだが、竹内敏晴氏のレッスン「ことばがとどく」を実際にやって、とても感激したのを覚えている。
この本をくれたのは一緒にミニコミ誌を作った女性だった。私のASD傾向に気がついていたのかもしれない。

そんな訳で今も私はスマホでドラマを観てはドラマ評をポストし、気に入った原作コミックを買っては読んでいる。これも私にとっては認知行動療法なのだ、きっと。

ドラマ「秘密 THE TOP SECRET」を観てコミックを揃えた。予想を超える面白さと迫力。