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イイもの永く



先日、雑誌「暮しの手帖」の社長さんとお話する機会があった。


とっても素敵な社長さんで


何も知らない若造に対し、優しく色々とお話していただいた。




この出版不況、特に雑誌不況の波を尻目に


右肩上がりの部数を誇っているそうで


恐縮して仰っていたけど、これは本当に本当にすごいこと。





そして何よりすごいのは


広告は載せないという主義を創刊当時から60年以上貫いていること。


これもすごい。




後ろ3分の1が広告というのが普通の雑誌の中


ゼロというのはアメージング。





そもそも雑誌の中での「商品テスト」という企画を目玉にしていた為に


商品を評価する企画をやっていながら、広告料を取っていたら


平等で公平な判断ができなくなる


という考えから、とのこと。




「商品テスト」とは、自分たちで製品や商品を買って


実際に使ってみて評価を下す


というものらしく


例えば、冷蔵庫開け閉め何回したらダメになる対決とか


機械で開けたり閉めたりしても、正確すぎてあまり参考にはならないから


編集者が自分たちの手で開けたり閉めたり、開けたり閉めたり


何千回と実際に繰り返し、そのうえで出た結果を載せていたんだそう




きっと、メーカー側からしたらかなり嫌な企画だっただろうけど


今みたいに価格.comや比較サイトなど


手軽に見比べる、という手段がなかった時代


消費者である読者からしたら、とてもとても参考になって助かったはず




今では、製品の入れ替わりが激しすぎて開け閉めしている間に


次の製品が出ちゃうからやらないけどねーと笑っていた社長



確かに。





そんなことで、部数が落ち込み低迷期もあったそうだけど


松浦弥太郎さんを編集長に迎えてから



松浦さんの広告塔としての手腕もありつつ


部数を伸ばすという結果につながっている






日常生活をいかに豊かに美しく快適に生きるか


日々の暮らしが豊かだと人生そのものが豊かになる


そんな精神を60年以上も誠実に頑なに守り続けながら


新しい層への開拓精神も忘れない


守りと攻めのバランスのとれた素敵な雑誌に負けない素敵な会社、素敵な社長さんだと思った。





古臭いのではなく


古き良き日本のくらしを再考するきっかけに、ぜひ一度。










つづく






景観上のプロブレム






よくよく三宮や神戸駅にて


よなよな飲み歩いている僕が最近思うこと








それは


近頃 男のお巡りさんが


お巡りさんっぽくない





たらたら街を巡回し


たらたらしゃべりながら


シャツもちょいと腰履き


制帽もなんとなく一昔前のジャニーズ系な被り方






とてもちゃらい






聞こえてくる言葉使いも


「っすよね。」的なね






へらへらへらへら


かかとを引きずりながら










「本官は…」


「自分は…」





僕が幼少期に感じていた


怖いお巡りさんのイメージから


かけ離れており





とんぼ風に表現すると


「群れをなして笑ってら…」




がお似合い






かつ



一人て”巡回しているお巡りさんに限っては


なんか



「心細そうな雰囲気」が伝わってこなくてもない



「市民の平和は俺が守る」という気概は感じない







その意味て”いうと


両津勘吉の方が威厳がある





未た”連載されているしね


支持されてんて”しょう たぶん










そんな警官を見るたび








「ああ 安定志向て”この業界はいったんやろね」



とか



「仕事場にて死ねたら本望みたいな職人気質からかけ離れているね」



とか



「そういえば米映画の悪徳警官の役ってこんな雰囲気やったよね」




とか蔑んじゃう









お巡りさんのみならず




最近 歩き方のかっこいい男が少ない







凛としている


背筋を伸ばし矍鑠としている




「はっ」とする男がとても少ない











所作





というものの美しさについて



先日 辛酸一家の辛酸と話していた








仕事をする上にて


効率的に動くことを意識し


動きのロスを減らし


俊敏に動くことが



仕事の美しさにつながる








男の魅力=仕事





あたりまえやね






現代にいたるまて”は


餌をとってくるのが男の役割やったしね









本人が美しさを求めざるとも


仕事を効率的にするために追求する





それが結果として


他者が美しさを感じるもの





仕事に対する姿勢




つまり





所作


そして


たち振る舞い



そして



歩き方につながると



僕は思うんス










最近 良い男の見分け方





よく聞かれます







教えてあげようじゃないか



秘伝のレシピを









それはね








顔の美しさ


目に見える優しさ


歯の浮くような言葉


美味しいレストラン


面白い会話









じゃなくって




物事に取り組む姿勢





それはなかなか分かりにくい





分かりやすい見極め方??







それはね





その人の歩き方をみることが


最も分かりやすいと思われます








その人の人生の歩みが


僕はそれに反映していると信じて疑わないわけなんす





じゃなきゃね


わざわざ 「歩み」≒「歴史」という言葉に置き換えませんよ



先人達は我々と違ってバカじゃないし 


言葉はちゃんと濾過される









歩き方が魅力かと”うか


それを見極めて下さい






それに尽きる











しかるにね





ちゃらいお巡りさん達に


治安を託していいのかなぁ





と感じてしまうんす











続く








































えごころ





今目の前に、小学生の時に描いた絵が飾られている


教室を皆で掃除している絵で


窓を拭く人や、箒を掛ける人、ぞうきんがけをする人が描かれている



ぞうきんがけをしている人は、教室の床に寝ているようにしか見えないし


箒掛けをする人の指は、手首ではなく、腕全体から出ている



なんとも変な絵


何だか、病んでいたのかしら。





その昔、兄と妹とお絵かき教室に通っていた



兄は高学年だったから油絵


私たちはクレヨンと水彩



真っ白なキャンバスとコンテを使う油絵は描かせてもらえず


飽きてしまったけど



何を隠そう、初めて出した市のコンクールで賞を獲って


将来は絵描きさんかな?


と周りから期待された事もあったりなかったり。




絵がうまいとか、絵心があるとか


そういったことの基準の一つに


観察力の高さ。というのがあると思う。




元の絵を見ないで、記憶の中のモデルを描くという時


絵の下手な人は、細かいところやどうでもいいところ、どうってことない箇所にこだわって


結果、へんちくりんな出来になる。




絵の上手な人、絵心のある人は、その物体の核となる部分を瞬時に見抜き


そこを丁寧に再現する才能に恵まれているんだと思う。





映像のなかった時代


見たまま、感じたままをそのまま再現できる



そんな絵描きさんは、きっと今維持上に神と崇められたはず






今はもう、指は手首から書く


常識あるつまらないい大人になってしまったもんだ、







なんのこっちゃ













つづく