ablindspotのブログ -197ページ目

ぼくたち 男の子 へへへい



昨日、女子会について好き勝手書かれたので


ご期待にお答えして、アンサーブログを書きます。




まず最低週三回というのは言いすぎだし、傷を舐め合ってないし、赤信号みんなで渡り隊でもないし


既婚者の意見も取り入れているし、変な抑止力も働いていないし、活動もしている


はず。



しかし、周りからそう見えるというのも分かるし、生産性がない、というのもよく分かる。


私だって、生産性のなさに結局何話したんだっけ?と思い返すことは多々あるし


堂々巡りの螺旋階段を登っているような気になるときもある。




あまりに解散を求められるので


「解散する?マイク置いちゃう?」と話してみるものの、一緒にいると楽しすぎて


一緒にいるとしょうもなすぎて、普通の女の子に戻るのはなかなか難しそう。


階段の踊り場でヤンキー座りをしているのではなく、足踏みをして踊りすぎているというのが実情




明確な答えと、明確な行動目標と、明確なゴールが見えていないままで


ああでもない、こうでもないと思い悩むのは


1+□=□の問題を解く様に


答えを導き出すために問題作成から始めなければいけないという事になり


ただ1+1=□を解く時間に比べ、倍の時間を要してしまう。



一つ一つの言葉に、行動に、しぐさに、意味や意図を考え、期待し、喜び、不安になり


一喜一憂する。



そんなの女子だけの専売ではないはずで、男性版一喜一憂も存在しているのだろうけど


女子の気にする視点と、男性の重要視する視点は重なり合うことはなく


事柄を深く深く分析しようとする女子に比べ、男性は広く広く解釈するようにできているのではないか


と女子の私はまた勝手に想像し、その想像も何の根拠もなく、何の説得力もない。



仮に、そこに男性目線や、既婚女性目線、他の女子目線のアドバイスを入れようとも


もちろん統計的にという傾向はあろうとも


その人ひとそれぞれに性格が違うのだし、結局はあまり相談することと、答えをもらうことに意味はない。



そんなことより、一番の問題は


アドバイスや相談や意見や指導や前例が多すぎて


色々と考えすぎて、答えのバリエーションが増えすぎて


何にでもそれなりに納得できる理由ができすぎて、結局何が正解なのか


正解なんてないのに答えが見つかったような気になってしまい、考えれば考える程


身動きが取れなくなり、時間が過ぎてしまい、分かった気になるけど


やっぱ分かってなかったとなり、やっぱもーわっかんない


となること。


Don't think. Feelが鈍くなること。




むずかしいね。




じゃあ、男子会って何話してんでしょうね。


そこんとこどうなんでしょう。


また明日。








つづく




























君たち 女の子 へいへい





本日は晴天なり


はるか遠くに見える六甲山には雪化粧


昼ごろにはチラチラと粉雪が舞い降りたものの






今は晴天な感じが


ワールド弁理士がご来店


世間話をしているうちに




もう日は落ちて


少しセンチメンタルな本日



皆様お元気ですか




明日は知り合いが入籍した記念に祝福を上げるので


今日も僕がアップップ





女子会について昨夜 妹と話していた






妹と大橋さんとその他女子二名



それはセックスアンドtheシティーの世界に近いらしく



恋愛話



恋愛アドバイス



恋愛相談



恋愛方法



恋愛力








最低週三回 集まって話し合うそうだ




暇なの?おたくたち



本読みなよ


映画みなよ


散歩しなよ


その悩みの告白の場には


基本男性オブザーバーはいないにも関わらず


意中の男の行動や発言に対して女子視線で分析するらしい




それってこう思ってんじゃない?


それってこういう意味やと思うよ


きっと そうよ



そんな分析をさんざんした挙句


全会一致の意見が出ても




結局 話のプレゼンターは



違う 違う そうじゃなーい


あんたたちは分かっていない



と耳を貸すそぶりもないらしい









よくそんなことで週三回も集まれるね



なんで生産性のない集まりをしてるの



と妹に聞いてみた



すると



妹は 



みんなアドバイスなんて求めてなくって


答えなんか求めてなくって


ただ話を聞いてもらいだけ



らしい



ジャイアンのリサイタルかいな




みんな結婚したいくせに


そんな生産性のない集まりに時間を費やすくらいなら


新たな出会いを求めて活動したらいいのに



と思ってしまうのは僕だけだろうか




無駄な時間を過ごしていることが楽しいから?



傷を舐め合いたいから?



本当は寂しいから?



赤信号 みんなで渡り隊?


よくわからんが


そんな女子たちと


子供が出来て良い妻を演じている女性たちと


まずもって話が合うわけがないことはよくわかる




水と油の関係性



女性たちは


「いつまでおままごとしてるの?」


と思うだろうし



女子たちは


「私たち 自由人だもーん」


と思うだろうしね





だから幸せになった女性をオブザーバーとして


招き入れることもないんだろうけど



本当は女性たちに実況中継してもらって


生の意見を聞いて


学ばせてもらったほうがいいと思うんだけどね



変なの



これも大きなお世話らしい




とはいえ


虎視眈々といちぬけを目指し


ライバル?たちと切磋琢磨し合いながら


結婚というゴールを目指しているようにも感じなくもない




変な抑止力が働く


変な関係性


それが「女子会」



さっきも書いたけど


そんなに早く結婚したきゃ


さっさとそんな集まり解散したほうが


幸せへの近道だとおもうんですけどね



大人の階段を登る前に


階段の踊り場でヤンキー座りしてる場合じゃないよ




「うっせーな 先公」



なんて睨むのはやめなさい



そこらへんのとこ


どーなんですか



大橋さん




よろしくどーぞ



お腹が空きすぎて気持ち悪いので


さいならっきょ


楽しい日曜日をお過ごし下さいませ


続く










未来予想図パート3







最近 トチ狂った事件が多くて



それにトチ狂ったように執拗にメディアが騒ぎまくって



イライラするからテレビをやっぱり見ないようにしている






桜ノ宮高校から始まり



柔道日本代表の話までの一連の流れを見ていると




まるで全マスコミ関係者が 強豪校にて体罰があったことを



知らなかったかのように騒ぎ立てるから



本当に不思議でたまらない







本当に知らなかったとするならば



日本のマスコミというのは実に取材能力が乏しいか





本来あったはずの体罰を黙認し続けてただけであって



「記憶にございません」






事件が明るみに出た瞬間から 



特集やメッセージやうんちゃらかんちゃらを組みだし



やたらと正義ぶっちゃうから始末に負えない







なんでもかんでもそう




東電の文句も関電の文句もなーんも言わなくて



問題が明るみに出た瞬間から




正義の味方ぶるのは



日和見主義としか言いようがなくって





ここが日本人の典型的なダメな部分の象徴だと心から思う










仮に体罰がダメになったとして



子供たちがそれを逆手にとって



少しでも叩くものなら



体罰体罰と大声あげて教師たちを恫喝するに決まっている







口で言っても効かないから



手をあげるということもある







子供は陰湿で姑息な生き物である





そんな子供たちの集団に対し



教師という大人たちがどのように統率を取るのか




伝家の宝刀を抜かずして



パワーバランスが崩れおち





学級崩壊というか



学級沈没したらどうなるのか






これから




責任感が強い教師たちのなかには



きっと自ら命を絶つものが続出するだろう






そうしたとき 




彼らへの償いは誰がとるのか




生徒か親か




「子供のしたことだから仕方がない」




じゃーすまない。






僕が「すぐそこにある危機」を迎えた教師であれば



生徒たちの陰湿かつデタラメな発言態度行動を



いなかる方法を使ってでも



証拠を残し





精神科にいき 診断書を貰い



その生徒と親と学校を行政を訴えるだろう







そう





以前のような関係性はお互いそこに存在しなくなる






世間は教師に対し聖職者というイメージもさっさと払拭し



教師たちには道徳も人間性も協調性も何もかも教育する必要を求めることを



即刻やめるべきなんだと思う






生類哀れみの刑やぞ



これは









僕はよく教師に殴られたし しばかれたし



真冬の寮で5時間正座させられたこともあった





それは自分の悪いことに対するべナルティであって



そのときは愛情とは思わないが




今考えれば ほろ苦い思い出かつ



教師の愛情も感情もよくわかる




こと男子生徒にとって



そんなものさえも取り除かれてしまう青春のページの薄さは



お札の入っていない長財布のようなものである







と言う点と







その昔



小学生低学年の頃



同級生がダウン症の生徒に



道端に転がっている犬の糞を食べさせたという事件が起きた





ダウン症の親からの連絡で明るみにでた




教師たちは烈火の如く起こり狂い



その生徒たちに容赦ない鉄拳制裁が振るわれた






さきほども書いたが子供というのは



野蛮で常識がなく無知で姑息な生き物である





そんな子供に育て上げた親が悪いに決まっているが




それを悪いことと認識するのも




正直 子供たちには判別できなかろう








そんな子供たちに間違っていることを



愛の鞭をもって教育した教師たちは何一つ間違っていないと僕は思う







僕がそのダウン症の親として



この事件が今起きたとして



学校が口頭の注意だけで済まし



それ以降は介入しないのであれば




僕はその加害者を引っ捕まえ




間違いなくうんこを食わすだろう






そういった加害者と被害者の



直接的感情を薄らげるための役割すらなくなる









実に殺伐とした人間関係がこの日本にやってくるに違いないが



その責任はどこにあるんだろうか






万人の万人に対する闘争が今 明けようとしている







そのストーリーの結末はきっと悲惨なものになるに違いない








極端好きなマスコミさんたちには



そういう未来予想図も是非 書いてもらいたいと思う








必要悪って言葉





わかってんのかなぁ 聖人君子たちは
















続く