never Ever change
今朝は少し時間に余裕があったため
朝九時過ぎから散歩にいってみた。
たまたま選んだ散歩コースが電気工事会社の
孫悟空の現場の近くだったので電話をしてみた。
「もっこす食べに行きませんか?」と誘ってみた
愛妻弁当があるにもかかわらず
朝10時にもかかわらず
仕事中のはずなのに
孫悟空は「ええよ」と返事をしてくれた
大倉山のもっこす本店まで五分ほど歩く間
孫悟空は携帯電話で施主と話し続けていた
淡々と話し続ける孫悟空
僕はその横で淡々と歩き続けた
ちょうど大倉山図書館の前を通り過ぎるころ
孫悟空は電話に出る前となにも変わらない表情で
電話を切り僕に話しかけ始めた。
何の話をしていたか忘れたけれど。
僕らはそのまま店内に入り
たくあんをぼりぼり食べながら
しごとの事をぽつぽつ話しながら
ラーメンを待ち続けた
ラーメンを食べながら
僕らは最近の出来事を話し続けた
僕はラーメンと餃子とライス
孫悟空は愛妻弁当を気遣ってかラーメンのみ
先に食べ終わった孫悟空は
食べ始める前となんのかわらない表情で
僕が食べ終わるのを待ち続けた
僕が食べ終わったと同時に店を出た
仕事場に向かうのにはいいころあいだったので
それじゃまた
と僕は孫悟空に挨拶をした
孫悟空は変わらぬ表情で
「いやいや、コーヒーのみにいこうよ」といいながら
さえない喫茶店に入っていった
アイスコーヒーを飲みながら
僕らはまた日常について話し合った
孫悟空はコーヒーを飲む前と
飲んでいるときと何の表情も変わらなかった
グラスが空になると同時に
僕らは店を出た
店を出た瞬間に目の前の横断歩道の信号が青になった。
「それじゃまた」
孫悟空は僕と会ったときと別れるときと
何の表情も変わらなかった
僕の存在は今日の彼の記憶に残っているのだろうか
いつも孫悟空は僕にそう思わせる不変で普遍な存在
お互いを見送ることもせず
僕らは何も変わらない日常に戻っていった
回転木馬
つい最近まで30分以内で文章を書き上げるつもりでいたが
文章を短くすればするほどに文章を精査しなくてはならず
つきつめていくと文章が三行くらいになってしまって
なんのこっちゃわからなるまま更に集約して1行くらいになってしまい
ついぞお蔵入りにもならない永遠の零になってしまう
となると30分がまるまる無駄になり
はて何してたんかいの?
となることが多々あり
こんなことだったら生産性を気にせず
つらつら書いているほうがよっぽどましなわけである
つらつら
テレビはみないが新聞や雑誌をみるため
みのもんたの息子の不祥事の記事をちょいちょい目にする。
店で流れている記者会見の映像を目にしたが
それらを見るたびに
「THIS IS 戦後生まれの象徴やなぁ」と思うわけです
午後は○○で
初老のおば様方を「お嬢さん」と呼び人気を博していたが
彼が喜んでくれるかどうか分からないけど
僕は齢70をすぎようとしている彼を「僕ちゃん」と呼んであげたい
戦後育ちのメディア生まれのメディア育ちの生粋メディアの「僕ちゃん」が
言い放ってきた数々の
民主主義・法の下の平等主義・人権・勧善懲悪・親米
五番目の都市公害病に囲まれて育てられた僕たちが
おかしくなっても仕方が無いわけで
その仕方が無い人間たちをズバッといってのが僕ちゃんだったわけで
ある医者が赤ちゃんにコカインを打ち
その医者が「この赤ちゃんおかしいよ」と嘆くみたいなわけで
なんだかこの文章みたいに呂律が回らなくなり
意味が分からなくなってしまっている具合が日本の象徴だといえるのです
その僕ちゃんを天皇扱いしていた民放各社を
手なずけているのが大スポンサーであり
大スポンサーを手なずけているのがわれわれ一般人であり
一般人を手なずけているのが政府であり
政府を手なずけているのがキャスターであり・・・・
グルグル回り続けて
遂にはチビクロサンボの虎のように
最後は溶けて放射能にまみれたバターになるのです
混ぜるな危険
つらつら
星一徹
基本的に僕は野菜が好きであり
人とご飯を食べないときには
監督と大橋さんしかしらない
僕の行きつけの秘密基地にいき
前菜は
らっきょ
オニオンスライス
にんにくのまるあげ
枝豆二人前
メインは
秋刀魚の開き
もしくは
にらもやしいため
そして締めに納豆を食べる
炭水化物はほとんど取らない
肉もほとんどとらない
お金もそんなにかからないが
人と食事をとるときには
こういうわけにはいかない
なぜなら上記のメニューをシェアしたとしても
なんだかしみったれているからかもしれない
オニオンスライス半分ずつ
らっきょ半分ずつ
・・・・
てな具合では相手には喜ばれない
から
基本的には一人のときにしか行かないが
本当はこういうメニューと餃子が僕の大好物だから
「食べたいもの何?」
と自分の嗜好を押さえ
相手の胃のリクエストに答えるようにはする
が
やれ見知らんやらなんやらかんやら
なんやらかんやら賞とったケーキなんていわれても
本来 粗食の僕にとっては
また
甘いものがあまり好きではない僕にとっては
どうでもいい話であり
僕にとっては評価の基準に値しないし
そういうもので肩で風を切られても困るし
そんな店がなくなるよりも
僕の秘密基地がなくなるほうが
はるかに大問題で困るわけである
「こんな店じゃなくって
もっといい店でご馳走してよ」
僕がレジを打っている際
お客がそんな会話を交わすような
薄利多売系の飲食に携わっているから
やっかみに聞こえるかもしれない
が
そもそも「美味しい」か「美味しくない」か
ひとそれぞれであり
その「それぞれ」の中で自然発生した
「人づてによる評判」ならいく気は起こるけれどもね
大リーグボール養成ギブスのような評判を聞くたびに
つくづ12歳のく星飛雄馬やなぁ
と感じるのです