名僧とは何か
「名僧とは何か」空海と朝廷空海の盛年期の宗教と世間的活躍で最大のものとして入唐留学が来る。延暦二十三年の出発から大同元年の帰朝まで、空海三十一歳から三十三歳までのことである。盛唐時最後の遣唐使に随行し、全アジア的規模ので儒仏道はもとより、インド・ペルシャ・中央アジア等の文物をのこりなく吸収してきたこと。ここのち僅か三十年後、出発した第十七次遣唐使では望みえぬことであった。空海のもつ包容性と国際性はここに主として原因がある。この文化のよき理解者は、和気氏はじめ非藤原系の貴族および天皇たちであった。この結びつきが、のちの史家から「空海=権力志向型宗教家」像を産むことになる。空海と貴族・皇族との結びつきは、むしろ、文化的・情操的なものが多く、権力の中心にあるひとびととの接触は少ない。しかし、空海が国家あるいは皇室から大きな恩典ないし保護を与えられたことは疑いえないところである。◎多くの名僧が苦学して仏様の教えを広められました。私は三蔵法師などの苦労により伝来された仏様の教えを求められる幸福者です。名僧の苦労を尊び感謝して学んで行きます。