「名僧とは何か」

 

仏教統制の強化と対決

 

徳川氏をもって任じる将軍を頂点に、幕府体制がしっかりと組みあげられたのが江戸時代である。

体制のもとに仏教体制はまことに厳しく活動は自由でなかった。すべての寺院は本寺―末寺―孫寺というように秩列に組こまれ、各宗派別に幕府や藩の支配を受ける。

僧侶は寺院に定住することが寺院法度に規定され、その任命権は本寺の住職が握っている。しかも僧侶が新しい説を唱え、布教活動すれば、新義非法を試みたとして禁圧される。

このような有様であるから、仏教全体が活力を奪われ、個性的な僧侶が現れなかった。

 

すべての人びとは必ずいずれかの寺の檀家となり、葬儀の時には檀邦寺の住職によって引導を渡してもらい、その後も追善法要をしなくてはならなかった。

僧侶が葬祭を中心にした儀式を特に重んじるようになったのは江戸時代のことである。江戸幕府のこのような仏教統制策は、幕末に至るまで貫徹されたわけではないが、基本方針としては変わらなかった。

 

これとは逆に、支配権力と真向から対決してたびたびの法難を受け、ついにはその活動が非合理化される、日蓮宗の不受不施の派祖たる日奥が現れた。

 

◎徳川幕府の衰退によって仏教統制は生気をなくして低落した。

私は日蓮上人の念仏は無間地獄、禅は天魔、真言は亡国、律は国賊の教えを心して法華経お題目を行事じます。